#2648/5495 長編
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ヴェーゼ 第2章 狩人たち、集う 3 リーベルG
★内容
3
どんな時代になっても、どんなに文明が進歩しても、2種類の人間だけは絶対に絶
えることがない、とスカルバーユ・プロザロウは考えている。すなわち、秘密を持つ
者と、秘密を知りたがる者である。シグ・システムによって全人類を結ぶネットワー
クが実現しても、情報屋という商売が成り立つのはそのためである。
スカルバーユはもちろん情報屋を専門にやっているわけではない。今日では、シグ
へのアクセス許可年齢である12才以上の人間ならば、多少の手間と時間さえ惜しま
なければ、まず99パーセントまで手には入らない情報はないのだ。スカルバーユは
それを可能な限り100パーセントに近付けることをサイドビジネスとしていた。表
向きはフリーのシグ・プログラマーとなっていて、グローバルIDカードにも、その
ように記録されている。だが、スカルバーユの収入は、どちらかといえば表に出ない
方の職業から得る方が多かった。38才の独身男性としては、それほどクレジットが
必要なはずはなかったが、スカルバーユは、ある金のかかる趣味を持っていて、その
ためにはタックスフリーの収入が必要だったのだ。
公然とシグに広告を流すわけにはいかないので、スカルバーユの副業は口コミに頼
る以外に方法がなかった。最近ではようやく固定客もつき、それも少しずつではある
が拡大していた。今回のクライアントも、以前のクライアントからの紹介でスカルバ
ーユを訪れたのだった。
「君は腕ききだそうだな」身なりの良い初老のクライアントは、しばらく無言でス
カルバーユを観察した後、おもむろにそう口を切った。
「まあ、そうかもしれませんな」スカルバーユは会見場所に指定されたパークエリ
アのベンチに座って、プロムナードを歩く人々を眺めながら答えた。「自分で言うの
もなんですが」
「私は君にある事を探ってもらいたい」クライアントは言われたとおりにスカルバ
ーユと視線を合わせずに話し始めた。「私がどれほど、その情報を知りたがっている
か、君にはちょっと想像できないぐらいだ。君が私の依頼を受けてくれて、期限内に
私の満足いく情報を探り当ててくれれば、君は一生クライアントに困ることはなくな
る。君の事だから、私が何者かぐらいはちょっと調べれば分かると思う。私としては
君がそうすることを奨励したいぐらいだ。何故なら、私が誰なのか知れば、私の言葉
が決して大袈裟なものではないことが分かり、ひいては私が君に約束する報酬を間違
いなく支払うことができる力があることを疑うこともないだろうからだ」
「なるほど結構なお話のようですな」スカルバーユは早速、クライアントの全身像
を記録しながら慎重に言った。「では、どちらから教えて下さるのですか?依頼の内
容ですか?それともおれに約束して下さるという報酬ですか?」
「好きな方を選びたまえ」
「では、報酬から伺いましょうか」
「報酬は2つ用意している」クライアントはハンカチを出して顔の汗を拭った。「
一つはただのクレジットだ。君の個人口座に400万クレジットを即座に振り込む用
意がある。もちろん税金のかからない金だ」
スカルバーユは頷いたものの、内心は少し失望していた。彼の相場は最低額が30
0万プラス必要経費なのだ。今まで、1000万クレジットを支払ったクライアント
もいた。
「少なくて驚いたようだな?」クライアントはスカルバーユの心の中を見透かした
ように笑った。「だが、君に本当に受け取ってもらいたいのは、2つめの報酬なのだ。
パブリックボックスのG−5565を見てみたまえ」
スカルバーユは言われた通り、G−5565にアクセスした。それはすでにスカル
バーユに対してアクセス権が設定されていた。IDチェックの後、電子の扉が開き、
8Kバイトのスプレッドシートを、スカルバーユは手に入れた。それを一目見た途端、
スカルバーユはほとんど飛び上がらんばかりに驚いた。
「レイ・ブラッドベリの『火星年代記』の初版!?」興奮を抑えきれずに、スカル
バーユは低い声で囁いた。「ラブクラフトの『クトゥルフの呼び声』、ハインライン
の『夏への扉』、それに『指輪物語』だって?まさか!」
「もちろんデジタルブックなどではないよ」スカルバーユの興奮を楽しむように、
クライアントは囁き返した。「その千を越える物語は、全て紙に印刷された本物の本
だ。中には多少、保存状態が悪いものもあるがね。だが、どれも貴重な人類の遺産だ
よ。そうではないかね?どの1冊を見ても、コレクターが全財産をなげうって入手を
試みるものばかりだ」
「『ナルニア』、『ゲド戦記』、『アリス』!『アリス』だって!」スカルバーユ
は歓喜を通り越して、畏れに近い表情を浮かべていた。「これを、おれに?全部?デ
ジタルものじゃない、手に取ってページをめくれる本を?しかもおれが夢にまで見た
本ばかりを?」
「私が満足すれば、君にはシティ・テンアンモンにあるフラットの所有権が与えら
れる。本は全てそこに保管されている。全て君のものだ。どうだね、引き受けてくれ
る気になったかな?」
どちらの男にとっても返事は必要なかった。
例え、「ジャック・ザ・リパーの小指の先端から第二関節までの正確な寸法を調べ
てもらいたい」などと言われても、スカルバーユは二つ返事で引き受けて、早速タイ
ムマシンの研究を始めただろう。だがクライアントの依頼は、一見、平凡で単純な事
だった。
「一人の女性がいる」クライアントは穏やかな声で説明した。「名はドナ・マドウ。
26才。移民局第4データセクション勤務。オフィス勤務時間は4t/w。Bレベル
サーチャーと、クオリティコントローラー・クラス2の資格を所持。独身。配偶予定
者なし。自由恋愛パートナーなし。16才の妹、セーラ・マドウと同居している」
記憶力に自信があるスカルバーユは黙って頷いた。クライアントは少し言葉の調子
を変えて続けた。 ・・・・・・・・・・・・・・・・
「君に調べてもらいたいのは、彼女が果たして本当は何者であるか、ということだ」
スカルバーユが疑問を発する前に、クライアントは素早くつけ加えた。
「つまり、今話した、というより公式に登録されている彼女のデータは事実ではな
いのだ」
クライアントは突然立ち上がった。相変わらずスカルバーユとは視線を合わせない
まま小声で話を締めくくる。 ・・・
「とりあえず調査を始めてくれたまえ。彼女の表向きのデータは君のIDに転送し
ておく。そこから開始するのが妥当だろう。連絡はこちらから取る」
それだけ言うと初老の男は、いかにも呑気そうに伸びをして、ぶらぶらと歩きはじ
めた。スカルバーユのそばを通りかかるとき、何かを踏みつけたか?というような顔
で下を見ながら、唇をわずかに動かして早口で囁いた。
「あと1分で、彼女がここを通る。ケーキの箱を持ったスカイブルーのジャケット
とパンツだ」
スカルバーユの反応を待たず、クライアントは今度こそ歩き去った。スカルバーユ
は振り向いて後ろ姿を確かめたい衝動を必死で押さえつけた。
58秒を数えたとき、スカルバーユは問題の女性を視界に捉えた。
ショートにまとめたブルネットをぴたりと決めた痩せぎすの肢体が、スカルバーユ
の何気ない視線の先を歩いていた。片手にはこのプロムナードのケーキショップで買
ったらしい箱を持っている。スカルバーユの好みから言えば、美人の部類に入るだろ
うが、絶世の美女というほどではない。痩せてはいるが、男の想像心をかきたてる部
分は充分に豊かであるし、すらりと長い脚からは素敵な脚線美が想像できる。だが、
全体的には特に目立つような色気があるわけでもなければ、何らかの特殊な性的嗜好
を満足させるような特徴も見つからない。この女性のどこに、千冊の古書と同等以上
の価値があるのか、スカルバーユには見当もつかなかった。
----実はカーマ・スートラの秘技を全て心得ているとか……まさかな。
ドナ・マドウはスカルバーユには目もくれないですたすたと歩いていってしまった。
スカルバーユはドナの背中にさりげない視線を送った。
----よろしい、レイディ。スカルバーユは心の中で呟いた。悪いがあんたを素っ裸
にさせてもらうぜ。ファーストラブの相手の名前から、太腿の内側のホクロの位置、
何から何までだ……。
ドナの姿が視界から消えると、スカルバーユはその場で、表向きのシグIDに「休
暇中」のメッセージを設定した。しばらくサイドビジネスに集中しても構わないだろ
う。それに、うまくすれば、どちらの仕事からも引退して、ゆっくり本を楽しむ余生
が待っているかもしれないのだ。指に触れる紙のページの手触りと、古い時代の匂い
が、不意に鮮明に想像され、全身に歓喜の震えが走った。
スカルバーユは立ち上がると、ドナが去った反対の方向へ歩き出した。
とりあえずスカルバーユは常識的なラインから探求の手を伸ばすことにした。つま
り、クライアントから転送されてきた、パブリックデータから、ドナ・マドウという
女性についての事実の確認を開始したのだ。それは数分で終了した。ドナ・マドウに
ついての公的なデータはクライアントの言った通りだった。
次にスカルバーユは、それらのデータを裏側からつつきはじめた。一つのデータを
求める方法が一つであるとは限らない。普通の市民は一つの方法を知っていれば満足
するし、軍情報部や治安局のデータオペレータは、数通りの方法を知っていなければ
ならない。スカルバーユは、数十通りのサーチ方法を熟知していた。
彼が驚き、また喜んだことに、どのような検索方法によっても、ドナ・マドウのデ
ータは完全に一致していた。強敵である。これほど多方向からの情報検索に耐えて、
針の先ほどの矛盾も見いだせないプロテクトは見たことがなかった。何者が手掛けた
にせよ、ドナ・マドウの表向きの職業を作り上げるには、膨大な費用と労力が払われ
たに違いない。
こいつは久々に崩しがいのあるプロテクトだ!と、胸がわくわくするような楽しい
気分だったのは、調査を開始してから12時間までだった。完璧に武装したエレクト
ロニクスの猟犬をネットの中に放つ度に、スカルバーユの自信は次第に揺らいできた。
「くそ、本当に彼女の真の職業なんて実在するのか?」スカルバーユが自分のフラ
ットで思わず怒鳴ったのは、依頼を受けて24時間が経過した時だった。「MG−5
64でも、何も見つからんとは信じられん!」
「事実は事実」チコが応じた。「素直に認める謙虚さを大切に」
スカルバーユは不機嫌そうにチコがVV(仮想視界)に作り出す虚像を睨みつけた。
チコはスカルバーユがハッキング用に鍛え上げたMIで、普段は彼のプライベートメ
モリで冬眠しているが、コールされるとスカルバーユのシグに出現する。彼女は覚醒
するたびに新しい虚像で現れるのだが、今日は6才ぐらいのおさげの女の子だった。
もちろん、個人がMIを所有することは禁じられている。
「MG−564は半分以上お前が作ったんだぞ。少しぐらい責任を感じたらどうな
んだ」
「でも、アタシを作ったのはアンタでしょ、スカル。そこんとこヨロシク!」チコ
は陽気で快活な声で答えた。6才の女の子というより、生意気なハイティーンという
感じだ。
スカルバーユは低く唸った。ときどき、チコの性格設定を間違えたと思うことがあ
る。今もそうだった。民間用、官公用、軍事用シグのあちらこちらから、少しずつ慎
重にリソースを掠め取っては、アドレスを書き換え、ポインタをコネクトしなおし、
魔法でアルゴリズムとセキュリティを強化して、現在のチコを作り出したのだ。もっ
とも学習能力と性格のコンフィギュレーションは、大部分が魔法の領域なので、スカ
ルバーユには手が出せない。彼は単純な2進数の世界ならチャンピオンだったし、魔
法----「機械の中の幽霊」についてもトップクラスであった。だが、魔法そのものが
まだ完全に解き明かされたとは言えず、使ってみたら、使えてしまったというのが実
状なのだ。
これまでのところ、唯一の発見と言えば、ドナ・マドウのデータは、確かに誰かが
でっち上げたような痕跡が認められる、ということだけだった。それもほとんど偶然
に発見したに過ぎず、肝心のアクセス方法は全く分かっていなかった。
しばらく整然と並んだコードを眺めていたスカルバーユは、やがてチコに命じた。
「ラベル2500のソーティングをカットして、HG−226のリンクライブラリか
ら、SetDoubleSynHide_5.Gload_clsとGetResource_hDl_200.003 を挿入。それから、
初期化テーブルにリソースモジュールを2つ追加だ。適当な魔法が何かないか?」
「ファイア・ダンシングMark II Plus はどうかしら?」チコは素早く相談に応じ
た。「ナムアミ・ダ・B444と組み合わせて」
「いいだろう。すりあわせは任せる」
チコは即座に探索プログラムの組み替えを開始し、デバッグし、コンパイルを終え
た。スカルバーユの視界に、シミュレートの予想グラフが表示される。
「よさそうだな」スカルバーユは頷いた。「よし、流してみろ」
チコは即座に、生まれたての電子の猟犬をシグに放った。それらはスカルバーユの
プライベート・シグからグローバル・シグへと移動する間に、数百の複製を生み、そ
れぞれが独立したハンティング・モジュールとなって様々なポイントへ、鋭い牙を突
き立てた。それは巧妙に整えられたドナ・マドウのパーソナル・データの、ほんのわ
ずかな瑕疵や矛盾に食らいつき、必ずどこかに存在するはずの真のデータへのポイン
タを見つけ出す……。
見つけ出すことになっていたはずだった。
「ダメだわ、スカル」2秒----MIにとっては永劫に等しい----後、チコはため息
とともに結果を伝えた。「何にも発見できないわよ。どう見ても、ドナ・マドウはド
ナ・マドウであるとしか思えないんだけど」
スカルバーユは言葉もなかった。ここまでやっても手がかりすら掴めないケースは
初めてだった。
「もう一度、コードを見せてくれ」スカルバーユは要求したが、すぐにかぶりを振
った。「いや、もういい。どうせ何度やっても結果は同じに決まってる!」
「アタシも4秒前にそういう結論に達したわ」涼しい声でチコが言った。
「……」
「アプローチの方法を変えてみるべきじゃないかと思うわ。そう思わない?」
「どうやって?」
「さあね。それを考えるのはあんたの領域よ。ああ。久しぶりに歩いて疲れたわ」
スカルバーユは腹を立てる気にもならなかった。それでも、一言文句を言ってやろ
うと口を開いた。だが、そのときふと閃くものがあった。
「妹か」
「え?」チコは聞き返した。「何?」
「本人がダメなら周りから攻めてみるのもいいかも知れないな」スカルバーユは考
え込みながら呟いた。「妹のセーラについてのデータをくれ」