AWC 憑狼楽団(2)       青木無常


        
#2672/5495 長編
★タイトル (GVJ     )  94/ 7/ 4  17:21  (199)
憑狼楽団(2)       青木無常
★内容
昼さがりの池畔に響かせた。
 こういうときあたしは、雰囲気をかえようとかそういう努力をするタイプじゃな
い。ちょっと眉をよせ、小さく肩をすくめて池を泳ぐ水鳥に視線を移した。よくこ
れで誤解をまねきよせもするけど、たぶん、この時はこれで正解だったと思う。
 「珍しいよね。女の子で川薙秀智のファンだって」
 顔を伏せたままあいつは、わざと抑揚をおさえたような口調でそう訊いてきた。
 フフン、とあたしは笑い、
 「しかも、女の子ひとりでライブにまで出かけるに至ってはって? まあたしか
に、そうとう珍しいかもね」
 すると秋彦はぎょっとしたように目をむいてみせる。ここらへんの反応は、あた
しの予測どおりだ。
 「ひとりだったの? てっきり、彼氏かなんかいっしょかと……」
 「彼氏なんて、いないよ」
 云ってあたしは、呆然と目を見はるあいつにむけて、にっこりと微笑んでみせた。
 「え、……へええ」
 とかなり間抜けなリアクションをよこしながらあわてて目を伏せるあたり、この
子、かなりかわいい。
 そんな不届きな感想を抱きながら、小動物をいたぶる心境でさらにあたしが追い
うちをかけようとしたまさにその、矢先だった。
 「よう、風神丸。ひさしぶりだな」
 とドスの効いた声が、あたしたちの背後からかけられたのは。
 秋彦のみならず、いぶかしげにふりかえったあたしまでもが次の瞬間、呆然と目
を見はったのにはわけがある。
 そりゃそうだろう。つい先日、ライブ会場のステージの上で激烈なオーラをまき
散らしながら絶叫していたプロのロックシンガーが、かたわらに腰かけるクラスメ
ートにむけて気安く声をかけているのだ。あたしでなくったって、川薙秀智の顔を
知っている人ならだれだって、呆然とせざるを得なかったはずだ。
 「ちょっ、かっ、かっ、川、川」
 とか、あたしがあわあわとやっている目の前に、川薙秀智はすばやく四囲に視線
をとばしながら、
 「しいっ」
 と、いたずら小僧のようなしぐさと表情で、笑いながら口もとに人さし指をあて
てみせた。
 はっとして口もとを手で抑えながらあたしが周囲を見まわしている隙に、スーパ
ーロックシンガーは「「こともあろうにあたしの隣にするりと腰を降ろしてしまっ
たのだ。

    2


 「ひさしぶりだな。元気だったか? 風神丸」
 川薙秀智はあたしの頭ごしに、森下秋彦にむけてそう問いかけた。
 それに対してあいつは、呆然とした表情はそのまま、拒むような、それでいてど
こか困ったような複雑な顔をしながらぱっと顔をそらして視線を足もとに落とし、
 「あっ、ああ」
 と、とまどったようにうなずいた。
 「ライブに来てくれたんだってな。ありがとよ」
 短く髪を刈りこんだ、一見すると中堅どころのヤクザに見えかねない、狂暴さと
危険さが売りもののロックシンガーがいう。
 あたしは、といえば、起こった事態がこの期におよんでまだ信じきれずにただた
だ呆然としたまま、うろたえるように森下秋彦と、そして川薙秀智の顔を交互に見
比べるばかりだ。
 それに対して、なぜかこのロックアーティストと知り合いらしい秋彦は、おちつ
きをとり戻したのか単に開き直っただけなのか、ともかくもフンと冷笑的に鼻をな
らして肩をすくめてみせ、
 「おれが東京に来てからこっちでライブやるの、初めてだったじゃないか。こな
いだので」
 と云った。む、こいつめ、川薙秀智とタメ口きいてる。
 「そうだったかな。まあ、でかいのはな」パンクロッカーは肩をすくめながら云
い、そしてつけ加えるようにしてつづけた。「北海道でやってたギグは? デビュ
ーが決まるちょっと前あたりから、おまえ、来なくなったろうが」
 「理由は知ってるはずだよ」
 吐き出した秋彦の口調は、どこかすねたような響きがあった。
 川薙秀智は唇の端だけで笑いながら肩をすくめてみせると、それ以上は追及せず、
背後をふりかえった。
 「来いよ、こっちだ」
 呼びかけに応えて、もたれかかっていた桜の幹から背を離し、ゆったりとした足
どりで近づいてくる長髪の兄ちゃんがあたしたちにそれまで、川薙秀智の関係者だ
と気づかせなかったのは、二人がセットでいるところをあたしも秋彦も見ていなか
ったからだけじゃない。
 とにかくあたしには、川薙秀智がクラスメートに気安く声をかけるというその一
事からして驚天動地のできごとだったし、秋彦は秋彦で、あたしとはまったくちが
った意味で驚きの一日だった、ということがその一因であることは確かだった。
 でも、それだけでもなかったんだ。
 「覚えてるか?」
 白い歯をむき出しにしてにやつきながら川薙秀智がいうのへ、秋彦は最初、うさ
んくさげに眉根をよせて、二十歳ちょっとくらいに見えるその長髪の兄ちゃんをじ
ろじろと眺めやっていたが、ふいに両の目をむき出しにしながら、
 「円城寺さん……?」
 と魂のぬけそうな声音で、ほとんどつぶやくようにして云った。
 身長百七十前後、長髪をのぞけばとりたてて目だつところひとつ見あたらない兄
ちゃんが、はにかんだように笑いながらちらりと目でうなずいてみせる。
 「一ケ月くらいしかいっしょにやってなかったのに、よく覚えてたよな、風神丸」
 円城寺さん、と秋彦に呼ばれた男は、てれ笑いを唇のはしにはりつけたまま、後
頭部をぼりぼりとかきむしりながら、かすれた、かん高い声でそう云った。
 たぶん、その時あたしは初めて声を出すことができたんだと思う。
 声を出した、というよりは、胸の底にわき上がった疑問が留める間もなく口をつ
いて出てしまった、といった方が正確かもしれない。
 「あの、ヴォーカルの方ですか?」
 川薙秀智、森下秋彦、そして当の円城寺さんまでが瞬時、呆然とあたしを見かえ
したあげく「「まるで合図でも入れたかのようにいっせいに、はじけるようにして
笑いころげはじめた。
 そんなに妙なことを訊いたつもりもなく、ただ単に声がかすれているのは歌いす
ぎのせいでかな、とおぼろげに思いながら口にした質問だっただけだから、川薙秀
智のライブに女の子ひとりで出かけて、ナンパでもされようもんなら(もっとも、
川薙秀智ファンに口の軽いナンパ師って意外と、めったにいないけど、さ)横目ひ
とにらみで退けるほどのこのあたしが、その時は妙におどおどと、まるっきりの弁
解口調でもごもごと力なくそう口にしたのだった。
 しかたないじゃん。天下のスーパーロッカー・川薙秀智がおそれ多くも、このあ
たしの隣に腰をおろして、このあたしを肴に何の屈託もなく無邪気に笑いころげて
るだなんて、超日常の世界にいきなり放りこまれちゃったんだから。
 「あのよ、姉ちゃん」その上、川薙秀智に姉ちゃん呼ばわりされちゃうんだから。
「この円城寺はよ、ギターの腕前は超絶もんだけどよ、ことヴォーカルに関しちゃ、
鼻唄だって地獄の音痴で通ってんだよ仲間うちじゃ。もう完璧、折り紙つき」
 そう云って秀智はなおも腹かかえてげらげら笑ってんの。秋彦は秋彦で、ちらち
らとあたしと円城寺さんを見くらべながらうつむき加減にくつくつと全身をふるわ
せてるし、当の円城寺さん自身があのテレ笑いを浮かべながら肩を上下させてるん
だから、もうあたしに返す言葉なんてない。
 そんなあたしを見て、やっぱり最初に笑いやんでくれたのは川薙秀智、さん、だ
った。
 「いや、悪い悪い、笑うこっちゃねえよな。勘弁してくれよ。悪かった」
 そう云いながら、まだちょっと笑いの余韻を残してくっくっと肩をふるわせたり
はしていたけど、ぽんと気安くあたしの肩をたたいたんだ。
 もちろん、硬派を自認するこの江藤河鹿サンがこのときばかりはただただ真っ赤
になったままうつむいて気弱げにうなずくだけだったのはしかたのないことだと思
う。でしょ?
 「この円城寺ってのと、それから風神丸とおれとで、むかし、うん、一ケ月くら
いだったかな、バンド組んでたことがあったんだよ」
 陽気な口調で、こともなげに川薙秀智(さん、うーんどう呼んでいいのかよくわ
からないな)はそう云った。
 もちろん、あたし呆然。主に秀智さんと、そして秋彦とを見くらべつつ、言葉も
出てこない。
 そんなあたしに微笑みかけていた秀智さんが、ふいに遠くを見るような目つきに
なって、後をつづける。
 「ありゃ、風神丸、おめえが中学二年くらいだったっけなあ? ガキのくせに、
きいたこともないようなすげえベースを弾くやつがいるって聞いて、わざわざ下校
時間ねらってひやかし半分で待ちぶせてよ。そのころ、おれとこいつ(と、秀智さ
んは円城寺さんを指さした)の生ギターだけで、駅前とか公園でわめき散らしてた
んだけどさ。ところが、そのガキにベース弾かせたら、ホントになんだか異様な迫
力のある音、出しやがる。で、三人で組んでよ。路上でもどこでも、ところかまわ
ずわめきまくってたんだよなあ」
 秋彦も、あいかわらずうつむき加減に笑いながらうんうんとうなずいてる。円城
寺さんは円城寺さんで、再び手近の樹木に背中あずけて、遠い目であらぬ方、眺め
やっちゃってるし。
 そんな様子の三人を交互に見くらべながらあたしは、もしかしたら、たぶん、そ
の一ケ月って、この三人にとってかなり特別な時期だったのかもしれないな、とふ
と思ったりしたんだ。
 なんで、一ケ月しか、つづかなかったんですか?
 質問は、喉の手前でひっかかって声にはならなかったけれど、察してくれたのは
円城寺さんだった。
 「おれがプロんなるからっつって、北海道を飛び出しちゃったんだ。二人とも、
心よく送り出してくれたよ。結局、おれより先に川薙のやつがデビューして、あっ
つう間にカルトヒーローんなっちまったけどよ」
 「まあ、よ」と、秀智さんが後をつぐ。「運てえか、勢い、てえか。おれの場合
は、ほとんどころがりこんできた話にくらいついたってところだったけどな。三十
でデビューして、今んとこただ単にアルバム一枚出して、一部の連中にウケてるっ
てだけのミュージシャンだけど、ね」
 やや自嘲的に、それでも肩ひじはらない調子で軽く秀智さんがそうつぶやいた時、
熱狂的秀智ファンを自認するあたしよりはやく秋彦が、
 「そんなこと、ないよ!」
 と、まるでムキになった子どものような口調で叫んだ。
 やっぱりこいつ、だれよりも川薙秀智のことが好きなんだ、とその時あたしはあ
らためて確認するような気分だった。
 くやしいことに、このあたしよりも何倍も、何倍も、森下秋彦は川薙秀智のこと
を好きで「「そして、よく知っている間がらなんだ、って。
 「ふん」
 と秀智さんは鼻をならして秋彦を見やり、 「まあ、ベースの師匠にそういって
もらえて、まあ、あれだね」
 云いながら、鼻の下あたりを人さし指ですりすりしてるしぐさが、妙に子どもっ
ぽくてかわいいの。
 でも、そんなこととはまったく無関係に、さらにあたしは驚かされていた。
 川薙秀智って、やたら派手というかムチャクチャなわめき声のヴォーカルと、そ
の狂暴な外見に似合わないインテリっぽい詞ばっかりが目だって評価されちゃって
るけど、玄人スジではそのベースワークの野太さと意外な飛び跳ねかたが話題だ。
 そのベースを教えたのが、この、あたしのクラスメートであるところの、森下秋
彦だってんだから。
 だからあたしが、尊敬とほんのちょっとの羨望をこめて秋彦を見やったのはべつ
に意外な反応でもないだろう。
 でも、すくなくともそれに対する秋彦の反応は、はっきりいってかなり奇妙だっ
た。
 だってそうじゃない。今をときめく……ってほどじゃないけど、評価されてる部
分では絶大な支持を集めてるロックシンガーの、玄人っぽい部分での師匠だってん
だから。ちょっとくらいはテレたりとか、あるいは誇りに思ってるみたいな態度見
せて当然、と、ファンであるあたしなら思うじゃない。
 ところが、この森下秋彦ときたら、何か痛いところでもつかれたみたいに眉をよ
せて歯をくいしばりがら、ついと、あたしや川薙秀智さんから視線をはずしたりす
るの。
 理解できない。
 なに、この反応、って感じで秀智さんに視線を転じて「「その秀智さんまでもが、
いかにもわけありみたいにひそやかなため息をつきながら、さっきとは全然ちがっ
た目つきで遠い視線を虚空にさまよわせたりしているんだから。
 そのへんの事情、どうやら円城寺さんもよく知らないみたいで、途方にくれたよ
うに見つめるあたしにむけて、ただ肩をすくめてみせるだけ。
 しかたないから、あたしも肩をすくめて意味もなく公園の池面に視線を逃す。
 そしてそうしながらふと、気づいたんだ。
 秀智さんたちが現れてから、そういえば秋彦はベースの弦に指を走らせるのを、
ぴたりとやめちゃったな、って。
 たぶん、そういうことなんだろうって、あたし何となく納得しちゃった。
 何がどうってわけでもないんだけど、何となく、ね。
 だから、話題をかえるつもりで、さっきからかなり気になってたことを、このメ
ンツではけっこう話しかけやすい円城寺さんに訊いてみたんだ。
 「あの、風神丸って、森下くんのことですよね。なんでそう呼ぶんですか?」
 そうしたら、どこかホッとしたような顔でニヤニヤ笑いを浮かべながら秀智さん
が顔をあげ、円城寺さんもいかにもおかしげに唇の端をつりあげる。
 それとは対象的に、森下秋彦=風神丸は、なんだか頬をかすかに紅調させつつ焦
ったように顔をあげてあわてて手を左右にふり、
 「もう帰るよ、おれ。秀智さん、円城寺さん、元気で」
 そう云ってそそくさと立ちあがり、おいおいまだ話はこれからだよ、と制止をか
ける秀智さんや、ちょっと阻害された形でムッと頬を膨らませたあたしなんかをま




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