AWC 「危脳魔流探偵譚」(2)   久作


        
#2590/3137 空中分解2
★タイトル (ZBF     )  92/12/25   0:47  ( 80)
「危脳魔流探偵譚」(2)   久作
★内容
        ・藤原緑・

    翌日の夕方も、鏡三郎は桑折邸に来て、紀子の隣に座っていた。で
   きないナリに、いつもは真面目な紀子が、今日は気もソゾロな感じで
   落ち着きがない。
    「どおしたんだい 何か気になることでもあるのかい」
    早めに休憩時間をとり、鏡三郎は尋ねた。
    「先生 今日 緑さんていう 親戚の方がみえて その人がとって
    も奇麗な女(ひと)で すごく大柄な方なんだけど すごく美しい
    女で ちょっとウチの五月に似てるんですけど その女 その女の
    お父様と一緒にみえて その方 遠い親戚で 盛岡で生糸問屋なさ
    ってる方で 名前だけは存じてましたけど お父様も子供の頃以来
    だって仰しゃってたから 今まで お付き合いしてなかったんです
    けど で その緑さんって女 とっても奇麗な方で・・・」
    (どうやら、紀子さんは、緑って女のことを喋りたくてウズウズし
   てたらしい)と鏡三郎は気付いた。鏡三郎は、(紀子さん すごく幸
      せそうな顔して喋ってるな)とボンヤリ考えながらウワノソラだった。
   緑というのは桑折家の遠い親戚で、盛岡の生糸問屋・藤原源治の娘、
   父親と共に暫く桑折家に滞在するらしい。
    「緑さん とっても奇麗な方で ちょっとハスキイな声で 優しく
   って でも シッカリしてらして とっても賢くって・・・」
    紀子の口舌は、放っておくと、永遠に続きそうだった。鏡三郎は紀
   子の唇の動きや、フックリした頬にヤヤ押し上げられていつも笑って
   いるように見えるパッチリではないが切れ長で烏目勝ちな目を何気な
   く見ていた。
    ガチ、と金属音がドアの方から聞こえる。ノブが回る。

        ・五月・

    鏡三郎は懐中時計を手に取る。キッカリ5時半。お茶の時間らしい。
   鏡三郎の苦手な五月が入ってくる。スウーと幽霊のように、まっすぐ
   部屋の中央に据えてある円卓まで進み、盆の凹みに固定されたティー
   カップと洋菓子の皿を不自然なほど滑らな動きで、予め据えられてい
   椅子の前に並べる。
    五月はいつも、青白い顔にヨク映える暗紫色のドレスを着けている。
   身の丈5尺2、3寸。あどけなく美しい顔と全体的にスレンダーな体
   の線には、不似合いな豊胸がやけにソソル。鏡三郎だって、こういう
   女性が嫌いなワケでは決してナイ。鏡三郎が五月を苦手なのは、五月
   が自働人形でありながら、人間にソックリだからだ。
    内燃機関で動いているが、特殊な工夫をしているのだろう、音は聞
   こえない。青白くヌメヤカに輝く横顔は人間そのものだ。行路を二百
   分の一に縮尺して彫った板を装置に嵌め込めば、正確に何処へでも行
   く。ただし行くには行っても、出来ることは、盆に載せたティーカッ
   プと皿を卓上に並べることだけだ。等身大の、茶くみ人形。
    桑折家の当主、亀吉が金にあかせて3年ほど前に作った代物だ。そ
   の頃に死んだ亀吉の妻を模したらしい。五月の顔は、その妻のデス・
   マスクを型にして作ったという。確かに亀吉は五月を本当の妻のよう
   に寵愛していた。五月の一日の最後の仕事は亀吉の寝室にアイリッシ
   ュ・コーヒーを持っていくことだ。そして朝まで亀吉と「2人」で篭
   り、朝になると台所に自分で動いて来る。
    鏡三郎は五月の妙にスムーズな動きを見つめていた。カチリとも音
   を立てずに、五月は2つのティーカップと菓子皿を円卓に置くと、無
   人の椅子に向かい落ち着き払って深々と一礼、来たときと同じように
   スウーとドアに向かい、ノブを回し出ていった。鏡三郎の視線はまだ、
   五月を追っている。五月はドアのすき間をすりぬけながら半回転し、
   部屋の中の誰かに会釈をして、漸く姿を消した。
    「ふうう」
    鏡三郎はため息をつく。
    「先生 五月のこと嫌い?」
    紀子が上眼遣いに覗き込む。
    「あ いや ああ ちょっとね」
    鏡三郎は言葉を濁した。
    「あたしも あんまり・・・
     確かに お母様に似てるといえば 似てるけど 全然 違うもン」
    紀子葉は膝の上で組み合わせた自分の指を見つめながら呟いた。い
   つもよりも頬が余計に膨らんでいる。
    「お母様 もっと優しい もっとフックラした お顔なさってて
     あんなに痩せてなかったし それなのに それなのに お父様は
     お父様は・・・」
    紀子の目はウッスラ潤んでみえた。鏡三郎は無性に腹が立ってきた。
    「ただの人形だろう 気にするなよ」
    努めてナニゲナイ風を装い鏡三郎は紀子の丸い肩に手を置いた。
    「先生っ」
    紀子が顔を上げ、潤みきった瞳で見上げる。鏡三郎はビクッとして一
   瞬、肩に置いた手を浮かせた、が、すぐに戻した。
    それから1時間もの間、泣きじゃくる紀子の肩に手を回した鏡三郎は
   いつもより酷い煩悩と亀吉への義憤で、余計に疲れて下宿に戻った。

(続く)





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