AWC >OVER THE END OF THE WORLD (3) クーバチャイ


        
#2790/5495 長編
★タイトル (SKH     )  94/10/ 5   1:22  (144)
>OVER THE END OF THE WORLD (3)     クーバチャイ
★内容


 ピサノが言ったことは、だいたいその通りだった。機材を運ぶのに一頭、ポリタン
クをぶら下げるのに一頭、ザイツと残り少なくなった食料を運ぶのに一頭、この貧血
気味の三頭を残して、その他のラクダは吸い尽くされた。オアシスで水を補給した後
も、旅を続けることの出来る、ぎりぎりの数のラクダしかが残されなかった。
 砂の海から硬い岩の斜面に上陸したのは、島を見つけてから二日たった朝だった。
思っていたよりもはるかに大きく露出した岩盤だ。ジェイコブスは、柔らかだった朝
の日差しが強烈なものに変わっていく中、水分の痕跡を探し求めた。場所はこの岩肌
のどこか、地中深くからこの地上まで岩盤が貫いていると考えると、地下の水脈がこ
の岩盤にあたり地上の亀裂か岩盤の継ぎ目から吹き出し、低い場所に向かって流れて
いるはずだ。しかし、そんなものはどこにもない。周囲一KM足らずの島の波打ち際
に水の痕跡は見つけられなかった。
「まさか、」ジェイコブスは呟いた。考えがもうろうとした頭の中で駆けめぐる。イ
ンクが乾かないうちに地図を畳んだときに写ったのか、違う、写ったらあんなに濃い
青にはならないはずだ。データ処理のちょっとしたミスか、これもない。自分の思い
違い、これもない。あんなに毎日眺めてここにたどり着く日を心待ちにして、夢にま
で見たのに。手にすくった水を口に運びかけて目が覚めるせつない夢。誰かの悪戯、
誰の?
 斜面の途中にテントを張ってその日陰で休んでいる旅人の痛いほどの期待に満ちた
視線をジェイコブスは感じた。ここまでみんなを連れてきたのは間違いなく自分なの
だ。水がなかったなんてどうして言える? それは死を宣告するのに等しい、いや、
そのものだ。ジェイコブスはこの島の斜面を頂に向かって登りながら、テントの傍ら
を黙って通り過ぎた。そうすることで、水が見つかっていない事を察して欲しかった。
「おい、ジェイコブス、水はあったのか?」
誰が言ったのかはっきりしない声に振り返ると、テントの日陰で死神にとりつかれた
ような表情を浮かべた顔顔顔が見ている。ジェイコブスは走って逃げたかった。もち
ろん、それだけの体力と気力が残っていればそうしただろう。出来るだけのことをし
よう。ジェイコブスはうつろな笑みを浮かべて声に応えた。そして、天幕に背を向け
ると、頂をめざして歩き始めた。乾いた熱い空気に喉がヒリヒリと痛む。一歩踏み出
すのが重労働に変わっていく。ジェイコブスはかすむ視界の中で島の頂に意識を集中
し、たった一つのことを誓った、あそこで死のうと。
 少しの予備を残して、食料が各自に割り当てられ、それぞれに飢えを強要していた。
意味不明な笑いを残して斜面を登っていったジェイコブスを見送った天幕の下の旅人
達は、それぞれに修羅場を迎えていた。
 キアラは幻聴に悩まされつつ、飢えと乾きと脈打つ激しい頭痛と戦っていた。その
幻聴が、一瞬の絶叫にかき消された。斜面の頂上付近からそれは聞こえた。
「どうした〜?」
寝転がったコクランがつぶやきのような叫び声を空に向けた。
「バカ、」キアラは小さく呟いた。
そして、天幕の外に顔を出してまぶしい空を見上げると、ジェイコブスが斜面の頂上
で大きく手を振っている。キアラはサングラスをかけて外に出た。腰に手を当てて斜
面の頂上を見上げてキアラが叫んだ。
「どうしたの!」大声を出すと頭がひどく痛む。片目を閉じてこめかみを押さえなが
ジェイコブスを見ていると、大きく手招きしている。
「みつかったのね!、みんな、水よ、水が見つかったのよ!」
 半病人の旅人達は斜面を登りきり、比較的平らな斜面の頂上でジェイコブスが指し
示すラッパのように開いた、人の胴回り程の穴を目の当たりにした。異常なまでに艶
やかな淡い褐色の内面を持つ穴が岩の平らな地面に唐突なくぼみを作っている。その
穴に差し込む光が金属的な照り返しを見せ、それが自然のものか人工物か判然としな
かった。
「なんだこれ?」スワードが呟いて、ざらついた地面に力無く座り込んだ。今この斜
面を登ってきた旅人は、その後に続いて同じように座り込んだ。
「み、見ててくれ」苦しげな呼吸の合間にジェイコブスはそう言って、立ったままじ
っと待った。
 穴の内部で光の反射が変わった。何かが穴の内部で盛り上がって来ている。
「水だ!」ザッヘルが声を上げると、全員がその穴を取り囲んだ。微かな揺らめきと
共に圧倒的な透明度をもった液体がラッパ口の底の方でためらいがちな湧き上がりと、
徐々に明るさを増していくラッパの奥深い内部を見せていく。なんて美しいんだろう。
キアラは涙がこぼれそうになる。今この光景を見ている誰もが同じ気持ちだろう。乾
きよりも、飢えよりも、頭痛よりも、幻聴よりも、それを上回る、圧倒的な透明度に
も負けない圧倒的な感動!
 もう少しで、片手ですくえるほど水がたまる。あと少し、あと少し。とりあえず、
感動は忘れた。透明度を上回る圧倒的な乾き! みんなが見守る中、コクランがゆっ
くりと丸みを持った柔らかな水面に向かって手を伸ばす。コクランの手を映した揺ら
めく水面は、わき上がってくるときのためらいがちな動きとは裏腹に、目の覚めるよ
うな引き際の良さを見せた。
「どうなってんだこりゃあ!」コクランが立ち上がりながら叫んだ。穴から少し離れ
て立っていたジェイコブスが静かに言った。
「俺も試したんだ。どうやら、この泉の吹き出す圧力はその穴の高さのところが限界
らしい。水の上下動が起こるのは気圧の微妙な変化のせいだと思うよ」
「馬鹿野郎!」コクランは叫んで、固い地面を激しく二度踏みつけた。「この岩の下
に百万トンの水があったとしてもなあ、ポコチンの先も湿らせられないんじゃあ話に
なんねえんだよ!」
 沈黙がおりた。一陣の熱風が吹く。その風の最後尾に乗ってコクランのつぶやきが
聞こえた。「、、ょう、畜生、畜生、ちくしょ、、」
 キアラは声の主を観察した。これほどの苦悶の表情を浮かべた人間は末期のガン患
者の中でも珍しい。小刻みにふるえていた。コクランは泡を吹いた唇に唾液のクモの
巣を絡ませながら、雄叫びを上げた。その雄叫びはコクランがラッパ穴に首を突っ込
むまで引きずられた。ラッパ穴の中で起こる激しい吸引音。その度にコクランの体は
引きつけを起こしたように痙攣する。人間業とは思えない激しい吸い込み。誰もが呆
気にとられて、声も出せないままにその光景を見るしかなかった。頭を穴につっこん
だまま、動かなくなったコクランにピサノが近づいた。片膝を着いてコクランの肩を
掴んで引き起こした。仰向けになったコクランを見て言葉を出せる者はいなかった。
ピサノは、コクランの肩に食い込んだ指を激しく上下する胸の動揺を押さえながら、
必死の思いで解きほぐした。ピサノはよろめきながら、立ち上がると後ずさった。
「吸い尽くされてやがる、コクランが吸い尽くされてやがる」ピサノの膝がガクガク
震えていた。熱風にコクランのひからびた残骸が岩肌の上を流されていく。乾ききっ
たカサカサの音を立てながら、秋の木の葉のように滑っている。うそだ、ばかな、ピ
サノは何度もそう心の中で呟きながら、斜面を滑って落ちていきながら粉々に瓦解し
ていくコクランを見ていた。
「どうなってんの!、ねえ、ねえ!。恐いよ、神様あ、、」キアラがヒステリックに
叫んだ。
 地面に打ちつけられたように足が動かない。視線を留める場所さえ見つからない恐
怖。
「誘ってやがる」穴の前に立つピサノが呟いた。ピサノの目の前で、艶やかな穴の中
に淫靡な液体が溜まり始めていた。もう、手を入れて汲み出せるほどに溜まっている。
「なんてこった」ピサノがまた呟いた。もう逃げられない。こいつは、いずれは乾き
が恐怖に勝つことを知っている。今、誰もが動けないのは乾きと恐怖が調度よく釣り
合っているからだ。そのバランスは誰かがその液体に触れることで崩壊し、ふたたび
誰かが罠にかかるだろう。たぶんそれは、自分だ。
 ラッパ穴の中に信じられない早さで液体がわき上がり満たされていく。ラッパの口
に近づいた水面はさらに盛り上がり、すばらしい表面張力の曲面を作った後に、崩壊
した。ひからびた岩肌を同心円状に液体がだらしなく覆い広がっていく。ピサノの爪
先にそれが触れた。ピサノは水音を立て一歩踏みだし、穴の中をのぞき込んだ。手を
伸ばし触れてみる。冷たい、とても。濡れた手を鼻先に近づけ臭いをかぐ、水だ。手
ですくって口に含む。ピサノは湧きだし続ける水面に口を付けて喉を鳴らし激しい腹
部の動きで飲み始めた。一斉に穴の回りに群がった。ピサノをはじき飛ばしたスワー
ドが穴を占拠し、スワードをはじき飛ばしたザッヘルが穴を占拠する。非力なキアラ
は、穴から溢れて流れ出している水を大地にキスしながら飲んでいる。穴から飲めな
い連中はみんなキアラにならった。
 ピサノが走って斜面を下っていった。そして、再び駆け登ってくると、両手にポリ
タンクを二個づつ抱え、口に二Mほどのホースをくわえていた。
「退くんだ」
穴に顔を突っ込んでいたザイツを転がして、ホースを穴の中に差し込み手で固定した。
ホースの反対の口からは、水が激しい勢いで吹き出し始めた。それをポリタンクの中
にさし込んだ。
「早くタンクを持ってきてくれ!」
 水を一二〇リットル程くみ出すことが出来た。やや不満が残るが、希望を繋ぐには
十分な量だ。


 日が暮れるまで、小高い丘の頂上のラッパ穴の回りで、水浸しの岩の上から遥かな
黄金の海を肴に、六人は笑いながら話すことが出来た。キアラがこんな事を言った。
「私たちずいぶんドラキュラだったわね。日に当たらないように気をつけていたし」
笑った。
「それじゃあ、コクランは本物のドラキュラだな。灰になって消えちまったし」
笑った。理性のネジがゆるみ始めた。
「あの穴は一体何なんだ?」
「たぶん、すてきな便器だ」そういえば、久しぶりに激しい便意を催している。
「あたしが一番ね」ネジが抜け落ち、キアラがしゃがんだ。ジョー。
残りの男達はキアラの後に五方向からジョジョ〜。
「やっぱりすてきな便器だ」ラッパ穴の半分くらい濃い黄色の液体で満たしてやった。
みんなで、その穴を眺めた。
「ざまあみやがれ」ラッパ穴は黄色い不満の表情をたたえたまま黙っている。
 突然、吸引音とともに黄色い液体がラッパの奥に飲み込まれた。笑った。
「ねえ、やっぱり便器よ便器」キアラが喜んだ。
 地鳴りが聞こえた。音が振動に変わっていく。激しい揺れ。ラッパ穴を囲む岩盤
に亀裂が走った。みんなそこから離れた。ラッパ穴が激しいほこりの噴出とともに持
ち上がり、その後に細い管がつづいて空に登っていく。砕ける岩盤を飛び散らしなが
ら、口に当てたラッパを垂直に構えた羽の生えた天使が空に駆け登った。鼻で大きく
息を吸い、ラッパを吹いた。トランペットの吹き損ないみたいな音がして、黄色いき
のこ雲が空を覆った。
 キアラはシュタルクのことを思い出した。




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