#2592/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF ) 92/12/25 0:54 ( 75)
「危脳魔流探偵譚」(4) 久作
★内容
・九州の男・
「・・・であるからして この采女 即ち大和周辺の有力氏族から
出された采女ではなく 東国から国単位で まぁ そのぉ 何だ
その国の国霊のヨリシロとしての女を帝の後宮に差し出す そお
いう采女もおったワケだ 若林君 意味解るかね」
白髭をたくわえた老紳士が欠伸ばかりしている若林を指名した。
「はあ 采女って結局帝のハーレムの女なワケだから アレでしょ
犯るってのは 支配する 服従させる ってのの最も解りやすい
現象だから 或る国から差し出された女を犯るってのは その国
を服属させることになるんでしょ」
「スケベエなことには理解が早いな 君は 寝不足のようだが そ
の方面の実地研究でもしとったのかね」
「え いや あのぉ」
「ふむ このように古代の支配や継承には性的な意味合いが強い
皇位継承儀式でも 伝来の剣と同衾すると云われておる 更に一
部の寺院では 実際の性行為を介して 最高の法理が伝達される」
「剣って やっぱりファロスの象徴ですか」
「うむ 少なくともヴァギナの象徴ではないな」
少ない史料を使って互いの妄想を披露し合う古代史の演習が終わり、
鏡三郎は桑折邸に向かった。邸は、なんだかニギヤカだった。下男や
ら書生やら女中たちが一室に集まってナニヤラ騒いでいるようだった。
「どうしたんだい 今日は賑やかだね」
鏡三郎は椅子に座ると挨拶代わりに聞いてみた。
「アタシ あの方 嫌い」
紀子の頬は明らかに、いつもより余計に膨れている。
「あ 誰か来てるのかい」
「有名な政治結社の九竜党の会長の山先満先生 イヤラシイ話ばっか
りして 下品に笑って みんなもみんなだわ あんな話に喜んで」
「ふうん 九竜党って九州の結社だね 朝鮮併合の時に裏で活躍した
っていう・・・」
「そおなんですかぁ どおりで・・・
朝鮮女を力ずくで犯るのが一番イイ 泣き喚く様が どうにもタマ
ラン 結構イイ肉体しとるし・・・ とか云って下品に笑うんです
絶対許せない」
「紀子さん 犯る なんて云っちゃあイケナイよ」
「え あ あの アタクシ・・・」
「んんと 今日は どこからだったかな・・・」
鏡三郎がいつものように紀子の前の英語の本を覗き込む。胸元から上
等な石鹸の香りが漂う。その胸に顔を埋めたくなるのを我慢して、大き
な声で英文を読み上げ始めた。と、その時、ドアが勢いよく開いた。
「おお 勉強中だったか 失敬 失敬 はっはっはっはっはっ」
白く見事な顎髭を揺らして6尺豊かな老人が笑っている。山先満。政
治結社の頭目だ。福岡に本拠を置き朝鮮半島に今でも睨みを利かせてい
る。一見、相好を崩して笑っているようだが、眼光は鋭い。
「君 若林君とか云ったね 大学生だそうだが 何を学んでおる」
「はい 国史を専攻しております」
「ほお 国史というても 色色あろう どういう国史ぢゃ」
「江戸時代の商売仲間について研究しております」
こういう相手に正直に「日露戦争後の天皇制支配」と答えるワケには
いかない。山先は疑わしそうな顔で質問を続けた。
「皇室の研究も大切ぢゃろ それはしとらんのかね」
「そ そんな 畏れ多い・・・」
鏡三郎は美作が聞いたら噴き出しそうな返答を真面目腐って云っての
けた。
「・・・ふっ ふはははははははは
結構 結構 最近 赤化学生がハビこっとるもんでのぉ
ちょっと心配になって クドク聞いてしもぉた
・・・そおじゃ ワシは山先満 以後 見知りおかれたい
いや シッカリした学生さんぢゃわい 頼もしい
はっはっはっはっ」
山先は云うだけ云って、姿を消した。出て行く時、後手にドアをゆっ
くり閉めたのは、どうやら鏡三郎を「マトモな」学生と認めたからだろ
う。鏡三郎は安堵のため息を洩らし、再び紀子の胸元に顔を近づけた。
相変わらず鏡三郎は、疲れ果てて下宿に戻った。戻ったが、余りに長
く紀子の胸元に顔を近づけていたセイか、なんだか、あの上等な石鹸の
香りが、どこかから漂ってきているような気がする。鏡三郎は、ある人
物の顔を思い浮かべながら手淫した。紀子ではない。鏡三郎は溜まりに
溜まった欲望を吐き出し、疲れ果て、横になった。横向きに丸くなり、
眠りに引きずり込まれていく。ここで初めて優しげな紀子の顔が浮かぶ。
その頃、桑折邸では、亀吉が虚空をカキむしり悶え狂っていた。午後
11時58分。亀吉は死んだ。
(続く)