AWC 腰の曲がった男 3     永山


        
#2708/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 1/18   7:53  (163)
腰の曲がった男 3     永山
★内容
 それから待つこと三十分ばかり。もし住人に見られても、怪しまれないよう
に階段の影に身を隠していると、地天馬は急に行動を開始した。また後藤の部
屋のドアを開け、中に入って行ったのだ。時刻は午後十一時前。
「どうするん……」
「シッ! 黙って」
 地天馬がそう言ったのとほとんど同時に、何やら騒ぎ声がした。
「な、何をS……」
 どこか舌の回っていない、あやふやな口調であったが、それは叫びであった。
室内から聞こえて来る。
「よし、そこまでだ!」
 地天馬は遠慮もせずに、しかし注意深く、中に飛び込んで行く。私は呆然と、
玄関で立ち尽くしているしかない。
「だ誰?」
 秋元の声がした。オロオロしている。
「さあ、終わりだ。一度に三人の人間を殺して逃げおおせる自信がないのなら、
諦めるんだね」
「……」
「おーぃ。何やってるんだ、早く救急車を呼んでくれ! 警察にも連絡だ」
 地天馬は緊張を解いた声で、私に話しかけてきた。
「どうなってんだ、おい」
「説明はあと。早くしないか」
「……分かったよ」
 私は一階に行き、公衆電話を見つけると、言われた通りにした。そしてすぐ
に五階に戻る。
「どうなっているんだ?」
 改めて質問しながら、後藤の部屋を覗いてみると、当の後藤はのびていた。
「死んでいるのか?」
「いや、命に別状はないな。出血もしていないし」
「そうなの……。しかし、さっぱり合点がいかない」
「今、説明するのもいやみだね、犯人の目の前なんてのは。こちらがしたいの
なら、自分で真相を語ってもらうんだが」
 と、地天馬は秋元を目で指し示した。秋元はずっと驚き続けているような目
で言った。
「……分からん。どうして俺のやることがばれたんだ?」
「いいねえ、その態度。反省は必要だよ。だが、こちらの手の内は警察で聞く
ことになるさ」
 その内、パトカーのものらしいサイレンの音が聞こえてきた。

「さあ、説明してもらいましょうか」
 下田警部が言った。地天馬の話を聞きに来たのだ。地天馬は、私にもまだ説
明してくれていないのだ。
「たいしたものじゃないんだ。推理と呼べない、想像がほとんどだったから」
 地天馬は、彼には珍しいほどの謙虚な態度で始めた。
「まず、駐車場での事件だ。あれは、目撃者が一人の不可解な事件だろ。よっ
て、目撃者の何とかいう女学生は、犯人じゃあり得ない。次に」
「ちょ、ちょっと。もう少し詳しく」
「これ以上、詳しく? ふん、目撃者が犯人ならね、そんな、一見、彼女しか
犯人であり得ないような状況を作る訳がない。もっと、誰にでも殺せる状況を、
警察に証言するさ。これでいいね? で、どうして小野山某が死んだかだが、
目撃者の証言通りの事態が起こったならば、凶器が天から降ってきたとしか言
いようがない。恐らく、マンションの住人、それも四階か五階あたりに住む人
が、凶器となるような金属物を落としたんだろう。凶器が消えてしまったのは、
ロープなり紐なり、とにかく凶器を引き上げるような物が結んであったから。
だが、小野山を殺そうと思って、そんな金属物を落とす犯罪者がいるだろうか?
小野山に、思惑通り命中する確率は、かなり低い。どちらかと言うと、これは
事故の可能性が強い。何かの目的で紐を結んだ金属物を放り投げた人間がいた、
と考えるのがよさそうだ。
 もう一つの事件、つまり後藤何たら君の依頼の方だが、この奇妙な老人は、
明かに誰かの変装と思える。実際に見た訳じゃないから、断言するのは難しか
ったが、頭部が盛り上がっているとか石油の臭いがするとかの話を聞く限り、
変装っぽい」
「どうして?」
「だから、かつらをかぶっているんだよ、頭の盛り上がりは。石油の臭いって
のは、肌に塗っていたんだと思う。年寄りに見せかけるためにね」
「はー、なるほど」
「それで続きだ。手押し車を使ったのは何故か? 老人になりきるための飾り
として、手押し車を用いたのだろうか? いや、それでは主客転倒だ。どうし
て老人になる必要があったのか、から考えないといけない。はっきり言えば、
手押し車を使いたいがために老人に変装したんだ。そうして最初に戻る。手押
し車を使った理由に。依頼人の証言から、僕は、老人に変装した人間は、マン
ションからある地点までの距離を測ろうとしていたと考えた」
「えっと、どんな証言があったかなあ?」
「手押し車の車輪が壊れたみたいだって言っていたろ! 老人を助けるための
道具が、そんなに簡単に壊れるとは考えにくい。何か新たな部品を手押し車に
取り付けた結果、それが取れてしまったんじゃないだろうか。そして、その部
品て言うのが、距離を測る道具だ。おおっぴらに測ることのできない犯人は、
こんな奇妙な方法をとったんだよ」
「距離を測る道具と言いますと、どんな物なんです?」
 下田警部が口を挟む。
「そうですねえ、高校の体育用具にあったんじゃないかな。棒の先に小さな車
輪が付いていて、それの回転した距離分が数字となって表示される道具。あれ
みたいな物だと思いますね」
「ああ、マラソンコースの距離を測るのに使っているのを何かで見ましたよ」
「それは結構。さて、どこまでの距離を測っていたかだが、もちろん、ハンバ
ーガーショップの端までの距離だ。そこには何があったか? そう、ゆっくり
と回転している広告塔さ。ここまでの距離を測ることと、紐の付いた金属物が
どう関係してくるのか。ひょっとしたら、紐を広告塔の先に引っかけるつもり
なんじゃないだろうか。つまり、犯人は、後藤君を殺し、すぐに死体を運び出
せるように、マンション五階のベランダから広告塔までをロープで結び、死体
を移動させるつもりではないか。あるいは、泥棒という考えもあるのだが、あ
の夜、後藤君を訪ねるのは秋元一人みたいだったから、殺人の可能性がより高
い。泥棒は、複数でやるのがいいからね。
 今度の犯人はかなりいい加減な計画を立てていたと思う。最初、やり投げの
ように手でぶん投げて、広告まで届かせようと計画していたみたいだからね。
それでも、さすがに予行演習なしで実行するには不安があったのか、後藤君が
留守にするときに彼の部屋を借り、試してみた。そのおかげで、死ななくても
いい小野山が死んでしまった訳だ。犯人は焦ったろうね。全く無関係の人間が
死んだのならともかく、同じサークルの人間が死んだとなれば、後藤も警戒す
るだろう。犯人が後藤に対して何らかの悪感情を持っていることは、後藤自身
にも分かっていたはずだから、こちらの思惑を気取られるかもしれない。
 そこで犯人は、殺人予告という形にし、サークルの人間の誰もが狙われてい
るかのように見せた。
 まだ困る点がある。もう予行演習はできないという点だ。犯人は後藤君を狙
うのをあきらめるか、少なくとも、違う方法を考えるかもしれない。だが、犯
人が執拗に距離を測っていることを聞いた僕は、いや、この犯人は方法を変え
ずにやるつもりだ、と信じた。一番確実に紐を広告塔まで届かせる方法といえ
ば、空を飛んで行くことだから、ラジコン飛行機が思い浮かんだ。まあ、ラジ
コンでやってもよほど練習しない限り、無理だと思うけどね。外すときの問題
もあるし。
 それで、後藤君に聞いたら、彼はラジコンを持っていないと言う。となると、
犯人が自分で用意しないといけない。紐や金属物も自分で持って来るだろうか
ら、かなりの荷物になるはずだ。しかし、それを後藤君の部屋に持ち込む訳に
はいかない、不審に思われるから。どこかに、一時的に隠しておくはずだと考
えた。当日、僕がマンションを見回ってみたら、五階のすぐ下の階に、掃除道
具入れがあった。格好の隠し場所だ。念のため、そこをチェックしておいたら
当たったんだが、これは偶然だ。……他に何かあるかな?」
「君が、誰かが後藤を狙っているというのを気付いた、というのは分かるけど、
それが秋元だと分かる過程が、もう一つ……」
「ええっとだね、あれは、不精髭からの思い付きさ。僕も彼の顔をちらりと見
ていたからね、部室で。あれは石油による肌の荒れを隠すためのもんじゃない
かなって、想像してみた訳さ」
「ははあ。じゃあ、依頼人に対して、酒がどうのって聞いたのは?」
「後藤君は柔道やっていたくらいで腕っぷしが強い。秋元が後藤を殺そうとす
るのなら、毒でも手に入らない限り、相手を意識不明の状態にしたいと思うだ
ろ。睡眠薬か何かを使うのはまずい。屋外に死体移動するんだから、事故死に
見せかける状況が望ましい。その条件に最も合致しているのは、酒で潰すとい
う手段じゃないかな」
「なるほど」
 私が感心していると、横から下田警部が再び口を挟んだ。彼には、事件のほ
んのアウトラインしか分かっていないはずだ。
「それにしても、よく、秋元の犯行を食い止めましたね。後藤の部屋に鍵がか
かっていたら、間に合わなかったかもしれない」
「ああ、それね。後藤の部屋のドアが簡単に開いたのは、僕がテープを張って
おいたからさ。秋元が鍵をかける可能性は充分にあったから、それを防ぐ意味
で、ガムテープをちょっと」
「いつの間に、そんな細工をした?」
 私は当日のことを思い出しながら、質問した。
「最初に、後藤君に忠告を与えたときさ。あれは、後藤君に警戒心を与える意
味もあったんだけれど、他にも目的があってね。それがガムテープさ」
「用意周到ですなあ。しかし、秋元が後藤を狙った動機は?」
「そいつは下田警部、あなた方の仕事だ。僕は犯罪の形成され得る芽を摘み、
食い止めたまで。動機は興味はあるが、計り知れないですから。まあ、秋元の
このめちゃくちゃな計画から見ると、そう大したものは出ないと思いますがね。
何か超常現象的なことを言うんじゃないですか?」
「じゃあ、分かりましたら、お知らせしますよ。では、この辺で帰らせてもら
います。何かと忙しいものですからな」
 警部はそれから礼を述べると、本当に忙しそうに帰って行った。
 が、私にはまだ聞きたいことがあった。
「まだ分からないことがある。どうして、後藤は正直に、命を護ってくれって
言って来なかったんだろう?」
「それはさ、刑事事件みたいなのを頼むと、料金が高くなると思っていたんじ
ゃないの! ちょうど、僕達は直前まで料金のことを口にしていたし」
「ハハ。そうかもしれないね」
 実際、彼が料金をとったことはほとんどない。よく、下田警部や花畑刑事に
対して料金を請求するような口を聞くが、本当はもらっていないのだ。彼は全
く、金には無頓着なのである。
 だからこそ、私はこの事件の依頼人が来る直前に、料金のことで彼に提言を
していたのだ。
 そんな私の気持ちも知らず、地天馬は言った。
「しかし、こんなことで依頼人が命を落としていたら洒落にならんぞ。よし、
これからは料金は格安にしよう!」

−この章終わり−




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