AWC 《純愛小説:ブスより惨憺》            カラオケ救


        
#2476/3137 空中分解2
★タイトル (JHM     )  92/12/11   6:34  (182)
《純愛小説:ブスより惨憺》            カラオケ救
★内容



  言葉にするのは易しいか?行うが難いか?時により場合によりそれぞれではあろうが

 「 告白 」

という物事も人生の難事といって差し支えなかろう。特に恋において。

 酔いにまかせ、成り行きにまかせ、水商売の手練手管に塗れて、繰り返す夜も昼にも
強くはなった女ではあったが、どうしても口に出来ぬ言葉を深く抱いて、定まらぬ視線
で遠くを見つめてため息をつく。

 ガラガラに空いた地下鉄の車両のベンチシートの真ん中にチョコンと座った小柄な女
は、スカーフを被って、大きな大きなマスクで顔を隠している。時折、激しく咳き込ん
で苦しそうに前かがみになっている。

 あたりに人の気配は無い。女はマスクを外し、ポシェットの中からタバコを取り出し
て、火を着けた。痩けた頬、落ち窪んだ眼、咳き込む毎に大きく動く小さな肩。止せば
良いのに、眼を細めて深く吸い込んだ挙げ句に、また咳き込む。

 「 もう・・これで最後・・・ 」

短くなったタバコをひとしきり吸った後、ポイッと開いている窓から投げ捨てる。また
シワクチャになったタバコの箱から最後の1本を取り出す。箱もいつの間にか丸められ
て車外へと消え、咳き込みの音が続く。そして、最後の吸殻も窓の外へ消え、地下鉄は
スピードをダウンさせた。

 「 恋は自由 愛よりも自由 Hはほんの御挨拶? キスより簡単? 」

ホームに降り立った女はおどけて踊ってみる。ラッシュが一段落しても疲れの取れない
駅員さんは、ホームの端のモニターTVを見ながら、

 「 いるよな〜 あぁいうの・・・・ 」

と呟いてはため息をついた。

 「 安全確認! 指差呼称〜! 」

と叫んで、気を鎮め、詰所で休憩をしに向かった。体調が万全では無い女は、次の瞬間
転んで顔面をホームの敷石にぶつけていた。

 女が街へ出かけたのは、ほぼ1年ぶりの事だった。誰にも逢いたくなかった。姿を曝
したくなかったんだ。

 女が体に変調を覚えたのは、1年半前だった。うるさく医者へ行けって言う奴がいた
ので、仕方なく近くの病院へ行った。血液検査の結果を聞きに行ったら、

 「 Cd4分画が低下してますね・・う〜ん・・海外旅行の御経験は? 」

 「 え?・・海外旅行? バリとかハワイとかしょっちゅう行ってますが・・ 」

 「 しょっちゅう?・・『御仕事』でですね? 」

 「 えぇ、『仕事』です 」

なんてやり取りが続いた。感じの悪い医者だ。医者ってのは、すべからく感じが悪い。
『知験薬』とか言って公式に発売されていない薬を使いますが構いませんか、とか言っ
てきたので、

 「 そんなモルモットみたいなの御免だね! (馬鹿っ!) 」

って事で丁重に御断わりをして、薬も貰わずに、帰って来てしまった。

 でも、それから、どんどんと色々と症状が出始めた。微熱が続く。下痢も止まらぬ。
脇の下にグリグリが出来て、そのうち顎の後ろ側にも、足の付け根とかにも、いくつか
のシコリを触る様になった。けだるくて、仕事にも何もならない。何となく、自分の行
く末がわかった。雑誌とかにも色々と書いてあるし、ほとんど病気の様に

 「 その類の話 」

を顔を会わせると必ずする奴、ってのもいたんだよな(マッタク!嫌な奴!)。

 そのうち、3連休で、珍しく何処へも遊びに行かない日、ってのが来た。その時なん
だ。女はシャワーを浴びた後、鏡の前に立ち尽くす。

 「 こ・れ・が・・・・私・・・・ 」

30は過ぎているが、女学生と間違われる位で、そんじょそこらのオバサンとは違うと
ばっかり思い込んでいた。ところが、どうした事だろう。去年亡くなった母親の顔、が
そこにはあった。

 会社も辞めた。貯金を全部下ろした。金目のものは全部処分をした。場所を取る雑多
なものは全てを捨てた。海辺の高いマンションから、安アパートに越した。一人暮しは
気楽なものだ。食料を知り合いの問屋に頼んで、レトルトパックとかを中心にカートン
でしこたま買い入れた。その他、思いつくままに生活雑貨品も。

 「 何ですか?地震の時に立てこもろう、ってでも言うんですか? 」
  イブ
とか訝しがられたが、

 「 地震に備えて 」

と真顔で答えておいた。家賃とか電気代とかの引き落しの口座に、残りの現金の大半を
入れておいた。約2年分。もう、家から一歩も出なくても、当分生きてゆける筈。酒も
大吟醸が10ダース。カード会社のカタログで、持ちのよさそうな贅沢な珍味も一式。

 2日に一度風呂に入り、衛星放送やTVを見て過ごす。忙しくって、見たかった映画
とか、一日中見ていた。買うだけで溜っていたCDとかLDとかも飽きるまで。でも、
寂しくってしようがない。昔の女友達とかに電話を掛けてみる。でも、逢おう、っては
決して言えないんだ。酒びたりになる。レトルトの食い物にも飽きが来る。

 パソコンを立ち上げて、ネットにつなぐ事が多くなった。書きたかった事、思ってた
事、思いのたけを綴り残しておきたかった。連載を始めたのもその頃だった。

 あれから、もう1年が経った。大家さんから家賃値上げの通知ハガキが来た。早速、
ファーム・バンキングで残高を調べる。ネットの課金とか電話料金とかで、予定より
減りが早かった。「終わり」という言葉にとても親しみが湧いた。コロポックルの民話
を思いだした。コロポックル神を脅して、

 「 一生まかなえる程の米と鮭 」

をせしめたものの、それはたった「一冬分」のものだった、という御話。

 「 お前の人生は、それで十分だ 」

と冷たく言い放つコロポックル神。その話を思いつくと、思わず

 「 ひゃはははははぁ〜 」

笑いころげていた。ベッドから滑って転んで、肩を打った。力が入らなくって、半日
そのまま転がっていた。寒気がする。

 「 ごふっ ごふっ ごふっ ごふっ 」

と咳込む。押さえた掌に赤い血が流れた。

 リモコンの電池が切れた。毛布を被って、かぶりつきでTVを見る様になった。下痢
とシブリに悩まされ、一日中、横になっている事が多くなった。洗濯もままならない。
床へ溜る塵や埃の如く、沈澱して一日をば過ごす。血が肛門から滴って、シーツにシミ
を作るが、洗濯もままならない。

 そんなある日、突然、あの人からメイルが来た。ハンドルしかわからない筈なのに、
氏名も公開していないのに、何でわかったのだろう。

 「 そんな君の生き方が好きです 」

とだけ。そして、3日後に逢おう、とも。心ときめいて、返事を出した。

 「 了解 」
                                クシケズ
その日が来た。精いっぱい綺麗にして行こうと思った。風呂で髪を洗い梳ると、

 「 ズルッ 」

と束になって髪の毛が抜けた。白いものも混じっている。見ると、

 「 禿 」

が出来ている。仕方が無いから花と蝶の模様のスカーフをしてみた。なかなか似合う。
外出用に用意をした大きなマスクを被った。取って置きのドレスを羽織って、本当に久
しぶりに自分の肩を抱いてみた。本当にか細くなっていた。体重は20キロ近く減って
いる。

 「 ふ〜っ 」

と吐いたため息に、羽根の様に舞って、天へ踊る。あの人は来てくれるかしら?

 地下鉄は、所定の駅で降り、転びはしたけれども、足どりは確か。長い坂の下の待ち
合わせの場所に向かっている。声がする。

 「 お〜い 」

遠くからではあったが、目線が合った途端にわかった。息切れに弾む胸の鼓動がせわし
くなる。子供の様にはしゃいでいた。

 男もマスクをして、酷くやせ衰えていた。円らな大きな眼が一層に目だっていた。

 「 ごふっごふぅ ごふごふごふっ ごふごふごふごふごふっ・・ぜぇぜぇ 」

ひとしきり咳込んだ男は靜かに言った。

 「 ソバ屋で酒でも飲もうか・・・あの時みたいに・・・」

 もう言葉はいらない。何もかもわかった。強く抱き合った二人は、昼下がりの道を
静かに歩いていった。2人ともが、マスクを外した。女の頬のさっきの打ち処からは
血が滲み出て、止まる気配は無い。が、2人ともに笑顔と笑い声が絶えなかった。

 その日以来客足がバッタリと途絶えたソバ屋の跡地に、新しいビルが立ったのは半年
後であった。全館がカラオケ・ボックスの、「マイク・ハナサン参謀本部」という名の
そのビルは、その地の新名所となったという。





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