#2649/5495 長編
★タイトル (FJM ) 94/ 6/19 1:27 (189)
ヴェーゼ 第2章 狩人たち、集う 4 リーベルG
★内容
4
アンソーヤは座りごこちの悪い大きな椅子の背もたれにぐったりと体重を預け、両
脚を行儀悪く前に投げ出した格好で、半円形の会議テーブルにつく13人の男女を興
味なさそうに眺めていた。天井に埋め込まれているスポット型の照明は、全てアンソ
ーヤに向けられており、13人の男女の顔は闇に包まれている。少年が、ほんの少し
だけ呪文を呟けば、太陽よりも眩しい光で会議室を包むことも可能なのだが、アンソ
ーヤはそうしようとはしなかった。
一つには部屋全体に、特にアンソーヤに対して練り出された魔法封じの呪文がかけ
られていたからである。もっとも、その呪文はアンソーヤから見れば穴だらけの網の
ようなもので、その気になれば簡単に排除できたのだが。少年がそうしないのは、手
の内を全て見せることを好まないからである。相手がアンソーヤの魔力を封じたと思
いこんでいるのなら、そう思わせておけばいいのだ。
13人は身じろぎもせずに座っているが、完全に外部からのインプットを遮断した
ローカルシグで大量の意見交換を行っていることは明らかだった。それにしては、と
アンソーヤはあくびを噛み殺しながら考えた。もう5分だ。長すぎるな。
確かにシグで情報をやり取りするのに、5分は相当長い時間だった。
アンソーヤはまたリエ・ナガセの事を考えていた。今頃どうしているのだろうか。
あのアンソーヤが身震いするほどの魔法の力は、さらに成長を続けているのだろうか。
<ヴェーゼ>を失ったことがつくづく悔やまれる。1滴でも手に入っていれば……。
テーブルの中央に位置している男が、短く咳払いして、アンソーヤの注意をひいた。
「待たせたな、アンソーヤ君」老人の声だった。「はじめよう」
アンソーヤはわずかに視線を揺らすことで答えた。
「まず、君の第1の要求だが」老人はアンソーヤの非礼を咎めようともしなかった。
「予想しているだろうが、<ヴェーゼ>プロジェクトは縮小されることになる。君が
運営しているラボ、および君が所有する特権はそのまま持続するが、レヴュー9での
行動は一切停止だ」
「停止、ね」アンソーヤは微かに笑った。「中止ではなく、停止。いつまで?」
「我々が許可を出すまでだ」
「<ユガ>の許可など、別に求めてはいないんだけどな」少年の返事に、何人かが
動揺したように身体を動かす気配が感じとれた。
「<ムーンゲイト>を使用する許可だよ」中央の老人の声は変化していなかった。
「それを得ないで、どうやってアンストゥル・セヴァルティへ行くつもりかね?」
「力づくで、という考えは思い浮かばないのかい」アンソーヤはふてぶてしく歯を
むき出して笑った。
「我々を脅迫するのか、アンソーヤ!」テーブルの端から、怒りに満ちた若い男の
声が放たれた。「思い上がるのもいい加減にしろ!」
「へいへい。仰せの通りにいたします。どうぞ先をお続け下さい」アンソーヤは、
ふざけたアクセントで応じた。若い男はアームチェアから飛び上がらんばかりに激昂
し、何か怒鳴りかけたが中央の老人が軽く手を上げて制すると、しぶしぶ座りなおし
た。
「ぼくはいい加減、あんたらにはうんざりしてるんだよ」もはや冷笑を隠そうとも
せず、アンソーヤは言い放った。「一度の失敗ぐらいでガキみたいに脅えやがって。
何が<ユガ>だ、ふざけるんじゃねえや。このまま何十年も指をくわえてアンストゥ
ル・セヴァルティを眺めてるつもりかよ。移住を開始するまでに、地上が汚染物質で
埋まっちまうぜ!」
耳が痛いほどの静寂が室内を支配した。だが、その一瞬後には、中央の老人と何人
かをのぞく全員が一斉に立ち上がって、礼儀を知らない少年に怒りの声を浴びせた。
アンソーヤは挑戦的に光るアメジストのような瞳で、一同を平然と眺めている。
「アンソーヤ君」中央の老人が、さすがにうんざりしたような口調で訊いた。「で
は君はどうすればいいというのかね?」
室内の喧噪は急速に沈静化した。全員の視線が傲岸不遜な少年に集中する。
「簡単なことじゃないかな、賢者アメンホープ。まず、どんな犠牲を払おうとも、
もう一度アンストゥル・セヴァルティに部隊を派遣して、<ヴェーゼ>を手に入れる
んだ。純粋な<ヴェーゼ>が一滴でも手に入れば、ぼくのラボが全力を挙げて、その
魔法の秘密を解きあかす。一月もあれば、普通の人間に投与しても安全な<ヴェーゼ>
を大量に精製できるまで研究が進むと思う。
そうすれば、5年後と言わず、1年後には人類がアンストゥル・セヴァルティへ移
住する準備が整うだろう。しかも何の不安もなしにだ」
アンソーヤは、どうだ、というような顔で言葉を切った。
「我々はアンストゥル・セヴァルティを征服することなど望んでいないのよ」一人
の女性が口を開いた。「平和的に共存できるなら、どんなにその方がいいことか」
「本気でそんなことを言っているのかい、マダム?」
「誰だって、そう思っているに決まっているでしょう?当たり前じゃありませんか
」マダムと呼ばれた女性は冷たく答えた。「それから、私はミスです。マダムではあ
りません」 ・・・・
「失礼しました、オールド・ミス・レイクシップ」アンソーヤは丁寧に応じた。「
だけど、それはウソだね。一体、地球人が、他の誰かと土地を分け合うほど寛容で分
別があると本気で思ってるのかい?大部分の地球人から見れば、アンシアンは電気も
銃も持たない遅れた種族でしかないんだぜ。どうせ、5年もすれば、武力にモノを言
わせて、アンストゥル・セヴァルティの支配を考えるようになるに決まってる」
誰も口を開こうとはしなかった。
「だとすれば、今そうしていけないわけがどこにあるんだ?そして、<ヴェーゼ>
があれば、それが可能なんだぞ!アンシアンが気付きもしないうちに、支配権を得る
ことだってできるんだ」
「き、君は」震える声で別の男が口を開いた。「アンストゥル・セヴァルティに武
力侵攻しろと言っているのか?」
「そう聞こえた?」わざとらしくアンソーヤは問い返した。「そうだな、言われて
みれば素敵な考えだな、うん」
「そんなことができるわけないではないか!」先ほどの若い男が叫んだ。「許され
るはずがない!」 ・・・・
「誰にだ?誰の許しが必要だ?あんたらか?それとも……<神々>か?」
再び室内は沈黙に包まれた。今度の沈黙は、怒りではなく恐怖が原因だった。
「やはり知っていたのか」心なしかかすれた声で、アメンホープが訊いた。質問と
いうより、それは確認の言葉だった。「そうだろうとは思っていたが」
「別に隠しているつもりはなかったんだがね」少年は軽く笑った。「誰も訊かなか
「君が<ヴェーゼ>に執着する理由のひとつはそれだな」
「そのとおり。<ヴェーゼ>の力が完全に解明されたとき、人は<神々>に対抗し
得る力を手に入れることができるかもしれないんだ。子供らしい夢だろ?」アンソー
ヤは無邪気な、といってもいいぐらい明るい笑顔を見せた。
「<神々>に対抗するだと。ばかな!」誰かが吐き捨てるように言った。アンソー
ヤはそれを無視した。
「<神々>について軽々しく口論するようなことは、我々には許されていない」ア
メンホープが言った。「君の若き勇気には感心するし、ある種の羨望すら感じるが、
ここは話題を変えてもらえないかね、アンソーヤ君」
アンソーヤは微笑みを浮かべて了承した。
「我々としても<ヴェーゼ>そのものを諦めたわけでは決してない。理由は君が言
った通り、人類の移住に魔法は絶対必要だからだ。もっとも、我々の方針はあくまで
もアンシアンとの共存だがね。
そこで、現在の状況において、君の言う純粋な<ヴェーゼ>を手に入れるもう一つ
の手段を考えてみよう。すなわち、<ヴェーゼ>を浴びて、君をしのぐほど強大な魔
法の力を持ちながら、アンストゥル・セヴァルティのどこかを逃亡中の、リエ・ナガ
セ中尉についてだ。彼女は自分の意志で、地球に帰還することを拒んだ。ということ
は、ナガセ中尉を何とかして捕獲しなければならない。アンソーヤ君の意見は?」
「ぼくの意見はさっきと似たようなもんだな」笑みを消して、アンソーヤは答えた。
「つまり、できるかぎり優秀な部隊を送り込んで、足どりを追わせる。アンシアン社
会に潜入している地球の志願者たちにも最大限の協力を命じ、さらに魔法を使える者
も送り込んで探索を強化する。
発見したら、アンシアンの目に触れようがどうしようが、とにかく奇襲して眠らせ
るなりなんなりして、速やかに地球へ連れ戻すんだ。この速やかに、という点がとて
も重要であることは言うまでもないだろう。何故かというと、幾つかの状況から判断
して、アンシアンの魔法使いもリエを探していると思われるからだ。リエが向こうの
手に落ちたらどうなるか、という事態はあまり想像したくないね」
今まで一度も発言しなかった女が口を開いた。例によって姿形はわからないが、透
き通ったソプラノから、若い女だと分かる。
「それでも敢えて想像してみてほしいわ。ナガセ中尉がアンシアンのしかるべき筋
に、そう例えば魔法使い協会に捕らえられたとしたら、何がどうなるのかしら?」
「一番うまくいったとしても、間違いなくリエは殺されるだろうね」すでにそのこ
とを何度も考えていたアンソーヤは躊躇せずに答えた。「我々の手には何も残らない」
「もう少し悪いと?」
「地球とアンストゥル・セヴァルティとの全面戦争かな」
「最悪の場合は?」
「アンシアンによる、地球世界の破壊」
三度、人々は声を失った。<ユガ>の13人は、アンソーヤが口にした最初の2つ
までは想像し、意見をまとめていた。だが、三つめの未来は……。
「なぜ、そう思うのか説明してくれないかね、アンソーヤ君」アメンホープが平静
さを失うことなく訊いた。
「アンシアンの魔法使いたちが冷静に考え、あらゆる状況を照らし合わせて判断す
れば」アンソーヤは白いチノパンに包まれた長い脚を組んだ。「遠からず、あの夜、
ガーディアックを襲撃したのが、アンシアンでないことを知るだろう。目撃者を少な
くとも二人、逃がしているからね。加えてリエを捕らえれば、魔法的な拷問にかけて
でも、全てを話させるに決まっている。復讐心に凝り固まった誰かが、怒りにまかせ
て殺してしまわない限り、だけど。
そうなれば、地球の、つまり別の世界の存在が知られてしまう。そして、アンシア
ンの全ての魔法使いが力を合わせれば、<ムーンゲイト>に依らずして、地球への通
路を通すことは決して不可能なことじゃないな。科学技術文明を発達させなかったか
らといって、知能が低いわけじゃないんだから。もちろん、困難は困難だろうし、数
年を費やすかもしれないけど、その気になれば何とでもなるね。地球人だって、数年
で魔法を何とか使いこなすまでいったんだから。
それから後は話すまでもないと思うね。何百という強力な力を持った魔法使いたち
が、地球全土を攻撃して飛び回る。攻撃は簡単だよな。各シティのシールド・システ
ムを破壊するだけでいいんだから。致死量の汚染物質がシティ内で猛威を振るうだろ
うね。食料も水も、空気すら汚染される……」
アンソーヤが不気味な余韻を残して口を閉じても、<ユガ>の13人は、顔を見合
わせてシグによる討議を始めた。長くはかかるまい、とアンソーヤがにらんだ通り、
討議は2分強で終わった。
「よろしい、アンソーヤ君」アメンホープが結論を告げた。「我々は。行方不明の
ナガセ中尉を捕捉するために、目立たない程度の人数を送り込むことに決定した。そ
の人数は、一個小隊プラス魔法1級資格保持者3名までだ。何か意見はあるかね?」
「あるよ、ある」アンソーヤは嬉しそうに言った。「ぼくも同行する。誰がなんと
言おうと絶対に同行する。一級魔法使いなんて足手まといになるだけさ」
「もう一度、レヴュー9へ行く。4月24日だ」ラボに戻ったアンソーヤは、生き
生きとした表情でドナに告げた。「リエを捕まえにな」
「まあ、本当ですか」ドナは少し驚いたように問い返した。「どれぐらいですか?」
「目的を達するまで地球には帰ってこないよ」
「そうですか、あと2週間ないですね。忙しくなりますわ」ドナは素早くスケジュ
ーラを呼び出して、仮想視界に展開させた。「それでは、来週の火曜日、臨時に休暇
をいただけますか?」
「え?」アンソーヤは戸惑った表情を、年上のセクレタリに向けた。「なぜ?」
「医療サービスと契約して、妹の定期ヘルスチェックをしなければなりませんし、
私のフラットも一部改造する必要がありますので。今のままでは、妹が完全に動き回
れる範囲が限定されてしまいます。それから宅配サービスに依頼して、デジタルブッ
クやVRムービーなんかを定期的に届けてもらわないと」
「ちょっと待て。つまり……君も行くつもりか?」
「あら、何を仰っているんです」ドナは当然のように答えた。その間もアンソーヤ
のスケジューラの調整を行っている。「当たり前じゃありませんか。あなたを一人で
行かせるなんてできるわけありませんわ。目を離したら何をするか分かったもんじゃ
ないですからね」
「ずいぶんな言いぐさじゃないか」アンソーヤは撫然とした。「人を子供みたいに」
「あなたは子供ですよ。強力な魔法を持っているし、モノの本質を的確に見通す直
感も備わっていますが、身体は12才の男の子なんですよ」
「ぼくに向かって、そんなことを言うのは君だけだ」アンソーヤは渋々、ドナの言
葉を認めた。「まあ、君がいないと何もできないのは確かだけどな。しかし、危険だ
ぞ?それも承知の上だとは思うけど」
「私はそのために給料プラス危険手当をもらっているんです」ドナは平然と微笑ん
だ。
アンソーヤは降参したように笑った。ドナを相手に笑っているときのアンソーヤは
普通のどこにでもいる少年のように見えた。
「よしわかった。好きなだけ休んで構わないよ。セーラのためにできることがあっ
たら、何でも言ってくれ。力になるから」
これがドナ以外の誰かになら、「思い残すことのないように、たっぷり楽しんでお
くんだな。2度と地球に帰れないかもしれないんだから……」ぐらいのことは平気で
口にしたに違いない。
「ありがとうございます。そのうちお言葉に甘えるかもしれません」ドナは答える
と、手をのばしてプリンタから吐き出されたホロシートを取り上げて、アンソーヤに
手渡した。「ところで、これが出発までのスケジュールです。追加があれば言ってく
ださい」