AWC 腰の曲がった男 1     永山


        
#2706/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  93/ 1/18   7:46  (168)
腰の曲がった男 1     永山
★内容
「僕の住むマンションは、学生がほとんどのはずなんです。そういうマンショ
ンの周りに、こんなじいさんが歩き回っているなんて、気味悪いと思いません
か」
 肯定の答えを強制するような口調で、目の前の大学生が言った。
 依頼人は、私と地天馬がかなりの大声で、調査費のことで話し合っていると
きにやって来た。依頼人の名は、後藤竜夫と言う。何か武術をやっているのか、
立派な体格である。
「気味悪いとは思わないが、少し奇妙だ。その老人はどこかの住人と知り合い
という風ではないと」
 我が友・地天馬が、手を組み合わせるようにしながら聞き返す。
「そうです。一度、ずっと観察してみたことがあるんですが、あのじいさん、
どこからともなく手押し車を押しながらやって来て、マンションと隣のハンバ
ーガーズショップの間を何度か往復したかと思うと、またどこかに行っちまう
んですよ。マンションの誰かと知り合いなら、マンションの中に入ってもいい
はずでしょう?」
「手押し車と言うのは……」
 私は口出ししてみた。
「正式な名前かは知らないんですが、よくあるでしょう、ほら。おばあさんが
もたれかかるようにして歩いているやつです。疲れたら座れるようになってい
て。あの、乳母車を小さくしたみたいな」
「ああ、あれ。」
 私は納得が行った。代わって地天馬。
「あれは足が悪い人が使う物らしいね。そう言えば、おじいさんが押している
のは見たことがない。おばあさんばかりだ」
「そうでしょう? 僕がここに来させてもらったのも、それが不思議だったせ
いもあるんです。おじいさんが、それもあんな気味悪いじいさんが押している
と、気になります」
「さっきから気味悪いと繰り返しているけど、どう気味悪いって?」
 あごに手を当て、相手を促す地天馬。
「何か、異様にでかいんですよ、頭が。顔じゃあ、ありません。頭です」
 依頼人は、頭部の盛り上がりを手で表現して見せ、真顔で答える。
「少しばかり、上に盛り上がってる感じなんです。そんなに近くで見たんじゃ
ないから、はっきりと断言はできませんが。それと、その人の後を歩いたこと
があるんですが……」
「つけた訳?」
「いえ、たまたま、後ろを歩いていたんです。それで、変なにおいがするんで
すよ。石油みたいな油臭いのが」
「においが、その老人からしたってのは、間違いないんだろうか」
「……そう言われても、断言はできませんが」
 前と同じ台詞を口にする依頼者。どうも曖昧な点が多い。
「まあいい。で、何回くらいそんなことがあったの?」
「においですか?」
「いやいや、そのおじいさんが現れた回数だよ!」
「そうだなあ、五回か六回ってとこですかねえ」
 後藤は指を折りながら答える。
「他に何か変わったことはなかったかね?」
「そうだ、そのじいさんが出没したての頃、よく、手押し車の車輪が壊れたみ
たいでした。困っているというより、怒っている風でしたね」
「なるほどね。ところでさっきから気になっていたんだが、君の言うマンショ
ン、二週間ほど前に奇妙な事故が起きたところじゃなかったかな」
「ああ、ええ。ありました。マンションの駐車場で男が頭を殴られて死んだっ
てヤツでしょ。あいつ、僕と同じ大学みたいでしたが、親しくはありませんで
したから、詳しくは知りませんけどね」
 この事件なら、私も新聞で読んで知っていた。後藤は、「頭を殴られて死ん
だ」と説明したが、少し違うように思う。被害者は周囲に何もない、誰もいな
い場所で、頭部を砕かれるような感じで死んだのだ。まだ犯人は不明のはずだ。
 唯一の目撃者である被害者の女友達の話として、「二人でマンションを出て、
とめてある彼の車に向かったんだけど、私が部屋に忘れ物をしたのに気付いて、
彼が取りに戻ってくれた。一度マンションの部屋の明りがつき、また消えてか
ら彼が降りてきて、私が待っていた車に向かって来た」その途中で、突然、男
が倒れたと言う。駐車場の外灯が壊れていて、見通しが悪かったせいもあって
か、何も怪しいものは見かけなかったとも言っているらしい。
 その後、その女友達とやらは男の側に駆け寄り、ひどいけがだと救急車を呼
んだ。しかし、男は、救急車が到着したときには、すでに死んでいたと聞く。
その死因として分かったのが、頭のてっぺんを鋭い金属状の何かで砕かれたの
では、というものである。なお、被害者の男は小野山とかで、また女友達の名
は公表されていない。
「そういう言い方をするとは、ああっと、後藤さん、でしたっけ? あなたは
こちらの事件には何の興味もないと」
「そうですね、ないです。あんなのは警察に任せておけばいいんでしょ。それに、自分
はあの日、留守にしていたんです。部屋は友達に貸して」
「留守って言うと、何か用事でも?」
「ええ、まあそうです。それよりも自分には、あのじいさんのことが気になっ
て」
 後藤は率直に答えた感じだ。それに対し、地天馬は皮肉っぽく返す。
「それほど言うなら、君自身がその老人に聞けばいいのに、と、僕みたいな名
探偵は考えてしまうんですがね」
「それができないから、依頼に来たんです。僕ら学生は勉強に遊ぶのにと忙し
いですから」
 しゃあしゃあと答える依頼人。だが、これはおかしい。そんなに忙しいのな
ら、ここに依頼に来る時間もないだろうし、金も惜しいはずだ。
 しかし、地天馬は何も気にしていないかのように、
「よろしい! では、明日から僕らが調査に乗り出すとしよう。結果が出れば、
こちらから連絡しよう。この紙に必要なことを記入して、お帰りはあちらだ。
そんなに忙しければ、早く帰りたいだろう」
 と、ドアを指しながら、引き受けた。
「君、何かスポーツでも?」
 ついでだったが、私は気になっていたことを帰り際に聞いてみた。
「ええ、柔道を少し。今はやめてますがね」
 と、依頼人は答えた。後ろでは、聞こえたのか、地天馬が口笛を一つ吹いた。

 ところで調べると言っても、目的の老人が現れないことには進まない。そう簡
単に出くわすとは思えないのだ。
 それでもとりあえず、問題のマンションに行ってみることにした。それも、地天馬の
奴は何故か、背広を着、髪も整えて出かけた。
 その上、私にコートを着て行くように言うのだ。
 そこは近くに大学があるせいか、最初から学生の入居者を期待して立てられ
たようだ。話に聞いていた通り、広く駐車スペースがあり、その隣にはハンバ
ーガーショップがある。企業名の頭文字の入った高さ五メートルはある看板が、
何かの仕掛けでゆっくりと回転している。
 この店とマンションの間を老人が往復していたということだが……。
「面白いな。こういう場所だったとはね」
 地天馬はしきりに面白がっている。
「何が」
「うん、ひょっとしたら関係あるなと思ってね。謎のおじいさんが現れたのが
二週間前だっけ。学生怪死事件はそのまた三日前だ。うん、面白い」
 どうやら地天馬は、今度の依頼と学生が殺された事件とが関係あると考えて
いるようだ。何が面白いかは分からないが。
「どうするつもりなんだい?」
 現場のマンションを見に行った帰り、私は地天馬に聞いた。
「どうするって?」
「問題のじいさんが現れないことには、どうしようもないだろう」
「ちっちっ! 何とでもなるさ。例えばだ、君はこの件の、ええと」
 近頃思うのだが、どうも地天馬は、人の名前を覚えるのが得意でないらしい。
「後藤かい?」
「そう! その依頼人のおかしな態度に気付いたはずだ。態度と言うより、動
機かな。依頼動機のおかしな点に」
 後藤が依頼に来た日に、私が感じた疑問のことを口にすると、地天馬は大げ
さにうなずいた。
「それだよ、それ。忙しい彼が、どうして金を払ってまで頼みに来たのか。そ
の理由から調べたいと思っているんだ」
 言うが早いか地天馬は、依頼人の後藤が通う大学を訪ねると決めたようだ。
場所は、この区域の案内版があったおかげで、すぐに分かった。
「学生に聞いてまわる気かい?」
 キャンパスに入るなり、急に不安になった私は、地天馬に聞いた。
「まさか! そんなことすりゃ、怪しまれる。特に、依頼人にね。ここで用が
あるのは、学生課だ」
 そうして今度は、大学の案内版に従い、学生課のある棟に向かった。
 中に入ると、比較的新しい大学のせいか、小ぎれいなもので、ちょっとした
オフィスビルといった雰囲気だ。学生課の札があったので、そこを抜けると、
受付みたいな作りのカウンターに、学生とほとんど年が違わないのではと思え
る女性が座っている。名札に桂木とあった。
「お尋ねしたいことがあるんですが、こちらでよろしいのでしょうか」
「はい、何でしょうか?」
「小野山という学生について、お聞きしたいんですが」
「申し訳ありません。個人のプライバシーについては、何もお答えできないこ
とになっています。あの、どのような向きの方でしょうか?」
 妙に事務的な聞き方で問う桂木の目には、怪訝なものがあるみたいだ。
「ああ。こいつは失礼しました。前に、若い者がお伺いしたはずですが」
 地天馬は背広の内ポケットから、黒革の手帳をのぞかせ、ちらりと相手に示
した。いつの間に用意したのだろう。
「警察の方でしたか。この前で終わりと聞いていましたが」
「最終確認という奴でしてね。いや、この言葉も明日にはどうなるか分かりま
せん。とにかく、もう一度、話を伺うことが必要と判断しました」
「はあ、そうですか」
 それからは、こちらが質問するまでもなく、桂木はぺらぺらとしゃべり続け
た。何度も聞かれたのだろう、何かを見るでなく、暗唱してゆく。
「……なるほど。結構です。で、もう一つ、お伺いしたいのですが、後藤竜夫
という学生についてなんですが」
「ごとうたつお。どの様な字か、こちらに書いて下さいませんか」
 すっと滑り出たのは、メモにボールペン。慣れている感じだ。
「これでいいですか」
「はい、しばらくお待ち下さい……。あ、こちらです」
 口で聞かせるのが面倒になったのか、桂木は学生カードみたいな物をカウン
ターに置いた。確かに、後藤竜夫とある。
「恐れ入ります」
 と言いながら、地天馬はやけに難しい顔をして、手帳に書き込んで行く。
「ご協力、ありがとうございました。これから先、お手を煩わせることのない
よう、鋭意努力しますので、今日のことはご了承を……」
 変に格式張った言い方をする地天馬。相手はもう、こちらを警察関係者だと
信じ切っていると断言できる。
「いえいえ。毎日、ご苦労さまです」
 こう言って、笑顔で見送ってくれた。学生課の扉を押して出て行こうとした
私の耳に、
「親切そうな刑事さんね。今までとは段違い」
 とか何とか言って、隣の事務員と話す桂木の声が届いた。

−以下2−




前のメッセージ 次のメッセージ 
「空中分解2」一覧 永山の作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE