#2756/5495 長編
★タイトル (XVB ) 94/ 9/10 18:15 (192)
悪夢の響き(4) $フィン
★内容
そして車の下には、足がのぞいている。
俺は目を背けた。
旧人は車両の下敷きになって死んでいる・・・はずだ。
可哀相なことをした。
俺は彼女を抱きしめた。
彼女を抱きしめたとたん爆発が起こった。黒い煙を巻き上げる炎。
助かった。俺たちが脱出するのがもう少し遅かったら、二人ともあの旧人と同じ
運命を辿っていたはずだ。
俺たちは母星から守るべきものが守れなかったということで処分の対象になるだ
ろう。それでもいい。俺には任務よりも他に守るものができた。それが俺の腕の中
で眠り続ける彼女だ。彼女がこんなにいとおしいものだとは思ってもみなかった。
めらめらと燃え上がる炎の中で車が転がる。
炎の中から動くものがあった。
俺は我が目を疑った。彼女を抱く腕に力がこもる。
炎の中から動くものがあった。
信じられなかった。
馬鹿げている。これが旧人だというのか。
俺の前にいる旧人。旧人だったものは、どろどろに溶けた人工の皮膚を持ち、そ
の下には精密な機械が見える。こんな、こんな・・・アンドロイドが旧人だったと
言うのか。
そして俺たちは何のために旧人の任されていたのだ。こんな機械のために俺たち
は一体何をしてきたのだろう。いやそれよりも俺たちの存在は何になるのだ。
わからなかった。
わからないと思いたかった。何も考えたくない・・・俺は・・・俺たちは・・・。
旧人をまねたアンドロイドはその身に火をまといつかせながら俺たちに近づいて
くる。
「くるな・・・こないでくれ。近づかないでくれ」俺は叫んだ。
あと一歩で俺たちの体にふれようとしたとき、旧人の首が吹っ飛んだ。
頭脳が収められている首がなくなった旧人はコントロ−ルを失いその場に崩れて
いく。
首はころころと転がっていき俺の足元でとまる。
旧人を真似たアンドロイドの首を撃ち抜いたやつらの姿が夕闇に染まる。
やつらが来た。やつらの姿を見ながら、俺は思い出した。あの部屋でやつらの監
視のもと何度悪い夢なら醒めてくれと我と我が身を呪った俺がいたことを、そして
旧人のアンドロイドは旧人の俺を模造した管理ロボットだと思い出した。
これは悪い夢だ。夢だと言ってほしい。
俺は彼女を抱いたまま顔をうずめた。
「俺たちを何度馬鹿にしたら済むんだ」俺は彼女を抱いたまま憎悪を込めてやつ
らに言った。
「ここで待ってておくれ」眠り続ける彼女の頬に軽く唇をあてた。
「うおおおおおおおおお」激痛の走る足をひきずりながら、やつらにぶつかって
行った。
やつらの一匹にでも傷つけ、俺の力を見せつけたかった。
俺の首筋にちくりとした痛みが走った。
針か!
俺は後ろを見た。
銀色の針を持ち、やつらの一匹がいつの間にか俺たちの後ろに忍び込んでいたの
だった。
ずりずりずり・・・体が崩れていくのを感じていた。
ブーン、ブーン、ブーン、耳触りな空調装置の音が聞こえてくる。
クレゾール臭のする白い部屋、俺には覚えがあった。
ここは住地区の地下、正規の管理ルーム、やつらの研究所に俺たちは連れ込まれ
ているのだった。
「もう少し待ってくれんかね。もう少しでうまくいきそうだったのに」
やつらの話声が聞こえてきた。
薬を打ち込まれてもうろうとした意識の中、俺はやつらの声を聞いていた。
「どれぐらい待てばいいのです? 博士の提唱する自然な環境もいいのですが、
わたしたちはあなたと違って、遊びでやっているのじゃないのです。それに博士の
やり方は生ぬるいと苦情がきているのはまだましな方で、過激な一部の環境保護団
体では役立たずの博士を処分してしまえと言ってきているのもあるんですよ。わか
っているのですか」
「・・・・・」
「前回もあの男が頭を打ちつけて死にかけたので前任者が処分されたということ
ぐらいあなたも知っているでしょう」
「知っている。あれは無能な前任者が旧人の男を窮屈な部屋に押し込んだ結果、
男の脳随が閉鎖的ストレスを訴え、男の体を傷つける行為に走ったのだ。それは原
始心理研究班も出したデータで明らかになったことだ」
「・・・・そうですね。では今回のケースはどう判断されます」
「映像モニターが記録しているじゃないか。明らかに監視ロボットの暴走が原因
だ」
「違いますね。監視ロボットの基本データは彼らに優越感を与えるために、前回
のつまり男の記録を植えつけたものです。博士なら管理ロボットが自分自身を旧人
と思い込んで暴走するぐらい予測されたはずですよ」
「違う。管理ロボットが暴走するきっかけになったのはあの男の暴行行為だ」
「あの男の暴行行為ですか。あの男は我々常識人とは違うのですよ。男の脳髄組
織そのものが違うのです。だから脳髄に我々常識人の疑似記憶を植え込んだとして
も、どこかに無理がでてきたのでしょう。なにせあの男は・・・」
俺がなにだと言うのだ。俺たちはおまえたちとは違う。そんなことわかっている
はずだ。
「やはりあなたでは無理のようですね」
「待て・・・待ってくれ」
何かが倒れる音が聞こえた。
次第に頭がすっきりしてきた。首を動かし床を見ると博士と言われたやつらの一
匹が床に伏せていた。
「気がついたかね」やつらの一匹が近づいてきた。
「前任者がたった今処分されたので、わたしが今後きみたちの世話をすることに
なった。よろしく」長い触手を延ばし、俺の体に触れようとする。
「う・・・」俺はうめいた。
やつの触手から逃げようとする。だが拒むことはできない。四肢を拘束され、冷
たい金属のベットで生まれた姿で寝かされていた。
「恐がらなくてもいい。我々は君たちを守ろうとしているものだよ」できるだけ
優しい声を出して、俺の気持ちを静めようとしているのがわかった。
嫌がっているのがわかったのだろう。やつの触手がするすると縮まる。
俺は胸をなで下ろした。
「わたしたちは君たちを滅ぼしたくない」やつが言った。
「わたしたちのデータ観測の結果、君たちのストレスが原因で滅びかける事故が
たびたび発生した。そこで母星からの命令で前任者を処分する決定がおろされたの
だよ。それに前任者は狂信的な自然環境を唱える狂博士だったので、きみたちの脳
髄にはかなりのストレスがかかっていたらしいね。わたしが責任者になったからに
はそういうことがないようにしたいものだ」
俺はやつの言うことを聞かず隣で眠る彼女を見た。
横のベットには頭部に白く痛々しい包帯を巻いた彼女のまわりで数名のものが囲
み、何らかの処理をしているのが見えた。
「ああ、あれね。わたしたちの生体研究班が君たちの繁殖を手伝っているんだ。
何しろ生体の構造そのものが違うから、失敗するかもしれないな。でもこれは初め
ての試みだからうまくいかなくても失望することはないよ」
俺はすぐさま非難の目を向けた。
「彼女の処理が済みしだい君たちの頭から永遠にストレスを取り除いてあげよう」
一斉に何十本もの触手が延び、ゆらゆらと揺れる。
ゆらゆらゆらゆら、触手が揺れる。
やつが興奮しているのがわかった。不気味だった。
小さなきらきら光る機械を持った一本の触手が俺の目前に延びてきた。
「きれいだろう。これがね、やがて君の頭に入るのだよ。余分な感情を外して、
住みよい生活にしてもらうためだよ。これのオプションには君の望むことが直接に
我々の管理コンピュータに連絡されるように設定してあげたよ」
彼女の頭部についた白い包帯、彼女がやつらに何をされたのが理解できた。
今彼女が何をされているのかも理解できた。
そして俺が何をされるのか理解できた。
俺は暴れた。
「心配しなくてもいいよ。君がぐっすり眠っている間に処理してあげるから・・・
我々は君たちのためになることだったら、どんなことでも挑戦してあげよう。君た
ちを絶滅種には決してさせないよ」触手に針を持って俺のそばに近づいてきた。
いやだ! いやだ! いやだ!
俺は身をゆすって抵抗した。
「君は少し興奮しているようだね。しばらくの間休んでいた方がいい・・・。今
度こそ君たちは心身ともに安定した旧人として生まれかわれるのだよ。目が覚める
ころにはあれの結果もわかっているはずだよ」アンプルから緑色の液体を注射器で
吸い取っているのが見えた。
「博士、女の処理が済みました」隣で機械を操作していたやつらの一匹が言った。
「そうか。早かったな・・・次は君の番だよ」
「やめてくれ」俺は絶叫した。
注射器の針は俺の腕を刺し、緑色の液体がゆっくり体内に入ってくるのが見えた。
「あああ・・」どうやら今の薬は速攻性だったらしい。
これ以上起きている権利は俺には許されていなかった。
俺は再び眠りについた。
雨の音が聞こえる。
ガラスごしに降り続ける雨を見て、何かを思いだしそうになった。
俺は目をつぶり、軽くこめかみを抑える。
何も思い出せなかった。
俺はため息をついてピンク色のブラインドを降ろした。
「昔こんなことなかったのかい」俺は快適なソファに座っている妻に聞いた。
「さあ、わかりませんわ」妻はしばらく首を傾げて考えていたが、残念そうに
答えた。
「わたしもこんな雨の日に何かあったような気がしますの。久しぶりに雨が降
っていますから昔の記憶と混乱しているのかもしれませんわね。それよりあなた、
テーブルの上を見てくれました」妻は俺に聞いた。
テーブルの上には小さくて美しい花が活けていた。
「綺麗な花だな・・・・。そうか今日は俺の誕生日だったな」
「あなた、覚えてないの? 今日は私たちの結婚記念日よ」妻はちょっと首を
かしげて俺の顔をする。
「そうだったかな。うっかりしてたよ」目の前にいる妻に誤りをわざわざ訂正
する気もなくなっていたし、今日が誕生日でも結婚記念日でもどちらでもよかっ
たのだが俺のために贈り物をくれる妻の気持ちが嬉しくて、話をあわせることに
した。
「ありがとう」俺は言った。こんな些細なことで感動してしまう。不思議な衝
動だった。
妻は嬉しそうに微笑む。
妻の微笑みを見て、胸が熱くなった。
たったそれだけのことなのに、目頭が熱くなった。
胸が熱くなる言葉をいいそうになった。
だがその言葉が思いだせない。
喉がひりひりした。きっと俺は喉が渇いているのだなと思った。
何か飲む物がほしいな俺は思った。
数分後、食料輸送菅から飲み物が現れた。
俺たちが望み、考えるだけで現れる。これは便利な代物だった。
輸送菅の中にはコーヒとホットミルクが入っている。
妻は取りに行った。
「きゃ」妻は足を取られ転びそうになる。
「おっと」俺はうまく妻を抱きしめた。
「おい、気をつけてくれよ。君だけの体じゃないのだからね」
「わかっているわ。これから気をつけるわ」妻は頭部に軽く手をあてた。そこに
はちょっとした不注意で何針分も縫った跡があるはずだった。そして俺も妻と同じ
ところに傷がある。これは昔、ちょっとした不注意で縫い込まれたものと記憶され
ている。
「それならいい。当分の間ゆっくりとするといい。何か聞くかい」俺は妻に聞い
た。
「ええ」妻はそう答え、俺に微笑んだ。
とたんに美しい音楽が部屋中に響き渡る。
これも俺たちの心理状態、その他体調などのデータから割り出された曲だった。
「目を閉じて鑑賞にふける妻に優しくキスをし、彼女の隣に座った。
「大きくなってきたな」俺は妻に言った。
「ええ・・・。この子は一体どんな夢を見ているのかしら」妻は膨らんできた腹
部を軽くさわり、幸せにこぼれ落ちそうな笑みを俺に向けた。
「きっといい夢さ」理想的な夫婦に子供が生まれ、理想的な家族としての暮らし
がやがて始まるだろう。俺はいつまでもこの幸せが続くことを願いながら妻に最高
の微笑みをかえした。