#2678/5495 長編
★タイトル (GVJ ) 94/ 7/ 4 17:57 (200)
憑狼楽団(8) 青木無常
★内容
あれだけ派手なプレイを展開してみせたばかりの三人が、こうも静かで落ちつい
てるなんて解せない、許せないとあたしたちがわけのわからないからみ方をすると、
円城寺さんはいつもの静かな、目立たない感じの笑いを浮かべながら「ロックやっ
てる奴なんて、ふだんはおとなしい奴がけっこう多いんだぜ」などと云う。よくわ
かんないけど、けっこう耳にするセリフだよね。でも、そうなると川薙秀智さんみ
たいな人はどうなるわけ?
もうひとつ。
意外なほど風神丸はお酒に弱くて、ビールグラスに半分も空けないうちに真っ赤
になってぐったりとしはじめ、そのあと終始、あたしの肩にもたれかかってた。
そういえば風神丸とお酒の席につくのは初めてじゃないけど、彼がお酒に口をつ
けるのを見たのは今日が初めてだったかもしれない。旅行中なんかも、彼の両親が
あまりにもすごい飲み方騒ぎ方だったし、だれもむりしてだれかにお酒をすすめた
りはしていなかったから気づかなかったけど、そういえば風神丸はお酒は一滴も口
にしていなかったみたいだから。
だからあたしも、けっこう気持ちよく酔いながら、へろへろしてる風神丸をぶん
ぶんゆすったりして、
「ねえ風神丸、ねえ風神丸、あんたお酒弱いのねえ」
などと意味もなく大笑いしながら何度も何度もからかったりしてた。
あんまりあたしがそんなふうに、風神丸を肴にはしゃぎまわるものだから円城寺
さん見かねたのか、
「たぶん、今夜はよっぽど楽しかったんだろうな。そいつふだん、めったなこと
じゃアルコールには口もつけないから」
と笑いながら弁護していた。
そして、その場にいる全員、いいかげんへべれけに酔っぱらったころ、ふいにそ
の風神丸が歌いはじめたんだ。
菜のはーな畑ーに、いーりーひうすれーって。
むかし、小学校の音楽かなんかで歌った覚えのある、「おぼろ月夜」を。
みんなちょっとびっくりしたみたいに、いっせいにあいつに視線を向け、ついで
口もとに微笑をうかべ「「そしてそれを、驚きにおし流されながら目を見ひらいた。
川薙秀智さんがいってたセリフを、ふいにあたしは思い出していた。
ほんとうに、天使みたいな歌声だった。
きらきらと、冬の空から舞い落ちてくるガラスのように澄んで、硬くて、そして
小さく輝く、不思議な印象の声だった。
あたし、ずいぶんむかしから女の子にしては太くて重い声してるって人からもい
われてたし自分でもそう自覚してたから、ちょっと哀しいくらい、風神丸のその声
に魅了されていた。
そんなあたしの肩に頬をあずけたまま「おぼろ月夜」の短いワンフレーズを歌い
終わると、風神丸は疲れたような、それでいてどことなく満足げなため息をひとつ、
深くついてふたたび黙りこんでいた。
なんだか一種厳粛とさえいえそうな沈黙に、喧噪につつまれていた居酒屋のその
一角だけが支配されていた。
あの短い歌声の中に、そんなふうにして――あたしたちだけでなく「「まわりに
いる、見知らぬ酔っぱらいたちでさえを、やさしく黙らせるような何かが秘められ
ていたんだ――って、そんなふうにあたし思って、なんだかひどく誇らしげにも思
っていたし、よくわからないけど心地よく哀しくもあった。
あたしの肩に頬をうずめたまま静かに寝息を立てる風神丸を軽く揺すって、
「ねえ風神丸。もっと歌ってよ」
そう、すねたような口調で呼びかけてみたけど、あいつはうんともすんともいわ
ずに寝息を立ててるだけだった。
しようがないけど、これでいいんだ、みたいな、何だかわけのわからない満足感
みたいなものを、そんな風神丸を見おろしながらあたし、感じていた。
あの旅行からこっち、ぎくしゃくしたままだったあたしとあいつとの溝が、こん
なふうにやさしく埋められたことが、あたしには静かに嬉しかった。
7
そうして短い夏の間、風神丸と円城寺さん、それにさとみちゃんは、ひまを見つ
けては集まって楽器をかき鳴らし、音をからませていた。あたしや智子さん、春ち
ゃんなんかが入れかわり立ちかわり、それに立ちあったりもしていたけど、たぶん
そんな時はいつでも、あたしたちはまちがいなく傍観者で、そしてこれもまちがい
なく、主役はあいつらだったんだ。
それがあたしにはとてつもなくうらやましかったから、そんなときは目を閉じて
恍惚と弦をはじく風神丸がとても遠いひとのように思えてならなかった。。
そのあいだもあたしは公園に通いつづけていたし、そうするとほとんどの場合は
まるで申し合わせたみたいにあいつがいつものベンチに腰をおろして、そしてベー
スを弾いていた。
九月になって学校が始まっても、くやしいことにあいつらの蜜月に翳りは見られ
なかった。夏休み以上に濃密により集っては、何かにつかれるようにしてフレット
をおさえ、弦を弾き、太鼓を叩きつづけていた。でもバンドの構成はそれ以上の展
開を見せず、風神丸もまたあの不思議な声音の歌をバンドの音に乗せようとはして
いなかった。
「あんたが歌えばいいのに」
何度となくあたしはあいつに向かってそう云ったけど、あいつはなんだか晴れば
れと笑いながら首を左右にふるばかりだった。
風神丸や円城寺さんがつくったオリジナルを三人で煮詰めてはいるみたいだった
けど、あいかわらずあいつのバンドはヴォーカルを欠いたままだったんだ。
そんなおり、セカンドアルバムの録音を終えた川薙秀智さんから「シークレット
ギグをやるから来い」との秘密連絡が円城寺さんのところに入ったのは、九月の終
わりごろのことだった。
その夜はちょうど、円城寺さんはどうしてもはずせない仕事が入っちゃってたん
だけど、かわりとばかりにあたしと風神丸、それにさとみちゃんと春ちゃんとで先
を争ってどやどやとおしかけた。
そしてその夜は、あたしにとってはひどく楽しい夜だった。マニアックな趣味が
災いしてかライブに出かける時は、今までほとんどいつでもひとりだったから、出
かける前から完全にハイになりきっていて、それでもふだんならてきとうに登り詰
めた時点でさめてきたりするんだけど、その夜は終始、ボルテージはあがりっぱな
しだった。
秀智さんがステージに現れるやあたしは率先して拳をふりあげて叫び、地鳴りす
るほどコンクリートの床を足踏みならして全身ではねまわっていた。よくもまあ、
ネジ切れなかったものだと自分でも不思議なほどのはしゃぎぶりだった。
あの最初のライブの夜、不機嫌にシートに沈み込んでかたくなに立ちあがらなか
った風神丸も、あたしたちといっしょのその夜はすなおに声を上げていた。
そして、そんなあたしたちにひそかに苦笑をおくりつけながらも、秀智さんもま
たリラックスした雰囲気で、新曲なんかもおりまぜながら、いつもにもまして凶暴
にわめき散らしていた。
はた迷惑にもあたしは、知ってる曲はバラッドまでぜんぶいっしょに歌ってたり
もしてた。たぶん、その夜のあたしは、それまでのあたしと比べるとかなり、例外
的だったにちがいない。
そのへんは風神丸も感じていたみたいで、あいつにしてはやけに楽しそうに笑い
ながらも
「江藤さん、今夜はなんかいつもとちがってメチャクチャだね」
なんてあきれてたりした。
そしてそんな風神丸のセリフもまるで気にならないくらい、あたし、ハイになっ
てたんだ。
興奮もさめやらない体で、知り合いの特権を無遠慮にふりかざしてバックステー
ジに乱入し、秀智さんと川薙バンド六人でひしめく狭い控え室になだれこみ、風神
丸がまたバンドをはじめたことやら何やを報告し、さとみちゃんたちを紹介したり
してさんざ騒ぎまくったあげく、酒の一滴も入っていないのに何だかまるでへべれ
けの勢いで、あたしたち四人はそのまま夜の街にくり出した。
川薙秀智のわめき声と、そして「「そう、あたしは、仲間たちに酔っていたんだ。
でも、ううん、だから、四人でなだれこんだ炉端焼き屋で、風神丸があたしに向
けてぶちまけた爆弾は、そんな酔いをさまさせるには充分以上の効果をもっていた。
「歌ってよ、江藤さん」
出された杯に口もつけないうちに唐突に、あいつはそう宣言したの。
はあ、とあたしが間抜けなリアクションを返したのは、あいつのセリフの意味す
るところが徹頭徹尾、理解の外にあったから。
「おれたちのバンドでさ。歌ってよ」
なんだかもどかしげな顔つきをしながら、あいつは重ねてそう云った。
「それつまり、あたしにヴォーカルやれってこと?」
すっとんきょうな声でそう訊き返して、生真面目な顔して風神丸がうなずいてみ
せたとたんにあたし、はじけるように大笑いした。もちろん、頭っからそのセリフ
を冗談だと信じこみ、かけらほども真実が含まれているなんて思ってもみなかった
からだ。
さとみちゃんはそんなあたしを見てまるで他人事のような顔をしながら、どうも
しようがないなという感じで苦笑していた。どちらかというと春ちゃんの方が、真
剣に心配してるみたいな顔してたし。
そしてどういうわけだか、いちばん真剣だったのは風神丸だ。
「笑いごとじゃないよ江藤さん。おれ、本気で云ってるんだぜ」
上半身を揺すりながらもどかしげに風神丸がいえばいうほど、あたし呵々大笑し
ていた。だってまさか、あたしみたいな声した女にヴォーカルだなんて、頭から考
えることさえできなかったから。
そんなふうにしてウケまくってるあたしを風神丸は困ったように見てたけど、ふ
いにあいつ、予想もできない行動に出た。
「もう、江藤さん、きいてよ」
云いながら、あたしの手をとってきたの。
ぎゅっと。
あたしはびっくりして、お腹が痛くなるほどの爆笑を一瞬で、飲みこんでしまっ
ていた。
たとえばそれまでも、公園で隣あって坐ってたり一緒にごはん食べたり、旅行に
までいったりしてたんだけど、あたしと風神丸との身体が一部でも触れあうことな
んて滅多になかったし、ましてこんな風にあいつの方から手をのばしてくるだなん
て、絶対になかったことだったから。
それどころか、あたしが笑いながらあいつの肩に肩をぶつけたり手をかけたりす
ると、逆にあいつは目立たないように、ではあるけれども逃げるようにして身を引
いたりする方だったから。
だからあたし、風神丸ってちょっと背が小さくて華奢だけどきれいな顔してるし
ロックやってるしで、かなりもてるにちがいないくせにどうしてこうも純情なんだ
ろって、不思議に思ってさえいた。
そんな風神丸がいきなりあたしの手をとって、痛いほど握りしめてくるんだから、
かなりびっくりしてたんだ。
でも当の風神丸はといえば、そんなふうにあたしがびっくりしていることにさえ
気がつきもせず、そのままぎゅうぎゅうあたしの手を握りしめながら、説得をはじ
めたんだ。
なぜ歌うのがイヤなのかとか、おれたちといっしょに演れないっての、とか、ボ
クには君の歌が必要なんだなんてまったく本気とは思えないようなセリフまで飛び
出してきて、とうぜんあたしは困惑して目をシロクロさせるばかり。
そしてあたしは、華奢で繊細だとばかり思いこんでいた風神丸の手があたしの手
をつつみこむくらい大きくて、男の子してて、それに、握りしめるその力が痛いほ
どだってことに気づかされてとてもとまどい、不思議な驚きを覚えながら「「ちょ
っと待ってよ、だってあたしなんかが歌ったらそれこそコミックバンドの笑いモン
じゃない、ピエロやる気なんかさらさらないよとさんざんまくし立てたりしたの。
そうしたら、あいつ、やっとわかったって顔をして、目をむき出しにしながらあ
たしをまじまじと見つめてきた。
「江藤さん「「もしかしたら自分のこと、音痴だと思ってるの?」
心底びっくりしたように、あいつ、そう訊いたんだ。
「いや、べつに音痴だとかそれほどとは思ってないけどさ」そんなあいつの態度
に、あたしなんとなく憮然としながら唇をとがらせてそう答える。「でも、ホラ、
こんなふうに太い声してるしさ。あんまりきれいじゃないじゃん。あんたの声みた
いに」
そう「「あんたみたいに。自分で口にしたセリフを耳にして、あたしやっと思い
出してたのかもしれない。
むかしから……ずっと子どものころから、声が太いとか女の子らしくないとかい
われてきて、あたしずっと、風神丸みたいに華奢で、細くて、そしてきれいな声を
した子にあこがれてきてたんだって。
中学高校くらいになって、そういう気分てすこしずつ消えていったけど「「そう
して、あたしは自分のこと肯定できるように、少しずつかわってきてはいたんだけ
ど。
でも、そういうあこがれめいた想いが完全になくなってたわけじゃないんだって。
そんなあたしを見ながら、あいつは口をはさむタイミングを何度もつかみ損ねて
は黙りこみ、何度も、何度も、力なく首を左右にふってみせ「「そして最後に、静
かに口火を切ったんだ。
「江藤さん……おれ、つまり……江藤さんの歌ってるの、好きだよ」
と。
そんなふうに、訥々とどもりながら一所懸命に自分の気持ちを説明しようとする
あいつの姿を見てあたし、ああ、この子本気なんだなってよくわかった。
よくわかったからこそ、テレもあって「ふん、どうせ」とかごにょごにょ云った
ら、風神丸のやつムキになって、
「そんなふうにいわないでよ!」
叫びながら、またあたしの手、ぎゅうっと握りしめた。
「そりゃ江藤さん、女の子にしちゃ声太いし、ちょっとだけかすれてるけどさ。
でも、それがカッコいいんだよ。すごく、なんていうの、骨太で迫力あるし、でも、
それでもあくまでも女のひとの声で、その、やさしいし、どっかきれいだし。いい
から聞いてよ」またごにょごにょ云いかけるあたしを言葉で制して、「おれ、秀智
さんと会って、あのひとの歌を聴いて、たぶんもう、そう簡単にはこれほど……な
んていうんだろ、声だけでこれほど、感動させてくれる人には出会えなくなっちゃ
ったんだろうなって、そういうふうに思った。そしてそれはじっさいに本当になっ
て、おれはもう秀智さん以外のヴォーカルと組む気なんかまるで起こらなくなっち
ゃったし、多少はいけるって思ってた自分の歌声にさえまるで興味をもてなくなっ