#2608/5495 長編
★タイトル (EXM ) 94/ 5/ 9 7: 6 (167)
JETBOY.9
★内容
「JETBOY」
第9話 「汚れた拳」
翌日、この記事は全てのスポーツ新聞及びその日の夕刊紙のトップ記事と
なった。
前代未聞の事件であった。かつて全日空(現在の横浜フリューゲルスの前
身)に在籍していた田口が主審に暴行を働き永久追放処分(後に解除)を食
らう騒ぎはあったが、観客に侮辱行為及び暴行を働くという行為は日本サッ
カー史かつて無い事であった。Jリーグ人気全盛の今、この事件が注目され
るのは当然であった。
「誠に遺憾な行為であり、リーグでは厳罰に処する事も検討する予定だ」
川淵チェアマンはこんなコメントを各紙に残した。
論調は概ね厳しいものであった。誠の日頃の態度のツケだろう。
しかし、事情をよく知る者たちは、浦和サポーターの態度に明らかに非有
りと主張する。
誠や渚がシュートを撃つ度に誠や渚の女的な容姿を揶揄して、生理用のナ
プキンやタンポンを投げ込み、女性器の蔑称を連呼するサポーターの一団が
いたという。
吉沢団長も再三警告したらしいのだが、かつてからクレイジーコールズと
は犬猿の仲らしく、奴等のそういう行為に関しては、「レッズサポーターと
して井上選手にお詫びしたい」というコメントを彼自身も述べていた。
横浜ジェッツの団員の一人が言っていた。地元横浜で何が起きても責任は
とらないと。
さっきから、ワイドショーはこの話題ばかりだ。
俺としては、誠のことを信じてやりたい。どうせならあの阿呆共に一発食
らわしてやりたいくらいだ。
しかし、仕事を投げるわけにもいかない。
今日も俺は平山に付きっきりだ。しかし仕事に身が入るわけなんてなかっ
たのだ。
★
しかしだ、平山も会長もいまいち精気を失っている。誠の事を尋ねてみた。
平山は古参の所属選手だ。「あいつ、今頃悔しさで胸が詰まってんだろな」
とポツリ感傷的なコメントを残した。
野次については、時々ドツキまわしてやりたいのを聞くことがあるという。
アスリートとは真剣な民族なのだ。誠も、許せなかったに違いない。
「プロだから仕方ないかもしれんけど、最低限の礼儀ぐらいは・・・・ 思いま
せん?」
同感だ。
だが、平山や会長よりも、いやいや自分では世界一、誠の事を愛しているつ
もりの青年がいた。
先程から奇声をあげて、練習生をタコ殴りにしてしまってる御仁、会長の息
子さんの伸二君である。
下で待機している練習生達が怯える。みな、朝もはやくから伸二に呼び出さ
れて、ウサ晴らしの道具にされているのだ。
もう2時間もこんな事が続いている。4人とリングの上に一人いるが、顔面
はアザだらけで、じゃがいものようなニキビ顔が更にスプラッター性を増して
いる。本人には手を抜こうとする配慮が無いから、残酷ショーは果てし無く、
終わるところを知らない。
「こう言うときは、好きに暴れさすしか仕方ねぇ」と会長までもて余してる。
時々、「マコぉぉっ! 」と叫ぶのその姿には、まだ未練みたいなものが感
じとられる。
7巡目3人目の練習生が大の字になってのびている。殴る相手を一瞬失った
伸二君は、那覇建設と書かれているコーナーポストを標的に鉄拳制裁を加えて
いた。
今日は、沖縄全体が怒っている。地元の新聞は極めて誠に同情的であった。
★
取材を終え、3時からのワイドショーにチャンネルを合わせる。
誠の動向が気になっていた。
飛び込んできた映像は、抗議行動である。多数のフリューゲルスのフラッグ
を持った少年少女達がJリーグ事務局の入っているビルの前に立てこもって、
抗議行動を起こしているのである。一部、他球団のサポーターも居る。
「川淵発言に対して皆、不満の声をあげています。先程、一部の少年がビル
の窓硝子に投石を繰り返し、警察官に連行されていきました。」
ベテランの女性レポーターが、程よい配合の感情を込めて、この事態を克明
に説明する。
「今朝、Jリーグ映像の画面を見たとき、確かに被害者は井上選手だと思い
ました。彼らの怒りの声もわかります。まだ、川淵チェアマンは正式な発表を
行ってはいませんが、彼らの、此処にいる彼らの願いが、届く事を願うだけで
す」
うん、そのとおりだ。
誠のやっちまったことは大罪である。観客にスパイクを投げつけるという行
為は確かに非紳士的行為というやつだ。
けど、浦和のサポーターのやったことは、観客の立場だからって許されるべ
きことではない。過激でなきゃサポーターじゃないっていう奴が最近増えてい
る、が、汚いやり方でチームを料理に導いても何にもならないのである。浦和
の代名詞は熱狂的なサポーティングである。それは結構なことだ。けど、行儀
良くしろとは言わないから、せめて、人倫に反することだけはして欲しくない
のである。
「サッカーは、都市と都市との面子を賭けた戦いだ! 」と力説する奴も知っ
てる。けど、そうじゃないと・・・・・・
おや? 画面に見たことのある顔が。
ジーコの目を盗んでここまで来たのか。目が実に真剣だ。
「マコちゃんは悪くないっすよ。ジーコさんだって怒る時は怒るんです。ま
だ若いんだし、穏便に済まして欲しいっすよ」
少年少女たちが、サポートチームの違いを越えて、彼のコメントに喝采をあ
げる。
本田泰人が画面に向かってニヤリと微笑む。本田は、この前のフリューゲル
スとの対戦で、誠の事をさんざ可愛がってくれた全身是凶器の、鹿島アントラー
ズのディフェンシブハーフである。
多分、この前見舞いに来た時に、何らかの友情が芽生えたのだろう。
そして、
さらに次に現れた顔は、あの事件の当事者なのに、堂々とした調子で群衆に
向かってアジテーションを始めたのだ。
今日は流石に赤ではないが、真っ白なバンダナをつけ、上半身すっ裸である。
右手に拡声器を持ち、彼らに向かって訴えるのだ。
吉沢康一の心はレッズサポーター代表というより、ウルトラスニッポン代表
として声にあらわれていた。
「俺たちは、12人目の選手だ! いいか! 我等が井上誠の処分を何とし
ても軽減または撤回させ、彼女を、いや彼をグラウンドに呼び戻すんだ! 」
画面からも、アジテーションに対してのどよめきが聞こえる。
「実をいうと、俺も誠や渚のことが・・・・・・ 好きなんだ! 是非とも浦和レッ
ズに欲しいくらいだ! 今度のキリンカップでアルゼンチン、フランスをぶっ
倒す為にも、誠の力が必要なんだ! こんな些細なことで、そりゃ俺達のせい
なんだけど、日本サッカー界の至宝を失ってたまるか! おい! 川淵! 永
久追放なんてアジなマネしてくれたら、これだぁ! 」
吉沢は、中指をビルのテナントへと突きたてた。
すると群衆の中から、奇妙な外国人の「マーコ マーコ」の叫びが聞こえて、
それは瞬く間に群衆全てに広がっていった。
聴き覚えがある。
お、おい、モネール・ダニエル・フェルナンデス。お前、練習はどうした。
テレビ画面の中で一人モネールだけが浮き上がっていた。隣にいる前園や渡
辺一平、森さえも霞んでみえる。
みんな、誠のこれからに対して真剣なのだ。
この勢いだと、永久追放なんて事になったら、たとえ4試合出場停止の処分
だとしてもタダではおかないだろう。
川淵チェアマンは、この叫びをどう取るのか・・・・・・ 。
画面はスタジオに帰った。その時、携帯電話のベルが鳴った。
「はい、伊丹ですが」
「伊丹さーん、大変! 誠が寮からいなくなっちゃったーーー! 」
「ホンマかぁ?! お、おおおおいっ! 」
渚は早口でまくし立てる。時々つまるから、俺も何度も聞き返す。
何度も聞き返した。わかるのは、誠が書き置きを残したということだ。
何処に消えたのだろう。
★
「心当たりは?」
「全部、いろんなとこに、電話したっ」
「なんか朝、おかしなこと無かった? 」
「そんなこといったって、見たのはランチん時だけ・・・・・・ 」
「ランチんとき、何かいうてへんかった? 」
「わかんないよ。だから此処に電話してんじゃないっ! 」
俺は冷静ではなかった。時々、とんちんかんな受け答えが見られる。
渚の声にも焦燥感がみられた。
あらゆる心当たりに電話して、最後はここだというのだ。全日空関係者のあ
らゆる旅客名簿にも名前がない。
「けど、沖縄に来るのにも時間がかかる。来たら電話するから・・・・ 」
「う、うん」
「じゃ、気ィおとすなよ」
「じゃ、お願いします」
電話がきれた。
あの阿呆が! 世話やかせるんじゃねぇ。
会長までが落ちつかず、リングの周囲を、煙草を蒸かせながらうろうろと
している。
「行方不明とは・・・・・・ あの子が自殺する事なんて考えられんが、ウチの息
子よりもトンパチじゃからな」
会長が腕組みしてつぶやく。
俺の考えうる誠の性格からすれば、その足でJリーグ事務所に向かって、川
淵チェアマンに直談判するか、浦和のサポータークラブの名簿をチェックして、
当事者のところに再び喧嘩を売りにいくか、どっちにしろ自分の選手生命やク
ラブの迷惑を省みない行為に出るのが妥当だといえた。
両親のいる沖縄に里帰りする事も考えられたが、それじゃあ女の子だ。誠が
泣きつくなんて考えられない。
怒りをぶつける何らかの行為にでるはずなのだ。
「もし、むしゃくしゃしたり、気分が胸糞悪かったら、どう出る? 」
答えの決まりきった質問を伸二君にしてみた。
「こいつらみたいになるだけでしょ」
リングのエプロンサイドには、何人もの犠牲者が、顔を腫らしてボロボロの
極みまで傷ついて気を失っている、そんな姿があった。
「むかついたら、殴れ! マコにはそう教えたんだけどな」
物騒な先輩である。
その先輩が、マットの上にあぐらをかいでいる。時々、グローブをじっと見
つめて、思い詰めて。
「来るんだよな。あいつ・・・・・・ 」
時計は4時を回っている。伸二と俺は、誠がきっと来ると信じて待ち続けて
いたのであった。
つづく