#2680/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 94/ 7/ 4 18: 5 (200)
憑狼楽団(10) 青木無常
★内容
あたし、大きな声であいつを呼んで、すこし小走りに走りよっていった。
風神丸はすこしテレたような顔をしてちょっと手をあげると、ついと視線をそら
して池面をゆく水鳥を追う。
ふふん。ずいぶんわざとらしいじゃない。
あたしはからかうような気分で、わざとあいつの腕に腕をからませ、ぎょっとし
たように目を見ひらくのにはまるで気づかないふりして
「いこ」
なんてセリフを口にしながらあいつをひっぱって、池上の橋をわたって街に出た。
元祖仲屋むげん堂で、さんざんあれこれ物色して楽しく迷ったあげく、オレンジ
色の長いインド製のスカーフとしゃらしゃら音のしそうな腕環にアンクレットを手
にレジへと向かう。
ついでとばかりに指輪コーナーのところに風神丸をそれとなくひきずりこんで
「これがいいなあ。わ、これもかわいい」
と、まるで女の子みたいに(!)さんざはしゃぎまわったあげく、上目づかにじ
っと見上げ、「買って」と小さな声でつぶやくようにして云った。
風神丸は最初、テレたようにええ? とかホンキ? とか云ってたけど、やがて
観念したように、しようがないなあなどといいながらけっこう嬉しそうにサイフを
開いて、ムーンストーンの安い指輪を買ってくれた。
べつに深い意味なんかない。
ただあいつが、困ったような、テレたような顔をしてあたしの前でもじもじした
りしているのを、見てみたかっただけ。
北口の喫茶店で軽くお茶してから、伊勢丹の狭間のベンチにならんで腰をおろし
て、買ってきたつつみをひとつずつ開いて、中身を広げた。
腕環を重ねて左手に通し、アンクレットは右足くび。オレンジ色のスカーフは、
ターバンふうに頭にまきつけて、しあげのムーンストーンはテレまくる風神丸の手
でむりやり右手のくすり指にはめさせた。右手だよ。
黒皮のホットパンツに紫のストッキング、足もともスニーカーから黒のハイヒー
ルにはきかえて、すりきれたジーンズのジャケットをぬいで肩むき出しの赤いシャ
ツの背中にターバンのしっぽ揺らして。
あたしは脚を開いて立ち上がり、指鉄砲を風神丸の胸につきつけて
「ばーん」
と手をはねあげるしぐさをする。
気の利かない風神丸は、やられた、なんてのけぞったりせずただ笑うばかりだけ
ど、あたしはそんなあいつを前にして、ハイヒールのかかとで敷石を打ち鳴らしな
がらくるくると身体をまわして、軽く踊ってみせたりしてた。
「どう?」
とか、気取ったポーズを決めながらきいてみるんだけど、あいつは笑いながら
「いいんじゃない?」
なんていうばかり。ふん、もうちょっとホメようってのがあるでしょーに。
だから尖った靴さきで向こうずねあたりを軽く蹴りあげたりしてあいつの笑いを
誘う。
そしてふと、気がついたりもする。はじめて会ったころにくらべると、風神丸は
ほんとうにいつでも、よく笑うようになったなあって。
風神丸や円城寺さんが先を争うようにして持ちこんでくるオリジナルを必死にな
って覚えて、やっとこさ歌ってる姿もサマになってきたかな、と多少とも思えるよ
うになってきた二週間前の土曜日深夜、あたしたち四人はそろって酔漢ひしめく週
末の駅前に出撃し、反吐と気勢と下卑た呼びかけがうずまく通りではじめてのスト
リートライブを決行した。
ここらあたりはいつも週末になるとあちこちにギターやら何やらを抱えたキッズ
が出てくるとこだけど、けっこう積極的にアピールする奴は少ないらしくって、携
帯アンプ腰にからめて飛び跳ねながら景気よくわめきまくるあたしたちは道ゆく酔
っぱらいたちにかなり受けまくっていた。
それでもあたし、最初のうちはかなり緊張してて出だしをとちったり歌詞忘れた
りまちがえたりでいろいろ失敗してた。
でも、上気した頬は「じゃあまたネ!」と叫んで風をまいて退散するまで上気し
っぱなしだったし、緊張ととなりあわせのときめきは最初っから最後まであたしの
胸を躍動させていた。
酔っぱらいオヤジのとばす下品で内気なヤジまでが、快感のシャワーであたしを
洗ったりも確実にしていたし、あたし案外、というかかなり、こういう世界になじ
めるタイプなのかもしれない。
そして、円城寺さんやさとみちゃんとはもちろん、風神丸との間の距離も、なん
だか信じられないくらい近くに、なっていたような気がする。
楽器を媒介に、ひとつの音楽を跳ねまわりわめきまくっている忘我の時間にはも
う、とうぜんのようにあたしたちは「「時おりぎくしゃくしつつも(このぎくしゃ
くがまた、快感だったりする)ひとつだった。
こんな世界に、このあたしが、昇りつめることができるんだなんて、それこそ川
薙秀智のライブにいっているときでさえ、想像もつかなかったことだった。
だからもちろん、さらに高みを目ざして貪欲になれる、だなんてこともわからな
かったけど、いざ自分がそうなってみると逆に、いままでの自分が何か眠っていた
んじゃないかみたいな、なんだか不思議な気分になっていた。
あの日以来あたしは、なんだか弾みがついちゃったみたいな感じで、いままで躊
躇してできなかったいろんなことに軽々と、頭からつっこんでいけるような気分に
なっていた。
もちろんそれは今のところ単なる気分にしか過ぎなくて、現実には大小さまざま
な障害が立ちはだかるたびに、やっぱり以前と同じように立ちどまり、途方に暮れ
たりうじうじしてたりするんだけど、でもやっぱり、気分だけでも前の自分とはま
るでちがうだれかに、そう、陳腐だけど生まれ変わったような感じだった。
ライオンみたいに長くのばしていた髪を、一気にほとんど刈り上げに近いくらい
にばっさり切ってしまったのも、単なる勢いだ。
でも、鏡の中でばっさりばっさり髪を落とされていきながら、不思議そうに自分
を見かえしている新しいだれかを前にしながらあたし、やっぱりなんだかどきどき
ときめいていた。
よくわからないけど、怒涛のように流れ、変化していくのもかなりのところ、悪
くない、なんて意味不明の感慨を抱いていたりもしていたの。
「髪切っちゃったの?」
朝、学校であたしの頭を見て呆然と風神丸がつぶやくのを前にして、あたし腹か
かえて大笑いしちゃった。
長崎でお風呂あがりのあたしを前に「きれいな髪だね」と、ぽかんと、穴があい
たみたいな目をしてつぶやいていた風神丸は、そんなあたしを見てかなりムッとき
たみたいに頬を膨らませていたけど、お昼ご飯を食べるころにはなんだか不思議な
ものをでも見るような目つきであたしのことを眺めていたし、帰途につくころには
もう短い髪のあたしがあたりまえみたいな顔してた。
その場であたし、まったくの思いつきで
「ねえねえ風神丸、あたしのステージ衣装、決めにいこうよ。つきあってくれる
でしょ?」
そう云って、あいつがあたしの真意も(ないんだけどね、そんなもん)答えも決
めかねてもごもご云ってるうちに強引につきあわせることに決めちゃって、そうし
て今ここにふたりでいる。
ステージ衣装っていっても、ストリートライブの時はよけいなしゃらしゃらがな
かっただけで今とほとんど同じようなカッコだったし、ターバンや腕環くらいでた
いしたちがいが出るわけでもないってわかってたけど、でも、みんな突っ走ってる
あたしの気分なんだ。
いつか、それもたぶん、ごく近いうちに、調子に乗って気づかないうちに疲れて
た脚がふいにもつれて転んで、こっぴどい怪我をすることになるだろう。
でも、いま、あたし、とまれないしとまらない。
走れるだけ走って、昇りつめるだけ昇り切って、そして、どこまでいけるのか試
してみたくて仕方がなくて、眠っているときでさえ全身うずうずしてとまらない。
そして、いっしょに走ってくれる仲間が、得がたいすごい男たちが、あたしのま
わりにはちゃんといてくれる。
だからってわけじゃないけど、つまずいて転んで大怪我して力いっぱい泣きわめ
かなきゃならないいつかを、楽しみにさえしながらあたし、突っ走る。
円城寺さんが知り合いのツテをたどってブッキングしてきたライブハウス「張虎
屋HOLLY-KOYA」での憑狼楽団のファーストギグ、来週の水曜日。
待ちきれない。
祭りの夜が来る前に、あたし頭のネジが音を立てて切れてしまいそう。
9
「手のひらに人って字を書いてな」
だれでも知ってるような円城寺さんのセリフを途中でさえぎってあたし、叫ぶよ
うにして云った。
「そんなこともう、やったよさっき」
まるで駄々っ子みたい。自分でも手のつけようがないんだから、さとみちゃんや
円城寺さん、かなりあきれてたかもしれない。
でもガチガチに固まっちゃって顔色悪くなるくらいナーヴァスになったあたしは、
何をしても緊張がとれてくれなくって、バックステージでもう爆発寸前だった。
どれだけえらそうなセリフ吐いてたって、しょせん十七の小娘にはちがいないん
だからまったく他愛がない。
とにかくあたしは、最初のギグを前にして、知った顔をたくさん含んだ満員の客
席を前にとつぜん、活火山の噴火みたいに緊張がどどどっと一気に頭のてっぺんま
で昇りつめるのを感じてパニックになり、さとみちゃんや円城寺さん相手に手のつ
けられない暴れ馬を演じていた。
ひとり黙々とチューニングしてた風神丸は、ふいとトイレにいったままちっとも
戻ってこない。それがまた気になって気になって、とめてもとめても震えやまない
指さきや笑いっぱなしの膝カタカタならしながら、とめどなくきょろきょろと視線
を走らせ、立ったり歩いたりすわったりを意味もなくくりかえしてた。
おちつけ、おちつけ、いいきかせながら曲目の順番とか出だしとか頭に浮かべよ
うとして、うまくいかずに逆にパニックに輪をかけたりしていた。
まったく、この期に及んでいったい何をやってるんだか。
自分でもなかば内心あきれはててたとき、
「あれえ、まだパニクってんの」
ハンカチで手をふきふき、風神丸が能天気な声でそう云いながらバックステージ
に戻ってきた。
「だってもう。しょうがないじゃない。おさまんないんだもん」
情けないことに、あたしほとんど涙声で泣き言をぶちまけてた。
そんなあたしをあいつ、えい憎たらしい、なんだか不思議な生き物でも見るみた
いな目つきでまじまじと見やってから、
「いいじゃん。そのままで」
軽い口調でそう云った。
「いいじゃん、ったってあんたねえ」
声を荒げて抗議しかけるのにもとりあわず、
「かまわないって。どんな醜態さらしたって、おれたちがフォローしてやるから」
なんてパニックに輪をかけるようなセリフをしゃあしゃあと口にする。
冗談じゃないよお。
そしたらあいつ、ぽんとあたしの肩たたいて「「そして、云った。
「かわいいよ。河鹿ちゃん」
って。
カッ「「と、一気に頬が充血し、
「バッバッバカ云ってんじゃないわよ」
とみっともないほどうろたえた。
そんなあたしを見ながら、ちょっと意地悪げに、心底おかしそうにあいつは声を
立てて笑い、
「緊張したらさ、へたにおちつこうなんてせずに、とことん昇りつめちゃえばい
いんだよ。頭ン中めちゃめちゃになって、わけわかんなくなっちゃえば、気がつい
たときはもう終わっちゃってるからさ」
どうにも能天気なセリフばかり云う。
そしてあたしはといえば、あいつの言葉どおり素直にパニックの極地にたどりつ
いちゃってて、それで自分でも気づかないうちに、とんでもないセリフを口にして
た。
「わかった。じゃ、一曲め、変更してよ。ベートーベンの『月光』に。あたし歌
うからさ」
云ってからあたし後悔して、でももうおさまらなくて、じっとみんなの顔を見比
べた。
あの『月光』も、憑狼楽団のレパートリーに入れようよという話になったとき、
やっぱり風神丸はやめようよ、もう歌う気がなくなっちゃったんだとか云って笑い
ながらどうしてもうんとはいってくれなかった。
だからあたしも円城寺さんもさとみちゃんも、みんなひどくがっかりしながらも
あきらめてたんだけど、まさかそれがこんな形で噴き出てこようだなんて、当のあ
たし自身予想だにできなかった。
もちろん、円城寺さんもさとみちゃんも呆然と目を見はるばかり。だってそうだ
よね。あれこそ、風神丸とは声質もキャラクターもまるでちがうあたしには、逆立
ちしたって歌えない曲なんだから。
風神丸もやっぱり、びっくりしたように目を丸くしていたんだけど、でも、急に
さもおかしげに声を立てて笑い出して、
「いいよ。よし。わかった。それサイコー」
などと云いだしたんだからたまらない。
もちろんあたしももう、完全に引っ込みつかなくなってたし、円城寺さんも「お
いおい、いいのかよ」とかつぶやきながらも積極的にはとめるつもりもない様子。
さとみちゃんはさとみちゃんで我関せずみたいに飄々としてるし、もうやけくそだ。
「じゃ最初のパターン、おれがやるよ。ピアノないからさ。どう? 河鹿ちゃん」
と風神丸が云うのへも、勢いだけで口にしたあたしにもちろん否やはない。
「メロディはギターでいいか。円城寺さん、やってくれる?」
なんてすでにあたしをおきざりにして話を進める風神丸に、円城寺さんもなんだ
か生真面目な顔で首を左右にふりながら、
「いや、あの旋律はギターよりゃむしろ、さとみちゃんにリズムだけで再現して
もらった方が雰囲気出るんじゃないか? 金物かなんか、しゃんしゃんて感じでさ。
どう、さとみちゃん?」
すると、さとみたちゃんも軽く肩をすくめてみせ、