AWC JETBOY第2話(4)


        
#2718/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 7/31   9:38  ( 93)
JETBOY第2話(4)
★内容

                 4

 ゴシックというアダ名を頂いた教会を形どった沖縄シーサーズのクラブハウス、
その三階がサッカークラブの事務所になっている。
 事務所からはサッカーグラウンドをはじめ野球場やホッケーのグラウンドが一望
できる。一番向こうに見えるのが渚が先程まで練習していたグラウンドである。
 「さて、日本に帰ってから始めての練習だ」
 室内には6人いる。校長の椅子に座っている白髪の老人と、厳めしい顔をして暑
苦しい色の背広を着た外国人、横浜からやってきたというJリーグクラブの監督、
先程からずっと老人と歓談している矢島。
 そして、鋭い眼光をたたえて、トレーニングウェア姿の少女がグラウンドを見つ
めていた。
 「井上誠の妙技をお見せしますよ」
 誠は、はるばる横浜からやってきた男に約束した。
 「お前さんと渚君の実力を見込んでレンタルするんや。十六歳にしては高い給料
払うんやし、その言葉通り宜しくやってもらいたいもんやな」
 「わかってますよ」
 当然だと言わんがばかりの態度である。
 「矢島さんには感謝してますよ。半年間ブラジルの方へバカンスに行かせて貰っ
て、心身ともにリフレッシュしてこの沖縄に帰ってきましたから」
 「いやいや、屋敷オーナーに礼を言うべきだよ。僕は本社の方に資金を要求した
だけ」と白髪の老人の方に向かって微笑んだ。
 屋敷大要は、顔に深く刻んだ年輪というべき皺だらけの顔に笑みをたたえている。
可愛い孫娘代わりの誠の顔を見るといつもこうなのだ。
 「向こうに行って、フェアプレーというものは学んできたかね」
 所々枯れた屋敷老人の声である。
 その屋敷と対照的な、頭髪がやや薄くなっている堂々とした体格の外国人が屋敷
の言葉にイチャモンをつけた。隣にいる褐色の若造は通訳である。
 「フェアプレー? ブラジルのサッカー辞典にそんな言葉はあったかいのぉ」
 通訳の言葉は、やや鈍った日本語である。
 「向こうでの誠のニックネームが何だったと思う。『トーキョーの悪魔』って実
に不名誉な名前だったんだぜ。お陰で、コリンチアーノ以外からはブーイングの嵐
さ。世話人の俺だって命を狙われかけたしな」
 最後の台詞は絶対に冗句だろうけど、彼の言葉には、音量の豊かさと渋みが含ま
れていたせいか、実に真実味が感じられた。
 しかし、この言いぐさが誠には気に入らない様子である。
 「ルイス! オーナーの前で余計な事言うな」
 歳の数が3倍余り違うルイス・ネグロ・カルロスに対して厳しく言い放った。
 「誠君、目上の人に対して乱暴な言葉遣いはいかん」
 屋敷はゴッドファーザー的な立場から誠を諭したが、呼び捨てにされたルイス本
人は不機嫌な顔はしていたものの大して気にしていない様子である。その代わり、
この男特有のアイロニーな口ぶりというか絡め手で誠のことをフォローした。
 「やくざな家業をやっている俺の、義兄弟みたいなもんだ、こいつは。たとえ、
食事中に犬みたいにがっついていようが、風呂上がりの後、家中を色気のねぇオー
ルヌードで歩き回ろうが、俺が女にモテるのにやきもち焼いて俺の汚ねぇ尻を蹴飛
ばそうが俺は別に気にしちゃしねぇ。素直で優しい奴だったらいいんだ。なっ、誠」
 十分、効果はあった。
 したり顔のルイスの視界には、気まずそうな屋敷と矢島、顔を真っ赤にして膨れっ
面で視線を逸らそうとしている誠が収まっていた。
 「ぼちぼち、練習再開だな」
 矢島がグラウンドの方を見た。既に用意は整っていて、後は誠の登場を待つのみ
である。
 「こいつらを揉んでやるのは久しぶりだな。体重もベストに戻したし、ディフェ
ンダーをだ、ブッ壊すのが楽しみだ」
 「まこちゃん、フェアプレーだよ」
 矢島のこの言葉、聞いていただろうか。
 「じゃ監督、アタシのプレーちゃんと見ておくんだよ」
 「ああっ、わかっとるわい」
 不敵な笑みを浮かべて、誠はクラブハウスから退出した。
 「ま、これくらい骨がなくっちゃいかんな」
 Jリーグの監督を勤めているという彼は言った。
 これから5分後、グラウンドでの練習が再開される。
 ルイスは、間もなく誠が現れるグラウンドの方を眺めていた。
 「45分間といえども、立ち続けていられるかな? 誠以外は」
 これはルイスの、これからの練習での予測である。ルイスと誠との関係は半年の
間続いてきたものである。誠の普段の素行から、こうなるだろうと踏んでいるのだ。
 「けど、加茂監督もこんな遠くまでよく来たものです」
 矢島の隣に居た男は、加茂周であった。加茂は、横浜フリューゲルスの監督であ
り、昨年の天皇杯を優勝に導いた智将である。
  見かけは柔和な関西弁を話す男だが、唯一外国でのコーチングスタッフの資格を
持っている理論家であり、過去、日産自動車サッカー部を三度も日本一に導き、元
ブラジル代表主将のオスカーと共に現在の横浜マリノスの基礎を作り上げてきた。
この時に、日本リーグ・コニカカップ・天皇杯の三冠を達成している。
 加茂は、人材発掘に定評があった。
 「ここは、三年前から知っとる。儂も、このクラブの株主やしな」
 「そうだったんですか」
 「井上姉妹にしても、入った時から目ぇつけといた。本人には会ったこと無かっ
たんやが、美貌もそうだが、ホンマに巧くなったもんや」
 ジロリとルイスのことを睨む加茂の視線。
 「ブラジル留学の効果はあったみたいやな。もともと激しい気性に凄味が加わっ
てきた。ネグーロカルテルの大親分ルイス・ネグロ・カルロスというビッグネーム
の代理人も捕まえてきたし」
 「あんな奴にはつかまりたく無かったわい」
 けど、ルイスの顔は緩んでいる。
 「あいつと出会わなかったら、一生孫娘なんて恵まれ無かっただろな。俺の息子
達は俺のとばっちりを食って、抗争の果てに天に召されたからな。正直のところ、
あいつの為ならスタジアムの一つくらいは作ってやっても惜しくはない」
 「ブラジル中のマフィアが聞いたら驚くやろな」
 通訳が頷く。ルイスは加茂の言葉に苦笑いするだけだ。この部屋には大物が三人
いる。この会話の中にいる矢島は実に貴重な経験をしたことだろう。
 窓の外に誠の姿が現れた。
 これから、「セレソン」との試合が始まる。




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