AWC 夜の虎(14)       青木無常


        
#2806/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  94/10/12   3:39  (200)
夜の虎(14)       青木無常
★内容
 そのよどんだ目が、いかにも気がすすまないと云いたげによろよろと虚空をさま
よったあげく、どんよりと眼下のマリッドに向けられた。
 膝まずいて手を胸前に組んだまま、マリッドは弱々しい光の中の幻像に向けて、
ためらいのない視線を結んだ。
「ハニ・ガラハッド?」
 問うた。
 とんでもない問いかけも、眼前に浮かぶおぼろな像を前にしては違和感ひとつ浮
かばせない。バラムにしても、お伽話程度には知識があった。
 屍魂召還者。あるいは単に巫女、とも呼ばれることがある。死者の魂を招び出し
て会話を交わす――神聖銀河帝国における神秘のヴェールにつつまれた魔道士たち
の、種々の秘法の中でも代表的な技術のひとつだ。
 科学的にはいまだにいっさいの証明を下されぬまま、美しき宇宙の調和からはず
れた異形の不協和音としてその存在だけが消極的に認知された、不可知の闇に属す
る技術のひとつ。
 もっとも、機能もその検証方法も確定してはいない以上、帝国のみならずフェイ
シスやエル・エマド圏内においても種々の詐欺、詐称の横行する分野であることも
また事実で、すくなくともバラムはこの種の技術がまごうかたなき真実である、と
いう場面を目のあたりにしたことはこれまで一度としてなかった。
 どうやらこれは、その初めての機会というやつらしい。
 バラムは内心の驚愕を抑えこんで無言のまま、なりゆきを見守ることにした。
「ハニ・ガラハッド? 隠者ハニなの? 答えなさい」
 淡々とした口調で命ずるマリッドに向けて、浮遊するおぼろな幻像はいやいやを
するようなしぐさで、唇をわななかせながら、つぶやくようにして声を発した。
「行かせて……くれ……。行かせて……」
「まだダメよ、隠者ハニ」
 冷徹な口調で、容赦なくマリッドは云った。「わたしの質問に答えてから。だれ
に殺されたの?」
「頼んだのだ……」
 魂魄は、苦痛の底に恍惚をひそめた口調で答えた。「苦しみに充ちたこの世界は
……もう……たくさんだ……」
「だれに殺されたの?」
 辛抱強く、マリッドはくりかえす。隠者ハニはあきらめたように、答えた。
「小男……それと、ラトアト・ラ人……」
 無言のまま、バラムは眉をひそめる。
 小男というのはクンリーのことだろう。となれば、バラムの胸に銀針を打ち込ん
だあの影だけの老人が、ラトアト・ラ人、ということか。
 低重力下でつちかわれた強靭な体力と、なによりも音声を中心とした強力な催眠
技術をもつとされるラトアト・ラ人は、敵にするにはやっかいな相手だった。
「殺される前に、彼らに尋問を受けたはずね?」
 浮遊するおぼろな像がうつろにうなずくのを待って、マリッドはつづけた。「何
を聞かれたの? その時に答えたことをすべて、もう一度くりかえして」
「ジーナ……シャグラトの秘密……」
「すべて答えなさい」
 強い口調で、マリッドはくりかえした。
 魂魄は哀しげな視線をうつろにただよわせて長い沈黙をおいた後、口を開いた。
「ジョシュアーンの……秘法だ……。死と……再生にまつわる……。その方法はわ
しにはわからない……。知っているのは……アルウィン・シャグラト教授と……ジ
ーナだけだった……」
「それはラウダスの滅亡に関係あるの?」
 問いに、隠者ハニは首を左右にふってみせた。否定のしぐさかと思ったが、どう
やらいやいやをしているらしい。次のセリフで、それと知れた。
「忘れたい……」
「浄化すればすべての記憶は天に溶けるわ」
 やさしげな口調で、マリッドは云った。「だから今のうちに、ぜんぶ話しておき
なさい」
 おーこわ、とひそやかにバラムがつぶやいた時、初めてマリッドがちらりとふり
むいてみせた。刺すような視線で、黙ってて、と低くつぶやく。
「秘法を……再現したのだ……。それでラウダスは消えた……」
 さらに先を待つようにして長い間マリッドは沈黙していたが、隠者ハニはそれ以
上は語ろうとはせず揺らめいているばかりだった。
 ため息とともに、マリッドはふたたび問うた。
「アルウィンとジーナは、どうなったの?」
 知らない、と隠者はうらめしげな口調で答えただけだった。
「ほかにそのことを知っている者は?」
「死んだ……みんな死んだ……闇と……光に呑まれて……収斂して死んだ……」
「それはどういう意味?」
 困惑もあらわに問いかけてみたが、どれだけ強く命じても隠者は哀しげな顔で首
を左右にふるばかりだった。
 歯がみとともにあきらめかけ、新たな質問に切りかえようとしたとき、ハニがふ
いに口を開いた。
「シャグラト教授の……後援者……」
 バラムもマリッドも目をむいた。
「それはだれ? その人なら、ジョシュアーンの秘法について何か知っているの?」
「かも、知れぬ……」
「それはウシャルか? ジョルダン・ウシャルか?」
 性急な口調で問うバラムを、今度はマリッドも咎めずにいた。
 が、ハニ・ガラハッドの魂魄は力なく首を左右にふっただけだった。
「ジョルダン・ウシャルのことを知っている?」
 失望もあらわにマリッドが訊く。答えは予想どおり、否定だった。
「なら、その後援者は? 名前はなんていうの? 住んでいるところは?」
「住所は知らない……。わしは……秘法の解明には直接は関わってはいない……。
名前は……タウカリ……ほかは知らない……」
「そのタウカリという人は、今でも生きているの? ラウダスで死んではいないの?」
「知らない……ラウダスには……いたかもしれない……いなかったかも……」
「ストラトス情報部はどう関わる?」
 バラムが訊いた。「ジョシュア分室だ」
 が、隠者ハニは、知らない、と弱々しくつぶやきながら首を左右にふるうばかり
だった。
「ほかにジョシュアーンの秘法に関わることで、何かある?」
「死と再生……」
 隠者は激しく揺らめきながら、うわ言のようにくりかえしはじめた。「死と……
再生……。ジョシュアーンの……忘れたい……身がわりにジーナが……ジーナが…
…ラベナドに……アルガの天使……天使……死……」
 待って、とマリッドが叫ぶより速く、幻像は弾けるようにまばゆく輝いた一瞬の
後――消えた。
 濃い、おしよせるような沈黙をともなった闇が降りかかった。
 そのまま、永遠とも思えるような時が過ぎた。
 ふと思い出したようにハンドライトがまたたき、惚けた光でつつましく闇を照ら
し出したときも、二人は放心したまま、ただたたずんでいただけだった。
 屍骸と臓物にたかる小動物の数が増えていた。
 それ以外は、何も変わってはいない。
「けっきょく」
 長い沈黙の後、バラムがため息とともにつぶやいた。「何もわからなかったな」
「そうでもないわ」
 これも消沈した口調で、それでもマリッドはバラムの言葉を否定した。「手がか
りはつかんだもの」
 片眉をつりあげて疑問を呈するバラムに、マリッドは力なく微笑みながら答えた。
「ラベナド。アルガの天使。すくなくとも行ってみる先だけはできたわよ」

    12.不穏の律動

 3Dフェイスにひしめく群衆の姿が映る。
 パンアップ。
 緑の庭園。人工の森と流水。レストハウス。赤煉瓦のペーヴメント。舞台装置は
この上なくのどかで、まさかそのどこかに、隣接惑星ジョシュアを揺るがせている
悲劇の現況が一部、隠されているなどとは想像だにできない。
 ひしめく群衆の顔は、頭上の蒼穹の彼方にひそむ惑星を襲うカタストロフの波及
効果を懸念してか、かすかに不安と憐憫とを浮かばせてはいる。だがしょせんは他
人事だ。
 第四惑星ジョシュア全土を蹂躙する悪夢のような気象異変に、恐怖に駆られた人
々は逃げ場を求めて救いがたい暴走をつづけている。その余波はすでに、ここ第三
惑星ラベナドにもおしよせはじめてはいるが、少なくともこの空中庭園にはその牙
のとどく余裕はないらしい。
 CRTの光景がゆっくりと旋回した。
 シャトル発着場。祝祭日でもないわりには、スペースはずいぶん埋まっている。
が、先の光景とはちがってそこには、あきらかな異変がしのびよっていた。
 おそらくその兆候に最初に気づかされたのは、地上へ、あるいは軌道上への帰途
につこうとライナーや自家用機に戻りかけた連中だったのだろう。整然と区画され
たポートはなかば近くまで溶融し、どろどろにとろけたガラス質の傷痕をさらけ出
していた。残された半分の区画も、まるで巨人の癇癪の一撃をでもくらったように
ぐしゃぐしゃに崩壊し、とうぜん駐機していた機器もまたほとんどすべてが使いも
のにならなくなっていた。
 着陸できるスペースはほとんど見あたらない。
 パイロットはかなり上空で浮遊艇を旋回させながら降下場所を検討していたが、
やがて無造作に機体をおろしはじめた。
 とたん、前方に派手なスパークをまきちらしながら巨大な雷球がぐわりと拡大し
た。
「や、なに?」
 と小さく悲鳴をあげたのはマリッドだ。パイロットは顔をこわばらせつつも、み
ごとな操艇で不意の攻撃を回避して、ふたたび機体を上昇させる。
「奴らだ」
 バラムは発着場の一角に巣くった三つのフードの人影を指さした。「見ろ。グレ
ネードランチャーかまえてやがる。プラズマ弾のストックもたっぷりあるようだぜ」
 言葉どおり、CRT内部では橙色のフードつき長衣に身をつつんだ異装の三人に
とり囲まれるようにして、天にむけて屹立したランチャーの鈍色に輝く筒と、そし
て数十個単位の軍用プラズマ弾収納ケースが何段にも重ねて置かれている。
 一人がマシンブラスタを手にして遠巻きに眺めやる一部の群衆を威嚇、残りの二
人は頭上をふりあおいで、着陸できずに旋回するいくつかのフライアを注意深く観
察している。
「近づきすぎたフライアには、いまみたいに威嚇をくらわせる、というところだな」
 緊張をあらわにしつつ、パイロットが解説を加えた。「道理で戻ってくるライナ
ーやフライアが多いはずだ」
「いまのところは、威嚇だけですんでるみたいね」
 と、これはマリッドの分析だ。画面内部にはすくなくとも死体や怪我人の類は見
うけられず、撃墜されたフライアのあげる煙塊も周囲には見られない。
「アムルタートの連中かしら」
「たぶんな」
 バラムが答えた。「どうやらおれたちは正しい道を選択しているらしいぜ。いず
れにしろ、簡単には降りさせてもらえないらしいがな」
 言葉に反応してか、どうする、とでも云いたげにパイロットが、マリッドとバラ
ムとを交互に見やった。
「飛び降りるしかなさそうだ」
「――空から? あそこまで?」
 バラムの独白に、マリッドはあきれはてたように云った。
「おまえに、ついてこい、などと云うつもりはないさ」
「あら、つれないじゃない。それが今まで幾度となく助けてもらった男のセリフ?」
「感謝はしてるさ」
 ニヤリと笑いつつ横目で見やるのへ、マリッドは鼻白んだように頬をふくらませ
てみせた。笑いながらバラムは、操縦席に声をかける。
「てきとうに近づけてくれ。勝手に降下する」
「危険だ」
 すっとんきょうな声音で答えが返る。「ランチャーだけならともかく、ブラスタ
ーはかなりやっかいだ。それに連中の武装があれだけとはかぎらないんだぜ」
「なんとかするさ」
 軽い口調で応じるバラムに、マリッドがあきれたように視線をむけ、
「わたしには無理よ」
「だからおとなしくここで待ってろ」
「おことわり。あんたに、あたしを抱いて飛び降りてもらうわ。いいでしょ? こ
れほどの美女を横抱きにして、さっそうと天から降るなんて、まず二度と機会はな
いわよ」
「残念だが、おれには役不足だ」
「あら、たたいてた大口、どこにいったの?」
「大口じゃない。おれ一人なら、プラズマ弾の射程外からでも降下は可能だ。しか
し体重が倍に増えれば、おのずと話がちがってくる」
「あたしそんなに太ってないわよ」
 不満げにもらすマリッドを横目に、
「じゃ、射程内の半分まで降下するか」
 意外にもパイロットが妥協案を提案した。「できるか?」
「気がすすまんな」
「できるのね?」
 マリッドがたたみかける。バラムは小さくため息をついた。
「一瞬でいい。連中が狙い撃ちする中で静止できるか?」
「やってみるよ」
 あきらめたような口調で、パイロットが云った。「気はすすまんがね」
「決定ね」
 勝ちほこったように、マリッド。「雇い主の意向にしたがってもらうわよ」
「仕事を受けた覚えはない」
 仏頂面でバラムがひとりごちる。「このごたごたがすべてかたづいたら、おまえ
ら二人ともしめ殺してやる。逃げるなよ」
「承知した。いくぞ」




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