AWC 「野生児ヒューイ」第二部(6)


        
#2696/3137 空中分解2
★タイトル (RAD     )  93/ 1/16   1:10  (174)
「野生児ヒューイ」第二部(6)
★内容

 ミンの意識は暗い闇の中を漂っていた。
「ここは、どこなんだろう?」
 暑くもなく、寒くもなく、上下の感覚さえない空間で一人呟いた。
「私……死んだのかしら」
 咄嗟にラガを庇い、身体中に無数の欠片が突き刺さった。
 その後、ティナが駆け寄って懸命にミンの名を叫んでいた。
 そしてナイフを持ってミンの身体を切っていた。手術などと言う言葉は知らなかっ
たが、ティナの行為は自分を死なすためではなく、生かすためだと言う事は、何と無
く分かった。
 たが、今ミンのいるところは現実の空間では無い。
 ならばミンは死後の世界へと旅立つ途中にいるのだろうか。
「私……まだティナに謝ってないのに……」
 その事だけが心残りだった。自分を抱き締めたティナの温もりを思い出す。何かと
ても懐かしい。
 そんな事を思い出していると、前方に微かな光が見えてきた。
「あれは何?」
 ミンの意識は光に気付くと躊躇する事なく、そちらに向かって行った。
 自分の意志かどうかは分からない。ただミンの意識が光に気付いた途端、上も下も
ない空間の中をミンの身体が一直線に、光に向かって進んで行ったのだ。もしかする
と光の方がミンに向かって近寄って行ったのかも知れない。
 やがてミンの意識は温かく、柔らかな光に包まれる。視界が開け、ミンの意識の中
に様々な現実の光景が飛び込んで来た。
 いや、厳密に言えば現実の光景では無いのかも知れない。そこにあるのはミンが実
際に存在していた時間より、ほんの少し前の時間だったのだ。
「あっ……」
 懐かしさの余りに、声が上がる。
 今までずっと忘れていた人。しかしミンにとってこの上なく、愛しい三人の人々。
「パパ……、ママ……」
 そしてその二人の胸に抱かれた、幼い少女。それは幼き日のミンの姿だった。

「真美子、代わろう」
 妻と娘の前に立ち、密林の中の道無き道を、後に続く者のために道を作りながら進
んでいた男が振り返り両手を差し出した。
「ここから先はしばらく道が開けているようだ。美奈を抱いていても歩けるだろう」
「私なら大丈夫ですよ。美奈一人くらい抱いていても。それより、あなたのほうが、
だいぶ疲れているようじゃありませんか」
 妻の夫を気遣った言葉に、男は微笑んだ。
「いや、抱かせてくれ。抱きたいんだよ、美奈を」
 夫は妻から、壊れ物を扱うような慎重さで娘を受け取った。
「おおっ! 重いな、美奈。お前ももう、二歳か」
 父に抱かれた美奈は嬉しそうに笑う。
「あなた、ここで少し休みましょう」
「ん? ああ、そうだな」
 彼らは丈の短くなった草地の上に腰を降ろして休憩を取る事にした。
 美奈はあぐらをかいた父の膝で何が面白いのか、父の手を自分の小さな手とを重ね
合わせる遊びに熱中している。
 男「「「誠二と真美子はしばらく、美奈の一人遊びを優しく見つめていたが、やが
て真美子が真剣な顔で口を開いた。
「あなた、ここは一体……」
「うん………」
 誠二も、その手は美奈に預けたまま、俄かに厳しい表情になり顔を上げる。
「おそらく……、カプセルに入ったときから……百年か、千年か、どの位かは分から
ないが、とてつもない時間の経った後のアメリカだろう」
「他に生きている人達はいないのかしら」
「さあ、私達夫婦の他にもカプセルに入った人達がいるかも知れないが……。可能性
は低いだろうな。それに外がこんな有様になっているようでは、少なくとも文明を持っ
たままでは人間が生き残ってはいない、と言う事じゃないか?」
「……………。
 日本は……、私達の日本は、どうなったんでしょうね」
「わからんが、あまり希望は持てないだろう。しかし……私達親子三人、欠ける事な
く生き残った事だけでも神に感謝しなくてはいけないのかも知れないな」
 誠二は自分の膝で遊ぶ娘を見つめた。
 不意に、美奈は一人遊びをしていた手を止め、誠二の顔を怪訝な目で見上げる。
「ん? どうした、美奈」
「どうぶちゅえん」
「動物園?」
「どうぶちゅえんのにおい」
 誠二には美奈が何を言っているのか、理解できなかった。この位の子供が突然、意
味も脈絡もない言葉を口走ることは珍しくもない。これもまた、その程度の物だと誠
二は思っていた。
「あなた!!」
 いち早く、美奈の言葉の意味を察した真美子が声を上げる。
 と、同時に近くの草むらが揺れ、一頭の巨大な獣が姿を現した。
「なんだ!! こいつは」
 それは誠二達に取って、本や映像の中でさえ見たことのない奇妙な姿をしていた。
 身体は紛れもなく、猫科の動物のそれである。大きさから言っても、豹に近い。だ
が、その身体に繋がる頭は猿そのものだった。唯一、猿と異なった点は犬歯が異常に
発達している点である。
 その奇妙な獣、ヒューイ達の言葉でバルバと呼ばれる物は、誠二達親子を確認する
と牙を剥き出し、低く唸った。
「真美子、美奈を連れて逃げるんだ」
 獣を刺激しないように誠二は美奈を真美子に預け、低い声で言った。
「そんな、あなたは?」
「いいから逃げろ、どんな事があっても美奈だけは守るんだ」
 誠二はそっと腰を下げ、足もとに落ちていた木の棒を拾う。
「うわーん」
 獣の発する殺気を感じたのか、美奈が声を上げて泣き出す。そして、美奈の泣き声
に刺激され、バルバが三人に目掛け飛び掛かってきた。
「逃げろ!!」
 誠二は咄嗟に真美子を突き飛ばす。
「あなた!」
「ぐうっ」
 手に握られた棒は何の役にも立たなかった。バルバの鋭い牙が誠二の喉に食い込む。
「嫌あああっ」
 真美子の叫びと美奈の泣き声が密林に響き渡った。

「いやっ!! パパ、死なないで!」
 バルバの動きを察知したミンの意識はその前に立ちはだかり、三人を守ろうとした。
しかしバルバの身体はミンを擦り抜け、誠二へと襲い掛かって行った。
「あっ、パパ……」
 ミンはその目の前で父親の死んで行く様を見ているしか、何も為す術が無かった。
気が付くと真美子は美奈を抱いたまま、茫然と引き裂かれて行く夫の姿を見つめてい
た。
「お願い! 逃げて、ママ。お願い……」
 自分の声が届かないことを知りながらも、ミンは必死で叫んだ。バルバは既に、誠
二を引き裂くことをやめ、顔を上げて真美子を見つめている。
 そのことに気付いたのか、ミンの叫びが聞こえたのか、真美子は美奈を確りと抱き
締め、踵を返して走り出した。
「あーん、パパ、パパあ」
 真美子の腕のなかで美奈が泣いている。
 真美子が走り出すと、バルバも直ぐに後を追って駆け出した。
「お願い。ママ、逃げて、もっと早く」
 ミンの意識もその後を追って行く。

 真美子は懸命に走ったが、子供を抱いた女の足が野性の獣に勝る訳もない。バルバ
は瞬時にして真美子を己の射程の範囲に捕らえた。
 全身をバネにしての跳躍。
 真美子は背中にバルバの生暖かい息を感じると、もう逃げ切れない事を悟り、すぐ
近くの草深い地へ美奈を投げた。
「美奈、あなただけでも生き延びて!!」
 狂暴な肉食獣が徘徊する密林のなかで、二歳になったばかりの幼な子が独りで生き
て行ける筈はない。
 しかしほんの僅かな可能性に賭けた、母の想いがミンの意識の中を駆け巡って行っ
た。
「あ……ああ……、マ……マ……」
 意識だけの存在であるミンの目からも、確かに熱い涙が流れ出していた。
 最期まで美奈の無事を祈りながら、真美子は絶命した。

 いきなり母の手から放り出され草の上に落ちた美奈は、幸いなことに怪我はなかっ
たが、目の前で父母が殺されたショックと痛みで、どうしていいのか分からず大声で
泣いた。
 二歳の子供にそれを理解することが叶う筈も無いのだが、密林のなかに響き渡る幼
な子の泣き声は、いたずらに周囲の獣達を刺激し、獲物の存在を知らせるだけである。
 今目の前にいるバルバに対しても同じことが言えた。
 もともとこの獣は興奮状態に入ると、捕食より殺戮の本能が優先する厄介な猛獣で
ある。その興味は既に息絶えた真美子から、草むらのなかで泣き叫ぶ幼い少女に向け
られていた。
 その距離はバルバの跳躍力を以てすれば、一飛びで充分に達する。真美子の最期の
望みも無駄に終わってしまうのか。
「フォウ、フォウ、フォウ」
 突然、けたたましい声が辺りに響き渡った。
 美奈に飛び掛かる為に、後ろ足に力を溜めていたバルバの注意が一瞬それる。その
バルバ目掛け、茂みの中から数本の槍が飛んで来て、豹の様な身体を貫いた。
 美奈の両親の生命を奪った狂暴な野獣は、唸り声も上げずにその生命活動を停止し
た。
 美奈は突然の出来事に泣くことを忘れ、その様子を唖然として見つめていた。
 やがて茂みの中から、半裸姿で頭に鳥の羽の飾り物をした男達の一団が姿を現した。
「だめだな、女はもう死んでいる」
「向こうでも男が死んでいた。たぶん、その子の両親だろう」
 男達の話す言葉を美奈は理解することが出来なかった。もっとも日本語ですら、ま
だ理解しきない二歳の少女にとり、両親に連れられてアメリカに来てから、父母の話
す言葉以外は理解の出来ないものばかりであったが。
「うむ、おそらく何とかこの子供だけでも逃がそうとしたのだろう、可哀相にな。こ
んな幼な子が……」
 男達のリーダーと思しき、一段と立派な羽飾りをした男が草むらで脅えた目をして
いる美奈を抱き上げようとする。
 男の手が迫ってくると美奈の中に再び恐怖が蘇り、火の着いたように泣き出した。
「泣くな、バルバは死んだ。もう何も怖いことはない」
 男の影から一人の少年が現われ、優しく言って美奈を抱き上げる。すると不思議に
美奈の恐怖は薄れ、素直に少年の手に抱き上げられその胸にしがみつく。
「俺の名はラガ。分かるか? ラ・ガ。お前は?」
 何と無くラガの言っている事が美奈にも伝わった。美奈はラガの胸に抱かれたまま、
小さく自分の名前を呟く。
「みん……」
「ミンか……。可愛い名前だ」
 ラガは美奈を抱いたまま族長を振り返り言った。
「親父、この娘は俺が貰った。いいな」
「ほう? お前がか。どうするつもりだ」
「大きくなって、一人前の女になったら、俺の妻にする」
「よかろう」
 族長は楽しそうに微笑んで言った。

                    <続く>




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