AWC 名探偵の花嫁 3    永山


        
#2823/5495 長編
★タイトル (AZA     )  94/10/28   8: 7  (166)
名探偵の花嫁 3    永山
★内容
「ますますおかしいと思ったから、もう少し、調べてもらったの。って言うか、
本当は私が結婚式の出席者やホテルのボーイに聞いて回ったんだけど……」
「それで何か出てきたと?」
「ええ、矛盾が見つかったわ。大きな矛盾がね。死んだ遠藤正恵さんを目撃し
た人がいたのよ」
「そりゃあいるだろう、生きている内に目撃した場合なら」
「違うって。いい? 事件が発生したと考えられる午前0時以降に、遠藤さん
を見た人がいたのよ」
「えっ? 確かかい?」
「もちろん。目撃したのは、遠藤さんの知人。彼女の顔をちゃんと知っている
人だったから間違いないわ」
「知人? 話に出てきた津谷か、でなきゃ西木じゃないか?」
「そうよ。津谷が見ていたの。言ったでしょう、津谷は遠藤正恵と恋仲らしい
って」
「ああ。それで俺も当たりを着けたんだが……。しかし、一体どういうことだ、
これは」
「私にも分からなくて、とにかく警察の方に話を持ち込んだわ。おかげで事件
は振り出しに戻り、目下のところ、調査続行中」
「明奈さんは何て言っている?」
 と、右手の人差し指を立てる桜井。本格的に思考を始めた証拠だ。ただ、こ
れは彼の元からの癖ではなく、名探偵に憧れているところのある桜井が、無理
に身に着けた身ぶりであるが。
「最初はそれでも自分が殺したんだと言ってたらしいんだけど、深く突っ込ん
で聞いてみたら、部屋が暗くて、切りつけた相手の顔は確認していないと言っ
てるらしいわ」
「何となく分かってきた。そんな気がするな」
 桜井は、立てていた人差し指を何度か振って見せた。
「本当に? 明奈は犯人じゃないでしょ。ねっ?」
「ううん、殺人犯じゃない可能性は出てきた。しかし、ちょっと待ってくれな
いかな。津谷って男は、遠藤正恵を目撃したと言ってるけど、そのときの彼女
の様子はどうだったんだろうか」
「極普通。軽く立ち話までしたそうよ」
「そうか……。津谷が恋人の遠藤を殺す動機はあるのかなあ?」
 桜井はゆっくりと言った。明確な返答を最初から期待していない口ぶりだ。
「それ、津谷が嘘をついていた可能性はないかを言っているの?」
「ああ」
「それなら大丈夫みたい。警察だってちゃんと調べたらしいから。何と言って
も、凄く重要な証言をしているんだから、津谷氏は。彼に遠藤正恵さんを殺す
動機があったなら、こんな真面目に取り上げはしないわ、きっと」
 香代は自信を持って言い切った。後になって、刑事の口ぶりからも、それに
ついては確信を持っているのだ。
「それなら信用しよう。津谷証言が真実だとの前提の下、推理してみるか。ま
ず、こう考えてみたんだ。遠藤は切りつけられた後、怪我を自分で手当して、
普通に振る舞っていた。そしてその後、また殺されてしまったと。でも、津谷
の話からすると、ありそうもないな。怪我をしていたときに恋仲の男と出会っ
たんだ、何らかのメッセージを送ってしかるべきだろう。そもそも、遠藤にと
って、どうして明奈から襲われなきゃならないのか、理解できないはずだよな。
すぐにでも明奈を面詰するのが当然だろう」
「そうよ。それに、鑑識からは、遠藤さんの遺体に怪我を手当した様子は報告
されていなかったはず」
 うんうんとしきりにうなずきながら、香代。
「そうか。じゃあ、論理的に導き出される結論は、明奈に切りつけられて怪我
をした人間と殺された遠藤正恵は別々の人物だということになる……」
「え? 怪我をした人物が他にいたって、どういうこと?」
「そのままの意味さ。顔を確認しないまま切りつけたんだろう、明奈は。その
相手が遠藤正恵じゃなかった可能性は充分にある」
「じゃあ、一体、明奈に切りつけられたのは誰よ」
「ここでも、考えられる道が二つはある。一つは、久島美佐子と部屋の交換に
応じた遠藤が、さらに誰かと部屋を交換していた可能性だ」
「でも……おかしいわ、それ」
 香代はすぐに口を挟んだ。
「遠藤さんは510で死んでいたのよ。出血量から考えて、遺体を移動した痕
跡はなかったそうだし。だったら、遠藤さんはさらにもう一度、部屋の交換に
応じて510に戻ってこなくちゃならないわ」
「ああ。俺もこちらが真相とは思っていない。かなり無理がある考え方だ。そ
こでいま一つの可能性、久島が嘘をついている場合だ」
「彼女が嘘を……」
 香代は瞬間、絶句してしまった。
「部屋の交換なんて話、最初からなかったとなるな」
「それも考えにくいんじゃない? だって、そうなると彼女が一気に怪しくな
るわ。彼女は自分が恐喝まがいの行為をしていたことまで警察に話したのよ。
それだけ捜査に協力している……」
「いや、恐喝の事実を警察に打ち明けたのは、自らの殺人を覆い隠すためだと
も考えられる。大きな嘘を隠すためには、小さな嘘を認めてしまうのが有効な
んじゃないかな。その裏により大きな嘘があるとは普通、考えにくいから。
 ここで整理をしてみようか。いいかい。信用してもいいと思われる情報がい
くつかある。まず、明奈さんが誰かを切りつけ、その誰かは出血こそ大げさだ
った物の軽い怪我ですんだらしいこと。次、その切りつけられた何者かは、明
奈さんにやられたと知っているはずなのに、明奈さんを面詰していない」
「したくても、すぐに殺されてしまったのかもしれない。この考え方はつまり、
遠藤さんが怪我をした人だったってことだけど……」
「それはさっきも言った通り、否定できる。変な言い方だが、遠藤は殺された
だけで、怪我はしていないのだから。で、信用できそうな情報の続きだけど、
遠藤を殺した犯人は明奈が誰かに切りつけ、怪我をさせたことを知っていた。
知っていて、明奈に殺人の罪を被せたがっているらしい点がある。これらの情
報から導かれる状況は−−。犯人は明奈に切りつけられ、怪我をした。が、そ
れを明奈に面詰するでなく、公にするでもなく、隠し通した理由は、自らが邪
魔に思っていた人物−−遠藤正恵を殺すためだ。犯人は怪我を自分で手当し、
平常を装って遠藤を510号室に呼ぶ。そして明奈が投げ出していった凶器を
用い、遠藤を殺す。後は遠藤の部屋に自分が入り、素知らぬ顔をしていればい
い。まあ、実際は素知らぬ顔はできず、第一発見者を装って、事件を明るみに
出すという役を演じたようだが」
「それじゃあ、まるっきり久島美佐子が犯人と考えている訳ね?」
「そうなんだ。ここに来て、510号室で遺体が見つかったことが、久島にと
って最大のウィークポイントになる。遠藤が怪我をしていないのなら、久島と
遠藤が部屋を交換したというのも嘘になる。これらから考えて、久島美佐子し
か考えられない。探ればきっと、遠藤に対する久島の動機が出てくるはずだ」
「仁の推理に納得はできる」
 香代はしかし、唇を尖らせながら続ける。
「納得できるけど、何か積極的な証拠がないと、警察だって取り上げないかも
しれないわよ」
「それなんだけど、香代の話を聞いていて、気になったことがあったんだ」
「何?」
「久島美佐子は、式当日は袖のない服を着ていたんだったよね」
「え? あ、ええ、そうよ」
「一泊して次の日、朝から久島は長袖を着ていた……」
「それがどうしたの?」
 焦れた香代は声を少しだけ荒げた。桜井はしょうがないなというようにかす
かに笑ってから、続ける。
「久島は明奈に切りつけられ、怪我をしているはずなんだ。それを隠すために
長袖を着たんじゃないだろうかなってね」
「あ、そうか! そうよ! すぐに警察に言わないと。言って、調べてもらう
のよ。怪我の跡が残っているかもしれない」
 香代の興奮した調子に対し、桜井はそういうこととばかりにうなずいた。そ
しておもむろに言い足す。桜井のその表情は、いたずらをした子供のようであ
る。
「ひょっとしたらだけど」
「何?」
「吉野って刑事、知っている男かもしれない」
 思わぬ話を聞かされた香代は、何とも言えない表情になった。

 事件は落着の方向に進んでいる。桜井が指摘した通り、久島美佐子の腕には、
治りきっていない傷があった。これを突破口に、解決となる気配である。
「さらに強力な証拠として、凶器が発見された」
 突然やってきた桜井に対して、吉野刑事は事件解決の糸口をもたらしたこと
への礼を曖昧に述べてから、その後の経過を説明し始めた。本来ならばまだ発
表の段階にはないが、今度の事件の成り行きからは致し方ない。
「どこでです?」
「久島美佐子の家からだ」
「どうしてまた、凶器を後生大事に持っていたんでしょう、彼女は?」
 刑事の話に、桜井は首を傾げてみせた。
「自供を得た訳じゃないから確定はしとらんが、ナイフに付いた血が問題だっ
たんだろうな。おまえさんなら知っているだろうが、血痕って物はいくらふき
取ったとしても、少しは残る。凶器のナイフをどこかに捨ててそれが発見され
れば、当然、我々警察に調べられるわな。そして付着していた血液の型が、遠
藤正恵の物だけでなく、久島美佐子の物もあったとなれば、一発で終わり。そ
う考えたんだろう、あの女。だからナイフを自宅に隠していた」
 説明を終えたところで、刑事は顎を一撫でし、まじまじと桜井を見た。
「あんときの高校生が、こんなになるのかね。驚いた偶然もあったもんだ」
 刑事らしからぬ芝居がかった態度で吉野が言った。
 それに応じて桜井。
「こちらこそ。名前を聞いてまさかとは思いましたが、本当にあのときの刑事
さんだとは」
「あんときの探偵癖は治ってないみたいだな。十年近く前になるか? あの事
件では、君の助言はそれなりに当たってはいたが、かなりの間違えもあったよ
なあ。そのくせ、今また警察に助言してくるなんて、大した度胸だ」
「それなりに当たっていたんだから、いいでしょう」
 にやりと笑ってみせる桜井。相当、名探偵を意識しているのがありありと分
かる。
「それに今度は、香代の友人を助けるためでもあったから、力が入るってもん
なんですよ」
 香代を見やりながら桜井は続けた。こちらも台詞が芝居がかってきている。
「その手の話はもう結構。新婚初夜に人に切りつける花嫁がいるとは、俺には
想像もできんかったからなあ」
「幸せを目の前にして、それだけ必死になれるんです、女は」
 香代は桜井に寄り添いながら言った。言葉にすると色あせるが、気持ちの上
では香代は真剣だった。彼女自身、桜井仁との幸せを壊すような障害が現れた
ら、全力でそれを取り除いてみせるつもりなのだ。
「探偵ごっこの好きな男にはぴったりな、ロマンティストの女性のようだな。
ま、結婚式には祝電ぐらい送らせていただこう、名探偵の花嫁さん」
 吉野刑事は洒落者らしく、微妙なアクセントで二人に語りかけた。

−−終わり

桜井仁シリーズ 悪魔の誘い 六文字の殺人
       (その他、香田利磨が語り手の推理研シリーズにも登場)




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