AWC JETBOY.8


        
#2607/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 5/ 6  11:27  (185)
JETBOY.8
★内容
              「JETBOY」
           第8話「RED HELL」

 大量の汗のにじむタオルを首に巻き、沖縄の空の下に俺はいる。
 ここんところ、渚の追っ掛けばっかりしていて、マトモに仕事をしている状態
ではなかった。久しぶりの、サッカー以外の「仕事」である。
 渚にしばし会えないのは淋しいことだ。渚も、一週間後会えるというのに、わ
ざわざ羽田まで見送りに来てくれた。
 だからこそ、彼女の事は忘れて仕事に打ち込まなければならないのだろう。
 自動ドアが開いた。クーラーの効いている部屋を想像したが、これは耐えられ
ない。サウナ状態だ。
 「右、右! よしっ、そこだ!」
 ヘッドギアをつけてのスパーリングだが、実戦と何も変わりはない。肉体を叩
く心地よい音と、会長のダミ声がやかましいくらい耳をつんざく。
 「うぉぉぉっ!」
 野太い掛け声と同時に、一撃、そしてスパーリングパートナーが倒れた。褐色
の肉体が仰向けになった。
 「よしっ、休憩だ」
 トレーナーがヒゲモジャの男の汗を拭き取る。このヒゲモジャの男がメキシカ
ンのパートナーをブッ倒したのである。
 「平山さん、お久しぶりです」
 「伊丹さんこそ、日本タイトル以来ですね。楽しみにしてましたよ」
 ヒゲの奥には童顔がある。笑うと少し可愛いかもしれない。
 平山信夫に会ったのは、3年前の日本タイトルマッチ戦以来である。その時、
彼のファンとなり親交を深めていった。現在ではWBCウエルター級世界1位に
ランクインされている。「コブラ」というニックネームを持つ、接近戦に長けた
インファイターなのだ。
 2週間後、パウエル・ウイテカーとの試合を控えていた。その為の猛練習であっ
たわけだ。
 平山の体は、メキシカンの如く寸胴で頑丈な造りである。日本人には厳しいと
いうこの階級でここまでこれたのも、彼の鍛練故であった。
 「ウイテカーなんぞ、これで葬ったりますよ」
 力コブの右腕は説得力が実にある。
 久々の知人に会えることは、それはそれでいい事である。しかし、どうも渚の
事が、ついでに誠のことも気になっていた。
 駒場スタジアムの浦和対横浜フリューゲルス戦の模様がBS−1で放映される。
ま、心配することはなかった。今日は苦にせず勝てるだろうと。
 好事魔多しっていう諺の事なんて考えずに、夜の中継を待った。
                 ★
 だが、平山のジムの会長が俺を食事に誘った。
 とりあえず本社へ送る分のインタビューは済ましたのだが、もう少し突っ込ん
だ話を聞くのもいいかもしれないし、無料飯だ。この話のオフレコの部分は、
匿名で「噂の真相」にでも売り込んでしまえばいい。
 そんなわけで、Aサインバーとかつて言われた所の扉を開けた。
 意外というか、清潔であった。
 Aサインといえば、かつて麻薬密売と公然売春の巣窟であったが、今では、米
軍関係者以外でも堂々と店内に入れる。会長は、ここでウエイターをやりながら
米軍の関係者から拳闘を教わったと言った。無論、ストリートファイトという形
式なのだが。
 今では此処は、健全なスポーツバーとなっていた。けど、アメリカである。フッ
トボールやNBA関係のモニュメントの装飾が目立った。
 だがしかし、此処でもJリーグの人気はかなりのものであった。会長もJリー
グの試合は興味があるみたいだ。大型モニターは浦和対横浜フリューゲルスの選
手入場シーンを映し出していた。
 店内に口笛と拍手が沸き上がる。渚と誠は地元の英雄であった。
 「チバリヨー! マコちゃーん」
 会長の声が一番響いている。周りの客からの「いいぞ」という声が耳に届いた。
ここの人は陽気だ。酒が入るとますますそうなるみたいだ。
 タンドリーチキンをかじる。少しスパイスが効き過ぎてる。
 テレビ画面には、今日の先発イレブンのテロップが流れていた。
 「おおおっ」 事情を知る俺の驚きである。今日の顔触れはいつもと違ってい
た。
 先日の試合で、前園とエドゥーが警告3枚で今日の試合に出れないことは知っ
ていた。その影響だろう、誠が背番号10を付けてこの試合の指令塔という地位
に就いていた。背番号5は山口素弘、背番号7はルーキー原田がつけている。
 「お兄さん楽しそうね。そういうのが好み? 」
 俺の隣に、露出度の高い、化粧のけばけばしい女がやって来た。
 「俺は姉さんを買う気はないよ」
 「別にぃ、あたいは2万チョイでもいいんだけどさぁ」
 あっさりと安値を出してきた。こういう女は馬脚を現す。買う必要もない。
 それよりも、渚である。試合に夢中なふりをしていたら、知らぬ間に女は別の
男と交渉を始めた。
 「勿体ねぇな」と会長はパイプを吸いながら言う。
 「成美程度だったらね」
 画面の駒場はキックオフから3分が経っていた。此処はアウェーのスタジアム
である。店内のドルビーステレオから聞こえるのは、「ゲットゴール福田」や
「うらーわレッズ!」一色である。この前作った「虹の彼方に・フリエバージョ
ン」は微かにしか聞こえない。
 フリューゲルスは押し気味に試合を進めていた。
 とにかく誠が生き生きとしているのが判る。レッズの当たりの弱い中盤を簡単
に突破して、前線にボールを送り込む。
 その足技は、足首から爪先まであらゆる部分を使って、敵をあざ笑うようにし
て繰り広げられていた。テレビの画面で見ると,それが実によくわかるのだ。粗暴だが、実に乗り気である。ここの熱気
は三つ沢の横浜ジェッツのものとは性質が異なるが、不健全なぶん情が入ってい
るのが判る。
  俺が、店内の雰囲気について有るがままを述べた。その会長の答が興味深いも
のであった。
 「兄さん、ボクシングでもそうだが、一番真剣な客っちゅうのは、自分がセコ
ンドになった気分で「右!みぎみぎぃぃっ!」とか「よし、回り込め!」とか言っ
てくれとる奴や。後楽園はこの手合いが多い。兄さんもその一人やったな」
 パンフを片手に、後ろの客の迷惑も省みずわめき散らしていたのは、かつての
自分である。照れ笑いしかなかった。
 そういえば、駒場は喧騒に常に包まれている。審判が不可解な判定をしたりし
た時はブーイング以外に、此処では言えないような野次が飛び交っているのが判
る。ここのサポーターも情念が深いのだ。
 ゴール裏の「WELCOME TO RED HELL」という横断幕はその
情念に粋っていうエッセンスを加えたものであろう。「赤い地獄」とは、サポー
ター達のこの世の果てなのかもしれない。
 試合はフリューゲルスが圧倒的にボールを持ち、レッズを弄ぶ姿だけが画面に
現れていた。
                                    ★
 話は酒と友達になっているうちに、どんどんと進んでいった。会長の息子さん
の話が酒の肴になっていた。
 「息子さん、本当にボクサーになるつもりなんすか」
 少し照れながら会長がつぶやく。
 「ワシは現役ん頃、結構苦労した。同じ階級にグシケンがおってな、ワシは、
なんとしてもグシケンに勝ちたかったが、結局一度も勝てんかった。だから、息
子は決してボクサーなんぞしたくはなかった。受験勉強ちゃんとやって、いい学
校に行ってくれたらと思ったんじゃが、あいつ、出来の悪いとこは、しっかとワ
シ譲りじゃった。気の短いとこもワシゆずりじゃし、ポリの厄介になる前に人を
あやめても文句言われん仕事させるしかなかったわい」
 息子さんは、板金工の手伝いをやりながらプロを目指しているようだ。マスター
に息子さんの事聞いてみた。この街でのおぼえは良くないようだ。中坊の頃から
この店に出入りしていたみたいだ。
 テレビ画面の方は・・・・・・  おや?まだ得点が入っていない。再三好機は作って
いるのは判っていたが、どうして?
 「ナギちゃん、全然元気無いな」
 会長がつぶやいた。
 「あの子、何か悩んどるな。人の事まで真剣に悩む子じゃからなぁ」
 「会長! 渚の事知ってんですか? 」
 意外だ。沖縄本島も狭いが、世間はそれ以上に狭い。
 「知っとるね。マコちゃんがよく、練習しに来てたから、ナギちゃんが迎えに
きとった」
 あの過激なチャージは、なるほどそういうわけか。
 誠とボクシングについて聞いてみた。
 会長は、少し首をひねり、まずスコッチをグラスで一杯、一気にあおってから、
話を始めた。
 「あの子が中二んころかな。真剣な顔で、強くなりたいから練習させてくれっ
て、直談判してきおった」
 「中二? そりゃどおして? 」
 「理由を尋ねたが、口をへの字にしながら思い詰めた感じでな。認める気は無
かったが、担任から事情聞いて、ま、仕方ない思って認めた」
 事情が気になったが、それはプライベートの侵害ってやつに係わるものだ。そ
の件については聞かなかった。
 「けど、マコちゃんはサッカーやってたせいか筋はよくってな、基本は一ヵ月
で身につけよった。次ん月には、練習生をボロ雑巾のようにいたぶってたわ。ウ
チんとこの餓鬼も、マコちゃんによう殴られとったわな。さすがのあいつでも、
マコちゃんには頭があがらん」
 喧嘩だけは避けた方がいいな。
 「ああいう子をヨメに迎えたいもんじゃったが、あの子にはあの子の事情があ
る。あいつもそん事ばよお判っちょったから、自分の女にはしようとは思わんかっ
たけどな」
 画面の中の誠を見つめながら、ため息一つ。
 「マコちゃんが男だったら、今頃は平山よりもはよお出世しとったな・・・・・・ 」
 もう一つ会長がため息をついたとき、店内に大きなどよめきが起こった。
 画面を真剣に見る。なんと殴り合いの喧嘩の光景だ。白いフリューゲルスのユ
ニホームを着た小柄な子、誠が、制止する渚を振りほどき、グラウンドに乱入し
た浦和レッズのサポーター数人と立ち回りを演じているのだ。
 店内は皿やジョッキが飛び交い、騒乱状態である。
 「そこだーっ! マコトっ! 」
 「失せろ! 浦和ん餓鬼ぃ! 」
 誠が、三人四人と、乱入する浦和サポーターを殴り飛ばしている。警備員どこ
 「マコちゃん! 蹴ったれ! 」 会長も相当キテいる。
 怒号と罵声の中で、「またやったんか」という言葉が漏れた。
 数十分間混乱した後、ようやく騒ぎは納まった。
 そして、誠の目の前には一枚の紙切れが突き出された。

 レッドカード! 退場処分!

 外が騒がしい。他のAサインバーでもこの件の騒乱が起きている。今日の那覇
市は治安的に混乱の極みに達するだろう。
 俺は会長を置いてけぼりにして、駒場の知り合いんとこに電話をかけた。
 「もしもし! 伊丹だけどよぉ、どぉなってんだこれ! 」
 現地駒場の新聞記者が即答した。
 「井上誠が井上渚に対する野次にキレちゃって、浦和んとこのサポーターとこ
に、自分の履いてたスパイクを投げ込んだんすよ。一部のサポーターだったんす
けど、酷い野次で」
 「どんな事言ったんだぁぁっ! 」
 「四文字! もう公には言えん! 」
 「阿呆かぁ、あいつら! 」
 俺もキレた。電話機が壊れても、それは浦和のフーリガンのせいである。
 しかし心配だ。下手したら没収試合も致し方ない。アルシンドの例からしたら
四試合が妥当だ。
 下手をしたら・・・・・・
  携帯電話のベルが鳴る!
 「もしもし、伊丹っすけど! 」
 「伊丹さーん、どえらいことになりましたーー! ウチのトンパチな連中と浦
和の暴徒がドツキ会ってますぅぅっ! 」
 卑語の連発は事実のようだ。横浜ジェッツの奴からの電話はそうである。

 今日は混乱して話にならない。全ては明日判る。
 誠ぉぉぉっ、なんてことやってくれたんだぁぁぁっ!

                          つづく




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