AWC >OVER THE END OF THE WORLD (1)   クーバチャイ


        
#2788/5495 長編
★タイトル (SKH     )  94/10/ 5   1:17  (179)
>OVER THE END OF THE WORLD (1)   クーバチャイ
★内容


          サハラ 桝S員 


 砂漠。そして覆い尽くす光。どこからともなく男の声が聞こえていた。
 ボ〜ン、ボ〜ン、朝だよ〜ん。ビックリしたねこりゃ、ウシャシャシャシャ。
 なんだろねぇ、これは?
  幻聴だよ〜ん、幻聴だよ〜ん。
  ボ〜ン、ボ〜ン、 朝だよ〜ん。
  幻聴が、幻聴と言っていることなんてキアラにはどうでもよかった。
 彼女は自分自身の飢えと乾きと、ひどい頭痛で手一杯だった。

 サハラ砂漠を横断する旅に準備した機材が、全てガラクタと化したのは、二日前だ。
電波を使う機材は、その前にガラクタと化していた。最初の異変に気がついたのはG
PSが訳の分からない数字を陳べ始めたときだった。砂の海の中で現在位置を失って、
慌てて無線機に怒鳴ってみたが、ハミングする空電が響くばかりだ。
「だめだ、」パスカル・ジェイコブスが、汗の流れた白い筋を残したほこりまみれの
顔をエノック・コクランに向けた。ここ五日間、マドリードにある支援センターとの
連絡がまったく取れないのだ。コクランはジェイコブスに同じ表情を映して返した。
「もう一度、」
「こちら砂漠の蝶、こちら砂漠の蝶、どうぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「こちら砂漠の蝶、こちら砂漠の蝶、どうぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ジェイコブスは、無線機を受信状態にしたまま待ち続けた。テントの中でぼんやりと
したガス灯の明かりが二人の表情に不安の影を作っていた。
 テントの幕が開いて、夜の砂漠の冷たい外気と一緒にしびれを切らしたキアラ・チ
ェッケティが入ってきた。
「どうなの?」
ジェイコブスとコクランは顔を見合わせ、どちらが切り出すか決めたようだ。
「キアラ」コクランが言った。「GPSもラジオもだめだ。同時に二つの機械が壊れ
たとは考えにくい。たぶん、一時的な電波状態の悪化だろうが。まあ、どちらにせよ、
我々はここに留まって電波の状態の回復を待つか、電波の状態が回復するのを待ちな
がら先に進むか、二つの選択支しかない」キアラはうなずいた。「医者としての君の
意見を聞きたい。実際のところ我々はあと、何日生きられるのか、何q歩けるのか?」
キアラが曖昧な表情を見せた。
「私たちが最初に計算しておいた水の使用量の推定値はもう役に立たないわ。日がた
つにつれて、水の使用量はふえているの」
「だから?」ジェイコブスが言った。
「はっきりとしたことは言えない。ただ、あとタンクに残っている水は60リットル
を切っているってことだけは言えるわ」
「とすると、四日ちょっとってとこだな」
「ううん、そんなに持たないわ、せいぜい三日ね。それに、シュタルクとザイツの健
康状態は思わしくないの」
キアラは連絡が取れしだい彼ら二人を病院に送るつもりだった。最悪の場合でも薬品
の手配をするつもりだ。二人はデング熱と膀胱炎にかかっていた。
「とにかく、三人で決める事は出来ないな。二人のテントに行こう」


 乾ききった冷たい夜風が吹き渡る中で九頭のラクダは思い思いの場所でひざを折っ
て、その出っ張った胸を砂に乗せて休んでいた。
「ちくしょう!、こっちに来いよ」フーゴ・ザッヘルはラクダの綱を引っ張って、群
を一所にまとめようとしていたが、綱を引いても曲がった首を前に突き出すだけでそ
の場から、これっぽっちも動かなかった。
「わかったよ、好きにしろ」
綱を投げ捨てて、その場に座り込むと、手を後ろについて満天の星空を仰いだ。この
旅を始めてから伸ばし始めた髭が冷たい夜風を感じた。星の雲が奥行きを持って、そ
の漆黒の空間に漂っている。そして今、自分が腰掛けているこの丸い玉もそこにプカ
プカと漂っていることが良く理解できた。たまらない孤独感がザッヘルを襲った。
「おい、サミー!」
「なんだ?」
ザッヘルには帰ってきた声がいやに遠くに聞こえた。ザッヘルは立ち上がって、シー
トの上に広げられた装備を点検しているサミュエル・スワードとアンリ・ピサノに近
づいた。
「奴等を早くまとめろよ」近づいてくるザッヘルに向かってスワードが言った。
「誰だって?」
「あの臭いの塊どもさ。風上におくなよ」
ザッヘルは両手を広げる仕草をした。
「どうかしたのか?」缶詰を数える手を休めてピサノが言った。
「あいつら、びくともしやがらねえ」
「だろうな」ピサノは立ち上がり、腰を伸ばして「ちょっと待ってろ」そう言ってフ
ランス外人部隊仕込みのきびきびした歩きでテントの裏に消えた。二人がピサノを待
っていると、桶を持って彼は現れた。そのまま、二人の傍らを通り過ぎ一頭のラクダ
の鼻先に桶を置いた。ラクダは立ち上がり、その前までいくと前足を折り曲げ、桶に
口を差し込みピチャピチャと音を立て、他のラクダが殺到する前に桶の中にある液体
を飲み干した。ピサノは立ち上がったラクダの紐を掴んで、数珠つなぎになったラク
ダ達を誘導して坐らせた。
「水をやるときは全員で協議して決めるはずだぞ!」離れた場所からスワードが、今
にもピサノのに殴りかかっていきそうな勢いで叫んだ。
「おれの小便だ。文句はあるまい?」
ピサノにすかされたスワードは、もごもごと口ごもってしまった。ザッヘルは砂の上
で笑い転げている。
「おい、ちょっと来てくれ」
三人が振り返ると、三つのテントに囲まれた中にコクランが立っている。二人の人影
が病院テントの中に消えた。ジェイコブスとキアラだ。
「どうした?」ピサノが平滑な返事をした。
「決めなきゃならんことがある。とても重要な話だ」
「もう少しでかたがつくんだ、少し待ってくれ」
コクランは手を挙げてピサノに応えると、テントの中に消えた。


「二人の具合は?」
薄暗い病院テントの中に入ってきたザッヘルを入り口近くに坐っていたコクランとジ
ェイコブスが見上げた。キアラは入り口に足を向けて寝ている二人の患者の間に片膝
を立てて坐っていた。彼女はザッヘルに一瞥をくれて、ふたたび二人の患者に目を落
とした。ザッヘルにもシュタルクとザイツの様態が悪いことは分かっていた。ザッヘ
ルは空いた場所を探して坐った。
「ピサノとスワードは」
「もうすぐ来るよ」ザッヘルがそう言い終わらないうちに、スワードが入ってきた。
つづいてピサノも。
 八人が狭いテントの中に集まった。二人の患者を囲むようにして六人は黙ったまま、
誰かが言葉を発するのを待っていた。本来ならこの旅の責任者であるジャック・シュ
タルクが話を切り出すべきところだが、彼は今、毛布にくるまって小刻みにふるえて
いた。その隣では同じように、ふるえてはいないが、モーゼス・ザイツが静かに目を
閉じている。ふるえていたシュタルクが目を開けてキアラを見つめた。
「ジェイ」キアラの声を認めたシュタルクが微笑む。
「あなた」そう言って、キアラは涙ぐんだ。四カ月に及ぶ旅の間、彼のことをそう呼
んだ事は一度もなかった。シュタルクの視線が宙を泳いだ。その視線がコクランを射
止めた。
 シュタルクには、最も残酷で冷静な判断を下せるのがコクランだと分かっていた。
どんなに苦しいときでも、スポンサーに送る写真の撮影と日記の材料探しは忘れない
男だ。もっとも、SONYやらKENWOODのTシャツを着て、その商品を手にす
るコクランを撮影するのはピサノの仕事だったが。一番ひどかったのが、日程を遅ら
せてまで撮影したメインスポンサー、CAMELの撮影だった。ラクダを連れてきた
のもこの事情がある。夕日をバックに一服する男達の図だ。ラクダの位置でスポンサ
ーともめて衛星回線を通しての画像データの送信とラフの受け取りに手間取り、予定
を一週間も遅らせる羽目になった。もちろん、もめたのはシュタルク以下六名だけだ
った。コクランとピサノは嬉々としてスポンサーの指示に従っていた。そんなわけで、
危険に立ち向かう動機がコクランには十二分にあった。
 コクランは軽く咳払いをした。
「みんなの知っているとおり、水の残りはわずかでマドリードとの連絡も取れない。
しかも、二人の重病人を抱えている。そして、選択肢は二つしかない、電波の状態の
回復をここに留まって待つか、先に進みながら電波の状態の回復を待つかのどちらか
だ」まるきり他人事のような、せっぱ詰まった感覚のない話ぶりだ。
「それで」ザッヘルが言った。
「『それで』?、 これからそのことについて話し合うんじゃないか」コクランは頭
の中で、この危機をのりきった過程をどう描くかと言ったことが渦巻いていて、当面
の危機をどう乗り切るかと言った事は考えになかった。ただ一つあるとすれば、無線
が回復した後、乾ききった八人の上空を輸送機が旋回して、物資を投下していく明確
なビジョンだけだった。回想録を書くつもりの彼にとってはドラマティックな展開は
望むところだ。八人の旅人が苦しめば苦しむほどドラマティックになる。彼はこの状
況に酔いしれていた。
「理性的に考えれば、答えは自然に出るはずよ。みんな疲れていて消極的な考えに支
配されやすくなっていることを忘れないで」キアラが言った。コクランは、彼女の発
言がとても気に入った。とりあえず、日記の中ではザッヘルと自分の一連の発言は削
除した。

『「みんなの知っているとおり、水の残りはわずかでマドリードとの連絡も取れない。
しかも、二人の重病人を抱えている。そして、選択肢は二つしかない、電波の状態の
回復をここに留まって待つか、先に進みながら電波の状態の回復を待つかのどちらか
だ」
私の発言は我々の置かれている状況を的確に物語っていた。
「理性的に考えれば、答えは自然に出るはずよ。みんな疲れていて消極的な考えに支
配されやすくなっていることを忘れないで。コクラン続けて」
理性的で聡明なキアラが、危機に対してみせる女性の強さを遺憾なく発揮した』

とりあえず、コクランの日記の中では、状況はこう描かれていた。
「これを見てくれ」ジェイコブスはサハラの詳細な白地図を二人の患者の足に渡して
広げた。その地図の上には、水色や濃い青の点が、ほとんどは集まり、いくつかは散
らばって描かれていた。コクランがうなづいた。
「こいつは、マースオブザーバーが半年をかけて探査した水素の分布図だ。つまり、
この青い点には...」
「水があるって事ね」キアラには、コクランのもったいぶった言い方が我慢できなか
った。
「いや、」ジェイコブスが首を横に振った。「これは、あくまで六カ月間の水素の分
布確率を示したものだから、必ずその点に行けば水が飲めると言ったわけじゃないよ。
もちろん、濃い青のブロックには一〇〇%、水はあると言っていいけどね」
「ここから一番近いオアシスはどこなんだ?」ピサノが言った。
コクランとジェイコブスの目が縦横に走る細い線を追った。
「このあたりで、GPSが使いものにならなくなった」ジェイコブスの指が、東経
9°25′51′北緯22°06′11′の砂の上をさした。
「ここから、最も近い水源は必然的にここになる」コクランが、ジェイコブスの指か
ら南南東にあるまったく脈絡なくただ一つ独立して存在する濃い青の点を砂の上に指
さした。
「石油が湧いてるんじゃない?」キアラもその場違いな水の存在に、当惑気味な口調
で言った。
「いや、このあたりには石油の埋蔵は確認されていないから、たぶん、アハガル山地
からしみこんだ湧き水だろ」スワードが言った。
「距離はどのくらいあるんだ?」
「一六〇KMはない、と思う」ジェイコブスが自信なげに言った。
「一六〇KMだと? そこに着くまで、何日かかると思ってるんだ。普通に歩いても
一週間の距離だぞ」
「ピサノ、待ってくれ。一六〇KMというのは、現在位置を失った場所からの距離な
んだ。あれから五日間、予定のコース通り、南西方向に向かっていたからもうそんな
にないと思うんだ。たぶん、一〇〇KMぐらいだ」
「ちょっと待って、私たちはまだそこに歩いていくとは決めてないのよ。二人の重病
人を抱えていることを忘れないで」キアラの発言で議論は振り出しに戻った。





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