AWC 悪夢の響き(3)             $フィン


        
#2755/5495 長編
★タイトル (XVB     )  94/ 9/10  18: 9  (196)
悪夢の響き(3)             $フィン
★内容

 「でてきなさい。あなたは弱いのよ」わたしは必死になって探していた。
 「これで探そう」彼が車から首を出して、声をかけてきた。
 「すまなかった」彼はわたしを見、目を伏せる。
 彼の顔を見る。顔色はまだ青い。まだショックから立ち直っていないのだ。
 「そうね、その方がいいかもね」わたしは彼にいい、車に乗り込む。
 彼の左側の頬が赤くはれていた。
 わたしが張り倒したのだ。彼はわたしが画像モニターの中で取り残されている彼
を発見し、頬を張り倒さなければいつまでも嘆き続けていただろう。
 彼の自尊心が傷つけられ、悲痛きわまりない横顔を見ていると、正気に戻さない
方が彼のためだったかもしれない。そんなことを考えた。
 いけない。わたしはあわてて首を振り、非常識人的考えを追い払う。そんなこと、
非常識人の考えること。わたしは常識人であり、わたしたちは命じられた任務だけ
をまっとうすればいいのだ。
 「悪かった。君に迷惑をかけるつもりはなかったんだ」彼は隣で謝っている。
 「任務ですから」わたしはできるだけ傷つかさないように事務的に答えた。
 わたしはドーム全体の管理を任されている。彼は母星から旧人の世話と保護を任
されている。その彼が旧人を傷つけ、旧人はさらに部屋から逃げた。彼は旧人を捕
まえる。そうしなければ、彼には母星からの処分が待っているのはわかっている。
今の心境はどのようなものだろう。わたしは横目で彼を見た。
 「任務か・・・」彼は唇を噛んでうなだれている。
 「ええ、任務ですから」わたしは淡々と言った。ドーム管理者の立場であるわた
しは、生物、調度品、なに物でも気を配る必要があった。事前に彼の旧人に対する
悪感情を薄々わかっていながら放っておいたわたしにもかかわりあってくるできご
とだ。
 こうなれば、ドーム管理者として、彼より年上の者としてわたしがしっかりしな
ければ、旧人は捕らえられない。わたしは隣で黙々と車を運転する彼を見ながら心
に誓った。
 「きっと見つかります。そうでないとわたし困りますから」彼には少しきついい
いかたかもしれなかった。どうにかしてなぐさめてあげたいという気持ちはやまや
まなのだけど、優しい言葉が見当たらない。ついつい冷たくいい放ってしまう。
 彼は横目でわたしを見、軽く舌打ちをする。
 「データを見れなくなるからか」
 「そうですわね、それもありますわ」厭味な人。わたしがあんな面白くないデー
タを見て楽しんでいると思っているのかしら。
 落ち込んでいるはずの彼をこれ以上責める気にはなれず何も言えなかった。
 「どこにいると思う」彼は聞く。
 「さあ」わたしは首を傾げ考える。
 ドームは広い。母星よりの物資の輸送費とドームで作られる物資費用を比較して
みるとドームで作られるものの方が効率的という計算が出た。ここでの必要な物資
はわたしたちの力で作ることに決定された。わたしたちが住む住地区の他に農地区、
魚地区、鉱業地区、その他自足できるたけの巨大なさまざまなブロックに分けられ
ている。
 そんな巨大なドームの中でたった二人の管理要員では何日かかっても、この広い
ドームの中、どこに旧人が潜んでいるのか見つけるのは不可能に近かった。
 もしかしたら・・・わたしは車両に積まれている携帯用コンピュ−タに打ち込ん
だ。モニターが点滅する。ド−ムのメインコンピューターとアクセスしているのだ
った。
 データが送られてくる。
 赤いランプがともる。
 思ったとおり損傷箇所が見つかった。
 「特住地区、農地区で損傷箇所が見つかっています。特住地区は旧人とあなたが
やった損傷部分です。農地区は原因不明・・・単純な機械の故障・・・、それとも
他者からの破壊なのかわかりませんが、見にいく価値はあると思います」
 「そうか、そこにいってみよう」農地区に向け車は発進した。
 農地区までは長い。何もすることもなく、お互いに何か話をしていなくては息が
つまりそうだった。
 それは彼も同じ心境だったらしい。わたしより早く口を切ったのは彼だった。
 「やつはどこかおかしかった・・・今まで聞いたこともない歌を歌っていた」
 「歌ですか?」わたしは聞く。
 「ああ、歌だ。聞いたこともない歌だった。いや聞いたことがあるのかもしれな
い」彼は胸を抑え、顔を歪ませる。
 彼の横顔を見る。嘘をついているようには見えない。
 だけどあの時、旧人の部屋からは歌は聞こえていなかった。それに旧人が歌を歌
うところなど今までわたしは聞いたこともなかった。
 昼夜旧人を見守っている監視カメラ、音声装置、いずれのデ−タにも何も記録さ
れていないはずだった。それなのになぜか彼は旧人が歌を歌ったといいはっている
のか。暗い目で旧人を語る彼を見ているとわたしまで気が萎えてくる。
 それとも機械が故障? 機械が故障してなければ、彼自身がおかしくなりかけて
いるのかもしれない。
 苛立ちを隠さぬ彼は、旧人を追うふりをしながら精神的追い詰められているよう
に見えた。
 何かがおかしい。ふいに背筋からぞくぞくと寒けが襲ってきた。
 「寒いのか」わたしが体を震わせるのを見て彼は言った。
 いつの間にかド−ムを覆う疑似太陽が沈みかけて、辺り一面が赤く彩られていた。
 ふわり、わたしの肩に何かがのった。
 彼の作業用ジャケットだった。
 「それでも着ていたら、少しは寒さがまぎれるはずだ」
 わたしは素直にうなずいた。不思議だ。いつもだったら、わたし以外のものに含
まれる細菌を嫌いこういうことは一切させないのに今日に限って不愉快ではない。
それどころが男くさい匂いが心地良い。わたしもおかしくなりかけているのかもし
れない。
 わたしも母星で精密検査の必要があるかもしれないとそう考えた。
 車は走る。どんどん走る。疑似夕焼けに照らされて赤い草原を車は走りつづける。
 「ああっ」わたしは大声を出してしまった。
 草原の一角に畑があり、その中で花が無残にも踏みつぶされていた。
 気がつくと彼がじっとわたしを見ている。
 「あれはわたしが作っていたものです。なにかおかしいですか」
 「いや、君がそんなものを育てているなんて意外に思えたものだから・・・何の
ための花だったのかい」
 「誰かさんの誕生日のお祝いにしようとしていたのです」
 「あ・・・」彼は口をぱくぱくして言葉がでない。
 「ありがとう」ぎこちない笑顔を向け、顔を赤くして横にそむける。
 可愛い、照れているのがわかった。
 ぽっと胸が暖かくなる。初々しい彼の笑顔を見ていると胸が急に痛くなった。わ
たしは動揺した。それは今までに感じたことのないものだった。

 しばらくの間車は走りつづけた。
 「あれは・・・見つけたぞ」フロントガラスにへばりついて彼は叫んだ。
 目の前には一頭の牛が車に向かって突進してくる。
 牛の口からは泡がたち、地響きがここまで聞こえてきそうだ。
 そして牛の首には旧人がいた。
 旧人は歪な姿勢で牛にへばりついている。
牛はどうにかして振り落とそうと暴れまわっている。
 旧人は汚れている。いろんな場所で走り回り暴れたのがわかる。端末コンピュー
ターを使わなくてもかなりの故障箇所ができていることだろう。後の処理のことを
考えるとわたしはため息をつかざるを得なかった。
 旧人の顔がこちらに向いた。ニヤリと笑ったような気がした。ぞっとした。ニヤ
リと笑ったことよりもそれにほんの一瞬見えた旧人の目がガラス玉のように思えて
不気味だった。
 彼の腕をぎゅっと持った。
 「大丈夫だよ」そういうと彼はわたしの髪をなぜた。彼の手は優しくて暖かかっ
た。
 「うおおおおおおおおお」一段と大きな男叫びをあげ、旧人は車に飛びついてき
た。
 旧人の顔がフロントガラスいっぱいに広がる。
 「くそっ」彼はハンドルをきり、アクセルをふかし、逸れようとする。
 車が傾く。ガラスが割れる音が聞こえてきた。わたしはそれからのことは覚えて
いない。

 「大丈夫か」俺は彼女に聞いた。
 「・・・・・」答えはなかった。彼女の額から血が流れている。死んだのか?
彼女の胸を見る。弱いが微かに上下しているのがわかる。生きているよかった。
 俺は安堵のため息をついた。
 とにかくここから出なければ、俺は体を動かした。
 「いっ」ずきんと脳天に痛みが走る。俺の右足がシートの間に挟まっている。抜
け出すことができるか。動かしてみた。
 「ぐっ」体中に激痛が走る。
 鼻につんとくるオイルの匂いがする。倒れたショックで漏れたのだろう。それに
後部座席から微かな白い煙も見える。
 やばいな。早くここを出なければ俺は思った。
 それにしても・・・「くそう」俺はうめいた。シートの間に挟まった足が動きさ
えすればなんとかなるのだが。
 自由の効かない体で彼女にふれようとして、一瞬躊躇した。今まで彼女とは会話
したことはあったが、実際に彼女に触ったことはなかったのを思いだした。
 彼女の体にさわった。
 こんなときでも彼女の体は柔らかく暖かかった。
 急に胸が熱くなった。
 俺は・・・彼女を・・・守ってあげたい。理性では説明できない今まで彼女に対
して持ったこともなかったのに、こんな感情はじめてた。
 油の匂いがますます強くなる。白い煙はいつしか黒い煙に変わっている。後部か
らは火も出ているようだ。
 早く脱出しないとこのまま二人とも焼け死んでしまう。
 ぐずぐずしている暇はなさそうだ。
 俺は右足に力を入れた。
 「く・・・」激痛で息が止まりそうになる。
 びりびりと音を立ててズボンが裂ける。
 ずきん、ずきん、ずきん、脈にあわせて血が流れる。白い服がたちまち赤い色に
染まった。
 一呼吸、一動作をするにも全身に激痛が走る。
 どうにか激痛に耐えながらシートから抜け出すことには成功した。
 車から・・・俺はまわりを見る。
 横倒しの車両、フロントガラスがひび割れている。
  力を込めれば破れるかもしれない。やってみよう。俺はうなずいた。ここから脱
出できそうだ。
 肘でガラスを破る。
 体を動かすとますます出血は激しくなり、息が荒くなる。
 はあはあはあ、自分の息だけが異様に大きく響く。
 ガラスが割れて落ちていく。
 ようやく人がはい出るだけの穴ができた。
 一動作一つするのにも激痛が走り、苦痛は大きい。
 俺は割れたガラスに潜り込み、脱出した。
 ほっと一息ついた。
 俺は車の中で眠っている彼女を見る。
  彼女の髪には血糊がへばりついて、ひどい顔になっていた。
 このまま彼女をおいてゆけば、俺の苦痛も減るはずだ。
 だが、この手は初めてさわったときの彼女の柔らかい体が覚えている。
 車両を覗き込む。中からオイルの匂いに混ざって、血の匂いがする。二人とも血
だらけ、どちらも同じ匂いを体中に漂わせている。俺たちは同類だ。俺はこんなと
きに彼女と奇妙な連体感を持った。
 決心は決まった。彼女も助けることにした。
 彼女の手を引っ張る。
 頭部が抜けた。
 俺の腕が絡まって、彼女の首だけが出た恰好になった。
 「ぐっ」ガラスの破片が腕に突き刺さった。どす黒い血がシャツに広がっていく
のが見えた。
 彼女を助けなければこんなこともならずに済んだのに・・・。
 だが、俺がどんなことになっても彼女を助けたかった。
 必死になって彼女を引きずり出した。彼女の体半分がでた。
 手を腰にあてて、重心をかえる。
 足が出た。
 彼女を車両からだすのに成功した。
 ここから逃げだそう。彼女を肩に抱える。
 ずしんと肩に重みがかかる。
 ずしんと傷ついた右足に重みがかかる。
 一歩、二歩、三歩・・・一歩、一歩両足で歩くのがこんなにつらいものだとは思
わなかった。これじゃ、拷問だ。
 それでも俺は安全なところまで彼女を導こうと思った。男としての本能的なもの
だったのかもしれない。
 安全なところといっても、黒い煙を吹き上げる車両から十歩も離れていないとこ
ろで、俺の気力もなくなり、体力もなくなっている。
 ここまでくれば大丈夫だろう。俺はゆっくり彼女を地面につけた。
 彼女を横たえ、俺も地面に腰をつけた。
 車両の脇では牛が口から血を流して死んでいる。車とぶつかったときにでも首の
骨を折ったのだろう。





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