AWC 名探偵の花嫁 2    永山


        
#2822/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/10/28   8: 5  (186)
名探偵の花嫁 2    永山
★内容

 事件については詳しくは告げず、足止めされることになりそうだとだけ言っ
て回ると、皆一様に不満そうな表情を見せていた。
 そんな厄介な役目も終わったところで、香代は部屋で美佐子から話を聞いて
おくことにした。警察からは鑑識員が先に到着し、刑事はまだだ。この時間を
使って多すぎる不明な点を聞いておきたかった。特に、何故、遠藤正恵なる女
性が美佐子の部屋にいたのかが。
 その点を追及すると、一つ深呼吸してから美佐子は話し始めた。
「昨日の騒ぎ、ご存知?」
「二次会でのこと? ええ、私も見ていたけれど」
「あの後、気分がむしゃくしゃして、部屋に戻って寝ちゃおうと思っていまし
た。でも、部屋に戻ってからしばらくすると、正恵が来て」
「念のために聞いておくけど、亡くなった遠藤正恵さんも、明奈−−脇田明奈
さんの結婚披露宴に招待された人ね?」
「はい。正恵と私、それに明奈は大学のときからの知り合いで、同じサークル
に入っていたんです」
 沈んだ声で、美佐子は答えていく。香代は、目の前の女性が昨夜、明奈とも
めていた人物と同じだとは信じられない思いになる。
「私のことを心配して来てくれたんです、正恵は。前からの親友なのに、喧嘩
なんかしてどうするのって。私、おかげでだいぶ気分が落ち着いたんですけれ
ど、まだ眠れない状態で。それで言ったんです、正恵の部屋は景色がいいから
眠れるかもって」
 顔を伏せる美佐子。
「景色というのは、窓からの眺めよね。美佐子さんの部屋からの景色、そんな
に悪いの?」
「そう感じたんです。薄汚れたビルがごちゃごちゃと建っていて、煙がかかっ
たみたいで。正恵の部屋は私の部屋とはちょうど反対方向にあって、山の緑と
かが目に入るんです。そのときの私の気分では、そちらの方がいいかなと思っ
て」
「それで部屋を替わってもらったのね」
「はい、そうです。実際、よく眠れました。でも、慌てていたんですよね、朝
になって荷物を何も運んでいなかったのに気が付いたんです。すぐに替わって
もらった元の部屋に行きました。返事がなかったのでドアに手をかけると、簡
単に開いて」
 後は言葉が続かなかった。間を取って、香代は聞いた。
「部屋の中では何も触らなかったのでしょう?」
「そのつもりですけれど……」
「正恵さんを刺した何かが、落ちていなかったかしら?」
「凶器は見当たりませんでしたけど」
 さらっと言った美佐子。気を遣って凶器という単語を避けた香代にとって、
これは意外だった。
「何かなくなった物は?」
「……分かりません」
 美佐子は首を振った。これについては警察が来れば確認を求められるであろ
う。香代は次の質問に移る。
「明かりはついていたのかしら?」
「いえ、スイッチは切られていたはずです」
 美佐子が答えたところで、部屋のドアがノックされた。こちらが返事すると
同時にドアは開かれ、男が姿を見せた。

「それが発見したときの様子ですか」
 男は刑事の吉野と名乗った。吉野は何でも疑ってかかるような目つきだった。
香代の同席を認めてくれたまではよかったが、態度はかなり尊大だ。
 美佐子から話を聞き終えて、彼は香代の方へ視線を向けてきた。名前と職業
とを言わせてから、美佐子の話の確認を求めてくる。そうして、
「遠藤正恵さんの知り合いは、ここにどれだけいるんでしょうな?」
 と聞いてきた。
 元々、遠藤正恵を知らなかった香代は、美佐子の方を見た。
「私や明奈の他に、同じサークル仲間だった人が来ています。津谷忠記さんと
西木秀介さんと言います」
「その方達の他にはいないんですね?」
 名前をメモしながら念押しする吉野刑事。
「基本的なことから……遠藤正恵さんの職業は?」
「ブティックの店員をしていたはずです」
「家族構成とか普段のつき合いとかは分かりますかね?」
「家族構成は知りません。つき合いは、私や、さっき言った津谷さんや西木さ
んともたまに遊びに出歩いていましたけど」
「男性関係の方は?」
 遠慮のない刑事。美佐子はやや、詰まったような素振りを見せたが、すぐに
口を開いた。
「はっきり言いますわ。津谷さんと深い仲だったようです」
「ふむ、どの程度の? つまり、きっかけさえあれば刃傷沙汰になるような仲
だったかどうか……」
「さあ……とにかく、深かったとだけは言えますわね」
 徐々に声に張りが出てきた様子の美佐子。昨晩のバーでの一件を、香代は思
い出していた。
「それじゃあ、久島さん。あなたの知り合いの人はこのホテルに泊まってます
かな?」
「私の、ですか?」
 どうしてそんなことを聞かれるのか分からないといった風な久島美佐子。折
角、戻り始めた声の調子がトーンダウンしていく。
「言ってよいものかどうか……。久島さん、あなたは遠藤さんと部屋を交換し
た。そのことを誰にも言ってなかったんでしたな?」
「そうですけど」
「だったら、犯人は本来、あなたを襲おうとしたのかもしれんのですよ。だか
ら、あなたの知り合いについても伺っておるんです」
「そんな」
 絶句する美佐子。まさか自分が襲われていたかもしれないとは、思いも寄ら
なかったらしい。
「で、先ほどの津谷、西木の両氏や脇田−−いや結婚後は本庄明奈さんですか、
この三人の他にはいないんで?」
「いません」
 早口で答える美佐子。動揺を隠そうとしているように、香代には見えた。
「順序よくいきましょうや。まず、遠藤さんを殺すような動機を持つ人、思い
浮かびますかね? さっきの津谷さんは別としてだ」
「……浮かびません……」
「ホテルに泊まらなかった人も含めても?」
 刑事の問いに美佐子は黙ったまま、うなずいた。
「それじゃあ、次だな。美佐子さん、あなた自身、襲われるような覚えはない
でしょうかね?」
「それは……」
 言い淀む美佐子。香代は、すぐにバーでの一件を脳裏に描く。やがて、美佐
子は思い切ったように言った。
「一人……います。明奈が」
「ほう、式を挙げた人ですな。詳しく聞かせてもらいましょうか」
「その、私、ちょっと」
 まだ言いにくそうだ。
「どうしました? ことは殺人、しかもあなたが殺されていたのかもしれない
んだ。最終的な非は明奈さんにあると考えることですな。さあ、話して」
「私、実は、ちょっとしたいたずら心で、明奈からお金を取っていたんです」
「ふむ」
 刑事は眉毛をぴくりと動かしたが、そのまま美佐子を促した。
「私は結婚コンサルト業のコンピュータオペレータをやっています。明奈もこ
れに入会してもらっていたんです。それで、私、そのデータを自由に見ること
ができて……明奈の個人情報を知ったんです。それが何かまではここでは申し
ませんけど、明奈に伝えたら、向こうからお金を払い出したんです。本当です」
「それだけでは弱いですなあ」
 吉野刑事は頭をかいている。
「明奈さんは自らお金を払い始めた。まあ、それでもあなたに殺意を持たない
とは言い切れない。でも、自分の新たな門出となる結婚式をした夜、殺そうと
しなくてもいい」
「いえ、ちゃんときっかけもありました。私、酔った勢いもあって、二次会の
席で明奈に言ったんです。『名前が変わったからって、あなたの過去が消えた
訳じゃないのよ』って」
 美佐子はようやく、バーでのもめ事を口にし始めた。刑事が言葉を添える。
「それを新たな脅迫と受け取ったんですかな、明奈さんは」
「そうです。それで言い合いになって……。私の方が店を飛び出したんです。
その後、正恵と部屋を交換した……」
「なるほど、それなら昨日の夜、殺そうと考えても不思議じゃないな。早速、
明奈さんに話を聞くとしましょうか。無論、津谷さんや西木さんにも……。い
や、協力、どうも。また話を伺うと思うので、まだ残っていてください」
 吉野刑事は最後だけいくらか丁寧な口ぶりになり、立ち上がった。宣言した
通り、明奈に会いに行くのだろう。

「刑事が明奈に会いに行っても、明奈本人は犯行を認める訳ないと思うけどな」
 香代が言葉を区切っている合間に、桜井仁が疑問を呈してきた。
 思わず、くすっと笑う香代。何故なら、二人は今日、自分達の式の諸々を決
めてしまおうと相談するために会っているのだ。そんな場で、香代が殺人事件
の話を始めたものだから、桜井も最初は不機嫌にしていたのだ。それなのに、
今や、彼も身を乗り出すようにして話を聞いている。それが香代にはおかしか
ったのだ。
「実際、そうだったらしいの。もちろん、私は刑事が尋問している場所に居合
わせてはいなかったんだけど、後から聞いて知ったのよ。ところが、急転直下、
ある証言によって明奈は逮捕されてしまったの」
「逮捕されたのか?」
「ええ、私、それを聞いたとき、信じられない思いでいっぱいになったわ」
「それよりも、どういういきさつで逮捕されたんだ?」
「目撃者がいたの。ホテルのボーイが真夜中−−0時になるかならないかの頃
に、510号室−−最初、久島美佐子がいた部屋−−に明奈が入るのを見たと
申し出てきたのよ」
「それでも否定しただろう、香代の友達の明奈さんは」
「ううん、それが簡単に認めたらしいわ。バーで恐喝のことを持ち出され、何
も結婚式の日に……と頭に血が上ったって。その上、血痕が見つかったのよ」
「『結婚』が見つかった、だって?」
 ずっと結婚式の話をしていたせいか、桜井は勘違いをした。笑って訂正する
香代。
「結婚じゃなくて、血の痕の血痕。明奈の服の一つから、血痕が付着した物が
発見されたの」
「それで決まりってか。何だ、単純な事件で終わってしまった」
 やや不満そうな口調の桜井。香代が面白い事件だからと言うので聞いていた
彼だが、ここで終わっては不満も残ろう。
 しかし、香代の話はここで終わらない。香代にとって、明奈が犯人だと言う
ことに割り切れぬ物を感じたから、深く突っ込んで調べたのだ。その結果−−。
「私、すぐに明奈に会わせてもらったわ。そうしたら、明奈は凄くショックを
受けていて、なかなか詳しく聞き出せなかったんだけど……。彼女、二次会が
終わってから本庄さん−−旦那さんの名字よ−−と一緒に部屋に入って、まあ、
新婚夫婦としてそれなりの行為はしたようなの。それがひと段落してから、ま
た久島美佐子のことが頭をよぎったらしくて、午前0時頃、本庄さんが寝入っ
たのを見計らい、部屋を出、510号室に向かった。そして部屋のドアをノッ
クし、ドアが開いたところをいきなり切りつけたって言うのよ。相手が倒れた
ことと、顔に返り血が飛んてきたのが恐かったのとで、一度切りつけただけで
立ち去ったと言うんだけど」
「一つ、質問がある。凶器はどうなったんだ?」
「あ、それ。凶器はナイフ。ホテル備え付けの果物ナイフよ」
「と、明奈が言っているだけで、実際には見つかっていない訳?」
「そうよ。明奈が言うには、そのまま放り出して逃げたって」
「放り出したのに、問題のナイフは発見されていない……」
 考え込む様子の桜井仁。しばしの沈思黙考の後、彼は再び口を開いた。
「凶器はさておき、明奈の行動、ボーイの証言と食い違ってないみたいだな」
「そうだけど……。返り血がどうだったか、聞いてみたのよ、私。遺体を見た
から言えるんだけど、相当深く、胸の当たりを切られていたわ。それなのに明
奈の言葉の感じでは、さっと切りつけただけみたい。一度、軽く切りつけただ
けで、あんなに深い傷を負わせ、死に至らしめられるかしら」
 香代は問いかける目を桜井に向ける。彼の方は、無言で首を横に振った。

−−続く




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