#2725/5495 長編
★タイトル (EXM ) 94/ 7/31 10: 6 (176)
JETBOY第3話(4)
★内容
4
それにしても、あの光景はなぁ、と志村がかすれた声で呟く。
「どうかしたんかい、シムラ」
隣の小男が、大男の言葉を訳している。
地元のバーの空気は鬱蒼としていた。志村の隣に居るのは凶悪な面構えの外国人
二人組である。先程ある縁で知り合って、こうして杯を交わしているのだ。
「ミスター・ルイス、こういうわけだ」
志村は、夕刻に見た光景を瞼に焼き付けたとおりに語った。
この話、結構奇妙であった。
「けど、嘘じゃないんだ、こいつが」
実を言うと志村と外国人は共通の知人を持っている。この話が嘘じゃない事くら
い外国人にとっても宣告承知ではある。
しかし外国人は腹を抱えている。相当に狂ったジョークに出くわしたときの反応
であった。
通訳は、笑い声の中から大男の言葉を取り出して、出来るだけ上品に伝えた。
「ナギサのイチモツ、マコトが付けた方がお似合いだぜ! 」
大男ことルイス・ネグーロ・カルロスは未だ狂ったように笑っている。
志村は……… 笑わない。
「そうか……… 」
うつむき、視線を酒にやった。
琥珀色の液体をじっと見つめているその姿は、傍目から見て、絶望に近いほど落
ち込んでる男の姿にしか見えない。どうやらルイスのジョークは、この気分に更に
拍車をかけたようだ。
「けどね」
志村は両手でグラスを握りしめている。抹茶のように含んだ。
「綺麗だった、あのセックス。アダルトビデオとかポルノで見たようなお色気が
ムンムンとしたような奴じゃなくて、まるで女神と女神との交わりを見たような気
がした。エッチじゃなかった」
終わった後の弛緩した渚の顔と、厳しく鋭い瞳を緩めて猫のように渚の体にまと
わりつく誠の意外な姿が再び蘇る。
しかしルイスは、志村の実に文学的な表現が気に入らないご様子である。
「どうして日本人のセックス観ってのは女々しいんだろうな」
所詮、男と女の交わりだと切って捨てた。
「そうはいうけど」
ルイスが先程から景気良くやっている酒を、ようやくグラス一杯だけ空にした。
「僕はそれでも渚ちゃんのことが好きだ。あの股についてるやつも隠してしまえ
ば普通の女の子じゃないか。けど、けど……… 」
煩悩の部分は、二杯目と一緒に呑みこんだ。
ルイスは、渚の件に関しては黙っている。有線のピアノの演奏に合わせてカウン
ターを鍵盤のように叩く仕種をしていた。
志村とルイスの考えは全く正反対であった。志村はこういう話をルイスに聞かせ
たのである。誠の一撃を食らった後のことである。意識を取り戻した志村が地元の
コテージに戻ろうとゴシックの辺りを歩いていると、どう考えても秘め事に耽って
いる最中にしか聞こえない激しい女の声が聞こえた。長年の煩悩をため込んでいた
志村がその方向に近づき場面を目撃したのであるが、ロッカールームの窓の隙間か
ら見えたものは一見レズビアンの交わりのように見えて、実際は男と女のノーマル
な交わりだったのである。志村を仰天させたのは、その二人の姿であった。誠と渚
の「姉妹」であり、これだけでもスクープものであったが、渚の股間から生えてい
る物が志村の淡い恋心にヒビを入れてしまったのである。それは志村の倍以上ある
見事なものであった。以上の顛末を、誠を殴った勇気ある男・志村を尋ねてやって
きたルイスに語ったのだが、ルイス自身、誠には興味が無いみたいである。単なる
美少年だと捉えているのだろう。
ルイスの、煙草の灰が五月雨のように落ちる。
そうだな………
少し志村の股間に視線をやった。それから尋ねた。
「オキナワで女を買うつもりはねぇのか?」
「別に」
ニヤリと口髭を指で擦って、志村にある誘いをかけた。
「マコトを、抱いてみる気はねぇか? 」
マコト?
志村の表情が険しくなった。
★
「マコトは女として、いい奴だとは思わねぇかい」
しかし、志村にとっての誠、それは次の台詞が全てを現している。
「あいつは、俺の顔に傷をつけやがった。あんな女、抱く気にもなれねぇ!」
志村は、セレソンの試合での態度からして気に入らないと鋭く言い放つ。酒が回っ
ているせいか、志村の目には殺気が宿っていた。
「やれやれ、本当にフェアプレーが好きなんだな、シムラは」
納得はしている。男なら誰でも女に殴られていい気はしない。
「今日の試合、誠の後見人のあんたでも不細工な試合だと思っただろ」
志村が酒の勢いに任せて、誠の後見人に対して同意を求める。
しかし本場ブラジルのサッカーフリークでもあるルイスは、志村とは逆の立場に
居た。
「日本ではあれが酷いというのかい。ブラジルのプロリーグだったらあの程度の
接触なんぞしょっちゅうさ」
ルイスが肘で、志村の胸を押した。
ルイスは、ブラジルのサッカー哲学を長々と説明した。この考え方は日本の高校
野球でいうところのスポーツマンシップとは対極の関係にある。国際サッカー連盟
(FIFA)はフェアプレーを推進するキャンペーンを張っているが、末端のフッ
チボールシーンにまでその思想が行き渡るわけはなく、フェアプレーに関する国民
の捕らえ方は、実にブラジルのお国柄を反映していた。
志村もサッカーの記事で飯を食べている。納得はする。しかし、志村の哲学は、
武士道的な処を一歩も離れなかった。
フェアプレーに関する議論は続く。そうしているうちに話は、誠の件にまたたど
り着いた。
志村が、誠の後見人であるルイスに尋ねた。
ルイスが志村と対面したとき、誠の後見人だと自分から紹介してきたのである。
誠のあの性格とルイスの態度に何かの接点を見いだしたようである。
「どうして、誠みたいなチンピラの世話をしようと思ったんだ、あんたは」
「チンピラ……… おい、そこまで言うなよ」
ルイスが瞬時、顔をしかめた。しかし幸せそうな顔をして、出会った経緯につい
て語り始めた。
「シムラ、パーリトゥードって知ってるか? 」
「パーリトゥード? あっ!」
志村はこの言葉の事をよく知っていた。
「ブラジルのグレイシー柔術!」
「そうさ」
ルイスは煙草を灰皿に置き、ゆっくりと含めるようにして語り始めた。
「俺が、サンパウロの裏町の地下にある、パーリドゥードのトーナーメントに足
を運んだときのことだった。そんときにメインの前座で、女子のパーリドゥードルー
ルの試合があったんだ」
「女子で、パーリドゥード! 」
「『なんでもあり』というわけさ」
志村は言葉を飲み込んだ。
パーリドゥードにはルールは無い。何方かがドクターストップ状態になるまで闘
うルールだけが唯一のルールらしき格闘技であった。
「俺は、まぁ、ロイヤルボックスに座ってだ、試合の様子を眺めていたが、前座
から凄惨な闘いが続いていた」
吐血、救急車、舞い散る札束、怒号、罵声。
俺は、メインエベントの前に一勝負しようと思って、女子の試合に賭けた。オラ
ンダのキックの王者ルシア・ライカ、相手は東洋人。
「その東洋人が、誠! 」
「まぁ、そういう事だ」
賭け率は10対1。ルシアの事は、格闘狂なら皆知っている。東洋人に賭ける馬
鹿はいねぇ。
「あんたはどっちに賭けた」
「俺は馬鹿でねぇ、カミサンからもよく言われるんだが、山ッ気だけで東洋人に
10万クルゼーロ賭けちまった」
「どうして、そんな無謀な賭けを」
「ロイヤルボックスの方を睨んでやがったんだ、あいつ。緊張してる筈なのに大
した奴だと思ってね、締切り一分前だったが、子分に大金持たせてノミ屋に行かせ
たさ」
試合の結果は、実に大番狂わせなものだった。マコトの勝ちだ。3Rで、ライカ
の奴失禁してTKOだ。試合の中身は地味だった。しかし、怖い試合だった。
俺は、マコトの事が気に入った。そりゃ、儲けさせてくれたからな。試合の後、
食事に誘った。
誠は顔に似合わず、大食らいで、自宅に用意した食事だけじゃもの足りずに、棚
に置いてある酒全部持ってくるように言いやがった。お陰で、俺の1876年ブル
ゴーニュ産赤ワインは全部あいつの胃袋に消えちまった。
肝っ玉のデカい奴だ。気にいった。
俺は、寝場所を転々としてるって言うから、宿を一晩貸した。
そんときの事だ。
マコトが俺の寝室に入ってきた。
目を覚ますなり、こう言ったんだ。
「私をアンタの愛人にしてくれ」って。
アイツは俺の存在を知っていたみたいだ。しかし笑ったね。貧弱な、女の印がま
だ無いような体じゃねぇか。しかしそれでも、愛人にしてくれと言うんだ。しつこ
いんで一度だけ手合わせすることにした。
ところが、ウチのカミサンより上手かったんだ、これが。
何時間も、何回か忘れたけど続けた。
そうしてるうちに太陽が昇ってきてだ、俺も仕事があるんで着替えようとした。
そしたらアイツ、いっちゃ駄目って泣くんだ。強気な餓鬼だと思ってたが、その顔
を改めて見ていると何だか自分の孫と交尾したような気分になってな、仕方ないか
ら仕事を休んで、ずっと傍にいてやることにした。
日本からたった独り身でこんな国に居たんだ。人の臭いに飢えていたんだ。
結局そのあと、俺とマコトは義兄妹の契りを交わすことになった。
「けど意外だったのは、あいつが実はサッカー選手だということだった。以前居
たチームは女だからと言って本気に相手にしなかったみたいでな、売春と場末の格
闘技で日銭を稼いでいたということだ」
「シビアな生活だな」
すくなくとも日本では、15の少女のする事ではない。
「で、俺がコリンチャンスを紹介して、オーナーを脅してマコトをグラウンドに
立たせた。けど嬉しいことにだ、あいつ巧くてな。俺はマコトの出場料で潤うこと
が出来てな、ついつい仲間に『俺の娘だ』って自慢しちまった」
ルイスの瞳に涙が浮かんでいる。
次第にルイスの声はたどたどしくなり、通訳も少し考えてから志村に語るように
なる。
「マコトは、ジーコやファルカンのガキの頃より巧い選手だった。俺も、ヤクザ
家業に手を染めなかったら、今頃は……… 」
ルイスが、通訳が宥めるにも係わらずわんわんと泣きだした。
さすがにウェイターも苦笑を隠さない。
こういうのを親馬鹿というのだろうか、志村も聞くのが阿呆らしいといった表情
をしている。
「ま、カミサン放っておいて、マコトの為に来日したんだ、親分はな」
体裁が悪いのだろう。結局ルイスは、泣きべそのまま此処を去っていった。
豪快な風貌には似合わない泣き上戸であった。
それにしても志村は、誠の過去のほんの一部を知って少し考えるところがあった
様子である。
また、あのロッカールームの光景を思い出した。
しかし、目に浮かぶ誠の映像が大幅に変わった。
寂しそうな顔をしてこっちの方を向いている。迷子の子猫のような目で。
ルイスの与えた誠のイメージが、志村の心に訴えかける。
「おかわり」
六杯目の酒を要求した。時計は10時を間もなく指す頃であった。