AWC JETBOY.10


        
#2609/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 5/ 9   8:58  (117)
JETBOY.10
★内容
             「JETBOY」
             第10話「真相」
                ★
 6時、少し腹がへった。
 沖縄の食べ物は胃に合わない。本土でも売られているカップメンをコンビニ
で買ってきて、食べていた。
 平山に対する配慮なんて忘れてしまっている。本人もたらふく食いたいだろ
うに、関東風しょうゆラーメンの濃厚な匂いが充満している。
 平山の奥さんもジムにやってきた。けど、この場の不安定な空気を察知する
と、旦那から話を聞き出し、ついに此処の空気に馴染んだ顔になってしまった。
 「マコちゃん、見つかるといいね」
 奥さんのおなかには命が宿っている。最初の子供が男だったら誠、女だった
ら渚と命名するつもりのようだ。
 とにかく、みなが誠の事を案じていた。
 そんな時、また厄介な事件が飛び込んできた。
 NHKのニュースはこう伝えていた。浦和レッズがフリューゲルスに対し、
横浜でのアゥエーゲームの運営に不安があると提訴してきたというのだ。サポー
ター同士の関係の修復はなったものの、上の方でのつばぜり合いは依然強いと
のことだ。
 こういう事例はヨーロッパや南米では顕著である。一方のホームで暴動紛い
の事件が起きた場合、次回のもう一方のホームゲームはホームタウンではなく、
第三者の土地で行われるということがままある。
 「あーあ、下手したらまたこじれるーー」
 俺の嘆きが、たった数名しかいない夕刻のジムにこだまする。
 誠の姿を確認したという話はまだ聞かない。それにあいつは女装用のキットを
持っているから、見つけることは困難だ。
 「くそっ、何処ほっつき歩いてんだよぉぉっ! 」
 伸二がコーナーポストを乱打している。
 「おちつけおちつけ」と、平山が伸二を宥めた。
 次第に沖縄も、夜の闇に包まれる。那覇市内のけたたましい渋滞の音がここま
で聞こえてくる。
                 ★
 時計は9時をまわっていた。
 NHK那覇放送局から借りてきた「問題の試合」のビデオテープが手元にある。
酒の席だったから、試合内容を完全には把握していないのである。
 もうジムに残っているのは会長だけである。伸二君は、ロードワークに出てし
まっていた。
 駒場の風景が映し出された。スピーカーからは、レッズサポーターの迫力ある
応援が、重低音の叫びが聞こえてくる。
 試合展開はフリューゲルス中心に動いていた。
 何度も果敢に攻め上がる渚。ボールを持ったあとの爆発的なドリブルはいつ見
ても惚れ惚れする。
 これで前後半無得点というのが信じられない。
 10分程度早送りして、フリューゲルスの攻撃の模様を見る。
 画面は、コーナーのエドゥーを映し出していた。物凄いブーイングに包まれて
いる。コーナーキックの光景は、「ゴール」という掛け声とブゥゥゥッという重
苦しい怒号が交錯するものだが、駒場に於いてはブーイングが圧倒し、さらにこ
れに、鋭い野次が被さってくる。
 エドゥーがファーサイドに蹴りあげた。
 此処で前田がポストになって、そのこぼれ球を渚が蹴り込むというパターンが
此処最近のフリューゲルスのお決まりの得点場面になっていた。前田が予定通り、
頭で落として、渚が走り込む。
 だが、この地点で渚は精彩を欠いていた。
 その後に俺は、猥雑な野次を耳にした。とてもじゃないが、レディの前では復
唱することなんて出来ない。
 横浜ジェッツからの情報によると、あの阿呆共はスタンド席のゴール裏に陣取っ
ていたというのだ。クレイジーコールズは芝生席にいるわけだから、これはレッ
ズの正規のサポーター軍団とは関係ないところで起こった事件だというわけだ。
駒場のゴール裏の座席は芝生席と、少し競り上がったスタンド席がある。しかし、
誠がスパイクを投げつけたのは芝生席側のスタンドである。
 多分試合中だ。全てはクレイジーコールズに非ありとして、誠が突っかかって
しまったのだろう。ビデオを早送りして問題の場面を確認したが、バンダナの吉
沢君の居た辺りには、別にゴミらしきものは散乱していない。
 吉沢君らは言ってみれば、罪をなすりつけられた被害者だったのである。
 一つの誤解が、多大な混乱を招いたのだ。
 その場面に向かって画面を早送りした。
 時計が83分を回った時、渚が「ごっつあん」なゴールを外した。普段の渚だっ
たら決して外さない。あの猥雑な声にここまで蝕まれていたのである。
 その時誠が、ゴール裏のスタンド席の浦和サポーターズに向かって走り出した。
で、なにかのやり取りをして、すぐさま芝布席のゴール裏に走り込み、そこでス
パイクを投げつけたのである。
 考えられるのは、あの阿呆共が誠をそそのかしたのだということだ。「アイツ
がウチのリーダーだ」って風に。
 その後は、実に凄惨である。逆上した浦和の「正規」のサポーター達が、何人
か飛び下り、誠に突っかかっていった。
 誠は、多分キレていた。目ん玉見開いて、血眼になって彼らをドツいていた。
それにしても彼らを一撃でKOしてしまうのである。誠のパンチはげに恐ろしい。
 「ふう」
 ここで俺はビデオを止めた。
 色々な騒ぎがあった。目でそれらを確認し、耳で仕入れて、もう五感がくたく
ただ。
 「眠たい・・・・・・  」
 ジムの中にあるベンチの上で意識を失おうとしたとき、
 ドスン!
 サンドバッグが音をたてた。
 目が覚めた。少し視界がぼやけていたが、そのサンドバッグの方向を見た。
 そこには一人の少女が居た。しかし初体面ではない。
 何度も見た顔だ。そして、俺が案じ続けていたあいつの顔だ。
 俺は、心配していた分を声にして出し尽くした。
 「マコトォ! どこほっつきあるいてやがる。てめぇ心配させやがって!」
 俺の叫びに振り向いた誠は、キッとこっちに鋭い視線を投げかけた。そして
ボストンバッグから何かを取り出し、俺に投げつけた。
 誠が投げた物がリングを跨いで俺のところに飛んでくる。
 手の中に納まったもの。14オンスのスパーリング用のグローブだ。
 誠が素足でリングに上がった。そして俺を誘った。
 「伊丹ぃ、あんたをドツきたいんだけどいいかな? 」
 伸二の言動から、誠の思いを割り出して、俺はそれを両手にはめた。総合格
闘技用のグローブで、掌の部分が物を掴めるようになっている。誠もそれをつ
けていた。
 誠はここに、怒りをぶつけにきたのだ。
 会長も物音を聞いて、2階から降りてきた。
 「会長お久しぶりです。先日の事はごめいわくかけてすみません」
 誠が深々と、かつての師にむかって頭をさげた。
 「やっぱり、此処に帰って来たんじゃな」
 会長の瞳から涙が滴り落ちている。感傷的な再会の場面だ。
 しかし俺は、誠に挑まれている状態だ。いちいち感動している場合じゃない。
勿論、受けてたつつもりだ。それしか、誠を満足させる手だてはないから。
 しかし、誠に倒されてはならないと思った。俺は誠に教える必要があった。
これからの彼女にとって大切なことなのである。
 俺も誠も、ヘッドギアとグローブを装着した。
 誠の目は、ため込んだ物を此処で吐き出さんとしている、闘犬のような眼差
しをしていた。
 下手をしたら、コロりだな・・・・・・
  会長がゴングを鳴らした。
 誠が俺に向かって、飛びかかってきた!

                               つづく




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