AWC 二十枚の五十円玉   久作


        
#2705/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF     )  93/ 1/17  17:36  (117)
二十枚の五十円玉   久作
★内容

    「よお 待ったか」
    暖簾をまくり上げ、顔を突き出した格好で武田が声を掛けてきた。地黒
   の中肉中背、精悍な犬のような顔をしている。武田は高校の同級生だが、
   地方紙・伊予新聞の記者。ちょっと目つきが悪い。
    「ん いや 座れや」
    「えーと 鯛のアラ煮と熱カンね
     スマン ちょっとした事件があってな 記事書きよって遅れてしもた
     松本 どしたんで 急に呼び出したりして
     職場で何か あったんか」
    武田は渡されたオシボリで顔を拭いながら訊いてきた。俺は外勤の会社
   員だが職場に馴染まず、よく武田にグチをこぼしていた。
    「ん いや チャウんよ どうも心に引っ掛かるコトがあって・・・」
    「なんや また 『毎朝見掛けるアノ娘の名前教えて』なんか言うなよ
     新聞記者やって知らんモンは知らんのやけん」
    「いや 妙な話 聞いたんよ・・・」
    俺はヨク行く本屋の娘から聞いた話を、かいつまんで武田にした。本屋
   に毎日、午後六時ごろ、一人の三十絡みが訪ねて来る。いつもラップで硬
   く閉じてある五十円の束を無言のままに突き出して、千円札に両替して、
   帰っていく。本を買ったコトはないが、いつも来るので娘も千円札を用意
   して待っている。武田はトロリとした鯛の眼肉をすくいながら聞いていた
   が、フト箸を止め尋ねてきた。
    「ええと 本屋の娘言うたら アノ 艶っぽい姐ちゃんけ」
    「う うん 幸子さんって言うけど・・・」
    「男は どんな風体の奴や」
    「ヨレヨレのスーツ着て 厚いメガネ掛けて 痩せた 暗い・・・」
    「いつから その男 現れるようになった」
    「ええと 五日前からとか・・・」
    「ほおか 勘定置いとくけんな ワシ仕事あるけん」
    武田はそれだけ言うと、店を飛び出していった。俺は驚いた。何がなに
   やら解らなかった。そして、翌日、今度は武田から呼び出しがあった。居
   酒屋に行くと、武田が鯛のアラ煮を突つきながら、先にヤッていた。

    「武田 もお 来とったんか どしたんで きのうは急に・・・」
    「スマンかった その説明をしようと思うてな まあ 飲めや
     ところで松本 今日の新聞は読んだか 社会面」
    「あ うん 読んだよ この街で強姦事件があったんやってな」
    「おお ベタ記事までヨオ読んどるな 感心 感心
     その事件のコトやけど・・・」
    「うん?」
    「あれ 幸子さんやったんやで」
    「え あ あの た 武田っ 本当かっ」
    武田は黙って頷くと、新聞の社会面を卓の上におし広げた。朝、何気な
   く読んだ小さい記事に眼が吸い付けられていく。
    宇和島南署は十七日、顔見知りの女性に夜道で乱暴したとして、宇和島
   市住吉八丁目、会社員成滝慎二容疑者(33)を婦女暴行と強盗の疑いで逮
   捕した。調べでは成滝容疑者は十六日午後七時ごろ、同市堀端町三丁目の
   市道で同市の店員A子さん(25)の口を押さえて道路脇の空き地に引きず
   り込み乱暴、A子さんのバッグから五千円を奪って逃走した。
    同署は現場に落ちていた五十円玉の包み(百枚)に残っていた成滝容疑
   者の指紋を採取、逮捕に踏み切った。成滝容疑者はA子さんの働く本屋に
   五日前から連日通っており、A子さんも成滝容疑者の顔を覚えていた。

    「こ この A子さんってのが ・・・幸子さん・・・」
    「おお きのう お前の話聞いて ちょっと記事書き直したんよ
     容疑者が顔見知りかドウカが一つのポイントやけんな
     なんせ 本人は錯乱しとるし 警察も そこまで調べてなかったんよ」
    「ほやけど この五十円の包みって・・・」
    「それがミソやろ」
    武田は得意顔で憶測を交えながら、コトの顛末を話し始めた。

    成滝は三十三歳の独身会社員。武田の取材では、性不能者だったそうだ。
   ある日、幸子を見掛け劣情を抱いた。抱いたがドウスルことも出来なかっ
   た。武田の解釈では、二十枚の五十円玉は男根の代替物だったという。直
   径で二センチほど、長さもソレぐらいのモノが、との疑問に武田は、先っ
   ぽの分とシャアシャア答えた。
    成滝はその五十円の束が幸子さんの白い指に掴まれ転がされるのを見て、
   激しい興奮を覚えた。そして吐き出され得ぬ昂ぶった欲望は、更なる高み
   を求めて悶えた。成滝は次の日も、また次の日も、己の萎えきった尖端が
   幸子の白い指に弄ばれるのを幻視しながら五十円玉の包みを突き出した。
    五日目、五枚目の千円札を受け取り五千円の五十円玉に思いを及ばせた
   成滝の脳裏に、萎えきったままの男根に幸子の細い指が絡みついた途端、
   硬い一本の欲棒となる光景が浮かんだ。二十枚分の刺激に満ち足りない思
   いを感じていた成滝は、まだ知らぬ高みを夢見て、五千円を五十円玉百枚
   に換えた。翌日に本屋で幸子に、再び両替してもらう積もりだった。
    成滝はコートのポケットに五十円玉の硬くビニールで閉じられた束を握
   り締めながら、夜道を急いでいた。十六日の午後七時。冬の空はすでに暗
   い。前方にムッチリした腰を揺らしながら、ブラブラ若い女が歩いていた。
   ピッチリと丸い輪郭に張り着いた、黄色のタイト・スカートが目に焼き付
   き、成滝は五十円玉の束を握る手に力を込めた。女は視線に気がついたの
   か、歩きながらチラと振り向いた。幸子だった。少し急ぎ足になる。
    成滝は、萎えきった己が幸子の指の間で硬くなっていく様を再び夢想し
   た。握り締めた五十円の束は、すでに彼自身の男根だった。幸子に追い着
   いた。後ろから抱きすくめ、口を覆う。ほとんど持ち上げるように、空き
   地に連れ込み、そのまま俯伏せに倒し込んだ。体を密着させたまま、ポケ
   ットから取り出した五十円玉の束を・・・
    五分後、成滝は、痛みのためか気絶し動かぬ幸子の背中に覆い被さり、
   呆然としていた。暫くは人形のように反応を返さない幸子の上で、体を躍
   らせていたが、己の動きを見つめる自分が心の中で目を覚ました途端、恐
   怖にも似た後悔が湧いてきた。
    慌てて体を起こした。右手に握る五十円玉の束に目を遣った。血がベト
   リと着いている。成滝は小さな悲鳴とともに、五十円の束を放り出した。
   放り出した反動で尻餅をつくと、左手に手ごたえを感じた。幸子のバッグ
   だった。ワケも解らぬまま成滝は、バッグから五千札を一枚抜き取ると、
   走り出した。

    話し終わると武田は、もう一本、熱カンを注文した。得意な表情だった。
   その表情が滑稽に感じて、俺は笑い出した。武田は驚いて俺を見つめた。
    「どしたんで 松本 急に」
    「あんまり話が出来すぎてたからさ あは あははははは」
    武田は少し不機嫌な顔になった。
    「ふうん じゃあ お前は ドウ思うワケ?」
    「いや 本当に感心してるんだよ 武田 名推理だよ でも・・・」
    「・・・でも?」
    「主語が違ってた所があるぜ
     五十円玉を毎日 両替してたのは 俺なんだから」
    「な なんだって?」
    「理由は お前が今言った通りさ
     でも言っとくけど俺は犯人じゃないぜ 五十円玉の束は偶然だろう
     それに成滝って奴が性不能者としても ソレで犯ったとは
     決まってないだろ」
    「う うん・・・」
    「俺も驚いたよ 幸子さんが そんな酷い目に遭ってたなんて
     どうりで今日 店にいなかった筈だ
     今日は どうしても逢いたかったのに・・・」
    本当に残念だった。俺はコートのポケットの中で、さっき両替してもら
   ったばかりの五千円分の五十円玉の包みを握り締めた。     (終わり)




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