#2655/3137 空中分解2
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「野生児ヒューイ」第二部(4)
★内容
「小僧!!」
ラガは己に向かって真っ直ぐに駆けてくる少年に、石斧を投げ付けた。斧は物凄い
勢いで回転をしながら、ヒューイの頭を正確に襲う。
「危ない、ヒューイ」
ティナの口から思わず悲鳴が洩れる。
しかし、ヒューイの頭は決して石斧などに割られることはなかった。ティナの目に
は斧がヒューイの体を擦り抜けて行ったように見えた。実際のところは最小限の動き
で斧を避けただけなのだが、それがあまりに素早い動きだったためにそう見えたのだ。
ヒューイの前に石斧や槍を持った男達が立ちはだかる。先程槍を投げてしまったヒュ
ーイは武器を持っていない。
まずヒューイは一番近くの向かって一直線に突進し、その直前で素早く背を屈める。
そして男の踝の辺りに、足を滑らすような蹴りを入れ、倒れる男の手から飛ばされた
石斧を空中で掴む。掴みながら振り向き、目の前まで迫っていた男の脇腹に顔面に石
斧を投げ付ける。男は間一髪で斧を避けるが、その一瞬の隙の間にヒューイは男の槍
に手を掛けながら蹴りをくれてやる。
こうしてヒューイは自分の得意とする槍を手に入れると、続け様に三人の男をなぎ
倒した。
これらの事は全て三秒と満たない間の出来事であった。一部始終を見守っていたティ
ナにも何が起きたのか、理解できなかった。気が付いた時には、五人もの屈強な男達
が地に倒れ、呻いていた。
「お前等は手を出すな」
ラガの命令で、ヒューイを取り囲んでいた男達の輪が後退する。
「強いな、小僧。だが甘いぞ。自分に襲い掛かってくる敵を殺さないとはな、長生き
出来んぞ……。俺が相手だ、俺を殺す気で掛かってこい。そうで無ければ女は取り返
せないぞ」
言い終えるのが早いか、ラガは石斧を振り上げて、ヒューイ目掛けて突進してきた。
電光石火の如く振り降ろされる斧。ヒューイは横に飛び退いてこれを避けながらも、
ラガ目掛けて槍を繰り出す。しかし、これはいとも容易く、手で払いのけられる。が、
それに続いて襲ってきたヒューイの蹴りがラガの顔面右にヒットし、ラガはのけ反る
ように後ろにふっ飛んだ。
チャンスかと思われたが、ヒューイはすぐに次の攻撃には出なかった。その場で左
肩を押さえながら顔を苦痛に歪めている。
ヒューイはラガの最初の一撃を完全に避け切った訳ではなかった。それはほんの僅
かに左肩を掠めただけだったが、余りにも鋭い斧の振りはそれだけでもヒューイに大
きなダメージを与えていたのだった。
『こいつ、強い……。ひょっとするとガルフ以上かも』
「クククッ」
ラガは不気味に笑いながら立ち上がり、血に染まった唾を吐き捨てた。口の中を切っ
たらしい。
「ククッ。いいぞ、小僧。そうだ、思い切りかかってこい」
再び、二人は互いににじり寄り、牽制を兼ねた攻撃を繰り出して離れる。離れては
またにじり寄る。そんな事を繰り返し続けた。
それからの戦いはほぼ互角だった。
パワーの面では絶対的にラガが有利だったが、スピードの面では僅かにヒューイが
勝っていた。
互いに交錯し、離れる度に二人の体の傷が増えていく。ラガのスピードをも凌駕す
るパワーがヒューイに、ヒューイのパワーをも翻弄するスピードがラガに。二人の戦
いは一進一退を保ち続けた。
『ヒューイが負けるかも知れない』
そんな不安がティナの胸をよぎる。
見た目では互角の戦いを続けている二人だったが、それが長引くにつれヒューイの
スピードが少しずつ落ちてきている。
もちろんヒューイはティナの知るどんなスポーツ選手よりも、スタミナを持っては
いたが、ラガのスタミナはまた、桁違いのようである。
このまま戦いが長引けば、いずれヒューイのスタミナが尽きてラガに殺されてしま
う。
いつの間にかティナは体の痛みも忘れ、両手を胸のところで合わせ祈るような形に
なっていた。いや、本当にヒューイの勝利を神に祈っていた。
それは自分の保護者たるヒューイの勝利を願ってではない。ヒューイが敗北した後
の自分の処遇についての恐怖は無かった。
ただ純粋にヒューイに勝って欲しい、ヒューイに生きていて欲しい。その思いだけ
だった。
「フフフッ………。クククッ」
ラガが楽しそうに笑うのにつられるように、ヒューイも笑みを浮かべた。
「楽しいぞ、小僧」
「俺もだ、……」
「ラガだ。俺の名はラガ」
「俺も楽しいぞ、ラガ」
「そうか…。だがこの勝負は俺の勝ちだな。貴様はもう肩で息をしている。それでは
勝ち目はあるまい」
ラガの言う通り、ヒューイは肩で息を始めていた。しかし「楽しい」と言ったのは
単なる強がりではなかった。本当に楽しいのだ。
この世界に生まれた男の子は、生を受けた瞬間から戦いに明け暮れる生涯を運命づ
けられている。獲物を得るための戦い。襲い来る獰猛な獣との戦い。女を得るための
戦い。部族をそして家族を守るための戦い。
彼らにとって生きることは全てにおいて戦いである。その戦いを楽しいと思いこそ
すれ、恐怖と感じたことはない。その結果が己の死だとしても。
ヒューイは今、その楽しい戦いの真っ只中にいる。しかも相手は、これ迄に経験の
したことがない強敵である。ヒューイの野生児としての本能は、今にも踊り出しそう
な程、興奮していた。体の隅々まで行き渡ったアドレナリンは、この上無く心地好い
ものであった。
それはラガとても同じことである。
二人はもはや戦いの目的を忘れるほどに、戦いそのものに酔い痴れていた。二人の
興味は互いに、この強敵を己の全力を以て倒し、勝利の雄叫びを高々かと上げること
のみだった。
「チッ! まさか」
不意にラガの顔に不快な表情が浮かぶ。それまでヒューイのみに向けられていた注
意が、戦いに関しては全くの素人であるティナにもはっきりと分かる程、他に向けら
れた。
ティナにはそれが、ヒューイが勝利する千載一遇のチャンスに思えた。しかしヒュー
イはこの絶好の好機に、攻撃を仕掛けるどころか、ラガと同じように何か別のものに
注意を向けている。
ティナはそれをもどかしく思ったが、すぐに二人の様子はこの戦い以上に切迫した
事態が発生しようとしていることに気付いた。
「何をぼやぼやしている! 女子どもは小屋へ戻れ! 男達は武器を取れ!」
ラガの叱咤が飛ぶ。
「奴等が来るぞ!!」
ラガの命令の元、それまでラガとヒューイの戦いに見入っていた女子供達は慌てて
小屋へ入って行った。
男達は各々の武器を確りと握りしめ、村の周囲を見つめる。
何かが起ころうとしている。
ティナはどうしていいのか分からず、ただ立ち尽すばかりであった。
「ティナ……、あんた、小屋に入った方がいい」
いつの間にかティナの横に立っていたミンが、緊張した様子でティナに声を掛けた。
その手には再びナイフが握られていたが、それは先程の様にティナに向けられたもの
ではなかった。迫り来る何かに対しての物である。こんな幼い少女まで戦おうと言う
のだろうか?
「ミンちゃん……。いったい?」
「やつらが…来る!!」
静寂。
村のには何人もの武装した男達がいるにもかかわらず、時折吹く風が木々を揺らし
て行く以外の音はしない。
ぴりぴりとした痛みすら感じる緊張が男達を支配していた。
ティナはミンの折角の忠告にもかかわらず、小屋の中には入らなかった。ヒューイ
の近くにいたい。そんな気持ちの為だった。
何が起きようとしているのかは分からないが、今ヒューイと離れてしまったら二度
と会えないかも知れない。
今ならこの村から逃げ出そうとしても、誰も邪魔はしないだろう。そっとヒューイ
に声を掛けて村を離れる。それが最も懸命であると思えた。たとえ、この村と敵対す
る部族が攻めてこようとしているのだとしても、ヒューイならそれを楽に交わして逃
げることが出来るだろう。
しかしティナはヒューイに声を掛けはしなかった。掛けたところで無駄であること
は短い付き合いのなかでも、何と無く分かってきていた。それが証拠に、ヒューイは
ラガと共に緊張した顔で村の外に広がる密林を睨んでいたが、その様子はどこか楽し
気でもあった。
それに、ミンの様な少女までが戦おうとしている。それを見捨てて逃げることなど
ティナの良心が許さなかった。
「来るぞ」
突然、村を囲んだ柵の近くの木々が激しく揺れた。そして幾つもの黒い影が姿を現
した。
「うおおおっ!」
叫び声と共に男達はその影へと突進していく。たちまち辺りは激しい戦場と化した。
しかし戦いは一方的であった。数の上では村の男達は三十人強。対する敵は十にも満
たない。それなのに男達は次々と、黒い影の者達に倒されて行くのだ。
果敢に男達は斧を振い、槍を突き刺す。しかし黒い影には傷一つ付けることができ
ないのだ。斧を砕き、槍を折りながら男達を掴みそれをまるで布切れのように二つに
引き裂く。
「付け根だ。手足の付け根を狙え!! こいつらを小屋に近づけるな」
ラガは何とか苦戦しながら黒い影の一つを倒して叫ぶ。
「そんな……うそ。まさか……」
目の前で繰り広げられる凄惨な光景に言葉を失っていたティナだが、黒い影の正体
に気付き、更に茫然とした。
「ロ…ボット」
それは細いボディに細い手足と、ドーム型の頭にモノ・アイ(一つ目)を持ち、全
身を黒く塗装されたロボットだった。
『どうして?』
久しぶりに目にした文明の産物が、悪鬼と化して殺戮を繰り広げている。
「だめーっ! みんな逃げて。相手はロボットよ!! そんな武器じゃ勝てないわ」
ティナは力一杯叫んだ。どう考えても石斧や石槍の様な武器がロボットに通用する
とは思えない。このままでは一方的に皆殺しにされてしまう。
しかしティナの懸命の叫びも、戦う男達の耳に届きはしなかった。いや、届いては
いたのかも知れない。たが”ロボット”などと言う言葉を理解できる者が、ティナの
他にいる筈がない。たとえ、ロボットがどういった物か詳しく説明をしたところで、
彼らは戦うことを止めたりはしなかっただろう。
「ロ……ボッ……ト」
ティナの横でナイフを構えていたミンが、呟いた。その表情は言葉の意味を自分の
記憶の中から、必死に探し出そうとでもしているように見えた。
「ミンちゃん……」
その呟きにティナはミンの方に視線を送り、胸が熱くなった。
ミンの持つ、石を研いだだけのナイフなどロボット達を相手にしたら、全く素手で
立ち向かうのと変わりがない。たとえ”ロボット”と言う言葉は知らなくても、それ
位の事はミンにも分かっているだろう。にも関わらず、少女はナイフを構え、一度は
殺そうとした筈のティナを守ろうとするように、ぴったりと側についている。
「だいじょうぶよ。ミンちゃん」
ティナはそのミンを優しく抱き締めた。まだ出会って間もない少女をとても愛しい
と感じた。
その衝動的な行動にミンは驚いたような顔を見せたが、抵抗はしなかった。ただ静
かに身を任せ、ティナの温もりを感じているようだった。
「ティナ……、お前、いい匂いがする」
ミンはうっとりと目を綴じた。それはまるで母に抱かれて静かに眠る、幼な子の様
であった。
「いやややあっ!!」
叫びと共に、ヒューイは槍をロボットの一つ目(モノ・アイ)目掛けて突き刺す。
槍はレンズを突き破り、その奥にある電子回路へと達し、ロボットはその動きを停止
する。
機能を停止したロボットの全身に火花が走る。
「小僧、離れろ! 火を吹くぞ」
ラガの警告と同時に、ヒューイは素早く後方へと飛ぶ。
一瞬遅れて、号音と共にロボットは爆発し、炎に包まれる。
「やるな、小僧」
二対目のロボットに止めを指しながら嬉しそうにラガが言った。
「まあな」
にこやかに答えるヒューイ。僅かな時間の間に、互いの生命を奪うべく戦っていた
二人が、今は共に同じ敵に立ち向かう戦友となっていた。そこには理屈もこだわりも
何もない。これがまた、この世界の男達の気質なのだろうか。
「小僧……いや、ヒューイ。なぜ、女を連れて逃げない。この戦いは、お前には関係
無い。それに、今なら逃げ出したところで誰もお前達を、追いはしない」
今度は二人して同じ敵を牽制しながら、ラガが尋ねた。
「さあな。面白いから……かな」
「フフッ」
ヒューイの答えに、ラガは満足そうに笑う。