#2815/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 94/10/12 4:17 (200)
夜の虎(23) 青木無常
★内容
「おまえらもカリアッハ・ヴェーラの恩恵にあずかってる、てのか?」
く、く、く、く、と、ハリ・ファジル・ハーンをのぞく教団員たちの喉から一斉
に、冷笑があがった。
「われわれの目的は、自らを神に近づけること」
軽蔑もあらわな口調で、ヨーリクが云う。「カリアッハ・ヴェーラもその他の方
法も、不老不死が目的ではなく深甚なる神秘の具現の手段にすぎない。もとよりカ
リアッハ・ヴェーラなどの助けなどなくしても、さまざまな法によりわれらは生命
の輝きを力強く手中にしつづけている」
「なんでえ。要するにてめえらにとっても、カリアッハ・ヴェーラは高嶺の花って
ことじゃねえか」
もったいぶるな、とウシャルが鼻を鳴らすのへ、ヨーリク以下の教団員がむっと
顔を硬くした。バールカイベルはやはり、ひそかにそんなやりとりを楽しんでいる
らしい。
そういうわけか、とバラムは心中ひとりごちた。
最新型戦闘艇や恒星船を調達し、ストラトス情報機関と同等以上の情報収集力を
持ち、さらには苦もなくトーチカを占拠、維持できるだけの人員・装備を用意でき
るだけの組織力――国家がかかわらず、水面下であれ星際規模でそれをなし得ると
なればそれは、おそるべきポテンシャルを秘めた巨大企業の類にほかなるまい。
そしてその企業のあつかう商品が不死であるならば、およそ権力機構の上層部か
ら看過や、あるいは積極的な協力でさえ、得ることはさほど困難なことでもないは
ずだ。まして不老不死――人類にとって、否、あらゆる生命にとって、根本的な吸
引力を内包する商品をおさえている、となれば、資金調達もまた思いのままにちが
いあるまい。
ヨーリクのごとき、狷介で知られたスペーサーまでを積極的に協力させている背
景も、平均寿命二〜三十年の人類の亜種が、普通人なみの百年近くもの寿命を維持
できるとなればむしろ当然のことともいえる。
なれば、ヨーリクの演説の意図する高尚さとはまったく無縁の、人類が抱く根本
的な即物的欲求こそ、このアムルタート舞踏教団という組織の根幹をなしている、
ということになる。
へ、とバラムは思わず吐き捨てていた。
そのひそかな吐息を耳ざとく聞きつけたか、おもしろくもなさそうに腕組みをし
てたたずんでいたハリ・ファジル・ハーンがちらりと視線を移動させ、唇の端だけ
でほんのかすかに笑った。
くそが、気づかれてやがる――心中苦々しく自嘲しつつバラムは、このまま狸寝
入りをつづけるか起きあがって歓談の輪に加わるかを思案した。
あげく、そのまま怠惰に身動きしない道を選択した。気づいているのはファジル
・ハーンひとり。最悪に手強い相手だが、わざわざ他の者の注意まで引く必要もあ
るまい。
なにより苦痛にさいなまれる熱をもった肉体は、重量級の疲労感にのしかかられ
て、身動きひとつする気力もわかぬ倦怠に重苦しく占拠されていた。
「要するによ――」ジョルダン・ウシャルの耳ざわりなだみ声が、云った。「“ジ
ーナ・シャグラトの秘密、てのも不老不死と関係があるわけか……」
対して、嘲るような含み笑いをもらしたのはバールカイベルだった。
「とぼけることはないさ、シフ・ウシャル。君はすでにその秘密の概要を手にして
いるはずだ」
ち、とウシャルはわざとらしく舌をうってみせる。
そんな様子をさもおかしげに眺めやりながら、バールカイベルはつづけた。
「ダリウス、クレオといったね。たかだか小姓二人をつれ歩くために、拉致した相
手に崩壊した塔へ戻るよう要請するなど、およそばかげた行為に他ならない。第一、
あの惨状のなか、生きのびている確率さえほとんどなかったはずなのだからな。に
もかかわらず、シフ・ウシャル、君は“ウシャル城”にとってかえすやデータディ
スクの類には目もくれず二人の小姓を捜し、瓦礫の下で美童たちが、その外見に似
あわず頑健に生きのびていると知って――歓喜よりは安堵の息をついたそうだな。
つまり君は――美麗なる小姓に倒錯的な執着を抱いていたわけではない。噂では、
ジョルダン・ウシャルという男は性的には、貪欲だがきわめて正常な嗜好の持ち主
だ、とも聞いている」
フン、とウシャルは鼻をならした。
「人の性的嗜好にまで細かに。変態かおまえらは」
「失礼。べつに私とて個人的な興味を抱いていたわけではないが」
嘲笑を浮かべつつバールカイベルは云った。「ところで、現在のストラトス・マ
フィアの起源は百年ほど前にさかのぼるそうだね。ちょうどそのころ、それ以前に
存在していた組織が潰滅し、新しい暗黒街の支配体制が定着した」
「それがどうしたってんだ」
憮然と問うウシャルに、バールカイベルはなおも意味ありげな微笑を崩さないま
ま、
「今は君が組織の全権を掌握している。それ以前にも幾度か交代劇が行われてきた
が、なぜか初代の統治者の正体は明らかにはされていない。よほど巧妙に、その存
在を影におきつづけてきたのだろう」
「安心しろ。とっくの昔にあの世にいってる」
「知っている」
バールカイベルは静かに云った。いぶかしげに寄せられたウシャルの眉が、つづ
くバールカイベルの言葉に、驚愕に震えた。「ストラトス情報部もね」
「なんだと?」
わめく“帝王”をバールカイベルは軽く手を上げて制し、つづけた。
「パーン・タウカリ。ストラトスを中心とした巨大企業T・A・グループのかつて
の巨頭。――彼は男色趣味でも名高く、その側にはつねに二人の美童がよりそって
いた、という話は当時かなり有名な事実だったそうだね。もっともその二人の美童
は、タウカリを狙ったテロで命を落とし、一命をとりとめたタウカリもそれ以後は
表だって小姓をはべらすのはやめたということでもある。したがって、テロ事件で
命を落とした二人の小姓の遺伝情報をもとにして、まったく同じ外見を持つ人造人
間がつくられたことは一般にはほとんど知られてはいない。まして――その二人の
人造人間が、神経系に特殊な措置をほどこされた一種の記憶装置であることなど、
代々それをめぐって暗闘をくり広げてきたマフィアの統治者たち以外に知っている
ものなど皆無――と、そう、君たちは思っていたわけだ」
ぎり、とウシャルは歯ぎしりの音が聞こえてきそうな顔でバールカイベルをにら
みつけた。
「だが、ストラトス情報部はそれを知っていた。知っていながら放置していたのは、
タウカリという巨頭を失ってストラトス・マフィアがさほどの脅威ではなくなった
ことと――今では唯一、自分たちがその概要を把握しているある重大な秘密が、破
棄するにはあまりに魅力的だが行使するにはあまりに危険すぎることを承知してい
たかららしい」
「それが、ジーナ・シャグラトの秘密……かよ」
ウシャルの問いに、バールカイベルは静かにうなずいてみせる。
「われわれがその情報を手に入れることができたのは、ストラトス情報部を退役し
たある人物をわれわれのネットワークの一端に加えることができたときだ。その人
物は、この件に関してはごく表層的に触れることしかできない立場にあったらしく、
くわしい情報は得られなかった。だが、それが今までわれわれが得てきたものとは
まるでかけ離れた概念の、不死に関する秘密らしいということは知っていた。だか
らわれわれは時間をかけて周辺をさぐりまわった後、いささか乱暴な手段でその厳
重なガードを衝き崩すことにした、というわけだ」
いささか乱暴、か、とバラムはひそかに鼻で笑った。
その“いささか”の内実は、ストラトス情報部を脅す目的だけでひとつの都市を
蒸発させ、ひとつの惑星系のバランスを破壊して、死の世界を約束した、というこ
とになる。
そしてさらにそれは、それ以前に表立っては行われない、物騒かつ残虐な暗闘が
ひととおり行使されたことを示してもいる。
「彼らにもプライドというものがあったのだろうな。すべてのカードを開示しても
らう、というわけにはいかなかったよ。ストラトス・マフィアの統治者。そしてハ
ニ・ガラハッド。それから、不死人の概要とそれに関わる七三年前の事件の裏にひ
そむ事実と、それから推測のいくつか。与えられた糸口はいささか頼りない代物だ
った。マフィアの黒幕の方は“秘密”についてかけらほどの知識も持ってはいなか
ったし、もう一人の人物は人間としての暮らしさえ投げうって、行方や生死さえあ
いまいだったのだから。しかしどうやら、われわれは運がよかったようだ。必要な
ものはほぼ、こうして手もとにそろえることができた。タウカリが遺した、秘法の
手順。そしてジーナ・シャグラト」
ウシャルが、そしてバラムが、目をむいた。
観客の反応を楽しむように、バールカイベルは満面に笑みをうかべながら、役者
めいたしぐさでわざとらしく手をあげてみせた。
「ジーナ・シャグラトだ」
20.ジーナ・シャグラト
さしのべられた手の先に、廃寺をつつみこんだ青い森を背に立っているのは――
老ウェイレンだった。
いぶかしげに眉をよせるウシャル一行より速く、やや遠まきに眺めやっていたバ
ラムは気づいていた。
老ウェイレンの頭上に、まるで衛星のように浮遊している、結晶でできた天使の
彫像に。
乳白色の、奇怪な透明感のある素材でできた彫像はいま、イムジェの反射光を受
けて異様に青白く輝いていた。
「ラベンの天使像?」
いぶかしげに眉をよせたウシャルが、問いかけた。「そうだろう? これがジョ
シュアーンの遺産とどう関係があるってんだ?」
「ラベンの七天使を空中庭園に寄贈したのはプラサド財団という名の、いささか冴
えない名士の名を冠せられた機関だ。ご存じかな?」
「知るか、そんなもん」
バラムの心中を代弁するようなウシャルの返答に、バールカイベルは薄く笑った。
「プラサド財団は、ストラトス情報部の古くからの隠れ蓑のひとつだ」
ウシャルの眉が、ひくりと震える。
「それで?」
短く先をうながした。
バールカイベルもまた真顔でうなずいてから、逆に問いかけた。
「ジョシュアーンの遺産について、記憶庫であるダリウスとクレオからどれだけの
ことを聞いている?」
「クレオ、ダリウス。“シャグラトの秘密”とは何だ」
隠しても無駄ととったか、あるいは何か企んででもいるのか、いささかの躊躇も
なくウシャルは背後に控える無表情な二人の美童をふりかえって命じた。
小姓たちは抑揚を欠いた口調で、異口同音に口にしはじめた。
「ジョシュアタルダス、ラウダス近郊の先史文明人の遺跡から掘り出された発掘物
の中に、不死の秘法について書かれた石板が見つかった。比喩と象徴にあふれて、
それが具体的に何を示しているのかは長い間不明だったが、アルウィン・シャグラ
ト教授の研究によりそれが単なる象徴ではなく、まさに人類型生命体を神にも近い
不老不死の肉体を持つ超生命体へと、進化させる秘法であることが明らかになった。
そしてさらに、その秘法をほどこされた先史文明人が今も眠っているらしい、とい
う仮説的な解釈が立てられた。不死の秘法は、特殊な形の睡眠と、さらにはその覚
醒の過程までもが、必要不可欠な措置であるというのである。また、新たに不死人
生成の過程に入る時も、その覚醒時の変化を流用できるという。そして解読された
石板の内容にはさらに、何らかの形で眠りについているはずの先史文明人を覚醒さ
せる方法も含まれていた。その方法とはまず――」
「そこまでだ」
ウシャルがニヤニヤ笑いをうかべつつ宣言するや、二人の小姓は断ち切ったよう
に口をつぐんだ。
「つづけてくれ」
バールカイベルが云ったが、美童たちはぴくりとも反応しない。
「命綱を簡単に手放すわけにはいかねえな」
笑いながらウシャルは云った。「ましてそれが、高く売れそうだ、となるとよ」
フ、とバールカイベルもまた笑った。
「商談にはいつでも応じるよ」
「その前に、説明のつづきだ。ジーナ・シャグラトてのはアルウィン・シャグラト
教授とやらの係累だろう。それが不死の秘法やら、そこにふわふわ浮かんでる彫像
やらとどう関係――」
そこまで云いかけて、ジョルダン・ウシャルは、はっとしたように口をつぐんだ。
「そのとおりだ」
静かに、バールカイベルがうなずいてみせた。「プラサド財団によって寄贈され
たラベンの天使像――それこそが、不死の階梯に踏みだした――ジーナ・シャグラ
トなのだ」
「つまり」
と、ウシャルは困惑もあらわに、呆然とした体で、つぶやくようにして云った。
「あれが――あれがつまり――つまり、そういうことか。ジーナ・シャグラトがそ
の、つまり――」
「眠り姫……」
要領を得ないウシャルを補足するように、マダム・ブラッドがつぶやいた。
「そのとおりだ」
バールカイベルは静かに、うなずいてみせた。「珪素生物、という仮説は有名だ
が、われわれ人類はいまだその生命形態には遭遇してはいない。あるいは、遭遇し
てはいるのだがその形態があまりにもわれわれのそれと異質でかけ離れているため
に、人類はいまだにそのことに気づいてさえいないのだ、と口にする者もある。―
―この“天使像”を目にすると、いささか意味はちがっているのかもしれないが正
にそのとおりなのかもしれない、と私は思う。この像は今日まで、われわれの手で
さまざまな分析を加えられてきた。だが今のところ生命体としての兆候はまったく
発見できていない。おそらくは何か、根本的なものを見逃しているためだろう。そ
してわれわれと同様、ストラトス情報部もまた、たいした成果を手にしているわけ
ではないようだ。でなければ――カムフラージュと、そしてもうひとつ目的がある
とはいえ、いつまでも公園の真ん中などに、これほど重大な意味を内包する物体を
放置してはいないだろうから、な」
「偽物じゃねえのか?」
疑わしげな顔を浮かべて問いかけるウシャルに、バールカイベルは寛大な微笑を
うかべてみせた。
「実をいえば、その可能性はないでもない。われわれが警告を発してからこの像を
手に入れるまでに、よくできたダミーとすりかえる時間はたっぷりとあったのは事