#2679/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 94/ 7/ 4 18: 1 (200)
憑狼楽団(9) 青木無常
★内容
てたんだ。だから「「」
と、ふいにあいつ、上目づかいでじっ、とあたしのこと見つめるものだから、あ
たし、一瞬思わず頬あからめて、目を伏せてしまった。ちぇっ。
すぐにもう一度顔をあげて風神丸を見つめたら「「ちぇっ。まったく。
あいつ、なんだか目、うるませてるの。
勝てないよ、これじゃ「「って。
そのときふと、そう思ってた。
まったくずるいよ、男の子って。
こんなふうに、いつもまったく不意打ちで「「そしていつもまったく真正面から、
女の子の武器、かってに流用したりするんだから。
「きみが歌うの聴いて、脳みそぶっとんじゃったんだ」
なによそれ、とあたしは心中唇かみしめる。脳みそぶっとぶだなんて、スプラッ
タな表現使って、さ。
いいけど、べつに。川薙秀智的で。
そのとき、憮然とした顔してるあたしを見てふいにあいつは、自分があたしの手
をぐいぐい握りしめてることに気がついたみたい。
「あっゴメン」
だなんてまるっきりお約束なセリフとばしながら頬染めて顔を伏せたりしてた。
ホント。
男の子って、さ。
あたし、肩すくめてから運ばれて以来、乾杯もしないままテーブルの上に放置さ
れてたウーロンハイ、一気にぐーいと呑みほして、たん、とかカラのグラスでテー
ブルを鳴らし、呆然と見まもるばかりのさとみちゃんの眼前から冷酒グラスひった
くって秋田の地酒だかなんだかをなみなみと注いで、それでまたぐーいと一気に呑
みほした。
「あ、あの、だいじょうぶですか」
なんて春ちゃんは、あたしより三つも歳上のくせしていまだに敬語おりまぜたり
することがあるもんだから、あたし思わず苦笑してた。
ホッとしたようにみんな笑ってくれて、それからはじめて、思い出したみたいに
それぞれの杯に手をのばしたの。もっともさとみちゃんだけは、ひとり飄々と、あ
たしと風神丸とのやりとりを肴にちびちび呑んでたんだけどね。
風神丸も、「むりして呑むことないよ」とみんなして心配してるのをよそに頼ん
だカカオフィズぎゅっと傾けて(おいおい)ぶはーと大げさに気炎をあげた。
そして、いったんだ。
「歌ってよ。おれたちといっしょに」
じっ、と、真剣な視線を真正面からあたしに向ける。
その先からみるみる、顔全体が真っ赤になってきて、あたし思わずぎょっとした。
「ちょっ……あんた、だいじょうぶ?」
するとあいつは、思わず肩にのばしたあたしの手をフンと払いのけて逆にあたし
の肩をぐいとつかみ、
「やろうよ。河鹿ちゃん」
そう云ってまた、じっと見つめる。
見つめているうちにあいつの頭、おいおい、ぐらぐらと前後左右に揺れだした。
わかったわかった、とあたしは、あきれたような生返事にまぎらして答え、あい
つの頭を抱え込んで肩によせさせた。
ホントに。これじゃ完全に男女逆転だわ。
やるの? やるんだね? あいつは何度も倒れこませた頭をむりやりぐいっと立
てて念を押し、わかったわかったとあやすようにあたしが云うのを待ってはまたば
たんきゅー、とあたしの肩にくずれこむ、なんてことをくりかえしてた。
そんな風神丸を、苦笑まじりに眺めおろしながら、ちょっとの後悔と、そして強
烈な不安とを抱えこんであたし、それでもかなりのときめきとともに、本気で決心
してた。
たぶん、あたし自身知らないうちに、あの博多での夜を境に、無意識に気づかさ
れていたんだ。
力のかぎり、声のかぎり、叫び、歌うことの快感に。
だから、半分以上寝こけたままなおも口中でぶつぶつとつぶやく風神丸の耳もと
に、ささやくようにしてあたしは告げたんだ。
歌う。
8
その次の週の日曜日に、あたしは風神丸といっしょに秀智さんと再会を果たした。
なんでも北海道にいたころから、風神丸が新しいバンドをつくるときにはその名
づけ親になるって、そういう約束が成立していたんだそうだ。
そのころまでにはあたし、風神丸がつくったオリジナル曲をいくつか、スタジオ
やさとみちゃんたちの大学ン中なんかで歌わされていた。
あいつのつくる歌は、どこか秀智さんの単純で凶暴なメロディと似ていて、それ
でいて奇妙にひねくれてて、微妙に知的でかなり危うく、底の部分で哀しくて寂し
かった。
たぶん、川薙秀智という希有のヴォーカリストをイメージして描かれた曲だった
んだろう。
でもそれはやっぱり、イメージしていた部分からは不思議にずれていて、風神丸
にとってはかなり悪い意味で、風神丸的な歌でもあったんだ。
川薙秀智が歌えば、それなりにサマになるだろうしべつに違和感もないだろうけ
ど、でもやっぱり秀智さんが歌うのは秀智さんが自分でつくったオリジナルがメイ
ンで、たとえこれらの曲を秀智さんに進呈していてもおかず程度にしかならなかっ
たにちがいない。
だからといって、繊細で澄んだ歌声の風神丸自身が歌うには、あまりに不向きな
曲がみごとにならんでいたから、あいつのつくった歌は長い間宙ぶらりんのまま、
おちつき場所を求めて闇の中をうろついていたんだって、あたし、そんなふうに感
じてた。
あいつにいわせれば、
「おれの歌は江藤さんに歌ってもらうとぴったり来るんだ」
なんてことになる。
自分ではとても役不足としか思えないんだけど、風神丸にも、そしてあたし自身
にも歌う、と約束した以上ひっこみもつかず、悪戦苦闘しながらあいつのつくった
詞とメロディ、そしてハーモニー相手に七転八倒しているところだった。
秀智さんはあいかわらず気安くて、あいかわらずでかい声でよく笑い、そしてあ
いかわらず無頼ですこし憶病で、やっぱりあたしはこのひとがとても好きだ。
だから浅草観音の仲見世通り裏手の喫茶店で秀智さんが、なんだか鼻の頭をぼり
ぼりやりながら恥ずかしそうに紙片をつい、とあたしたちに向けてさし出したとき、
なんだかあたしは嬉しいくらいにおかしくって、思わずふき出したりしてた。
さしだされた紙片にはへたくそな字で「憑狼楽団」と書きこまれてあった。
あたしたちのぞきこみ、目を見あわせ、そして不思議そうな視線を同時に秀智さ
んの上にすべらせて、そして異口同音に訊いていた。
「なんて読むんですか?」
すると秀智さん、テレてるのをことさら押しこめるように腕を組んでふんぞりか
えりながら、
「ひょうろうがくだん、てんだ」
と云った。
「ヒョーロクダマ?」
なんてボケを風神丸がかますもんだから秀智さん、憤然とあいつの頭を小突きな
がら、「バカタレ、ひょーろーがくだん、だ! ひょうろう、てのはな、狼憑きの
こったよ。カッコいいだろうが。あん?」
とほとんど脅迫のノリだ。
なんだか難しい漢字がならんでるし、聞き慣れない言葉ではあるけど、でもなん
となく風神丸やさとみちゃんのイメージにはあってるかもしれないし、なんだか危
なくてたしかにカッコいい。
「いいです、これ。気に入りました」
ってあたしがいうと、秀智さんはちょっと頬を上気させながらそうだろうと得意
げに何度もうんうんうなずいていた。この人もやっぱり、かなりかわいい。
「祝いにロゴ入りのTシャツか、トレーナーか何かつくってやる。どっちがいい?」
かなり上機嫌で秀智さんそう訊いてくるのに、風神丸の奴、
「ロングコート。色は黒がいいな。生地のよくって、それで長持ちするやつじゃ
ないとダメだよ。あ、皮でもいいけど」
なんてこわいくらいに厚かましい。
それでも秀智さんは困ったように
「ええっ? ホンキかよ。おいおい勘弁してくれ、ホントにホンキにマジかよお
い」
とか悲鳴をあげつつも、本当にロングコートをメンバーとその彼女全員分とりそ
ろえておくって約束してくれた。
「でも秀智さん、憑狼楽団て、意味はなんとなくわかるけど、理由は? なんで
なんですか?」
そう訊いたら、今度顔を伏せたのは風神丸。
秀智さんはニヤリと笑っただけでくわしいことは何もいわず、皮ジャンの胸ポケ
ットからテープを一本取り出してあたしにわたした。
それを見て風神丸、ぎょっとしたように目をむいて秀智さんを見やる。
そんな風神丸に向けて秀智さん、ニヤリと片目を閉じてみせてから、
「よけりゃほかのメンツにも聴かせてやってくれよ。円城寺もこれは知らねえは
ずだからよ。風神丸がうちのバンドからぬける直前の、ライブの録音だ。まあ音の
質はかなり悪いし、途中でテープ足りなくてぶち切れてるしで、あんまり出来のい
いシロモノとはいえないけどよ。こいつが一曲だけ「「つうか、まあ、とにかく歌
ってやがる。保証するが、はっきりいってかなりのモンだぜ」
そう云うんだ。
あたし、残念ながら(風神丸にとっては幸いなことに、かな?)その時はウォー
クマン持ってなかったから、家にかえって聴くことにして、秀智さんと別れて風神
丸とふたり、帰途についた。
そしてその途上あたしは、デビュー直後から秀智さんの大ファンなんです、とい
う、今日こそ必ず云うんだと固く決心して心ン中の引き出しにしまっておいたセリ
フを、またもやしまいっぱなしのままで終わらせてしまったことに気がついて、風
神丸相手にさんざん愚痴をこぼした。あいつはそんなあたしの嘆きを笑いながらう
んうんと聞き、こんど話す機会があったら伝えといてあげるよ、と云った。
それまではあたし、これは絶対自分で、本人を前にしていうんだってかたくなに
思ってたんだけど、そのとき風神丸にそういわれてなぜか、ああそれならべつに焦
ったりすることもないな、となんとなく安心している自分に気づいてちょっとびっ
くりしたりした。
そして「「本当の驚きが待っていたのは、風神丸とも別れて家に帰り、風呂あが
りの髪をバスタオルでぬぐいながらふと机の上におかれたテープに気づいてそれを
ステレオセットの中にぶちこんでプレイかけたときだった。
文字どおりあたしは、ぶっ飛んだ。
九十分テープのほぼ全面を、今とまったくかわらず凶暴な秀智さんのわめき声が
占めてたんだけど「「中でB面の一曲目だけ、まったく毛色のちがう演奏が混じっ
てたんだ。
その曲は最初、いきなりピアノソロで、かなりゆっくりしたテンポの、あのベー
トーベンのピアノソナタ「月光」の第一楽章が流れ
てきたりしたの。
ええっと思って耳をそばだてていると、消え入るようにしてピアノソロがとぎれ
「「そして、とぎれた、と思った瞬間、断ち切るようなギターとベースのリフが飛
び込んできて、同時にその背後で「「ウォルルルオーン、ウォルーン、と「「まる
で、月に向かって咆える狼の孤影が目の前に浮かんできそうな、澄んだ、哀しいま
での獣の遠咆えの声が、長く、長く、尾をひいて叫びあげはじめたんだ。
それを一声聴いてあたし、風神丸の声だってわかった。
なぜかなんてわからない。
その遠咆えの、澄んだ透明さや哀切きわまりない響き、孤独で、そして今にも壊
れてしまいそうなまでに危うい雰囲気なんかがそのまま、あたしの抱いている風神
丸のイメージそのままだったからかもしれない。
とにかく、その奇妙な迫力をもった一曲は、風神丸の遠咆えを冒頭に三つ、あと
は詞も声も入らないまま、滑らかで、それでいて恍惚とするほど不快にゆがんだギ
ターソロを真ん中にして、不思議な、一種異様な緊張をはらんだままで終わった。
最後にもう一度、風神丸の遠咆えが入るのかと期待したけどそれも入らず、雑音
だらけの背後で一瞬、客席も奇怪な感動と緊張にからめとられて静まりかえってい
るのがはっきりとわかった。
今とちっとも変わらない秀智さんの歌声にすっかり興奮して昇りつめていたあた
しが、次の曲がはじまって、もうあの遠咆えはあれで終わりなんだってようやく納
得したとき、同時にいいようのない不満と麻薬的な何かにあらがい難く魅了されて、
思わず秀智さんのシャウトを途中で断ち切ってまで巻き戻しをかけてしまったほど
なのだから、その遠咆えがいかに強烈な印象をあたしの胸に焼きつけたかがわかる
というものだ。
事実、二度めのそれを耳にしながら、あたしは正体不明の、抑えようのない昂な
りが最初に聴いたとき以上に、腰のあたりからとめどなく膨れあがってやまないの
を恍惚と受けとめていた。
その夜、そのテープをさんざ堪能した上でさとみちゃん、それに智子さんに電話
をして(円城寺さん、仕事でアパートにいなかったの)いつ会えます? どこにで
も出かけますと興奮もあらわに告げて強引に約束をとりつけ、翌日わざわざ大学と
円城寺さんの働いてる現場にまで出かけてってダビングしたテープをわたして持参
のウォークマン貸してむりやり聴かせ、やっぱり呆然として言葉も出ない二人を前
にして自分の感じたものがまちがいなかったんだって、あらためて確信した。
あたし、まだまだあいつのこと知らない。
ぜんぜん知らないんだ。
昼日なかはまだけっこう熱気がたゆたっていたけど、授業がハネて、いったん帰
宅して着替えてから公園に足をのばすころには、風はかなり肌に涼しく感じられた。
園内の樹々はもうかなり紅や黄にかわりはじめていたし、暦の上ではもうはっきり
秋もたけなわだ。
いつものベンチであいつは、めずらしくベースを抱えないまま、なんとなく手も
ちぶさたな感じで、あたしが来るのを待っていた。
「風神丸!」