#2821/5495 長編
★タイトル (AZA ) 94/10/28 8: 2 (153)
名探偵の花嫁 1 永山
★内容
淡いピンクのドレスで着飾った女性が、タキシードの男性と連れ添って、ゆ
っくりと歩いて行く。辺りは闇、光はただ、二人だけを照らす青白いスポット
ライトがあるのみ。キャンドルサービスのための火を、二人は手を重ねてしっ
かりと持っている。
香代のいるテーブルにも近付いてきた。明奈を間近に見て、きれいだと素直
に感じた。
「おめでとう、明奈。すごくきれいよ」
口にするまでは陳腐だと思っていた台詞。なのに、今ではその他に言葉が見
つからないぐらい。
「ありがとう。香代も来月、見せつけるつもりなんでしょ」
「ええ。張り切っちゃうから」
友人のエールに笑みがこぼれる。
そう。私も一ヶ月と少ししたら、こんな風になるんだ。彼と一緒に……。香
代は想像の翼を広げていた。白のウェディングドレス、結婚行進曲、教会、ブ
ーケ……。
「素敵な衣装ばかりだったわ。特にティアラ、似合ってたよ」
披露宴後、控えの間を訪ねた香代は、明奈に声をかけた。
「結構重いのよ、これ」
肩が凝っているような素振りを見せる明奈。無論、冗談なのだろう。
「やっぱり、本物だから違うのかしら」
明奈は惜しそうにしている。今日、彼女を引き立てた宝飾品のほとんどはレ
ンタルした物なのだ。
「そりゃそうよ、明奈。重さから輝きから、何から何まで違っているって」
「してみる? 予行演習のつもりで」
ふと思い付いたような、明奈の申し出。香代はすぐに乗った。
「わ、本当、見た目より重い。……でも、肩は凝らないでしょ」
「かぶって歩くと、気になって。落っこちないかと心配して、それで肩が凝る
かもね」
「練習しとくわ」
笑みの絶えない会話。知っている人が幸せになるのは気持ちいいし、自分も
もうすぐそうなるのだと思うと、もっと嬉しくなれる。
「今夜はここに泊まるんでしょう?」
明奈が言っているのは、式や披露宴を行ったホテルのことだ。
「ええ。それよりも明奈こそ新婚旅行にすぐに出発できなくて、気が急いてる
んじゃないかしら?」
「別に! 慌ただしいの嫌だから、一日、スイートでゆっくりしてからにした
んだもの。堅苦しいのもあんまり好きじゃないから、二次会やって騒ごうと決
めたんだし」
と、明奈はここで、少しばかりいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「香代の婚約者の彼、心配するんじゃない? あなたに一人で外泊されたら」
「大丈夫。理解し合っているんだから、私達」
香代が自慢すると、明奈も負けじと新郎との仲を誇示した。
「−−じゃ、そろそろ」
左手首内側を返し、時計を見る香代。
「そうね。じゃ、また」
そう言って香代を送り出した花嫁には、すぐに新たな話し相手がついていた。
あれが今日の主役ってやつね。香代は感じ入っていた。来月には私もああな
るんだ。牧村香代から桜井香代と名を変えて。
ちょっとしたハプニングがあったのは二次会の席上、ホテル一階のスナック
バーでのことだった。夜の九時前、そろそろお開きにというとき−−。
香代は、明奈の周りに知らない顔ばかりが揃っているので、離れた席で高校
時代の友人とお喋りしていた。しきりに婚約者のことを聞き出そうとする友人
に、いささか辟易し始めたところに、声高な台詞が聞こえた。
「何ですって」
明奈がいるテーブルからだ。香代は振り向いて、一人の女性が立ち上がって
いるのを見た。ざわめく店内。
「耳はいいつもりなんだけど、もう一度、言ってくれる? 聞き間違えたみた
い」
立ち上がった女性はそのまま続けた。その言葉は明奈に向けられている。
明奈は勝ち気そうな目つきで見上げながら、ゆるりと応じる。
「何度でも言うわ。もう、あなたと関わりを持つのは御免だって言ったの」
「……本気?」
何やら心配そうな顔つきになり、立ったままだった女性は腰を下ろした。そ
して平静を保つためか、眼鏡をかけ直す。
「本気よ。あなたとは今日まで」
「……そう」
恐ろしくなるぐらいに低く、相手の女性が言う。彼女の着ている服の色に似
て、寒いような雰囲気が広がる。
ふと、香代は新郎のことを思った。きょろきょろと視線を動かし、ようやく
見つけた。酒に弱いらしく、ほとんど意識朦朧としているのが傍目からでも分
かる。そんな彼でも、今のこの新婦の様子には驚かされているに違いない。目
だけはぱちりと開いている。
「じゃあ、しょうがないわね。私も出方を考えさせてもらうわ。今夜はここに
泊まるんだから、時間はたっぷりあるし」
不敵なまでの微笑を浮かべると、寒色のノースリーブの服を着た女性は立っ
た。明奈の方へ一瞥をくれると、ぷいと向きを換えて店から出て行く。静かに
なる店内。
「ごめんなさい!」
明奈はすっくと立ち上がると、笑顔で言った。
「私達のことをお祝いしてくれてるのに、私がむきになって、雰囲気を壊しち
ゃって……。最後にもう一盛り上がりしよっ!」
まるで子供のような口ぶりで、彼女は明るく振る舞っている。そう、正しく
振る舞っているように香代には見えた。
「きれいだったし、幸せそうだった」
電話の向こうへ、香代は感想を伝えた。無論、明奈の披露宴の話である。
「次は自分達の番だな」
香代の耳に、婚約者の声が届く。聞き慣れた、安心できる優しい声。
「ええ、仁。楽しみ」
「そっちの様子を見てない僕が言うのも変だけど、負けないような結婚式にし
てやる」
「もちろん、私だってそのつもり。打ち合わせするとき、たっぷり贅沢、言っ
ちゃうから」
そんな会話を交わしてから、やがて香代は桜井仁とのホットラインを休めた。
その夜、ホテルの部屋のベッドで、香代は夢を見た。夢の中身は……書くま
でもないだろう。
気が付くと、現実があった。香代はそれまで見ていた夢に一人、顔を赤くし
てから、おもむろに朝の身仕度に取りかかった。手早くすませ、持って来た着
替えを身に着けると、香代は部屋を出た。まだ少し早いが、朝食がとれる店が
開く頃合だ。
白い壁に挟まれたベージュ色の廊下を行くと、見覚えのある顔に出会った。
三メートルほど先にいたのは、昨夜、明奈と何かもめごとを起こしていた女性。
今朝は長袖の服を着ているにも関わらず、彼女の顔は青ざめているように見受
けられる。心なしか、足下もふらついているような……。
「どうかしたんですか?」
黙って通り過ぎる訳にもいかず、香代は声をかけた。
「あ……あの、死んでいるんです」
震える声で、その女性は答えた。思わぬ言葉に、香代はすぐに聞き返す。
「え? 『死んでいる』、ですって?」
「そうなんです、部屋替わったから、荷物を取りに戻って、見たら、中で」
支離滅裂な説明だ。香代は相手を落ち着かせようと試みる。二の腕を両方と
も掴んでやってから、香代はゆっくりと言った。
「急がなくていいから。私はちゃんと聞くから。だから、まず、あなたの名前
を教えて?」
効果があったらしく、眼鏡の女性は首を縦に振ってから答える。
「久島美佐子、です」
その声は、昨日、明奈ともめていたときとは別人のようだった。
「あなたが死んでいる人を見たという場所に案内してもらえないかしら?」
何事もなかったかのように、しっかりとした足取りで歩き始めた久島美佐子。
彼女に連れられて、香代は同じフロアにある部屋に来た。
「ベッドの側に」
短く、美佐子は言った。そのことを長く口にすれば、呪いがかかると信じて
いるかの様子だ。
香代は少し奥へと進み、ベッドが見える位置に立った。
「……」
さすがに香代も息を飲んだ。女の人が血を流して倒れている。
「えっと、美佐子さん? あなたの知っている人?」
「は、はい。遠藤さん、遠藤正恵という名前です」
「……とにかく、ホテルのフロントに伝えないと」
しばしの間、香代は考えた。自分が行ってもいいのだが、それだとこの現場
に美佐子を一人、残すことになる。被害者と知り合いらしい彼女を残すのは、
ためらわれた。美佐子が犯人ということもあるのだ、何か証拠を処分されるか
もしれない。
しかし……。美佐子がもし犯人ならば、香代に会う前に、証拠隠滅の時間は
いくらでもあったはず。今さら気を付けてもどうしようもないかもしれない。
結局、香代一人でフロントに走る。
ホテル側の対応は素早かった。支配人らしき男が若い従業員と共に美佐子の
部屋に駆けつけ、遺体を確認した後、従業員の方が警察への通報を受け持つ。
と同時に、事件がなるべく広まらぬよう、最大の配慮を施す。
が、死亡したのが昨日の結婚式の関係者だったと知って、支配人は渋面にな
った。このフロアの宿泊客は全員、関係者ということになる。支配人は方針の
修正を余儀なくされたか、次のように言った。
「警察が到着すると、お客様は皆さん、足止めさせていただくことになるでし
ょう。その旨をお知り合いの方々へ、今の内からお伝え願います」
「あの、明奈達はどうなるのでしょう? この後、新婚旅行に」
「あ、新郎様と新婦様ですね? それにつきましては、私共の方からは何とも
申し上げられませんが、旅行社および航空会社への連絡は承ります」
支配人はそれだけ言うと、香代達二人に軽く一礼をし、足早に去っていった。
−−続く