AWC ヴェーゼ 第3章  旅の始まり 6 リーベルG


        
#2662/5495 長編
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ヴェーゼ 第3章  旅の始まり 6    リーベルG
★内容

                  6

 表面は勇ましくキキューロに立ち向かっているアンソーヤだったが、服の下は冷汗
が滝のように流れ落ちていた。自分の魔法が、とうてい眼前の残忍な魔法使いにかな
うものでないことは分かっている。地球でこそ、最大の力を誇っていられたが、この
世界では、せいぜい平均より少し上ぐらいの力でしかない。アンソーヤは今ほど激し
く、<ヴェーゼ>を欲した時がなかった。
 「さあ、坊や」キキューロは猫なで声で囁いた。「お前からにしようか?それとも
おれの後ろのカスどもからにしようか?」
 ギブスン以下の兵士たちは、圧倒的な力に打ちのめされる思いだったが、銃の狙い
だけはしっかり定めていた。ただ、誰も発砲する勇気を持てずにいるのだ。兵士達は
頼るようにギブスンを見たが、ギブスンも決断を下しかねていた。
 キキューロは短く嘲笑すると、もう飽きたと言わんばかりの表情を作った。
「おれが決めてやろうか?」
 手が伸びて、一人の兵士を指さした。途端にその兵士は、顔を歪めて腹を押さえた。
嘔吐をこらえるように口に手があてられたが、それを押しのけるように大量の血が噴
き出し、辺りに鮮紅の花が開いた。兵士はすさまじい恐怖と苦痛を浮かべながら、が
くりと膝をつき、なおも血を吐き続けた。キキューロの残忍な視線と、アンソーヤ達
の凍り付いたような視線が集中する中で、兵士は何かの塊を吐き出した。それがまだ
脈打つ内臓であると知ったとき、兵士の理性はあっさり消し飛んだ。瞳に狂気を宿し
なおも大きく開いた口から内臓器官を吐き出しつつ、兵士は地面に落ちた臓物の中に
手をつっこみ、砂遊びをする子供のように嬉々として、それらをかき回し、握りつぶ
しては放り投げ始めた。
 キキューロは相変わらず嘲笑を浮かべながら何かを唱えた。たちまち、夜空を埋め
尽くすほどの無数の鳥がどこからともなく飛来して、哀れな兵士の身体に群がった。
びちゃびちゃと血をはね散らしながら、鳥達は兵士の身体を貪り始めた。兵士はなお
も死の安息を得ることを許されないまま、弱々しく手を振るだけだった。
 この凄惨な血のデモンストレーションに、さすがのギブスンも蒼白になっていた。
知らず知らずのうちに、後ずさりして惨劇の場から離れようとする。他の兵士たちも
吐き気をこらえながら後退するのを止めることができなかった。シンジケートの殺し
屋であるB・Vでさえ同様だった。
 ただ一人、声を出すことができたのは、アンソーヤだった。
 「もう止めろ」さすがに声は震えていたものの、目は激しい怒りをたたえてまっす
ぐキキューロに向けられていた。「いい加減にしないか、くそ野郎」
 キキューロは目を細めてアンソーヤを眺めた。
 「ほう、なかなか勇気だけはあるようだな。だが、目上の者に対する礼儀をわきま
えておらんようだ」
 灰色の魔法使いの瞳が妖しい琥珀の色彩を帯び、次の瞬間アンソーヤとドナを包ん
でいる結界が、ハンマーで殴られたように激しく揺れた。アンソーヤは短く叫んで、
ほころびかけた結界を張り直したが、その顔が狼狽に歪んだ。
 「き、貴様!」アンソーヤは額から汗を流しながら、引き絞るような声を出した。
 「どうした、坊や」キキューロの嘲りが響いた。「さっさと貧弱な結界を張り直し
たらどうなんだ、ん?」
 アンソーヤは歯を食いしばって、必死で魔力を集中させようとしたが、全てが無駄
に終わった。キキューロは苦もなく少年の全力を振り絞った魔力を減殺しながら、バ
カにしたような薄笑いを浮かべている。
 「ふん。がっかりだな」キキューロは嘲った。「少しはできるヤツかと思ったが、
この程度か。そろそろ遊ぶのも飽きたし、他に用事もあることだから終わりにさせて
もらおうかな」
 たとえようもない虚脱感がアンソーヤを襲った。なおも空しい努力を続けながら、
アンソーヤは今にも砕けそうな膝を必死で支えなければならなかった。
 「撃て!」
 ギブスンの命令が響いた。無防備そのものに見えるキキューロの背中に粗点を定め
た銃口が、一斉に火を噴いた。キキューロの注意がアンソーヤに集中しているとみて
ギブスンは攻撃をかける決心をしたのだ。
 だが、放たれた銃弾は一つもキキューロを傷つけることができなかった。キキュー
ロは最初の銃弾が銃口を離れる前に、ひらりとマントを翻すと宙高く舞い上がった。
失敗を知った兵士達が、驚きの声を上げる中、そのまま、兵士達の中央に降り立つと、
哄笑とともに魔力を解放する。
 たちまち数人の兵士が、身体を奇妙な形にねじられて悲鳴を上げながら倒れた。最
も近くにいた兵士はナイフを抜いて背中から襲いかかったが、キキューロはせせら笑
いながらそれをかわし、手首のひとひねりで兵士の首を切り飛ばした。
 ただ一人、B・Vだけは、ぎりぎりで木陰に飛び込んで一命を救った。それを除け
ば、立っているのはアンソーヤとドナ、それにギブスンだけだった。選り抜きの一個
小隊が、たった一人の魔法使いにあっけなく殺戮されてしまったのだ。
 ドナはアンソーヤの背後に立ち、決断を迫られていた。自分が秘め隠している魔法
の力を解放して、敵の魔法使いに抵抗するべきだろうか。
 もし、ドナが魔法を持っていることを明らかにすれば、たとえキキューロを倒せた
としても、アンソーヤに詰問されることは間違いない。そうなれば、続けてアンソー
ヤの側にいることはできなくなるだろう。だが、死んでしまえば、どちらにしても同
じことだ。
 躊躇うドナは、何らかの指標を求めるように敵の魔法使いの顔を見て、はっとなっ
た。キキューロは何かに耳を澄ますように、宙に視線をさまよわせていた。
 「まずい!マシャの援軍だ」キキューロは舌打ちした。「くそ、ブワーズの野郎、
死ぬ前に念波を送ったな」
 もはやアンソーヤなどに目もくれず、キキューロは兵士の死体をつついている鴉に
呼びかけた。
 「おい、シャリキーンの名において!今すぐ消えてくれ。協会の奴等が何人か、向
かっている」
 「よかろう、我が主の盟約者よ」鴉は無慈悲な琥珀色の瞳をキキューロに向けた。
「またいつでも呼ぶがいい」
 大きな羽ばたきとともに、鴉は素早く飛び立ち夜の闇の中に溶け込むように消えて
いった。地面に転がる死体に群がっていた無数の鳥たちも、あっという間に飛び立つ
と四方八方に去っていた。
 「おい、小僧!」キキューロはアンソーヤを振り向いた。「今夜のところは見逃し
てやる。お前らの正体が何なのかはいずれ、じっくり訊くことにする。とっとと消え
ちまえ!」
 そう吐き捨てるなり、キキューロはマントをひるがえして一言呪文を唱えた。アン
ソーヤが驚きながら口を開いた途端、灰色の魔法使いの姿は霧のように消え失せてい
 生き残った4人が、ようやく我に返ったのは、森を吹き抜ける風の音が耳に届いて
からだった。
 「何と言うことだ……」醒めやらぬまま、ギブスンが口を開いた。「あれが、アン
スティの魔法使いなのか」
 「そういうことさ」アンソーヤは疲れた表情で、それでも乾いた笑いを発した。「
ぼくが<ヴェーゼ>を求めるわけが分かっただろう」
 未だに悪夢の世界の余韻を引きずりながら、ギブスンは少年から顔をそむけた。ア
ンソーヤの後ろでは、ドナがさすがに安堵の色を隠しきれずにため息をついている。
 「これから、どうするのかな、大佐」アンソーヤが静かに訊いた。
 「どうするも、こうするも……」ギブスンは自分の周りを見回した。「作戦は失敗
です。それもクリスタルに接触もしないうちに。撤退するしかないでしょうな」
 「ふうん」アンソーヤが皮肉な口調でつぶやいた。「つまり、尻尾を巻いて逃げる
というわけか。アンスティに来て、まだ1日も過ぎていないのに」
 「逃げ出すとは言っていない」ギブスンも固い口調で返した。「やり直すべきだと
言っているのです。もっと装備を揃えた部隊を送り込むべきでした」
 「武器など無力だというのが、まだわからないようだぞ、この軍人は」アンソーヤ
はドナに向かって笑いかけた。「バカは死ななきゃ直らないというのは真理だな」
 ドナは困ったような苦笑を浮かべただけだった。
 「とにかく私は撤退します」ギブスンはきっぱり断言した。「あなたが残りたいの
なら止めはしません」
 「わかった、わかった。そう怒るなよ、大佐」アンソーヤはため息をついた。「仕
方がない。出直すとするか」

 B・Vは無表情を装っていたが、内心はひどく動揺していた。ここでさっさと地球
へ戻られては、任務を達成することができなくなってしまう。とはいえ、一兵士を装
っているB・Vが、撤退に異を唱えるのは、どう考えても不自然である。
 唯一、現実的な選択は、一人でリエ・ナガセを追跡することだと思われた。B・V
はこっそりと周囲を見回して、逃走できるルートを物色しはじめた。



 間一髪でキキューロはガーディアックに戻ることができた。間一髪というのは、キ
キューロが額の汗を拭った瞬間に、6枚の白いマントが出現し、6人の魔法使いの姿
が実体化したからである。
 6人はマシャの白の塔に属する魔法使いで、キャビーンと呼ばれるチームを形成し
ている。これは、一種のプロジェクトチームのようなもので、ある特定の研究や、事
件の解決のために臨時に任命される小集団である。今回の正体不明の魔法に関して結
成されたそれは、ガーディアック・キャビーンと名付けられていた。
 キャビーンは、与えられた目的遂行に関しては最大限の特権を与えられており、そ
の上に位置するのは3つの塔の長老だけである。必要であれば、3つの塔のどの魔法
使いでも自由に使うことができる。キキューロがガーディアックに送り込まれたのは
キャビーンが結成される以前だったが、これからは彼らの指示に従わなければならな
 キャビーンのメンバーが実際にマシャを離れるのは滅多にない。通常は現場の指揮
官を任命して、その魔法使いがキャビーンの命令を実行する。だが、このように6人
が揃って現れたところを見ると、ブワーズが死の直前に送った念話を軽視していない
のは明らかだった。
 問題は、ブワーズがキキューロの名を挙げて警告を送ったのか、それとも単に自分
の死を連絡したのかがわからないということだった。前者であれば、キキューロの立
場は危ういものとなる。
 もっとも、そうなればキキューロの行動は一つしかない。これを機に自分の持てる
力を全て解放してでも、マシャの支配権を握るのだ。マシャの魔法使い全員を敵に回
すのは確かに時期尚早ではあるし、確実に勝利を収める自信があるわけでもなかった
が、長年そのための準備を進めてはいたのだ。いずれは行わなければならない難行が
少し早まるだけのことである。
 だが、とりあえずキキューロは神妙に膝をついて、キャビーンの構成員たちを迎え
た。
 「ご苦労、キキューロ」一人が口を開いた。見事な白髪の老人である。「我々は、
白の塔の長老によってガーディアック・キャビーンを任命された。さっそくだが、先
に、お前と同時に派遣された魔法使いブワーズが死んだそうだな」
 「はっ」キキューロは短く答えた。
 「ブワーズの死は突然であったらしく、わずかな情報しか伝えて寄こすことができ
なかった。だが、その中に断片的ではあるが、忌むべき灰色の魔法の影が見えたこと
は、一驚に値した。このことについて、お前は何か知っているか?」
 「はい」素早くキキューロは考えをまとめて答えた。「私は同志ブワーズと、例の
謎の女の痕跡を辿り、森の中へと進んでいきました。ところが、突然、謎の集団が我
らの行く手を塞いだのであります。我らが友好的に話しかけたにもかかわらず、その
者たちは奇妙な武器を手に、いきなり襲いかかり、ブワーズを殺しました。
 私はかろうじて逃げ出し、その後彼らの後を追いました。運悪く発見されてしまっ
たものの、彼らが自由魔法使いパウレンの家に向かっていることが分かり、ここまで
引き返してきたという次第でございます」
 キャビーンたちは黙って耳を傾けていたが、やがて一人が訊いた。
 「灰色の魔法を使う者がいたのか?」
 「彼らの一人が、これはまだ少年でありましたが、シャリキーンの名を口にし、鳥
の群を呼んで何事かやり取りをしておりました」キキューロは真顔で答えた。「おそ
らく、かの集団は口にするもはばかる太古の邪教を崇める者たちではないかと……」
 「ふむ」老人は厳しい表情を作った。「それが事実とするならば、ゆゆしき事態で
あるな。お前も知ってのとおり、我が協会は太古の灰色の魔法の復活を、常に恐れ、
警戒してきた。だが、突然、灰色の魔法を崇める者たちが出現したとなると、協会の
威信にも関わる。例の魔女も、灰色の魔法を操る者なのか?」
 「それはまだ分かりませんが。しかし可能性は高いと存じます」
 「では、自由魔法使いのパウレンはどうなのだ?」
 「パウレンは元々、協会に属していた同志でありますれば」キキューロは顔を伏せ
 「であろうな」老人はまっすぐにキキューロを見据えた。「では、同志キキューロ
よ。お前は直ちに自由魔法使いパウレンの家に赴き、我々が会見を望んでいることを
伝えよ。時と場所は、敬意を表してパウレンに一任する。その答えを得るまで戻って
きてはならぬ。よいか?」
 「確かに承りました」キキューロは承諾の印を切って答えた。
 「行け」
 「直ちに」キキューロはマントを翻してキャビーンたちの目の前から消えた。
 キャビーンの老人はそれを見届けると、彼の後ろに立って、今のやり取りに耳を傾
けていたキャビーンの構成員たちを振り返った。
 「どう思うかね、諸君?」
 「キキューロに関しては確かに良くない噂が囁かれている。だが、それらは根拠の
ない中傷の類だと思う」一人が答えた。
 「先ほどの彼の話は、一応辻褄が合っている」
 「にもかかわらず、奇妙な予感がする」
 全員が頷いた。
 「とにかく彼から目を離すべきではない」最初の老人が言った。「この件の真偽が
定まるまで、我らはこの村に居を定めねばなるまい」





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