AWC 月夜話、其之四 「 小さな冒険 」 (1/3) ■ 榊 ■


        
#2760/3137 空中分解2
★タイトル (HHF     )  93/ 1/31  10: 5  (142)
月夜話、其之四 「 小さな冒険 」 (1/3) ■ 榊 ■
★内容


   夏休みに入って間もないとある夕方。
   食事の後片づけもおわり、自室の部屋に戻り机についた舞姫<マイヒメ>は、学校
  に体操着を忘れていることに気がついた。
  「いけない。早くとってきて洗濯しなくちゃ」
   滅多なことでは失敗をしない舞姫だが、この程度の忘れ物をときどきしてし
  まう。自分の頭をぽかっと叩くと、すぐに気を取り戻して部屋をでた。思い立
  ったら行動するあたりは神無月家の特徴のようで、そのまま舞姫は階段をとっ
  とっとおりていく。玄関につくと、靴をはき紐をきゅっと縛った。
  「あれ? 舞姫さん、お出かけですか?」
   舞姫にこんな律儀な敬語をつかう住人は、つい最近この家に居候することに
  なった芳春<ヨシハル>しかいない。テレビを見ていたようで、台所から萌荵<モエギ>
  と一緒にひょっこり顔を出していた。
  「あっ、うん。学校に忘れ物してきちゃった。取ってくる」
  「今からですか? もう、暗くなりますよ」
   夏とはいえ、もう闇があたりを覆う時間になっていたが、靴をはき終えた舞
  姫はすっくと立ち上がると首を横にふった。
  「この街で私を襲う人はいないわ」
   姉の萌荵がうんうんと首を縦にふる。舞姫自身の要因も含め、姉妹、知り合
  いの要因も含め、舞姫に手を出せる人はそうはいない。
   そういえば以前、母親と一緒に買い物をした帰りに、その財布をバックごと
  盗んだ人がいたが、横にいた舞姫が持っていた大根を相手の頭に投げつけて捕
  まえ、4才にして警察官に褒められたことがあった。「物をぶつけて褒められ
  たのは、あれが生まれて初めてね」と、後になって舞姫は言ったものである。
  「それに、まだそんなに遅くないわ。いってきますっ!」
   短いきれいな髪をさらっとなびかせて、舞姫は飛び出していった。
  「あっ、僕もいきます」
   つい体が動いてしまう芳春を見て、萌荵は嬉しそうはやしたてた。
  「二人でいってらっしゃぁい! 遅くなってもいいわよぉ!」
  「うるさいわね! 萌荵っ!」
  「萌荵さん、いってきます」
  「気をつけてね」
   萌荵に見送られながら、二人は夏の夕闇の中へ飛び出した。


   この街は、少し変わっている。
    見た目にはほとんど他の街と変わらないのだが、ときおり不思議なことが起
  こる。座敷童子や河童を子供が見たと言うと、「小さい頃は、見えるものよ」
  と親が答えるような、そんな不思議なことがそこらに転がっている。占い、祈
  祷師、お祓い、神社、巫などが多いのはその副産物みたいなもので、神無月家
  も古くからある名家だった。
   夜が近くなり、街が青一色に染まるとき。外の大気は、まだ体の中から暑く
  するような熱気を含んだ中、舞姫と芳春はすぐ近い学校までの道を、二人っき
  りで歩いていた。
  「舞姫さんは、更紗<サラサ>さんのように何かできるのですか?」
   芳春は、神無月家三姉妹の長女の名を出した。以前、この人に母親を降霊し
  てもらったことがあった。
  「あの時みたいな?」
  「はい」
  「基本的にああいうことができるのは、更紗だけ」
   ちらっと流し目をする舞姫の顔は、笑っていた。その美しい笑顔が自分に向
  けられたものかと思うと、芳春はちょっと嬉しくなった。
  「でも、偉大な守護霊のついている萌荵とは違って、私はちょっとだけ護身術
  程度のものは教えてもらっているけど、使ったことがないわ」
  「そうなんですか?」
  「だって、そんな術が必要だったこと、芳春君はある?」
   自分の名前を初めて呼ばれてどきっとしたが、何もなかったように装う。
  「ないですけど」
  「私も同じよ。私だけ特別ではないわ」
   芳春はふうんとうなずいた。
  「更紗は特別だけどね」
   相変わらず十分に皮肉が込められているようなので、芳春は少々方向を変え
  た。
  「萌荵さんには、強い守護霊がついているのですか?」
  「あの人は、霊にも好かれるのよ」
   舞姫の表現は何となく萌荵にぴったりと合うような気がして、芳春はちょっ
  とだけ笑った。
  「ただ、あんまり強い霊が周りをおおっているから、萌荵は霊感っていうのが
  ないの。更紗がいないと、幽霊とか見えないんだって」
  「そうなんですか」
  「でも、その方が幸せよね」
   舞姫と話すと一つ一つが新鮮に聞こえて、芳春は思わず感心するように深く
  うなずいてしまう。そして舞姫はその姿を見て、微笑んだ。
   夏の夜道は暖かくて、お湯の中を歩いているような不思議な浮遊感がある。
  銭湯に行った帰りに、まだお風呂の中に入っているようなあの温かい感じ。
   蹴った石の音が、冬に比べて、まるく響きわたる。
   ちょっと汗ばむくらいなのに、ふと駆け出したくなるようなアスファルトの
  道を、二人は笑いながら歩いていた。
   いつも通っている学校はもう、目の前にあった。


   ちょうどその頃、校舎の中でちょっと不思議な起きていた。
   3階の廊下に、ゆらゆらと陽炎のように大きな「顔」が浮かんでいた。
   小学生ぐらいの大きさのただの「顔」は、髪の毛がほとんどなくて不要なほ
  ど目を大きく見開いていた。
   口をむっと曲げ、浮かんだままゆっくりと廊下を渡っていく。
   それが自然なことのように、ゆったりと。


   正門は閉まっていたが、裏門の横にある教員用の小さな門は開いて、二人は
  その門をくぐって学校の中へ入った。
  「実は、以前も入ったことがあるの」
  「学校にですか? 恐くなかったですか?」
  「別に。でも、その時は萌荵がついてきてくれたけど」
   学校はかなり静かだった。虫の鳴き声も聞こえない。ただ、ひとつの外灯が
  校舎の大きな壁を照らしだしていた。
   舞姫にとっては芳春が横にいて、芳春にとっては横に舞姫がいる。大きな闇
  と静寂は心の中にわずかな不安を作りだすが、舞姫と芳春はそれよりも大きな
  安心感に包まれていた。
   恐さを紛らわせるような口笛も吹かず、かといって沈黙してしまうでもない。
  大きな静寂を壊さないように、二人は静かに語り合いつつ、校舎のあいだの小
  道を歩いていた。
   大きなコンクリートの壁。そして、グラウンド。背の高い外灯が、二人の影
  を小さくまとめる。
   視界の端に、ちょっと欠けた月がゆらゆらと、雲の中に身をまかせていた。
   ウサギ小屋を曲がると、そこには大きな校舎が広がっていた。その校舎の片
  隅には、開け放たれた扉があった。
  「よかった。やっぱり開いてた」
   二人はそうして、暗い校舎の中へ入った。不思議とどちらからともなく、声
  をださなくなった。
   外よりも暗い闇も、目がなれればそれほど困ることはなかった。入ったすぐ
  の階段を2つ、3つ上がっていく。毎日歩いている階段は、夜はまた静かない
  つもと違った様子でそこにあった。
   ちょっとだけ息が上がりかけてきた3階で廊下へわたると、一本の長い道は
  窓からの月明かりで美しく浮かび上がっていた。
  「……きれいね」
   静かな一言はあたりにしんっと広がり、心の中へとどいた。
   そして、横を見る。舞姫の横顔をのほうがずっときれいだと、芳春は思った。
   廊下を歩き、二つの目の教室に入る。舞姫の机は窓側の後ろの方の席だった。
  机の横にかけてある体操着のはいった袋を手にとり、ほっとしたように舞姫は
  抱きしめた。
   月がかげったのと、舞姫の動きが止まったように見えたのが、だいたい同じ
  時だった。
  「舞姫さん?」

   .......ァ...

   様子がおかしかった。目がうつろで、何も見つめていなかった。
   そして、何かを唱えていた。

   ...ァーマァ...シャダ..

   芳春は見た。
   教室のちょうど反対側の壁から、何かがとおり抜けてくるのを。
   「顔」
   ただの、大きな「顔」。
   その「顔」が、口をかっぽりと開けた。
   芳春の背中の毛が、立っていく。
   こわい。
   心臓がトクンっと音をたてた。





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