AWC 野生児ヒューイ 第二部(1)  悠歩


        
#2593/3137 空中分解2
★タイトル (RAD     )  92/12/25  21: 6  (134)
野生児ヒューイ 第二部(1)  悠歩
★内容
野生児ヒューイ 第二部
                         悠歩
           
 鬱蒼と繁る熱帯樹林。照り付ける太陽も枝に阻まれ、その光が地に届くことはない。
 一日中薄暗い密林。その太陽の輝きを知らない根元には様々な種類のシダや苔類が
群生している。
 そして密林のそこ彼処から聞こえてくる鳥と獣の声。それはこの密林が生命で満ち
溢れていることを示していた。
 その密林を音も立てずに移動する一団があった。十二・三人の屈強な男達が手に石
斧を持ち、頭には西部劇に出てくるアメリカ・インディアンのような羽飾りを着け、
何か獲物の後を追っていた。
 先頭を行くリーダーと思しき一番立派な羽飾りの男が右手で一団の動きを制する。
後続の者達は、訓練を受けた兵士のようにぴたりと止まる。その間、声を発する者も
なくまた、草を踏む音さえ立てない。
 一団は息を殺し、彼らの追っていた獲物の様子を伺った。
          
 そのまま、目玉がこぼれ落ちてしまうのではないかと思われるほど目を見開いて、
ティナは驚いた。何かを言おうとして口を動かすのだが言葉にならず、酸欠の魚のよ
うに唇を開け閉めするだけだった。
「な…」
 しばらくしてようやく声が出る。
「なによ! これ!!」
「なにって、食べ物に決まってるだろ」
 ティナの質問の意味がよく理解できず、きょとんとした顔のヒューイが答えた。
 そしてヒューイの前にはたった今、仕留めてきたばかりの獲物が横たわっている。
鹿と犬の合いの子のような奇妙な生き物は腹部に大量の血糊を付け、恨めしげな目を
ティナのほうに向けていた。
「食べ物…いやよ、こんなの食べられる訳ないじゃない。かわいそう…」
「ティナは肉を食べたことがないのか?」
「…あるけど……」
 ティナはもう一度、その生き物のほうに目をやったがすぐに視線をそらしてしまっ
た。怖くてまともに見られないのである。
 ティナは決して肉が嫌いな訳ではない。むしろ好んで肉を食するほうである。たが
我々のほとんど全ての者がそうであるように、肉を食するときそれが生き物を殺して
得られたものだと意識したことはない。
「とにかく食べられないの! 何か果物を取ってきて!」
 ティナ感情的に叫んだ。自分の言っていることが我儘であることは分かっていたが、
それがかえってティナの気持ちを苛立たせた。
「ちえっ。めんどくせーやつ」
 ヒューイにはティナの言っていることが、よく理解できなかったが、渋々とその言
葉に従い果物を捜しに行こうとした。
「ちょっと待ってよ!」
「?」
「これ、どこかにやってよ」
 ティナは目の前に横たわる獣を指さして言った。
「はいはい」
 ヒューイはその獣を担ぎ上げた。どこかティナの見ていないところで一人で食べよ
うか、そう思った。ヒューイのように密林のなかで生きるもの達にとり、獣の肉は大
事なエネルギー源である。果物だけでは、力が出ない。
「それじゃ、何か果物を持ってくるから、おとなしく待ってろよ」
 そう言って、ヒューイは森の向こうに消えて行った。
           
 風が吹き、辺りの梢を揺らしていく。
         
−−ザワザワザワ−−
         
 突如として森の木々達が話し始める。
−−女の子だ! 女の子がいるよ!−−
−−見てみなよ 柔らかそうな体! おしいそうだなあ−−
−−食べちゃおうよ、さあ、早く食べちゃおう−−
          
 ティナの全身を寒気が走り抜ける。
 そんなことがある筈は無いのだが、枝々の揺れる音に、深い森のなかにただ一人で
いることに気付き、恐怖を覚える。その恐怖が、幼い日に今ではうっすらとしか面影
を思い出せなくなってしまった、母から聞いた物語が記憶の中に蘇って来る。
 ティナはヒューイを再び密林の中にやってしまったことを後悔した。かと言って、
ティナには生命の名残を留める”肉”を食することは出来なかった。また、自分の力
でこの密林の中から、食べられるものを捜し出すことも出来ない。
 それなら、ヒューイと一緒に行けば良かったのだ。どうしてヒューイはそんなこと
も考え付かず、自分一人で身を守る術も持たぬティナを一人置いて行ってしまったの
か?
 ティナは次第に少年に対して怒りを覚えた。その怒りは理不尽なものであったが、
今のティナにそれが分かる筈もない。
 ヒューイにして見れば、密林のなかで生きる術を何も持たない少女は、一緒に旅を
するのには少々、厄介なパートナーだった。
 肉を食べたことはあるが、ヒューイが苦労して捕ってきた肉は食べられない。自分
で食べられる木の実を見つけられない。木の上を移動できない。ちょっと歩けばすぐ
に疲れる。その癖、ヒューイの採ってきた木の実に、美味しいだの、まずいだのと文
句を付ける。
 もともと、ヒューイの村の男達は女性に命令されることに慣れてはいない。原始生
活を営む彼らにとって、女性は己の所有物という発想が根強い。ティナにしても、掟
に従い正式にヒューイの物と認められたのである。その所有物であるティナの我儘に
ヒューイが従っていたのも、幼い頃からの両親の教育とマリアの最期の言葉のおかげ
だった。
 また、ティナのいまいる場所はヒューイによって充分に下調べされ、危険な獣が近
くにいないことが確認されている。大抵の場合、個々の獣達は己のテリトリーの中か
ら出て行動することは少ない。少しの間だけならティナを一人にしていても問題無い
筈だった。
 ティナは自分の後ろの茂みが揺れる音を聞いた。風ではない。
 振り返ったティナの視界に幾人もの男達の姿が飛び込んできた。
「あっ」
 咄嗟に叫びを上げようとしたティナのみぞおちに男の一撃が加わった。
 ティナは声も無く男の手の中に倒れ込み、意識を失った。
 男は意識を失ったティナを草地にそっと寝かせた。そして金色の髪を物珍しそうに
撫で廻してみる。一通り、ティナの体を眺め、満足すると後ろの男に命じティナを担
がせる。そして一団はティナを連れ、茂みの中へと姿を消して行った。
         
 ヒューイは野苺の群生地にいた。幼い時より、密林を遊び場所としていたヒューイ
にとってそれを見つけ出すのに、たいして苦労はなかった。
 草で編んだ即席の籠は、甘い匂いのする実で一杯になっていた。
「これならティナも喜ぶだろう」
 好き嫌いの激しいティナも、この野苺は気に入ったらしく、良く食べていた。しか
しティナと一緒に旅に出てから、これ程群生しているのを見つけたのは初めてだ。
 ヒューイの村では男がこの様にして木の実を採ることは珍しい。普通、こう言った
事は女達の仕事で、男達は狩りに精を出すものである。たが、ヒューイは父親を早く
に亡くし、母も病気に倒れてしまったため、狩りをすると同時に様々な木の実、薬草
の採取も自分でやっていたのだ。
 ヒューイの村は彼の父と母が作った村と言って良かった。二人の努力によって、弱
い者達を保護するという考え方が村人の間に浸透していた。そのため、ヒューイが自
ら木の実や薬草の採取をしなくても、村人達から分けて貰えた。しかし、ヒューイ自
身がそれを良しとはしなかったのだ。それに、母のために何かをすることがヒューイ
は好きだった。今は母が亡くなり、その対象がティナに変わってはいたが……。
「!」
 野苺を摘むヒューイの手が止まった。
 何か不快な感じが体を走り抜けて行ったのだ。それは具体的な感覚ではない。我々
の言う”虫の知らせ”的な、第六感の働きである。
 ヒューイは咄嗟にティナの身に何かが起きたことを感じ取り、集めた野苺もその儘
に少女を残してきた場所へと急いだ。
「くそっ!!」
 その場所にティナの姿は無かった。争った形跡もない。実に簡単にティナは相手の
手に落ちたようだ。
 ヒューイはすぐさま、周辺に残る匂いを嗅いでみる。血の匂いのしないことと、ティ
ナ以外の人間の男の匂いから獣に襲われたのではないことを知り、ほっとする。男が
密林のなかで自分の部族以外の女を見つけた場合、殺したりすることは絶対と言い切っ
てしまえるほど有りえない。まず間違い無くその女を自分のもの、あるいは部族のも
のにするため、自分の村に連れて帰る。ヒューイがそうしたように。
 ティナの無事を確認すと、今度は怒りがこみ上げてきた。まだ自分の血を継ぐ者を
残すには少々早いヒューイだったが、弱肉強食の世界に生きる男としての本能はその
身に染み付いている。自分の女を取られること。これはこの上無い屈辱である。
「ウオォォォォッ!」
 ヒューイの怒りの叫びが密林に響き渡った。
 叫びながらヒューイは本能と言う建て前とは別に、心の奥底からティナの事を心配
している自分に気付いていた。
         




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