AWC 夜の虎(11)       青木無常


        
#2803/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  94/10/12   3:28  (200)
夜の虎(11)       青木無常
★内容
やら完全に居眠りしたままだ。酷使のせいばかりではあるまい。予想はされていた。
超人への移行はそのまま、廃人と、そして死への加速でもある。すべての機能に、
いよいよ齟齬が生じはじめているのだろう。
 それでも、意識はあった。肉体は激甚な痛撃にきしみつつも動いたし、感覚もま
たたしかに外界を認識している。
「マリッド」
 叫んだつもりだったが、弱々しいうめき声がもれ出ただけだった。
 血泡をしきりに唾液にのせて飛ばすマリッドの姿を視界におさめる。胸脇に流し
てもなお、窒息させかねないほど大量の血を吐かせるほどの衝撃をハーンに与えら
れた、というところか。
 答えようとしてなおも咳こみ、無数の粒となってただよう血玉が顔にはりつかな
いようにハンドレールづたいに後方にいざりつづける。
 そしてふいに、建造物の奥深くから、巨大なハンマーで打たれるような轟音が轟
きわたった。
「やつら……!」
 不吉な予感に、歯がみしつつバラムはうめいた。
 際限なく血泡を吐きつづけながらマリッドもまた、くやしげに眉根をよせる。
 なおも身体を荒れ狂う苦痛を同伴したまま、バラムは弱々しくただようマリッド
の手をつかみ、引いた。
 ふたたび、轟音と衝撃が構築を震わせた。
 ハンドレールづたいにブロック出口をくぐり、通廊に踊り出た。ホムンクルスを
垣間みた窓から、今度はおそるべき光景が目に入った。
 トーチカの構築が、端から爆光を放ちながら崩壊しはじめている。
 爆散する瓦礫の塊がふたつ。そして、さらに轟音と衝撃とが重なり、同時に窓外
で三つめの閃光が開花した。
「くそが……とんだ行きがけの駄賃だぜ」
 罵声というよりはため息のようにバラムはつぶやく。
 震動が激甚にトーチカを揺さぶっていた。遠く近く、爆発音が轟きわたる。
 構造材がぎしぎしと盛大に悲鳴をあげ、一角にびしりと亀裂が走りぬけた。
 風が吹いた。最初はかすかに。だがすぐに、うなりを上げはじめる。どこか近く
で、気密が破られたのだ。時間がない。
 いたるところで炎が炸裂し、気流は乱流となって逆巻いた。
 だしぬけに眼前に、火球が爆発する。
 後方に向けて、床を蹴る。
 間にあわない。
 熱波が顔面を焼いた。爆風が全身をたたく。
 バラムは掌をかざして、祈るような気持ちとともに気を放った。
 効果があったのかなかったのかは判然としない。とにかく二人もつれあったまま
反転し、壁に叩きつけられた。
 ぐう、と、うめきがもれた。
「バラム――」
 吐血が一段落したか、呆然と目をむきながらマリッドが云った。
 身を呈して、激突からバラムがマリッドを保護したように見えたのだ。
 暗殺者は苦痛に顔を歪めつつ、フンと憎々しげに鼻の頭にしわをよせただけで、
再度壁を蹴りつけた。
「――思ったより、あんたバカね」
 移動する耳もとで、静かなささやき声が強化人間の耳に心地よく届けられた。
「黙ってろ怪我人が」
 ぶっきら棒な応えが返る。
 死ととなりあわせの極限状況で、マリッドは、心底愉快そうに、声を立てて笑っ
た。
「あんた、けっこう嫌いじゃないわ」
 笑いながらそう云った。
 唇の端にうかんだ笑みを隠すようにバラムは顔をそらした。
 プラットフォーム中央。ベースに固定された緊急脱出用ポッド――ギアがはずれ、
全体が傾いているが奇跡的に無傷だ。アムルタート舞踏教団の物騒な置きみやげも、
ここにまではおよばなかったらしい。気づかなかったのか、あるいは――ちょっと
した賭気分の稚気のあらわれか。
 壁に設置されたエントランスにとびついた。側面のパネルを開き、まさぐる。表
示ランプはレッド。手動で開くしかない。
 背後から炎塊が噴き出した。圧を解き、扉に手をかける。少しすべって、停止し
た。歪んでいるらしい。
「くそめ」
 吐いた悪罵は、癇癪を起こした子どものように響きわたった。
 微笑とともに、ささやき声が耳もとに吹きかけた。
「あんたでも吐くのね、弱音」
「ずいぶん呑気だな、おまえ」
 呆れたように――それでも幾分かは救われつつ、応答した。
「まかせて」
 弱々しく、マリッドは手を差し出し、開きかけた扉の端に手をかけた。
 音もなく滑りはじめた。
「どんな魔法だ」
 間髪入れず飛びこみながらバラムが訊くのへ、
「ただの力まかせ」
 云って、マリッドは微笑んでみせた。
 熱塊が後を追って転がりこんでくる。扉は閉まるが、ポッド内部の温度が一気に
上昇した。
 狭苦しい内部でもつれるように重なりつつ、射出ボタンを押した。
 コオ、とため息のような音が四周にぬけ、ぐらりと揺れた一瞬後、浮揚感が訪れ
た。
 ほとんど同時に、衝撃。
 掌ほどの小窓の外に、炎が充満するのが見えた。
 自然な射出なのか、それとも爆裂する炎流に押し退けられたのかよくわからない。
ともあれ、噴き上がる紅蓮の舌と競争をするように前になりつ後ろになりつポッド
は虚空に飛び出していた。
 トーチカの全景がリアヴュウにうかぶ。見わたすかぎり爆柱の列。
「助かったね」弱々しい口調で、マリッドがささやいた。「運がよかったわ」
 バラムは目を閉じて薄く笑い、首を左右にふってみせた。
「目的はまるっきりだ。最悪だぜ」
 それから開いた目でマリッドを見つめ、つけ加えた。「生きちゃいるがな」
「最高じゃない」
 どこか楽しげに、マリッドもまた微笑んだ。

  第U部 地下生活者たちの憂鬱

    10.廃虚の猟獣

 かすんだ視界が、ふいに焦点を結んだ。
 その先に、淡く微笑する、眉の濃い少年めいた美貌があった。
 ふん、とバラムも鼻を鳴らして笑ってみせる。
「ずいぶんと眠っていたものね」
 からかうような口調でマリッドは云った。
 簡素な、白い衣服にその小柄な肢体をつつんでいる。視界に入る室内の様子も白
を基調にそっけなく統一されているところを見るとまちがいなく、病院のベッドの
上だ。
「やつらはどうした?」
 おのれの内部の、生の感触を快く手さぐりした後、バラムは静かに問うた。
「今のところ何も情報はないわ。沈黙したまま」
「逃げたのか?」
「トーチカにいた恒星船は行方しれずね。すでにストラトスからは脱出した可能性
も、ないわけじゃない」
「つまりその可能性は薄いってことだな?」
「まあね」
 マリッドはうなずいてみせる。「ジョルダン・ウシャルを手中にすれば何もかも
OK、ってわけでもないみたい」
「くわしく説明してくれ」
「と、いわれてもね」
 あいまいに笑いながら肩をすくめてみせた。「やっぱり情報部にとっては、あた
しだって部外者だから。何を訊いても知らぬ存ぜぬよ。個人的に調べた部分なら、
多少は進展してるけど。ききたい?」
「もちろん」
 うなずくと、マリッドは得意げに笑った。
「以前シャグラトって姓はジョシュア近辺に分布してるって教えたわね。でもジー
ナ・シャグラトはいなかった。だから、過去五百年にわたってレンジを広げてみた
の」
「いたのか?」
 半身を乗り出すバラムに、マリッドは微笑みながら深くうなずいた。
「七三年前。ジョシュアタルダスのラウダスシティ。彼女、つまりジーナ・シャグ
ラトが死んだ年よ」
「ラウダス? 聞いたことがあるな」
「あんたけっこう呑気者ね。ストラトスでラウダス、七三年前っていってピンと来
ない人って、かなりの少数派だと思うけど」
「よけいなお世話だ」
「じゃ、ジョシュアーン、て言葉に聞き覚えは?」
「バカにするない」
 仏頂面でバラムは答えた。「先史文明人の一種だろう? ストラトスの、それも
とくにジョシュアとその四つの衛星に広く遺跡を遺した連中だ。文明の内容も滅亡
の原因も不明だが、すくなくとも二万年ぐらい前までは繁栄していた。外見は地球
人に酷似しているらしいな」
「解答としてはだいたい模範的ね。じゃあもとに戻るわよ。七三年前、ジョシュア
タルダスの一角でで異変が起こってシティがひとつ、まるごと消えてなくなった事
件があったの」
「それがラウダス、か」
 思い出した、といった顔つきでバラムはうなずいてみせた。「で?」
「異変の全貌は今もってヴェールの向こう側だけど、都市が消えてなくなる直前、
ラウダスとその周辺地域でエネルギーが一瞬にして枯渇した、という話よね。その
後、閃光とともにラウダスは蒸発したように消失し、あとにはえぐりとったような
半球状の、ガラス化した大地が残されていた。この前のニフレタ蒸発をのぞけば、
ストラトス最大の惨事として名高いわ。しかも、ニフレタの場合とはちがってラウ
ダス消失は、その原因さえわかっていない」
「それが関わりあるってのか。“ジーナ・シャグラトの秘密”とやらと」
「そこまではいえないけどね。でも、すくなくともジーナ・シャグラトという女性
がラウダスの消失現場にいあわせた、というのは事実らしいわ。それにもうひとつ」
「なんだ?」
「ジーナはラウダス大学の助手だったの。そして彼女の父、アルウィン・シャグラ
トは同大学の教授。専攻は二人ともジョシュア考古学ね。とくにお父さんのアルウ
ィンの方は、ジョシュアーンのことに関しては銀河有数の権威だったそうよ。もっ
ともラウダスの消失事件とともにジョシュアーン関連の資料も多くが失われたらし
いし、研究者もかなりの数が鬼籍に入ったんだって。ことジョシュアーンのことに
関してはラウダス大学の右に出る研究機関はなかったし、したがってジョシュアー
ンの研究者はほとんどがラウダスかその近辺に在住してたってわけ」
「ふん」
 短くうなっただけで、バラムはしばし考えるように沈黙した。「つまり“ジーナ
・シャグラトの秘密”てな、ジョシュアーンに関わりがある、と」
「かもしれない、ってところね。確信はないわ。でもほかに手がかりはないし」
「ずいぶんとあいまいな手がかりだ。第一、生き残りがいないってんじゃどこをど
う探せばいいのやら」
 自嘲気味に笑いつつバラムが云うのへ、マリッドは笑いながら首を左右にふって
みせた。
「アルウィンもジーナも死んじゃっていないのは事実だけど、一人だけおもしろい
人がいるの。しかも、あたしたちが今いるクラルシティの、ごく近くにね。その人
はアルウィンとならんでジョシュア考古学のことを研究していた碩学で、消失の二
年前に行われた大規模な遺跡発掘にも、アルウィンやジーナといっしょにたずさわ
っているのよ。消失事件の時は偶然、クラルの実家に里帰りしてて奇禍を免れたら
しいわ」
「ほう」
 と短くうなっただけで、バラムは視線で先をうながした。
 マリッドはうなずいてみせながらも、ふいに暗い顔になった。
「でもその人の正確な居場所は、現在は不明ってことになってるの。どうもあの事
件の直後くらいに大学から姿を消して、家族とも接触を断ってしまったらしくって
ね。その人を見かけたって噂はあるんだけど、その見かけた場所を考えてみると信
憑性はかなり低いわ。事実、家族が真偽のほどを確かめてみたらしいけど、はかば
かしい結果は得られなかったって」
「どこだ、そこは?」
「クラルの郊外に、かなり深く沈下して見捨てられた旧市街があるのは知ってる?」
「ああ。タチのよくない連中がたむろしてる場所だ」
「見かけたのは、そのタチのよくない連中らしいわ。しかも噂の場所が、そういっ
た人たちでさえ近づきたがらないような、日の光も届かない地下の深部。うさんく
さいでしょ? でも他に手がかりはない」
「なら、行くしかなさそうだな」
「よろしくね、ダーリン」
 バラムがうろんげに眉をしかめてみせるのへ、おかしげに声を立てて笑いながら
マリッドは云った。「もう少し調べておきたいから、あたしは遅れていくことにな
ると思うわ。一足先に様子みといて。だいじょうぶ、情報部の連中には、一時手を
組むってことであんたのことは納得させてあるから」
「人使いの荒いこったな」
 苦笑しながらバラムはつぶやき、「で、その碩学の名は?」
「ハニ・ガラハッド。クラルの見捨てられた地下都市では、隠者ハニ、という名で
知られているらしいわね」





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