AWC JETBOY 第3話(3)


        
#2724/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 7/31   9:58  (188)
JETBOY 第3話(3)
★内容
                  3

 「金ちゃん、渚ちゃんとデートかい」
 金城英夫の顔が緩んだ。
 すっかり顔なじみになった近所の漁師の、英夫に対しての冷やかしの声である。
 確かに。
 半年前までは、本当にデートしていた。
 ただ、このときの英夫にとっては、親切なお姉ちゃんのような存在にすぎなかっ
た。しかし時間というものは、人の心のなりをも変える。
 ただ英夫が稀に見る不器用だったから、お節介焼きの先輩が練習に誘ってくれた
だけなのかもしれないし、練習の後に一緒に食事したり少し深い話で盛り上がった
りしたのも単なる先輩後輩の少し砕けた付き合いなのかもしれない。
 しかし好意があったから、自分のことを考えてくれたに違いないと、英夫はそう
解釈する。
 次第に大人になるにつれて、過去の記憶に恋心が加算されていった。
 あの頃は夢のようだった。
 実際英夫は、渚の影の部分を知る。
 しかし、英夫は後悔しない。少しは迷ったが。
 英夫は、増して渚に恋心を抱くようになった。
 以来、流石に渚に教えを請うことはなくなったものの、練習の間は渚の側を離
れることはなく、普段も心中には渚の姿しかなかった。渚が半年間、スペインに
留学した時も、厚かましいことながら国際電話をかけまくった位だ。先輩連中の
呆れる声も聞かれる程であった。
 渚の存在が欠ける事自体、英夫の予定には無かった。今年からは沖縄社会人2
部リーグでの戦いが始まる。天皇杯にも参加する。
 なのに、これは唐突なことであった。
 セレソンとの練習試合の後のミーティングの場で屋敷オーナー直々からある事
実を知らされたのだ。
 こういうことだ。
 井上渚と井上誠を今年の4月から1年間、横浜フリューゲルスへレンタル移籍
することになった。これは我が沖縄シーサーズにとって名誉な事であり、沖縄の
サッカー界にとっても名誉なことである。我が球団としてはこの二人を失うこと
はチーム編成における大きな損失を被ることになるが、井上君達が居なくとも、
シーサーズの実力に陰りが出るとは思わない。
 諸君らも快く二人を送り出してほしい。
 抑揚の激しい枯れた声でそう言ったのである。
 とんでも無い話だ。
 屋敷オーナーがロッカルームから消えたあと、イレブンが大きく動揺したこと
を英夫は知っている。イレブン全体は、このチームはシーサーズの名花であると
ころの渚の為のチームであり、渚に捧げたチームであると思っている。イレブン
の一人から渚のフリューゲルスへの移籍を聞いた時は、英夫も真剣にこのチーム
の危機を憂いていた。「シーサーズはどうなるのだろう」
 英夫は不安を胸に抱えたまま渚を待つ。
 渚にしては遅い時間であった。一時間待ち続けている。
 アディダスのショルダーバッグからボールを取り出して、暇つぶしにリフティ
ングを始めた。
 このリフティング、腕以外の体全体を使ってボールを地面に落とさないように
する練習である。ジュニアユースのチームが決定する時分の事だったが、小学校
高学年になっても英夫は三回以上のボールを持ち続けることが出来なかった。
 リフティングはサッカーの基本である。ジュニアユースAチームの一員になる
ための合格ラインは、百回連続でこれを続けることであった。
 リフティングが二十回三十回と続く。渚との練習の時に「慌てなければ、ボー
ルは決して裏切らない」と一言だけ教わった。今では不器用な自分でも五十回は
簡単にクリア出来る。
 あっという間に、街灯の下で百回を突破した。
 はじめて百回に到達したとき、渚が自分のことのように褒めてくれた事は今で
も忘れられない。
 「英夫君、上手い上手い」
 という具合に。
 しかしこの声は、英夫の回想の中で響く声では無かった!
 事実、英夫の背後から自分の憧れの女の子の声が聞こえた。
 振り向くと、シトラスの香りがする。
 「英夫君、ウチに上がりなよ」
 「渚先輩! 」
 何か激しい言葉を連射しそうになった英夫だったが、ここで渚の心情を乱すわ
けにはいかなかった。
 フリューゲルスへのレンタル話は後にすることにした。
 「英夫君がウチに遊びに来るのは久しぶりだね。こうして、中等部の制服姿の
君を見てると、半年過ぎて男が上がったのか、恰好よくなったね」
 「買いかぶりですよ、先輩」
 照れ笑い。
 口許の綻びを隠さずに渚は手招きした。
 「夕食まだでしょ。ウチに泊まって食べてきなよ。寮長には私から言っておく
から」
 「はい、先輩」
 「シーサーズの次期大砲だ。食べて大きくなってもらわなくちゃ」
 次期大砲か………ぁ
 渚先輩は僕を後継者だと思っているんだ。
 しかし自分が将来、渚になりかわって最前線に立つことに関しては、複雑であっ
た。イレブンは、自分なんか望んではいないと、謙虚さではなく冷静に現状を考
慮して英夫は思うのである。
 しかし現実として、渚は、シーサーズに暫しの別れを告げるのだ。
                 ★
 誠はまだ自宅に戻っていなかった。その誠の部屋の隣が渚の部屋である。
 部屋の同居人、いわゆるライオンや狸のぬいぐるみ達がベッドの上に鎮座して
いる此処は、ティーン向けの雑誌で見た女の子の部屋の典型だと言える部屋であっ
た。塵ひとつたりとも落ちてないし、全体としてエコロジー色で統一されている。
 「おまたせ」
 渚が自分の部屋に姿を見せた。
 湯気がたちのぼっているこの料理は沖縄蕎麦だ。急ごしらえで作った一品の様
に思えるが、栄養は結構ある沖縄の夕食の献立である。
 部屋の真ん中にあつらえているテーブルに二人分のそれを置くと、渚は英夫の
正面に座った。
 渚は制服を着たままである。しかし胸のリボンは無かった。
 「いただきます」
 英夫は体裁関係なく一気に蕎麦を流し込んだ。慌てたら火傷するよという渚の
言葉なんておかまい無しである。
 渚は楚々としている。
 「先輩の料理って久しぶりです。スペインに半年間行ってる間に先輩も料理の
腕を上げましたね」
 「英夫君、お世辞が下手ね。これは沖縄料理よ」
 「そりゃそうですね」
 「今度、パエリャ作ってあげるから食べにいらっしゃい」
 「今度、ですか?  」
 英夫が首を傾げた。
 移籍の話はどうなったんだろ。
 その件に絡んで、どうしてもやり遂げたい事が英夫にはあった。
 十四歳の心は不安定である。深く知り合う前は言いたい事を堂々と口に出すこ
とが出来たはずなのに。
 尋ねた。
 「渚先輩」
 「どうしたの、英夫君。真剣な顔して」
 言葉は整っていなかったが、口に出した。
 「フリューゲルスの、移籍ですけど。もし、行っちゃったら、僕は、渚先輩の
料理を」
 「えっ? 」
 渚が目を見開いた。「それ、どういうことなの?」
 「先輩、知らなかったんですか? 」
 「誰が、そんなこと」
 「校長先生の口から直々に」
 ため息をついた。「私まで巻き添えにするつもりなのね、誠は……… 」
 誠が、勝手に自分の契約書にまでサインしたことくらい渚にはわかっている。
噂として自分がJリーグの何処かのクラブに貸し出される話は聞いていたが、今
年からの社会人との戦いを前にして自分が此処を去る事なんて考えられなかった。
 誠には色々な話があった。ブラジルに残ってプロ契約する話とか何処かの高校
に転校して元旦の全国高校選手権の予選に参加する話とか色々と。
 色々な意味で渚を必要としている誠の事だ。二人一緒で無いと行かないであろ
う。断れない話だと覚悟した。
 「どうやら、英夫君の言ってる通りみたい」
 渚は床の上に体を投げ出して、天井を仰いだ。
 「英夫君の成長ぶりを見れないのは残念だな」
 酷い話だ。
 望んでいない移籍話はどちらにとっても不興なことだ。
 より問題なのは、英夫の方であった。
 この様子だと、じきに渚との別れの日が来る。
 切羽詰まっていた。
 決めた。
 「先輩! 」
 「ひ、ひでお、君?」
 一世一大の告白を始めた。
 「僕は、先輩の事が大好きです! 」
 突如、英夫は制服を脱ぎ始めた。
 身の危険を感じたのか、渚が起き上がろうとする。しかし、何故か此処から一
歩も動けない。
 秀夫がワイシャツを投げ出した。堂々とした上半身の筋肉が渚の目の前に現れ
た。覚悟は出来ている。英夫は、渚の両腕をつかんで、言いたかった事全てを言
い尽そうとした。
 「先輩、僕の事を男にして下さい」
 荒い鼻息が渚の顔にかかった。
 目の前に居るのは蛇に睨まれた蛙、男と渚。
 「英夫君、私の体のこと知って…… 」
 「知ってます! 」
 英夫がさらに強く握りしめた。
 「しかし、僕にとっての初恋の人は、先輩なんです。どんな女の子よりも、僕
は先輩の事がとても好きなんです」
 英夫は視線を下に移し、渚の弱みをじっと見た。
 「先輩も、断れないはずです。元気じゃないすか」
 渚は、もう英夫に囚われている。
 英夫同様、隆起しているのがスカートの上からも判る。
 「判った」
 渚は、無理に英夫から逃れると、制服のボタンを外し始めた。
 その動作の合間に、独り言を呟いて。
 英夫君、
 私もあなたの事好きだった。
 けれど、イレブンは皆、私を求めて、知ってるくせに求めて来る。
 もっと可愛い女の子は沢山居るのに。
 何故、私なんか。
 誠だって、本当はいい子なのに。
 私に何があるんだろ。どうして皆、私の体を欲しがるのだろう。
 わからない。
 けど、英夫君とは、一度こうしてみたかった。
 笑わないでね、私の事。
 英夫の視線が渚の身体に突き刺さる。
 笑う?
 否、美しい。
 渚が、まとっているもの全て、下着類全てを床に置いた時、全ては露になった。
 禁断の彫像だ。
 英夫も、スボンのベルトを緩め、そして瞬時に全裸を晒した。
 堂々としたものだ。
 「恰好いい」
 正直に言葉を漏らす。
 瞬時だ。
 「愛してる」
 立ち尽くしている英夫の唇を奪った。
 「う、せんぱ…い……」
 想いは、唇の中でほんのりと溶け出した。
 渚の右手に導かれて、英夫の左手がスカートの方へと延びていった。





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