#2791/5495 長編
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「連合宇宙軍1」 今井一郎
★内容
エピローグ
宇宙艦隊はゆっくりと、跳躍航行から通常空間に復帰しつつ、最高度の警戒体制に移
行していった。
旗艦の窓から見える光点は、瞬間ごとにその数を拡大していた。その数は、今では数
え切れない程に多くなっていた。
昔流に言えば海賊の駆逐のために派遣されたこの艦隊は、戦隊規模、1千隻規模の部
隊であった。
50年前、全銀河を巻き込んで10年の間闘われた第三次宇宙大戦後、銀河系の全て
の有力国家は、その反省として、平時では考えられないような革新的な施策を数多く行
った。 銀河連合、と呼ばれる銀河組織に常備軍を作ったこともそのひとつであった。
50万隻を上限として、主に銀河連合の各国家から出向という形で参加する宇宙軍は
、単独では最大の宇宙軍である。
「提督。目標座標に到着。」
跳躍飛行によって暗黒の空間に出現しつつある連合宇宙軍第1145戦隊の中央に位
置する巨大な戦隊旗艦、クリュタイ級高速巡航艦「スタニスラフスキー」の中央艦橋に
拡声された女性オペレーターの声が響きわたった。
後に、先刻に提督と呼ばれた戦隊司令官の座る第一艦橋があった。
第一艦橋は、濁っていた。
視覚的にである。
数世代前に肺ガンの特効薬が開発されて以来、喫煙は社会的に非難がされにくくなる
はずだったが、フェミニストや環境保護団体は
「そんな問題ではない」
の、一言と、理論武装というよりは屁理屈武装というような言論闘争の末に「やっぱ
り、喫煙は家計を圧迫する」
という、当然だが飛躍した感のある結論によって喫煙家追放運動を今日も継続させて
いた。
勢力は、革命でも起こさない限りは、彼らの旧価値観喪失に対する補償を考え出さなけ
ればならず、利権提供がその場合最も目的に反作用しないという点で好まれるようだ。
無論、倫理的な面とは別にはであるが、。
だが、どうもここは喫煙反対の支配する銀河系の大半の社会とは別世界のようだ。
艦橋には、紫、灰色、焦げ茶、といった銀河系各地の特産地の特有の排煙がたなびき
、そして拡散していた。
「消してくれ、諸君。」
司令官シートの若い将官が柔らかい声で命令する。
銀河帝国士官学校の卒業章と10万隻規模の第一級作戦従軍章、略章を胸につけたそ
の男の命令は、5秒が過ぎても履行されなかった。
その男は、まだ20代の半ばという年格好で、長身碧眼それに珍しい金髪の美男子で
、仕立ての良い軍服と、腰の長剣が彼が銀河帝国出身であることを示していた。
十秒が経過し、どうも自分の命令が無視されたのに気が付いた男は、きょとんとした
顔で戦隊司令部の面々を一瞥して、無視して作戦計画の説明に入ることにした。
刺々しい空気が辺りにたちこめているのだが、彼は全く気が付いていないらしい。
刺すように睨む視線も、彼には何の感銘も起こさない。
帝国でも、上級の家柄の騎士であること暗に示す腰の落ち着いた装飾の長刀をいじり
ながら、彼は立ち上がると、第8世代マルチタスクのOSの立ち上がった端末を操作し
だした。
数万のソフトを同時に起動し操作できるシステムが、男の操作で出現させた俯瞰図は
、彼の指揮する戦隊を中心とした宇宙図で、前方には直径50km程の完全に要塞化さ
れた岩塊が拡大され表示されていた。
「諸君。目標はあれだ。情報部は過去5年間の諜報活動の結果、あれが彼らの重要な基
地であるという事を確認した。」
報告書を棒読みして、視線を首脳部に戻す、何の質問も無いことを確認して、男は次
の操作を行った。
「これは、あの岩塊の具体的なマップだ。」
左右を見渡して、賛同のないことを確認して続ける。
「各揚陸艦司令官には、重要だ。」
言葉を切って、戦隊陸戦司令官を横目で見る。
ウェルナー・クーンという少佐の階級にある30代の男はパース産の紫煙を吹き出し
ながら、だらしなく身につけた軍服の襟を片手で弄んでいた。
「提督。私の部下達は、あんたの立身の為に、どの程度無謀な命令を押しつけられてい
るのか、教えて欲しいですなあ。」
無精ひげに手を移しながら、ウェルナー・クーン少佐は始めてバリトンの良く通る声
で辛辣な質問をし、正面から提督の顔を見た。
この新任の指揮官を彼らが歓迎する理由など何処にもないのだ。前任の老提督が軍規
違反で懲罰人事にかけられた事で、彼らは中央の本部を憎んでいた。
1千メートル級戦艦数十隻の「神風」攻撃があったからこそ、あの回廊を突破できた
のだ。
不可能な命令を出しておいて、今更懲罰とはどういうことだ。
艦橋の各シートから、あからさま、というよりは、大げさに拡大拡張された、主張を
持った口笛や視線が少佐に集中した。
穏やかな顔に、眼光は鈍い。
半分は演技であると同僚のタンジマート中佐なら言うかもしれない。
嫌というほど酒場で彼の演技が成功するところを見ている彼は、本人は認めないだろ
うが、ウェルナー・クーンの数多い親しい友の一人であり、数少ない女でない友人であ
る。
だがこの場合、眼光の威力を使うにも値しないと彼が考えているのは明らかだった。
帝国士官学校を貴族の子弟として特権的に卒業した目の前の青年将官は、見た目から
いけば、確かに好青年らしい。
が、それと彼の指揮下で命を張るとのでは、所詮は次元の違う話である。
ウェルナー・クーンはゆっくりと彼の上官に体を向けた。
指揮官にへいこらと従い、自分の立身出世を国の為と考えて、部下の犠牲に眼を閉じ
る程、模範的な軍人がこの司令部にいるわけがない。
少なくともそんな奴は俺がいる限りほっぽりだしてやる。
不気味な微笑みを方頬に浮かべてウェルナー・クーンはタバコを捨てた。
何の反論も出ずに、艦橋の首脳部の全員が、相変わらず喫煙をやめずに、上半身だけ
を提督の彷方向に回し、そして注目した。
戦隊の低めに設定されたエアコンダクターの稼働音が空間を一時的に支配し、対爆ガ
ラスを通して、偏光された漆黒の空間が奇妙な存在感をみせていた。
「損傷率は、計算してある。」
落ち着いた笑いで、ウェルナー・クーンは自分の口舌を操作した。
そして帝都の貴族社会でもね。」
笑いさえも浮かばない顔で、ウェルナー・クーンは提督という物騒な肩書きを持つ貴
族の御曹司の顔を直視した。
酒場以外で始めてウェルナー・クーンはまじめな顔をしていた。それも男にむかって
、と、後で首脳部の一人が言っている。
提督は、きょとんとした顔を見せると、一枚の記録媒体を胸から取り出して見せた。
「誤解しないでくれ。少佐。私は、私の作戦計画を説明するのだよ。公の作戦計画など
、糞食らえ、だ。」
貴族の御曹司に相応しいイントネーションでそう答えると、照れたような笑いを浮か
べて提督は首脳部を見た。
空白が生じる。
一つ咳払いをして、提督が言った。
「ところで、誰も訊ねてくれないから自分で言うが、私の名前はディーター・カナリス
だ。」
最前線に相応しくない台詞が彼の口から発せられた直後、ウェルナー・クーンは皮肉
な微笑みを浮かべた。
今井一郎