#2816/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 94/10/12 4:21 (200)
夜の虎(24) 青木無常
★内容
実だからな。が――おそらくはストラトス情報部もまた、この秘法を手にあまるも
のと考えていたはずだ。手放す機会を待っていたのかも知れない。あるいは自分た
ちとは関わりのない――そして将来、その成果を自分たちのところまで還元してく
れる可能性のある第三者に、このやっかいで危険な秘密をおしつける機会をな。お
そらくはこれは――本物だ。そう推測する根拠は――老ウェイレンに、説明しても
らおう」
嘴の生えた異星人が無言でうなずき、よく光る双眸を一行にすえて静かに語りは
じめた。
「われわれラトアト・ラ人が音声に関わる文化を深く発展させてきた事実は知って
おろうな。また、わしがこの教団に身をよせるにあたって、紫雲晶起源の神秘学に
いささか精通していた事実も覚えておくといい。さて、ラベナドでこの像を調達す
るおり、妨害をかけてくるものがおった」
と、ウェイレンの視線がじろりと横たわるバラムに向けられた。あわてて目を閉
じたが、老ウェイレンに意識が戻っていることを気づかれたかどうかはわからない。
バラムの状態についてはなんらコメントを加えず、ウェイレンはつづけた。
「その妨害者どもを排除するためにわしは、数ある音声催眠法のひとつを使った。
その時に、奇妙な“気”を感得したのだ。それはいうなれば――岩が蠢くような、
奇妙な感覚であった。そしてその奇妙な“気”を発していたのは――云うまでもな
かろう。この天使像だ。その時点でわしには、この像が生物の変形した姿であるか
もしれぬという知識はまったく、なかった。にもかかわらず――この像は、生きて
いる、そう直感した。そしてわしの発した音声に、わずかながら反応を示したのだ、
とな」
「なるほど。可能性がないわけでは、なさそうだな」
舌なめずりをしつつウシャルが云った。「だが、まだよくわからんことがある」
「なんなりと」
「危険がどうこう、などとしつこくくりかえしてるがそれはいったい何だ? スト
ラトス情報部が、不死の秘密を手にしていながらそれを解明する機会をみすみす先
のばしにしたあげく、鼻先でかっさらわれていくのを指をくわえて看過するほどの
危険、てのはよ」そこまで云って、ためらうように間をおき、そして唇を湿すよう
に端から端までゆっくりと舌先をはわせてから、つづけた。「ラウダスの崩壊、か?」
バールカイベルは、無言でうなずいてみせた。
「それだけではない。が、それが彼らの怯懦を構成する最大の要素であったことは
まちがいなかろう。だからこそ――同種の、そしてさらに規模を大きくしたわれわ
れのテロ活動に屈した、ということにもなる」
「説明してもらおうか。――すべて、な」
「いいだろう」
真顔でうなずき、そしてバールカイベルは云った。「ラウダス崩壊の夜、シャグ
ラト教授は娘のジーナともう一人の助手――この男が実は、ストラトス情報部と通
じていた張本人らしいのだが――、そしてタウカリの代理人の立ち会いのもとに、
秘法の実践に着手した。――すでに予想はついているかもしれないが、不死を得る
過程に必須の“眠り”と表現された状態は、今現在のこの、ジーナ・シャグラトの
おかれた石化のことをさしているのだと教授は考えていた。ならば“覚醒”とは石
から肉へと――あるいはもしかしたら、肉以外の、さらに別の形態の生命へと、変
貌する様子を示しているのだろう、そう考えるのはきわめて自然なことだ。そして
さきほどそちらの二人が口にしたごとく、その覚醒の過程において新たな不死人生
成のプロセスを開始できる、ということにもなっていた。“解凍”に際して、同時
に新しい石人をつくりだす機会もまた、一行には与えられていたというわけだ」
そこまで云って、バールカイベルは小さく息をついた。そしてつづけた。
「その実験台に、なぜジーナ・シャグラトが選ばれたのかはわからない。本人が志
願したのかもしれないし、あるいはまったくの偶然であったのかもしれない。とも
あれ――教授らがその実験の危険性に関してあまり大きな注意を傾けてはいなかっ
たことだけはたしかだろう。あるいは――タウカリ自身がそこに立ち会わなかった
ことを考えれば、危険を承知で実験に踏みきったのかもしれないが」
「待て、ちょっと待て」
ぽちゃぽちゃとした手をせわしなくふりながら、ウシャルが口をはさんだ。「解
凍やら石人生成やらにゃ、そこにあるジーナ・シャグラトと同じ“石像”が必要な
はずなんだろう? そいつはいったいどこから――」
そこまで云いかけて、ジョルダン・ウシャルのみならずカフラ、そしてバラムま
でが、ぞっと背筋を震わせつつ顔蒼ざめさせていた。
まさか、とうめくように弱々しく口にするウシャルに向けて、バールカイベルは
あるかなきかの薄い微笑とともに、うなずいてみせた。
「そのとおりだ。もともとラベンの七天使像は――ジョシュアーン遺跡から大量に
出土したジョシュアーンの石像を模して造られたもの、という建前になっている。
そしてこれは今ではあまり知られてはいないことだが――ラウダスの惨劇から数週
間後、各地の発掘品保管場所から大量のジョシュアーンの石像が盗み出された、と
いう奇怪な事件のことにも、言及した方がいいだろう」
「ちょっと待て!」
悲鳴のように、ウシャルが叫んだ。「それはつまり――シャグラト教授の実験で、
ジーナ・シャグラトが石化するかわりにジョシュアーンが――先史文明人が復活し
ている、そういうことなのか?」
薄笑いをうかべたまま、かすかにうなずいてみせるバールカイベルの表情もまた、
こころなしか蒼ざめているような気がした。
「ラウダスが消滅したとき、そこで何が起きたのかを把握していたのは、後にも先
にもストラトス情報部のみ。したがって、ガラス化した惨劇のただ中にいちはやく、
しかも極秘裏に、調査団を送りこんだのも当然の対応だった。にもかかわらず、ジ
ーナ・シャグラトに酷似した結晶質の像以外、その焼け跡からは何ひとつ発見する
ことはできなかった。では――予測されていたジョシュアーンの復活はなされなか
ったのか? それともあるいは、情報部の調査隊がのりこむより速く、先史文明人
は近隣の人類社会の間にまぎれこんでしまい――何くわぬ顔で、今も他のだれとも
変わらぬ生活を送りながら――何か途方もない企みの類を進めてでもいるのだろう
か。――ともあれ、その点が、ストラトス情報部を恐れさせていたもうひとつの事
実なのだ。と同時に、情報部がジーナを使った新たな“解凍”と生成への誘惑に抗
し得た理由のひとつでもあるかもしれない。というのは――幸いにして、というべ
きだろう、ラウダスの惨劇と同種の事件はストラトスはおろか、現在のところ人類
文明の目がいきとどいている場所ではいっさい起こってはいない。これは――よみ
がえったジョシュアーンが、盗み出した石像をいまだに解凍していない、とも考え
られるが、あるいは――」
「同じ惨劇を起こすことなく“解凍”できるかもしれない……そういうことだな」
「そのとおりだ。ともあれ――すくなくとも、シャグラト教授が解明した方法では
危険きわまりないことが、ラウダスの壊滅によって証明されている。これは推測に
すぎないが、人間が石化する過程、もしくは石人から“覚醒”する過程のいずれか、
あるいは両方に、莫大なエネルギーの吸収と爆発とが、必要とされたためだろう。
惨劇の直前、ラウダスとその周辺で大規模な停電とその他のエネルギー枯渇が起こ
った現象も、それで説明がつく。それゆえにストラトス情報部は石化したジーナ・
シャグラトの保管場所を空中庭園に決定した」
「なるほど。何かのはずみで“解凍”しちまっても、庭園自体が蒸発しちまうはず
だから被害はそれだけですむ、という計算だな」
バールカイベルは無言でうなずき、そしてつづけた。
「そしてわれわれが天使像をここに運んだのも、同じ理由だ」
ウシャルはわけがわからぬ、とでも云いたげに眉根を寄せた。バラムもまったく
同感だった。もはや狸寝入りを維持することにいささかの情熱も覚えないまま、聞
き耳を立てていた。
バールカイベルは、ふたたび薄い微笑で唇の端を歪めた。
「老ウェイレン。パワー・ネットワークについてご教授願えるかな」
ラトアト・ラ人はうなずき、重々しく口を開いた。
「紫雲晶では竜脈、という名で知られている。惑星・衛星などの天体に存在すると
される、目に見えぬ力のネットワークのことだ。レイ・ラインと呼ぶ者もいる。あ
る種のエネルギーの鉱脈とでも考えればわかりやすいだろう。これらのライン上で
は生命は活発に活動し、その寿命や過酷な環境への耐久度も高い。また、それらの
ラインの交差点上には、多くの場合聖地や遺跡が密集している。こういった地域で
は不死人や超人伝説も多く、またあるいはより具体的な、たとえば事故や病からの
奇跡的な生還、長寿者の集中などの現象が顕著に見られるのも特徴のひとつだ。さ
らには、この竜脈には周期的な盛衰も見られる。そして今現在、わしの知るかぎり
ではこのイムジェフィフタス――とりわけわしらが今足下にしておる深山の、この
地点こそが、もっともレイ・パワーが強い地点なのだ。そしておそらくそのパワー
は――ハレ・ガラバティの祭りがクライマックスに達するこの時期にこそ、もっと
も強壮になるのだろう、とわしは考えている。もともとハレ・ガラバティの復活伝
説そのものが、おそらくはこの竜脈の交差地点となんらかの関連を秘めた代物なの
であろうな」
ジョルダン・ウシャルはさも疑わしげにひくひくと寄せた眉根を震わせたが、と
くに疑念は表明しなかった。
「つまり、そのレイ・パワーとやらをジーナ・シャグラト復活の際の、その、なん
だ、必要エネルギーの一助にでもしようと、そういう腹なんだな」
とくに返事は待たずに自らうんうんと首うなずかせ、そして云った。「じゃあ、
話を振り出しに戻そうか? おまえたちはおれの持っている情報にどれだけの値を
つけるつもりだ?」
腕組みをして、高飛車に放言しつつ小狡そうな笑みをうかべて、バールカイベル
と老ウェイレンとを見くらべた。
「おまえたちの生命だけでは不服か?」
からかうような含み笑いとともに、老ウェイレンが口を開いた。「秘法のポイン
トは、おそらくは音声にあるはずだ。ならば、おまえたちの協力などなくとも、こ
のわしであればさほど時間をかけることなく、いずれ解明することもできよう。さ
らには、ジョルダン・ウシャルよ、たとえばこのわしがおまえを殺してストラトス
・マフィアの統括者の地位を簒奪してもよい。田舎マフィアの地位など欲しくもな
いが、その二人の美童が情報を開示するのは、タウカリの後継者と目される人物に
対してであろうからな」
「フン、残念だがな、異星人め。この二人からタウカリ以来蓄積されてきた情報を
引き出すためには、単におれを殺すだけじゃ足りねえぞ」
唇の端を歪めながらウシャルは、余裕たっぷりにそう云った。
その余裕に演出くささを感じて、バラムはウシャルがブラフをかましているのだ
と推測した。
が、バールカイベルはそうはとらなかったらしい。
「ジョシュアーンの秘法ではどうかな」そう口にした。「不死の肉体を得る、とい
うのは」
「お断りだな。というより、その報酬に手をつけるのにやぶさかじゃねえが、今の
ところは保留にしておきてえもんだ。実験台にゃされたくねえからな。だいいち、
そこに浮いてるジーナ・シャグラトのかわりに復活したはずのジョシュアーンが、
具体的にはどういう状態なのかはわかっちゃいないんだろうが。場合によっちゃ、
復活はできませんでした、てな可能性も充分じゃねえのか? 冗談じゃねえ。すく
なくとも、そのジーナ・シャグラトがどういう形で復活するのかしねえのか、はっ
きりするまではその報酬は棚上げにしといてもらいてえ」
「あまり欲をかくと、ろくでもないことになるぞ」
口にした内容とはうらはらに、老ウェイレンはいかにもおかしげに笑いながら云
った。
フン、と鼻をならすウシャルに、バールカイベルが重ねて問う。
「では他に何がお望みかな?」
「そうだな」
ぞろりと、ぶ厚い舌で唇をなめまわし、「たとえば、カリアッハ・ヴェーラだな。
今のとこ、この不死の仙薬がどれだけ寿命をのばせるかって上限は、まだわかっち
ゃいねえはずだろう? 試しに、このおれがおっ死ぬまでそれの供与を約束するっ
てのはどうだい?」
「きさま、頭に乗るのもいいかげんにしろ」
憤然として身を乗り出しかけたのはヨーリクだった。
が、バールカイベルはそれを制して薄笑いをうかべたまま、うなずいてみせた。
「よかろう。ほかに望みはないか?」
ヨーリクのみならず、背後に控えていた数人の長衣の男たちまでが憤然といきり
立ったが、バールカイベルはまったく意に介する様子を見せなかった。
へ、と唇の端を歪めてウシャルも笑った。
「ずいぶんと気前がいいじゃねえか。なら、おまえらが他に手の内にしてる不老長
生に関する商売ものの内容も、ひとつひとつ教えてもらえるかい? 気に入ったの
があれば、すべておれによこすって条件でよ」
傲慢かつ理不尽きわまりない要求にも、顔色ひとつかえずバールカイベルがうな
ずいてみせるのへ、もはや教団員たちは抗議の言葉をあげることさえ忘れて呆然と
目を見はるばかりだ。
「約束しよう、シフ・ウシャル。わが教団が手に入れたすべてのノウハウを駆使し
て、君の生命をリフレッシュしてさしあげると。では――ひきかえに、情報を」
「おっと、その手は食うかい。空手形はごめんだぜ」
ぶるると肉のついた頬を派手にふるわせながら首を左右にふってみせ、「クレオ、
ダリウス、どちらか一人いれば“解凍”とやらの手順は遂行できるようになってい
る。最初の実験にゃ、そうだな、ダリウスと、それから石化させるための実験台、
この二人だけ置いておれたちは全員避難する。そういう形でどうだ? もとより、
てめえらはそうするつもりだったんだろうが。あん?」
フ、とバールカイベルは短く笑った。
「それでいいだろう。では“石人”移行の実験台だが」
「そこにころがってる化物はどうだい?」
とジョルダン・ウシャルが指名したのは、こともあろうにバラムだった。
ふむ、と興味深げに老ウェイレンが顎に手を当て、バールカイベルもまたおもし
ろそうに笑みを浮かべた。
が、
「駄目だ。奴はおれがこの手で始末する。そういう約束だったはずだぞ、シャルカ
ーン」
ハリ・ファジル・ハーンが、仏頂面でクレームをつけた。
「それは残念だの。人間を超えた肉体とひきかえに、余命を極端に削られたはずの
強化人間が“秘法”の影響をどう受けるのか、興味あるところだが」
無責任におもしろがっていることを隠そうともせず老ウェイレンが云うのへ、フ
ァジル・ハーンは刺すような一瞥をくれた。
「ではだれか、立候補する者はいるか?」
バールカイベルがヨーリクを初めとする教団員たちをふりかえって、問いかけた。
が、先刻のウシャルとの取引に不満を感じてか、あるいはあまりにもあいまいで
得体の知れぬ不死の法に恐れをなしたか、だれ一人として名乗りあげる者はいない。