AWC JETBOY.7


        
#2606/5495 長編
★タイトル (EXM     )  94/ 5/ 6   7: 6  (196)
JETBOY.7
★内容
              「JETBOY」
             第7話「虹の彼方に」

 市原臨海競技場の夜は蒸し暑く重苦しくその時間を進めていった。
 バックスタンド中央にある電光掲示板が映し出す記録を見るかぎり、それは
サッカーの試合とはいえなかった。高校野球の一回戦そのものだ。実力差があ
り過ぎて試合のダイゴ味を削いでいる。7−1、それはちょっとないんじゃな
いか?
 市原の観客は蒸し暑さと相まって、随分機嫌が悪い。20分前からハレルヤ
(ジェフ市原サポーターズクラブ)は応援を停止している。従ってきこえるの
は、フリエサポーターのサンバのリズムだけであった。
 フリューゲルス前田のシュート!
 ジェフ市原のゴールキーパー下川は外にボールをはじき返すしかなかった。
フリューゲルスのコーナーキックである。
 エドゥーはこれが11本目のコーナーキックである。
 渚はともかく、誠もゴール前に詰めていた。流石にこの点差じゃあ、守る気
も起きないのか。
 エドゥーのキック! 蹴った球はゴールポストより向こうのスペース(ファー
サイド)へと飛んだ。
 前田が頭で合わせようとするが、ジェフの守備陣にその点は読まれている。
 ボールは、誠が前田の前方に飛び込んで奪ってしまった。すかさず、ジェフ
の選手の背後にパスを出す。
 これは長年のプログラム通りである。渚がディフェンダーをかき分け、そい
つをゴールマウスにたたき込んだ。
 ゴールを告げるホイッスルが虚しく鳴り響く。渚だけがその空気を無視して、
喜びを体で表していた。
 14分、25分、28分、59分、そして89分、ひとりで5点も叩き出し
たのである。勢い余ってフリエサポーターの真っ只中に飛び込み、彼らの祝福
を受けていた。
 「眠ぅぅっ」
 やがて、この退屈な夜は終わった。フリューゲルスが大勝したのに不思議な
気分であった。
 携帯電話のベルが鳴る。この世で最もフリューゲルスを愛する男からの、ゴー
ル裏からの勝利報告であった。
 そうそう、考えておかなけりゃ。あの件・・・・・・・・
                ★
 翌日、俺は渚に呼ばれてフリューゲルスの寮へと出向いた。
 「伊丹さん、これぇこれ! 見て! 」
 渚が両手に抱えているのは、東京で発行されている六社のスポーツ新聞であ
る。前日、中日ドラゴンズが惜敗したトーチュウは、渚の活躍を一面に大きく
扱っている。報知も最終面にこの記事を扱っていた。
 「それとぉ、監督からプレミアム貰ったし、行こ、ユーロパーク! 」
 渚は、プレミアムとボーナスの50万円を貧乏な俺に見せつけた。たった一
日で一ヵ月過ごせるサッカー選手という仕事は、ジャパニーズドリームという
言葉そのもんである。
 パジャマ姿で飛び跳ねている渚の声を聞き、一平や前園までもが起き出した。
 「伊丹さーん、渚に静かにしろって言ってくださいよぉ」
 前園は一言残すと、また部屋へと消えた。
 それにしても渚は昨日からこんな風だ。横浜に来てからますますと女性化が
進行しているようである。
 「ユーロパーク、連れてってくれる? 」
 別に俺には仕事は無い。渚も今日のところはオフのようである。
 一応、誠の都合も聞いてみた。
 「誠は・・・・・・  気分が悪いから、じっとしてるって言ってた」
 なるほど。
 「今日は空いてるし、平日だし、女の子もあんまり来ないとおもうからさぁ」
 面白い。ユーロパークといえば、大船の工場跡地に出来たヨーロッパの町並
を再現したテーマパークである。パイロット体験アトラクション「リンドバー
グ」は祝祭日なら3時間待ちという代物だ。
 それに今日なら、渚にカツラをかぶせる必要も無いだろう。お忍びってのは
あまりいい気分がしない。ここ最近の渚は、四六時中女性ファンや一部の熱狂
的な男性ファンに囲まれて、スッピンでは身動きが取れないのである。
 「お弁当作ってくるから、僕の部屋で待ってて! 」
 渚は駆け足で賄いをしに食堂へ向かった。
 渚の料理の噂はフリューゲルス関係者の間では有名だ。服部なんて、渚を真
面でヨメさんにしたいと、その味を讃えたくらいである。
 時間はまだ9時だ。大船までは30分程度で十分だろう。渚の香りのするベッ
ドの上で、遊び支度をして待つことにした。
                 ★
 ユーロパークの客はまばらである。修学旅行生がたまにいる程度である。
  園内の道路は碁盤の目になっていて、ベルリン通り、アムステルダム通り、
マンチェスター通りなど、通りによって建物の様式も違う。
 俺と渚は、人通りの少ないモナコストリートに居る。ちなみにアトラクショ
ンは、この通りの南向こうにそびえている。ストリートのカジノアトラクショ
ンでポーカーなんぞやって遊んでいた。
 けど、このディラー強すぎる。自分の金は底をついた。渚から既に三万ほど
借りている。
 「伊丹さん、もう一万貸したげるから頑張って取り返そ」
 このディラー、バイトなんだろけど、ホンマモノの風格が漂う狸だ。このま
までは損する一方である。
 「渚ちゃん、君がやってみる? 」
 「えええっ! 僕、賭け事なんてやったことないしーー」
 「俺がいくらやっても勝てないし、俺も、これ以上君に借金させるワケには
いかないからなぁ」
 このやり取りを見て、ディラーがニヤリと渚に誘いをかけた。
 「お嬢さん、もし貴方が私との勝負に勝つことが出来たら、貴方のお連れの
方の今までの負け分、無かったことにしても構いませんよ」
 「ほんとぉぉぉぉっ! じゃ、やってみる! 」
 渚が、2万円ほどをコインに換金し、それを全額賭けた。
 ニヤリと笑ったあと、真剣な顔でディラーはシャッフルした。こんな子供か
ら金を巻き上げるとは、本当に冷酷な勝負師かもしれない。
 5枚のカードが渚の手に渡った。
 「うーん」
 複雑そうな顔の渚を見て、やっぱりニヤリと笑うディラーだ。
 渚は一枚替えた。
 二人の勝負は、まるで指令塔同士の対決を見ているようだ。
 ディラーが持ち札を明かした。6のスリーカードだ。
 渚がため息をつく。素っ気なく、カードを明かした。
 「ええっ!  」
 驚くディーラーの顔。ディラーは悔しさを紛らわすためか大笑いした。
 「お嬢ちゃん強いね。フォーカードなんて滅多にない。かける16倍だから、
さっきの約束と、そしてチップで買えるだけの商品を持って帰ってもらいましょ
う」
 渚が飛び上がって喜ぶ。先程までの不景気な面はこれこそポーカーフェイス
というものであったみたいだ
 しかしこのディラー、負けたまま渚を帰す様子は無かった。
 「私、全日空の頃からファンでして、一目あなたを見たときからファンになっ
てしまったんですよ。誰にも口外しません。渚さん、タキシードの裏にサイン
お願いしまーす。それにしても可愛い。女子高生と見分けがつきませんな」
 「あら、ばれちゃったのね」
                 ★
 今日は一日中、立てなくなるまで遊んだ。パスポート片手に「リンドバーグ」
も三度ばかり体験したし、ループコースターの「デンジャーアルプス」や、コー
ヒーカップの亜流「コンドルネスト」等色々なアトラクションを体験した。
 昼食の渚が作ってくれたホットドッグもおいしかったし、それに、デンジャー
アルプスで泣きつかれてしまったのもよかった。成美はそんな可愛い仕種なんて
してくれない。
 沢山遊んだ。夕焼け空が向こうに見える。俺と渚は風車の丘に寝そべって、と
りとめのない話をして時間を潰していた。
 夕暮れ時になって、次第に丘の上にナイター客が集まってきた。
 俺は、ひとつやってみたいことがあった。
 足は、もうくたびれてしまったけど、こんな時でもなんないと出来ないと思う。
 掌の中のサッカーボールをじっと見て、それから渚の方を向いた。
 「渚、俺にだな・・・・・・  サッカー教えてくんないかな」
 渚の、豆鉄砲くらったような顔がいい。
 俺は体育の時間以外ボールを蹴った事がない。かつて、少年野球教室で田淵に
教わったことはある。しかし、プロのサッカー選手と一緒にボールを蹴るのは、
はじめてである。
 渚が俺からボールを取り上げた。
 「伊丹さん、そう言うと思ってた」
 渚が俺のボールを遠くに蹴り飛ばした。そして、ボールの飛んだ方向を指さし
て手招きした。
 「あのボール、追っ掛けないと僕がもらっちゃうよ! 」
 「よぉし」
 おっかけっこというわけである。俺は一生懸命走った。運動不足で苦しいけど、
少し出た腹をゆらして走った。
 ボールは丘を転げ落ちていく。俺は下り坂を利して、絡まるくらいに走った。
 転げ落ちたボールは次第に速度を失い止まりつつある。「よし、貰った! 」
童心に帰った俺はそう叫んでいた。
 しかし、プロは甘く無かった。
 後1歩のところであった。ジェットボーイが加速を付けて、かっさらってしまっ
た。
 息を切らさずに、全くすごい。
 「伊丹さん、ざんねーん」
 そして、僕からボールを奪ってご覧と俺を焚きつけた。
 俺は必死だった。プロからボールを奪えたら一生の記念になる。誠みたいに上
手くはないけど、必死に頑張ってみた。
 渚の真顔が俺の瞳に映った。真剣なのである。足許においては丁重にあしらわ
れてるけど、顔は多分俺と同じだった。
 渚の汗の香りが俺の鼻孔を刺激する。女の子の、スレてない香りだ。
 結局、ボールは奪えなかった。けど、10分程度だったけど、勝てなかったけ
ど、俺は満足だ。
 渚もたっぷり汗をかいている。結構苦しめたのかも。
 「伊丹さん、上手だって誠に伝えとくよ」
 その一言は余計なリップサービスである。誠とサッカーをしたら、「基礎がなっ
てない」とか「そんな事でバテててどーすんの」とか言われそうで嫌だ。
 もう夕刻を過ぎて夜の時間帯に入る。チューリヒ通りへと俺達は足を運ぶ事に
した。
 それにしても、この顛末を「明星」に売り飛ばしたら随分なカネになるだろう。
けど、今日の事は秘密である。
 俺は、土産にオルゴールをプレゼントした。「ベネツィアポイント」には様々
な映画の主題歌のオルゴールが並んでいる。
 「オズの魔法使い」ってのが好きだった。渚も気に入った様子だ。このオルゴー
ル、JCBで買ってやることにした。
 けど、これには意味があった。それは明後日のお楽しみである。
                  ★
 三つ沢球技場はオレンジとスカイブルーの二つに割れた。
 それにしても、水色の割合が増えている。横浜ジェッツ(フリエサポーターグ
ループの一つ)の横に新しいサポーターズグループが幾つか姿を見せていた。
 全てに共通することは、井上兄弟のサポーターということである。特に、メイ
ンスタンド寄りの一団は、アイドルの親衛隊の如く野郎がものものしく構えてい
る。実は是、渚のサポーターズなのだ。
 火曜日のことだ。横浜ジェッツのリーダーから、渚の応援歌を作ってくれと依
頼された時は、俺の乏しい音楽知識で考え詰めたものだ。
 昨日まで寝ずに考えて、ついに発表の時を迎えた。
 選手が入場する。ジェッツのサンバドラムが唸りをあげた。
 雨上がりの空には虹がかかっている。うってつけの歌であった。
 シャペウラランジャの「フォッサ・エスパルス」をかき消すように、渚のサポー
ターズソング、「虹の彼方に・フリエバージョン」が渚を後押しした。

 JETBOY  LaLaLaLarLa   NA.GI.SA!
 JETBOY  LaLaLaLarLa   LaLaLa NAGISA!

 渚が観客に、そして俺に手をふってくれた。
 この歌は俺のオルゴールよりも励みになるはずだ。渚も今日は一段とプレーが
冴えている。
 決めた。今度は誠も一緒に連れてってユーロパークに行こう。そしてオルゴー
ルを買ってやろう。
 実を言うと、誠の応援歌の依頼も受けているのである。試合の流れをじっと見
ながら曲目について考えている。
 どんなオルゴールになるかは判らない。けど、不安だ。
 あいつのオルゴールボックスは、プレー同様高くつきそうである。
 そうこう考えてるうちに、渚がはやくもゲットした。歓喜のサポーター達の歌
声がまた拡がる。
 歌声は、遠い虹の彼方までひろがっていった。
                           つづく




前のメッセージ 次のメッセージ 
「長編」一覧 たっちゃんの作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE