AWC ヴェーゼ 第3章  旅の始まり 5 リーベルG


        
#2661/5495 長編
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ヴェーゼ 第3章  旅の始まり 5    リーベルG
★内容

                  5

 リエは目をしばたかせ、ちらりとカダロルの方を見た。医師は、だから言っただろ
とでも言いたげに眉をつり上げてニヤリと笑った。
 「もう少し具体的にお願いします」リエは頼んでみた。
 「よかろう」パウレンは考えをまとめるかのように、少し口を閉じたが、すぐに淀
みない口調で話し始めた。
 「太古、人間がまだ魔法を手にしていない頃、今はもはや名を知られていない神々
が、地上と天上を支配していたという。人間や動物たちは、神々の知恵と力によって
平和に暮らしていた」
 いつの間にか、イーズとトートも食事の手を止めて、パウレンの話に耳を傾けてい
る。どちらの顔にも厳粛な表情が浮かんでいた。
 「ある時、神々は星の彼方から飛来した、邪悪な神々との戦いのために地上を離れ
た。その時、神々は人間に魔法を授けた。そして、いつの日か、人間が魔法の力によ
って神々と等しい存在になり、邪神との果てしない戦を共に戦う日がやって来るだろ
う、と予言を残された。その時こそ、地上と天上から全ての灰色の印が消え、永遠の
平和がもたらされるであろう、と」
 まるで新興宗教の教祖が唱えそうな言葉だ、とリエは思ったが、もちろん口にはし
なかった。パウレンはリエの見る限り非常に理知的で、おとぎ話的な妄想からは最も
遠い人間に見えた。だが、パウレンはあくまで真剣に話しているようだ。
 「すなわち、我々全ての魔法使いの使命は、一日でも早く神々の座に近付くことな
のだ」パウレンはじっとリエを見た。「わかったかな?」
 「ええ、まあ」リエは興味を持ったように聞こえるといいな、と思いながら答えた。
「一応は、ですけど……」
 パウレンはしばらくリエを凝視し続けた。と、驚いたことに、クックッと含み笑い
を始めた。
 「とまあ、マシャの老師たちは、そう教えている」
 リエは唖然とパウレンを見た。
 「どういうことですか?」よく分からないままリエは訊いた。
 「つまり、マシャの究極の目的が今言ったことであることは間違いがない」パウレ
ンは説明した。「だが、ほとんどの魔法使いは神だの邪神だのを本気で信じているわ
けではないさ。彼らの目的は、人間としての階段を一歩昇ることにある、とでも言え
ばいいのかな。肉体の束縛に捕らわれない、新たな存在に成ることだ。イモムシが美
しいチョウへと変わるようにな」
 「人間の次なる段階への進化、というわけですね」リエは言ったが、パウレンもカ
ダロルも、「進化」という言葉を理解できなかった。
 「あたしの世界では、全ての生物は下等な微生物から次第に次の段階へと変化して
いくという考えがあるんです。例えば、人間はサルから進化したと言われてます」
 「ああ、なるほど」カダロルが頷いた。「つまり、サルから人間へ。人間から神へ
というわけだな。進化するたびに知能も能力も向上していく……」
 「魔法がキッカケとなってな」パウレンも言った。「神かどうか知らぬが、そうな
れば素晴らしいとは思わぬか?」
 「そうですね」今度はリエも心から同意した。「そうなれば、あたしの世界も破滅
から救われるかもしれないし……」
 「なあ、リエ」カダロルが笑いを収めた真面目な顔で言った。「あんたは、自分の
力を使いたくないために、使い方を学びたい、と言ったな?そうではなくて、むしろ
与えられた力を有効に使うことを考えてはどうだ?」
 「……」リエは少し間をおいてから答えた。「つまり、積極的に魔法を使え、と?」
 「そうだ。おれの見た限りでは、あんたは悪い人間ではない。そして、パウレンも
善人とは言えないまでも、悪人でないことは確かだ。教師と生徒のどちらにも悪しき
心がないのなら、魔力もまた悪しき方向へは向かわないものさ」
 「……ありがとう、カダロル」リエはそれほど自分に自信を持てなかったが、カダ
ロルの言いたいことはわかったような気がした。
 パウレンが苦笑しながら言った。
 「まあ、先のことはともかくだ。とにかく今は食事を片づけようではないか」
 リエもカダロルも笑いながら頷いて同意した。
 だが、結局の所、この夜の食事は中途で終わる運命であったようだった。
 カダロルが何か冗談を言おうと笑いながら顔を上げたが、パウレンの顔が目に入っ
た途端、心配そうな表情がとって変わった。
 「どうした、魔法使い殿?」
 リエもシチューの皿から顔を上げてパウレンを見た。1分前の穏やかな笑顔が、跡
形もなく消え失せ、何かに耳を澄ましているような真剣な表情が刻まれている。
 「パウレンさん?」
 「ただのパウレンでよい」赤毛の魔女は答えたが、心は遠くを見つめているようだ
った。「ここから遠くない所で、魔法が波打っている。激情と悪意が感じ取られる」
 「何だと?」とカダロル。「魔法使い協会の者か?」
 リエはたちまち恐怖を含んだ緊張に身体が強張るのを感じた。魔法使い協会の魔法
使いが近くにいる理由は一つしかない。
 「そう……らしい」パウレンは遠くの何かを焦点の合わない瞳で見ながら応じた。
「だが……妙だ。この魔法は……強くて古い何かだ。白でも赤でも黒でもない。まさ
か……灰色……キキューロ!」
 突然、パウレンは敵意のこもった叫びを上げてテーブルを拳で叩いた。いくつもの
皿が飛び跳ね、リエとカダロルはビクッと身体を震わせた。
 「間違いない、白の塔のキキューロだ!」声が心の熱を表すように震えている。「
まさか、あいつが派遣されて来るとは!しかし……しかし、誰と戦っているのだ?」
 リエ達が見守る中、パウレンはどこからか水晶玉を取り出すと、片手で軽く撫でな
がら呪文を口ずさんだ。半透明のクリスタルは淡い空色に発光し、パウレンは一心に
その中を覗き込んだ。
 「やっぱりキキューロか。あの独特の波紋を間違えるわけがない」パウレンは呟い
た。「む。相手は……商隊のように見えるが……いや、違うな。十字弓を持っている
ではないか。だが、魔法ではないようだ……おおっ!?魔法使いがいたのか……それ
にしても……まだ子供ではないか……」
 パウレンの最後の言葉が、リエの記憶のある部分を鋭く刺激した。リエは、なおも
ぶつぶつ呟いているパウレンに声をかけた。
 「パウレン……その子供に見覚えはない?あの夜のことよ」
 「なに、なんだと?」パウレンは目を水晶玉から離さずに応じた。「子供に見覚え
だと……別に……あの夜?……あ!」
 思わずパウレンは両手を打ち合わせた。支えを失った水晶玉が落下したが、素早く
手を伸ばしたイーズが受けとめたため砕け散ることはなかった。それに構わずパウレ
ンはリエの方に振り向いた。
 「あの時の少年だ!」興奮で顔が赤い。「間違いない。あの夜の少年だ。つまり、
おぬしの話にあった子供に間違いない」
 「あたしを追って、地球から来たんだわ」リエは微かに怒りを感じた。「放ってお
いてくれればいいのに!」
 「ふーむ」パウレンは少し冷静さを取り戻した。「何となくだが事情が分かってき
たな。どちらもおぬしを追ってきた。そして、どういう理由でだか、おぬしが私の家
にいることを知った。そして鉢合わせしたのだろう」
 リエはうんざりした表情で首肯した。カダロルが訊いた。
 「で?我々はどうすればいいんだ?」
 「そうだな」パウレンは首をひねったが長い時間ではなかった。「仕方がない。予
定より少し早いが、ここを立ち去るしかあるまい。あいつらがどういうわけだか戦っ
ているのは好都合だ」
 「共倒れになってくれればいいんだがなあ」カダロルは情けなさそうに応じた。「
まあ、過分な期待を抱いても仕方がない」
 リエは言葉もなく、申し訳なさそうにうなだれた。
 「イーズ!すぐに荷物をまとめろ」パウレンは命じた。「持っていくものは分かっ
ているな?」
 「ただちに、パウレン様」イーズは文字どおり脱兎のごとく駆け出していった。
 「気にすることはないぞ、リエ」パウレンは笑いながらリエに声をかけた。「少し
旅に出るのもいいものだ」
 「でも、あたしのせいで……」リエは思い詰めたように口を開いたが、パウレンは
身振りでそれを制した。
 「いいから気にするなというのに。それより、おぬしは何か武器を使えるのか?つ
まり魔法以外にという意味だが」
 「まあ、一通りは」
 「奥に剣が何振りかあるはずだ。好きなのを一つ持っていくといい。身を守るもの
を何も持たないわけにはいかないだろう」パウレンはカダロルを見た。「おぬしは、
どうするのだ?」
 「もう帰るところもないからな」カダロルは苦笑しながら答えた。「ついて行って
やってもいいぞ」
 「別に頼みはしないが、ついて来たいと言うのなら勝手にするがいい」パウレンの
視線が、何か言いたそうな顔をしたネコ族の盗賊に止まった。「おぬしはどうする、
盗賊?」
 「おいらはリエに貸しがある」トートはリエを見ながら言った。「だから、それを
返してもらうまではついていかなくちゃならないだろうなあ」
 「トート!あなたまで危険な目に遭わせるわけにはいかないわ」リエは思わずトー
トに叫んだが、相手はニヤリと笑った。
 「心配いらないよ。危なくなったらさっさと逃げ帰るから。おいらは割に合わない
ことはしない主義なんだ」
 「全く立派だよな」荷物を抱えて戻ってきたイーズが皮肉をこめて評した。
 「うるせえな」トートは険悪な表情で剣に手をかけた。「黙らせて欲しいのか?」
 「やれるもんならやってみな」イーズもナイフを握りながら応じた。
 「やめないか、ばか者ども」苦々しげにパウレンが制した。「わかった、トート。
おぬしがいれば何かと便利なこともあるだろう」
 「トート」リエはトートに近付いて、相手の小さな手を固く握りしめた。「ありが
とう。会ったばかりのあたしのために……」
 「ばか、よせよ」トートはうろたえた表情になった。「おいらは面白いことが好き
なんだよ。それだけなんだ」
 「とにかくありがとう。この借りはきっと返すからね」
 「ああ、大いに当てにしてるぜ」トートは照れくさそうに笑った。「さあ、剣を選
んでこいよ」
 リエは頷いて、もう一度ぎゅっとトートの手を握ると、パウレンの示した方へ行っ
た。
 入れ替わりにイーズが近寄ってきた。顔に露骨な興味の色がある。
 「どうしたんだ、お前」驚いたような声でイーズは訊いた。「大盗賊トートンアー
ド様ともあろうお方が、1グラダルにもならないようなことに首を突っ込むとは。し
かも、マシャを敵にまわすかも知れないってのにな」
 「知るもんか」ふてくされたようにトートは答えた。「ただ……何というか。リエ
には、どこか惹きつけられる所があるんだよな。お前も感じなかったか?」
 「ふーむ」イーズはパウレンそっくりな口調で唸った。「まあ、人間にしちゃあ、
悪いヤツじゃあなさそうだがな」
 「まあ、いいさ」トートは開き直ったように言った。「少なくとも、退屈だけはし
なくてすみそうだしな」


 リエが選んだのは、諸刃の細剣だった。古い剣らしかったが、試しに鞘から抜いて
見ると、刀身はギラリと輝き、一点の曇りもない。リエはフェンシングのポーズを取
り、バランスを測ると、満足そうに鞘に収めた。軍の訓練過程にフェンシングがあり
リエの成績は悪い方ではなかった。
 「皆、用意はできたか?」リエが外に出ると、パウレンが訊いた。全員が頷いた。
 パウレンは長い赤毛を束ねて、芥子色の旅装に身を固めていた。肩に小さな革袋を
かけている。
 「とりあえず、どこに行くんだ?」カダロルが訊いた。彼はツナギのような薄緑の
服で、薬草や医療道具の入った袋を持っている。
 「旅用の食料がほとんどない」パウレンは答えた。「とりあえずネイガーベンで、
要る物を調達しなければならない」
 「街は見張られているんじゃないかな」トートが顔をしかめた。
 「大丈夫さ」すかさずイーズが応じた。「盗賊がいるんだから、要り用な物は、い
つでも調達できるよな」
 トートは、ふんと鼻をならしただけで答えなかった。
 「何とかなるだろう」パウレンが言った。「さあ、でかけよう。キキューロか、異
世界の追跡者どもが来ないうちにここを離れなくてはならない」
 パウレンは長年暮らした自分の家に未練の視線を投げるようなことをせず、潔く背
を向けた。
 「飛んでいくこともできるが、だが、今魔法を使って、余計な注意を引きつけたく
ない。歩いて行くことにしよう。トート、近道を知っているな?先導してくれ」
 トートは頷いてちょこちょこと歩き出した。全員がそれに続く。
 少し歩いてから、リエは、パウレンの代わりに、そっと振り返った。一同が後にし
たパウレンの家は、すでに闇に包まれて見えなくなりかけていた。リエはパウレンの
心を想い、心の中で謝罪の言葉を呟くながら足を速めた。
 長い旅の始まりだった。





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