#2656/3137 空中分解2
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「野生児ヒューイ」第二部(5)
★内容
ほとんど同時に、ラガの斧がロボットのレンズを割り、ヒューイの槍が首の繋ぎ目
を突き刺す。彼らにとって幸いした事はこのロボット達が、それ程精巧に造られてお
らず、各パーツの繋ぎ目が甘かった事だが、その幸運を彼らが知ることはない。
素早くそれぞれの武器を引き、ロボットから離れる二人。少し間を置いて、ロボッ
トは破片を巻き散らしながら爆発する。
「一体なんなんだ、こいつらは? こんなに固くて、死の間際に火を吹いてばらばら
になる獣なんて、見たことも聞いたことも無い」
やや余裕が出来てきたところで、ヒューイはこの不思議な敵に対する疑問をラガに
ぶつけた。
ラガとヒューイの活躍によって、味方の士気が上がり、他の男達も劣勢を撥ね除け
て優位に戦い始めていた。
「さあな、実のところ俺等にも良く分からん。だいぶ前から現れて、村の子ども達を
さらって行くようになった。お蔭で、他の獣達の姿も少なくなり、村では食料が不足
がちでな。村から遠く離れたところまで狩りに行かなければならなくなった。
俺の親父もこいつらと戦って、炎で足をやられた」
話しながらも二人はそれぞれ、一体ずつのロボットに止めをさしていた。
気が付くと、村を襲撃してきたロボット達は全てスクラップと化していた。しかし、
その代償に、男達の半数近くが生命を落とし、また生き残った者のほとんどが傷を負っ
ていた。
「ヒューイ、まだ戦えるか?」
そう言いながら、ラガは斧を構え直す。
「ラガ、お前こそな」
ヒューイは槍を構え、ラガと対峙する。
ロボット達の来襲によって、中断させられた二人の戦いを再開しようと言うのだ。
「一晩、待ってやってもいいぞ。ヒューイ」
「フン、なんだ? あれくらいでもう疲れたのか?」
「上等だ。今度こそ決着をつけてやる」
辺りではロボット達との戦いが終わったことを知り、小屋から出てきた女子供が、
傷ついた者を手当したり、また恋人や夫、父親を失った者達が嘆きの声を上げ泣いて
いる。二人が戦いを再開しようとしていることを気にする者は無かった。
「待って、もう止めて」
二人の間にティナが割って入った。
「これだけ人が死んだのよ! どうして? これ以上、殺し合いなんてすることない
じゃない」
「ティナ、退いて」
「いや、退かない。退いたら、殺し合いを始めるんでしょう。ラガ、あなたも。あな
たはこんなつまらない戦いより、村の事を考えなければいけない人でしょう」
ティナの問い掛けにラガが答える。
「ティナ、お前の言う通りだ。しかし、その前に俺は戦士だ。そしてヒューイも。
戦士として、互いにこれだけの相手に巡り合える機会は滅多に無い。このままにして
おくには、余りにも惜しい」
「俺もだよ、ティナ。俺もラガと、思い切り戦ってみたい」
「どうしてよ」
必死の説得も、二人には全くの無駄であることを知り、ティナはその場に座り込ん
で泣き出した。
ミンは少し離れた所で、自分はどうしたらいいのか迷っていた。ティナに対し、心
を開き始めていたミンは、心情的には二人の戦いを止めたかった。しかし、『自分は
ラガに嫌われている』。そんな思いが、少女の行動を抑制してしまっていた。
「わたし……」
先程のティナの温もりを思い出し、自分も何かしなくてはいけない。そう思い始め
た時だった。
ラガの後方に倒れているロボットの全身に火花が走った。倒したロボットの全てが
爆発する訳ではない。中には爆発せず、そのまま機能を停止する物もある。
そのロボットもラガが倒した時、爆発せずにいた物だった。別に珍しいことでもな
かったので、その後その事を忘れ、ラガの注意はヒューイへと向けられていたのだ。
ラガもヒューイもティナも、ロボットの異常には気付いていない。このまま爆発す
れば確実にラガは巻き込まれる。
「ラガ! 逃げて!!」
ミンは叫び、そして走り出した。
「ラガ!!」
叫びと共にミンはラガとロボットとの間に飛び込む。
その刹那、ロボットは目も眩むような閃光を放ち、号音を上げ爆発した。
「ミンちゃん!」
ティナの悲痛な叫びが響き渡り、ミンの小さな身体に幾つもの金属片が突き刺さる。
『あっ、私、死ぬんだ………』
全身に鋭い痛みを感じながらも、何処か第三者的な意識でミンは考えていた。それ
程恐怖は感じない。最期にもう一度だけ顔を見たいと思って、ラガの方を振り返る。
驚いた様なラガの顔が見える。
「……よかった」
ラガは無事のようだ。安堵するとそのままミンは意識を失った。
「ミンちゃん、ミンちゃんしっかりして!」
慌ててティナはミンの元に駆け寄り、声を掛ける。しかし、ぐったりとして横たわ
る少女からは返事は返らない。身体中の傷からはおびただしい量の出血が見られる。
恐る恐る、ティナはミンの顔の前に手を持って行く。手のひらにうっすらと湿った
空気を感じる。まだ息がある。
たが、このまま放っておけば間違い無く死んでしまうだろう。なんとかしなくては。
「ヒューイ、ラガ! 何をぼーっと見てるのよ。手を貸して! 早く!」
ティナに促され、ただ唖然と見ていた二人はようやく我に返り、ミンを小屋へ運び
込んだ。
「ラガ、お医者さんは? お医者さんはいないの」
「オイシャサン? なんだそれは」
「もう。病気や怪我を治してくれる人の事よ!」
「何だ、祈祷師のことか」
「違うわよ、もういいわ」
早く何とか手を施さなければミンが死んでしまう、焦りがティナをいらただせる。
しかし、ここに医者はいない。ちょっとした傷や病気なら、祈祷師の使う薬でなんと
かなるだろう。だが今ミンに必要なのは外科手術である。ここにそんな技術がある筈
は無い。
「私が……」
自分がやるしかない。もちろん、そんな心得がティナにある訳は無い。しかし何も
しなければミンは確実に死んでしまのだ。
「ラガ……。これから私が言うものを用意して。ヒューイ、あなたも手伝って」
「あ、ああ」
「わかった」
ティナの言葉は静かだったが、重大な決意が秘められていることを感じ、男達は素
直に頷いた。
「「ゴクリ「「
唾を飲み込む音が響き渡る。照明の代わりに焚かれているたいまつの炎で、あのロ
ボットの破片の中から探し出したメスの代用を炙り、充分に消毒された頃に今度はそ
れを水に入れて冷ます。メスの代わりとしてはお粗末ではあるが、石のナイフよりは
ましだろう。
ミンの顔のところには祈祷師が祈りのときに使う、香の煙を染み込ませた布が充て
られている。効果があるかどうかは分からないが、麻酔の代わりである。そしてその
布はティナのシャツの袖を提供したものだ。彼らの衣服のほとんどが獣の皮を使って
いるため、布があまり無い。僅かに装飾品として存在する布も、手術のために煮沸消
毒をして全て提供させている。
横たわったミンの頭のほうにラガ、足もとにはヒューイがそれぞれミンの身体を押
さえている。麻酔があまり効くとも思えないので、手術中にミンが暴れないようにす
るためだ。
メス代わりの金属片を握るティナの手が震える。
目を閉じて頭の中にある全ての医学知識を集中させる。医学知識と言ったところで
それは、病院でちらっと見かけたもの、映画やドラマ、或いはコミックで見た知識と
呼ぶには余りにも情けないものばかりであった。しかしそれでも無いよりはましであ
ろう。
既にミンの身体に突き刺さった破片のなかで、手で取り除ける物の処理は終わって
いる。後は身体に深くめり込んだ三か所を手術して取り出さなくてはならない。
心を決め、最初の傷に金属片のメスを入れる。
「おい、何を……」
身体に刃物を入れるという医療行為などを知らぬラガが、驚いた声を出す。
「話掛けないで、気が散るわ。あなたは黙ってミンを押さえていて」
痛みのためだろう、ミンが身体を捩ろうとする。それをヒューイとラガが力強く押
さえ付ける。ティナの行為が何を意味するものなのか理解は出来なかったが、その真
剣さからミンを助けようとしている事は彼らにも感じられた。
メスを入れた傷口に、出血が見られた。不意にティナは目眩を感じ、気が遠くなる。
「だ、駄目よ。しっかりして」
自らを叱咤し、励ますティナ。ここで気を失う訳には行かない。
それにしても出血の量が多い。失敗なのか、やはり素人の手による手術など無謀だっ
たのだろうか。だが今はそんなことを考えている暇はない。一刻も早く、この手術を
終わらせてしまわなければならない。
メスを入れた傷の中を確認しようとするが、出血の為に見ることができない。傍ら
に積んだ布で血を拭き取る。三度、四度と拭き取るうちに出血が落ち着いてきた。こ
の間を逃さずに気分の悪くなるのを堪え、傷口を押し広げて中を見る。金属片の一部
が見えた。
ティナは金属片のメスを、骨を削って作った針に持ち変えた。
針は二十センチ程の長さで、骨を可能な限り細く削ってある。そしてその先にはティ
ナの考案で、釣針の返しの様な刻みが入れてあった。
それをミンの傷に入れ、返しの部分に金属片を引っ掻けて取り出そうというのだ。
針とは言っても五ミリ程の太さはある。それを傷口に入れ最小限の動きで金属片を
取り出さなければならない。
「ぐうっ」
口に噛まされた布のため、はっきりと音にならない声でミンが呻くがティナには聞
こえない。
これ程、大雑把な器具を用いての手術である。ミンを襲う痛みは想像を絶するもの
があるだろう。今のティナにはそれを気遣う余裕は無かった。
なかなか針の先に金属片が引っ掛からない。早くしなければと思えば思うほど、手
元が定まらず、うまく行かない。ここで焦って、強引に針を動かし金属片を取ろうと
すれば傷口の中に新たな傷を作り、取り返しのつかない事になりかねない。飽く迄も
慎重に、且つ迅速に処理しなければならない。
四苦八苦しながら、どうにか最初の金属片を取り除くことが出来た。傷口をやはり
獣の骨で作った針と植物の繊維の糸で縫合する。ミンも女の子である。出来るだけ手
術の跡は残したくない。そう気遣い、極力その様に努めているつもりのティナではあっ
たが、余りも原始的な器具による手術である。それはほとんど無駄な努力でもあった。
しかし手術そのものは、一か所を何とか処理することで残りの金属片については、
わりとスムーズに行うことができた。
最後の傷を縫合し終えると、それまでティナの中に張り詰めていた緊張の糸か途端
に緩み、自分の意志とは関係無くその場に大きく尻餅をついてしまった。
「? ティナ……」
麻酔が効いたのか、あまりの激痛に気を失ったのか、ミンを押さえる必要の無くなっ
たヒューイがティナに駆け寄ってくる。
「だいじょうぶ、ちょっと気が緩んだだけ。手術は終わったわ。分からないけどたぶ
ん、うまく行った……と、思う」
疲れの見える顔でティナが微笑んだ。
「ああ、ティナは頑張った。きっとミンは助かる。後は俺とラガに任せてティナは休
むといい」
「ありがとう、ヒューイ。でも、もう少し。もう少しミンちゃんの側にいさせて」
「もう、いい!!」
手術が始まってから、ひたすら沈黙を続けていたラガが突然怒鳴るように言った。
「忘れるな、ティナ。ヒューイもだ。ここまでは勝手にやらせてきたが、俺とヒュー
イの決着が着いていない以上、ティナはまだ俺の物だ。俺が命令する。これ以上、ミ
ンに構う必要は無い。ミンなぞに構ってお前に倒れられてはかなわん。第一、ミンの
身体を切ったり、縫ったりしたのに何の意味があるかは知らんが、どうせこいつは死
ぬ。そんなやつに……」
「「パアァァン「「
ラガの言葉が終わらないうちに、ティナの平手がその頬を打った。
「テ…ティナ、貴様!!」
ラガは怒り、ティナを睨んだがそれ以上の言葉を吐くことは出来なかった。ティナ
の気迫に、百戦練磨の戦士が気押されしてしまったのだ。
「許さない……。もし、もしミンちゃんが……もし………
そうしたら私は絶対、あなたを許さない。ミンちゃんがこんなになったのは、あな
たを助けたためなのに。それなのに……あなたはどうしてそんな事が言えるの?
ミンちゃんを見て、あなたは何とも思わないの?」
ティナは怒りのため、自分の感情が押さえられなくなっていた。身体が小刻みに震
えている。
「許さない……、許さない! 許さないんだからあ!」
ティナは再びラガを平手で打った。繰り返し打った。打つ度に、ティナの手にも痛
みが走ったが、それでもティナは打ち続けた。
何を思ったのかラガも、一切の抵抗をせず、ただティナに打たれるままに任せてい
た。
「許さない……、許さない! 許さないんだからあ!」
ティナの二つの目からは熱い涙が、とめどもなく溢れ続けていた。
<続く>