#2730/3137 空中分解2
★タイトル (RMC ) 93/ 1/19 12:41 (197)
海鳴りのスローバラード 11 〈トラウト〉
★内容
§
北山が、倒れていた白樺の皮を剥ぎ、焚火にくべると、消え入りそうな炎がまた
大きくなった。
降り積った雪と流れのみ。真冬の千歳川は、墨絵のようなモノクロの空間だ。
「あったかーい」みなみが手をかざした。
「・・・・濡れたか?」
「ううん、大丈夫です」みなみがズボンの裾の雪を払いながら答えた。
「いつだって、ここなんですね北山さん」
「ん?うん」北山が答える。
みなみがコートの衿をたてて「寒いですねここ。あの雄冬岬−−思いだしちゃう」
と小さく笑った。
「・・・・シマキンに渡したよ、辞表」みなみの方を見ずに、北山が呟いた。
「そんな、北山さん」
「俺が言う事聞かないっていうの、わかったろ」
「・・・・でも、北山さん辞めたら・・・・」言いかけると、北山が突然「あん時は、気が
強そうだから採用したんだよお前の事。企画書なんてひでえもんだった」と言った。
「あっ!」みなみが唇を噛んだ。
「だけどな、気が強いだけじゃなくてな、お前優しいよ」
「ふふ・・・・もう一回触りたい?」みなみがおどけて、胸のボタンに手をかけた。
「よせよ」北山が笑った。
「・・・・北山さんステキだったわ」
「番組か、邪道だよあれは」
「えっ?」
「俺は、今時の音楽じゃ心が動かなくなったんだよ」
「・・・・・・・・」
「ここにこうしている方が、まだ少しは心が動く。人間が好きだ。自然が好きだ。
その上での音楽なら多分俺は好きだ。いらないよなそんなのFMには・・・・年齢って
言うんじゃなくてな、ヘンに大人になった俺に若い連中の為のFMなんかが出来る
わけがないと思ったよ」
「・・・・・・・・」
「みなみ、お前も俺と一緒に辞表出せ」
どういう事なのか?みなみは北山を見つめた。
「ほら、これ」北山が封筒を差しだした。
「二○○万程入ってる、何も言うなよ」
「・・・・・・・・」
「お前は、いいディレクターに成れると思う。その金でニューヨークに行けよ。
俺の友人を訪ねてゆくんだ。全部そいつがやってくれる筈だよ。アメリカ中を旅
してFMを聴いて、コンサートを見まくるんだ、半年ぐらいは持つだろその金で・・・・
行ってこい」
「・・・・・・・・」
「いいから、な」
「北山さん!」
「何にも言うなって言ったろ」北山がみなみのポケットにその封筒を押込んだ。
「・・・・・・・・」
「そうだな・・・・例えば、みなみが仕事に夢中になりすぎて、知らない間に気が強い
だけのオバサンなって・・・・誰も男が近づかなくなったら、俺んとこに来いよ。待っ
てるよ」北山はそういって笑った。
「北山さん!」
「送ってやるよ、今日は家まで、特別にな」
「有難う・・・・ほんとうに」
彼女が深く頭をさげると「一回触って二○○万だもんな、高いオッパイだな」と
北山がまた嬉しそうに笑った。
§
みなみは、それからニューヨークにわたり、北山に紹介された人物を訪れ、ブロ
ード・ウエイから少し離れた、リバーサイドパークの脇に小さな部屋を借りた。
目的は、毎年夏にセントラル・パークで、連日行われる野外ライブをすべて見る
事。そして、数百にも及ぶFM局の番組を研究する事であった。
それに、シマキンが最後にいい所を見せたという事か、彼女が渡米する前にT−
WAVEの制作部長に手紙を書き、彼女を紹介してくれたのだ。
彼女は、意味も理解出来ぬまま、ひとまず東京に行き、その制作部長に会った。
後日、T−WAVE側の返事は、それがテストという事なのか−−ニューヨーク
でのリポートを毎月東京に送るようにという事であった。
そんなこんなで、ようやく彼女のニューヨーク暮しが始ったのだ。
野外ライブの方は、廉価なチケットで、日本ではまず見る事の出来ない人気アー
チストを連日見る事になり、それは感動の日々であった。だが、肝心のFM番組の
方がどうも・・・・なのである。
確かに黒人女性などのセクシーな声には、相当な魅力があるとは思った。しかし
それにしても−−彼女をそのまま日本に連れていったとしても、難解な俗語と、言
葉のしゃべりすぎで、日本のリスナーには歓迎されないと思った。
みなみの英語の理解力のせいもあるのだが、それは日本の平均的リスナーとて同
じ事なのである。
一方、今の日本を席巻しているとも言えるT−WAVEなのだが、さすがに敵も、
みなみと同じ様に、そのままN.Yの番組が日本に通じるなどとは、考えていなか
ったのであろう。彼女が日本を去る時に聞いたT−WAVEのモットーが〈ノンス
トップミュージック&トークレス〉という事だった。
つまり英語の〈響き〉のみを電波に乗せ、それも〈音楽の一部〉としてオンエア
ーしているのだと、彼女は理解した。
英語はいいのだが、分らない事を長くしゃべってはいけないという事。日本での
英語放送はファッションだけで中身がない、というのが彼女の結論であった。
それからの彼女は、まったくFM番組を聴かなくなり、そのセントラルパークの
ライブのみを見て過した。
数カ月たつというのに、そのリポートも一切ださずに−−である。
やがて、秋になるとそのライブも終り、さすがに彼女もあせり始めたのか。とり
あえずはグレイハウンドバスのフリーパスを購入し、アメリカ中を旅する事にした。
東西南北、どこまでも地平線の続く、気の遠くなるようなアメリカの田舎を旅し
た彼女が、意外にも感動したのは、そこに流れるローカルのFM番組であった−−。
早速、彼女は、そのスタジオをいくつか訪れた−−まではいいが、揃いも揃って
その形態にはかなりびっくりさせられた。
大抵が普通の一軒家に、ただアンテナが立っているのみ。そこにいるスタッフも
下手をすると一人。つまりミキサーもいなければディレクターもいず、ワンマンD
Jという安易さだ。しかし、そのワンマンDJがものすごい人気なのである。
その殆どの番組がコンボイ、つまり大型トラックを運転するトラッカーなどを対
象にしたもので、話題はもっぱらその地域の情報や、人の噂。また、卑猥なまでに
下品な性の話しなど、かなりいい加減なものではあった。
しかし、それがまたカントリーソングなどに挟まれているせいか、まったくカラ
ッとしており、その地域地域に非常にマッチし、完成されているのだ。
それからの彼女は、夢中であらゆる州のローカル番組をオンエアチェックし、そ
の都度、そのリポートをバスの中で書いては、旅先から東京のT−WAVEに送り
つづけた。
当のT−WAVEもさるもの。ここ半年ばかりで、英語のみのノンストップ・プ
ログラムに〈限界〉というか〈疑問〉を感じていたのだ。
かと言って、AMのような漫才も出来ず〈次の時代のFMは何か?〉つまり、こ
れが最大のテーマという時期に至っていた。
言うまでもなく、それはみなみの考えと、まったく方向が同じであった。
数カ月後、ニューヨークに戻った彼女のアパートメントに『T−WAVE制作部
は神崎みなみ氏をディレクターとして歓迎致します』というエアメイルが届いてい
た。
やはり、それは嬉しかった−−。
すぐその足で帰国した彼女は、東京に住まいを借り、札幌の面々や出来事など、
忘れたかのごとく、ひたすら番組作りに没頭した。
数カ月後には、アメリカでの経験−−肌で感じた事をまとめ、制作会議上でT−
WAVEの新テーマ〈東京ローカル〉を提案し、与えられた時間枠を最大限に活用
し、その事を実証して見せた。
そして彼女は、次第にT−WAVE全体の業績すら上げていく程になっていった。
§
東京・赤坂プリンス/扇の間。
きらびやかなステージ上で日高飛馬とそのグループが熱演をしている。
観客は各レコード会社、それに全国各ネット局の面々。
会場には横田の顔がみえる、シマキンも来ているようだ。
しかし、どうやら今日の主役は飛馬ではない。飛馬の歌が終ると同時に会場が暗
転となり、ステージ上手にスポットがあたった。
間もなく、そのスポットの輪の中に、マニッシュなスーツをさりげなく着こなし
た美女が登場した。
飛馬が再び現れ、その女性に大きな花束を渡すと、会場中に拍手がわき起った。
その女性は、会場のお客に軽く会釈を返し、中央のマイクの前に出、改めて背筋
をまっすぐとのばすように、凛と立った。
「本日はありがとう御座います。わたくし神崎みなみ、この度T−WAVEの取締
役編成制作部長を努めさせて頂く事になりました!」
胸元の飾りが揺れた・・・・ミヤマカケスの羽だ。
司会者が更に場を盛上げる「盛大なる拍手を!神崎みなみさんにぃ!」
再び拍手がわき起る
「有難う御座います、本日いらして頂いた、皆様におきましては・・・・・・・・」
会場中が静まりかえり、再び彼女の声を待った。その静寂の中で、彼女はフーと
息をはいたかと思うと、緊張をほぐすかのように、右足をちょこっと前に出し、腕
組みをして言った。
「いいかな、もう。私カッコつけるの似合わないんです。ねっ横チン!?」
横チンが柱の隅で吹きだした−−思いがけない彼女の出方に、会場にも笑いが起
きる。
「まだ二六才なんです私。女だてらにとか、そういうの嫌いなんです。だから可愛
がって下さい皆さん!そうしてくれないと困っちゃいますっ、ふふ」
また拍手が起きる−−その拍手を掌で彼女が制止した。
「照明さ〜ん、そこの柱の下にスポットあてて下さい!」
緊張した面もちで立っているシマキン、照れ笑いの横田がスポットライトに浮び
上がる。
「私ひとりでここまで来られた訳ではありません−−ノースFMの島田部長。大変
お世話になりました。本当に有難う御座いました」
観客が戸惑いながらも拍手をする
「それから私の愛すべき戦友・・・・横田さ・・・・・・・・」
あいかわらずのひょうきんさで、会場の緊張をといたつもりではあったが、そこ
まで言うと、やっぱり涙が出てきてしまった。
拍手の洪水・・・・彼女がまた顔を上げた。
「あ〜あ、やっぱり泣いちゃった」
また会場に笑いが戻る
「本当は抱きしめて、キスしちゃいたい人がいるんです。残念ながら今日はこの会
場に現れてくれませんでした。この胸のカケスの羽−−これは、その人がくれた私
の大切な勲章です」
−−拍手
−−拍手
−−拍手
・・・・海鳴りの音
−−天売島
−−おーいお袋っ!無線聞えるかぁ!天売の南西三○キロだ今。やったぞ本マグロ、
秋の本マグロだぜ!一匹三○○万円なりだぁ。へっへえー。
どうだよおい!それにこの船、八○○○万円なりの船!。こんなシケじゃ天売の
連中だって誰も沖に出ないってのによ、大したもんだ。ビクともしないぜ、びくと
もよー。はっはーっ。お袋っ!待ってろよ、親父の分ももう一匹釣上げてやらあ」
−−ああ?それでも月賦が足んないよってかぁ?はは、何匹釣りゃいいんだ何匹?。
ああっ?わかったわかった百匹だな!了解っ!了解致しましたあ−−。
今、天売にいる彼の胸にも、東京にいるみなみの胸と、おそろく、いや確かに同
じリズムが刻まれている筈だ。
船のエンジン、海鳴り、オロロン鳥の声。いや、今や彼の暮しそのものが、みな
みの成功と、まったく同種類の〈音楽〉なのであろう。
みなみは、遠く遥か東京でスポットライトを浴びながらも、その向うに北山の姿
が見えるような気がし、しばらく瞳を閉じていた。
そうして瞳を閉じていると、やがて、その拍手の音が海鳴りの音に変化し、その
海鳴りの中に、きっと、あの口琵琶の音が響きわたってくるに違いないと思ってい
た。
(END)
最後まで読んでくれて有難う。今後の為にご意見など聞かせて頂ければ幸いです。
1993/01 by K.Kiyosu