#2591/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF ) 92/12/25 0:51 ( 81)
「危脳魔流探偵譚」(3) 久作
★内容
・特高・
帰り途で買った1升瓶をぶら下げて下宿の扉の前に立ち、鏡三郎は
驚いた。電灯の明かりがもれている。鏡三郎は舌打ちした。(まさか
とは思うが・・・)と思いながら戸を開けると、その「まさか」が座
って雑誌を読んでいた。
「美作さん 何ですか 夜分に」
鏡三郎は思い切り不機嫌な声を出した。
「鏡三郎 遅かったな お 酒か 悪いな 冷やでいいぞ」
美作一郎。25歳。大学を出たばかりの法学士だが、ここM県の特
別高等警察課長、内務省の出向官僚だ。いわゆる公安、警備警察。5
尺8寸の偉丈夫だが、インテリらしく厚い丸眼鏡をかけている。鏡三
郎にとって同郷の先輩に当たる。
「お前 まだ こんな雑誌を読んどるのか」
笑いながら美作は「改造」を鏡三郎の前でブラブラ振ってみせた。
「持ってるだけですよ 女にモテるから」
鏡三郎はフテブテしく笑ってみせた。
「百円札 束で持ち歩く方が モテるぜ」
美作もイヤラシイ笑いを返した。
鏡三郎は無言のまま2、3度頭を軽く振り1升瓶の栓を抜いた。
「おう 鏡三郎 お前 山名宏二って奴とつるんでたろう」
美作は湯飲みを受け取りながら真面目な口調で訊いてきた。
「はあ」
鏡三郎は慎重に答えた。
「いや そいつを引っ括ろおってんじゃないさ
ただ どこに行ったかと 思ってな」
「へえ 特高って閑なんですねぇ」
「ふん 知らなきゃ それでイイんんだ でもなぁ 惜しいなぁ
今なら助かるんだが・・・ 死ななきゃ イイけどなぁ」
「ちょっ ちょっと 美作さん どおいうことですっ」
「ああん いや べつにぃ ま じゃ ごちそうさん」
「まっ 待って下さい 宏二 宏二が どおかしたんですか」
「ん いや 彼が犯罪者ってワケじゃないんだが
危ない立場に 立っとるようなんだな これが じゃ またな」
「まっ 待って下さいっ どこかは知らないんですけど・・・
田舎 田舎でゴタゴタがあって それで暫く父親と一緒に・・・」
「ほお 田舎か 田舎って どっちの方だ」
「解りません 訛りもない奴だったし」
「ううむ んっ よし ありがとう またな」
美作が出て行く。窓の下で自動車が走り出す音がする。鏡三郎の胸に
苦い後悔が込み上げてくる。懐中時計を手に取る。立ち上がり、鏡三郎
も部屋を出る。乱暴に戸を閉めて階段を降りて行く。
・山名邸・
旧家然とした長屋門のくぐり戸を抜け玄関で呼ばわると、離れから一
人の老婆が出てきた。
「夜分 申し訳ありません 私 若林と申します 宏二君は」
「いやいや あなたが若林様でございますか 坊ちゃまから
お話はかれこれ伺っておりますよ あいにく坊ちゃまは 旦那様と
出ておられます まあ お上がりなさって・・・」
「至急 連絡をとりたいのです どちらに行かれたんですか」
「まあ このような寒い所ではナンですから」
鏡三郎は山名家のお手伝いらしい老婆に案内され母屋に上がった。
「こちらへ」
真っ暗な廊下を老婆が差し掲げる蝋燭を頼りに恐る恐る進んでいた鏡
三郎は、突然に老婆が立ち止まったものだから肝を潰した。ドアを開け
入る。ぼんやり闇に人の顔が浮かんでいる。肖像画でも壁に掛けている
らしい。老婆が燭台に火を移して回り部屋を明るくすると、宏二によく
似た少女の顔が、金縁の額の中で微笑んでいるのが見えた。
「恵子様でございます」
(・・・知ってるよ)とは口に出さずに、鏡三郎は頷いた。
「宏二坊ちゃまの妹で 3年前に亡くなりなした まだ16でいらし
たのに・・・」
老婆は静かに泣きだした。
山名恵子。鏡三郎の初恋の相手だ。高等学校の頃、3年前の夏、広瀬
川のほとりで擦れ違った。薄茶色の髪を後で束ね、スッキリとした白い
ウナジを覗かせていた。慌てて呼び止め名乗り、名を尋ねた。少女が驚
きの表情を見せたのも一瞬で、涼しげな瞳に笑みを浮かべ名を告げた。
それっきりだった。数日後、女学校を尋ね歩いて探し当てたと思えば、
既に帰らぬ人となっていた。恵子が宏二の妹だと知ったのは最近の事だ
った。自殺だったらしい。
「・・・それで 宏二君は どこに行ったんです?」
「はい それは 私も存じません 私は坊ちゃまに 若林様がいらし
たら こちらの部屋に お通しするよう承った許りで・・・」
「あの 山名家は どちらの地方の家なんですか」
「え 山名家は代々この地で 旧藩時代から ずっと」
「・・・・・・」
鏡三郎は不吉の影を感じて早々に山名家を辞去した。自然と足が広瀬
川に向かった。一晩中、川原を彷徨った。やけに月が赤かった。
(続く)