AWC 幻のストラトキャスター 12〈トラウト〉


        
#2460/3137 空中分解2
★タイトル (RMC     )  92/12/ 9  11:15  (197)
幻のストラトキャスター 12〈トラウト〉
★内容

 東京ディズニーランドの巨大駐車場に数千台のクルマが駐まっている。通常で
あればあたりまえの光景であるが、当日のTDLは改装中で営業を停止している。
 そのすべてのクルマたちは駐車場の最も奥にある巨大なステージにボンネット
を向け整列しており、ステージの左右には後方の観客にまでアーチストの表情を
伝えるべく、巨大スクリーンが用意されている。
夕陽が沈みきる前にコンサートを始めなければならないのだが、まだ観客は出そ
ろってはいないようで、ローラースケートにハイレグの美女たちが続々とやって
くるクルマに駐車の場所を案内している。
 その案内嬢たちのTシャツには「TDL BONNET LIVE -PINKS with COLORS-」の
文字。文字通り自分のクルマの中、あるいはクルマのボンネットに座り、足をバ
ンパーにかけながら見るという野外ライブなのである。

 クルマがそろそろ定位置につきはじめると同時に、傾いてきた太陽が後方の海
にさざなみを光らせ、空も多少紅みを帯びてきた。
 空砲の合図とともに、その空に向けV字型に設置してあった強力なサーチライ
トが雲に届かんばかりに一斉に点灯されると、ざわめいていた観客が一瞬にして
静まった。
 サイレンが鳴り始めるとその灯が回りだす。空を、雲を、照らし、大きく回る。
静まっていた観客席から期待の声か感嘆の声かが高まってくる。
 ステージいっぱいにスモークが焚かれる。観客はもうアーチストを待ちきれな
くなっている筈だ。

ダンダンダン! ダンダンダン!

拍手のかわりなのか−−観客が一斉にボンネットを叩き始めた。

ダンダンダン! ダンダンダン! ダンダンダン! ダンダンダン!

最初はバラバラであったその音が、次第にまとまり、完全なリズムが出来あがる。
すると−−いきなりステージ下の上手からフルサイズのオープンカーがタイヤをき
しませて駆けこんできた−−誰?観客が考えるよりも早く、その男は助手席のスト
ラトを手にとるとドアを飛越しステージ上に向った。それになんと大型の犬もその
男を追うようにステージに上がってゆくではないか。
 舞台奥に高く積上げられたアンプ/オールドマーシャルの電源を確認すると、そ
の男はググッとセンターにたち、金色の犬がその隣に座った。
 男の真後ろから観客に向け強力なスポット/目潰しが焚かれた。
観客にやっと彼とその犬の影が明確に届く−−その男は左手でジーンズのヒップポ
ケットからウイスキーの小瓶を取出し、乾いた唇をしめらせ、右手でストラトのボ
リウム/ゲインを75%に上げた。まだ音を出すのは早い−−

−−後方の空が紅みをいっそう増した。

 男は会場とその空をまるごと自分だけの光景として、しばらくの間ステージ上で
ひとりじめにしていたのだ。もう観客は待てない。
 しかし更に男はその音だしのタイミングをはぐらかすかの様に、悠長にもチュー
ニングを始めたのである。それは正にチューニングまでパフォーマンスとするウエ
ストコーストのやり方だ。
10秒−−20秒−−観客をけむに卷いたと思ったのも束の間、彼はなだれ込むよ
うにイントロのリズムをきざみ始めた。

 ガーガ ンガガ ンカック ンカクー ガーガ ンガガ ンガック ガガ

男にはもう観客が見えない、ただ瞳を閉じて自分の内側に深く潜行してゆくのみ

 ガーガ ンガガ ンカック ンカクー ガーガ ンガガ ンガック ガガ
 ガーガ ンガガ ンカック ンカクー ガーガ ンガガ ンガック ガガ

観客が我にかえり、再びそのリズムに拍手を合わせだす−−

 ン パン ン パン ン パン ン パン ン パン ン パン

金色の犬もそれに同調するかの如く遠吠えをする−−

 ウオーーーーーッ ウオーーーーーッ

観客の知らぬ間にステージ上にはドラムス、ベース、キーボートのミュージシャン
がそろそろスタンバイを始めた−−

 ガーガ ンガガ ンカック ンカクー ガーガ ンガガ ンガック ガガ

テクニックは何もない、只のリズムだ。しかしそのノリは観客になにかしらを感じ
させているに違いない。

 ガーガ ンガガ ンカック ンカクー ガーガ ンガガ ンガック ガガ

後方でスタンバイを終えたドラムス/桃謙のカウントが全ミュージシャンはもとよ
り全会場に響きわたった、観客全員もそのカウントを待っていたのだ。

  ウアン! トゥー! ウアン トゥー トゥリー フォアー!

  ガーンンンンンン!!!!!!!!!!!!!!!!

彼のディストーションを聞かせたストラトがついにMAXボリウムで轟いた−−
と同時に、その数千台に及ぶ観客つまりクルマたちが一斉にステージにむかいヘッ
ライトを上向きで点灯した−−
ステージ上でも負けじとばかりに巨大なバリライトを観客に浴びせかける−−
今まで耳にしたこともない程の大歓声の中、真昼よりも明るく全ステージと観客が
浮び上がった−−そしてそこで初めてその男の姿が巨大スクリーンに映しだされた

−−インディアンジャケットにトニーラマ

そのギタリストは右手をどこまでも高く空に掲げていた。
ストラトの音はひときわ高い倍音にかわり、永遠にとまる事がないかのように、い
まだその尾を引続けている−−

−−虎人が目をつむり何かをつぶやき続ける……マントラ−−タカさん伝授の瞑想
か?
−−おおっ、なんという事だ!その男の体が中空に浮き始めたではないか!
−−更に昇る、昇る、昇る、1m−−3m−−5m
−−笑っている……スクリーンの男がけたたましく笑っている

桃謙のバスドラがクルマのウインドウを割るかのような振動を伴う重量感で響き始
める。

 ダン ダダン ダン ダダン ダン ダダン ダン ダダン

その地鳴りにスネアが加わる−−

 ダン パダダン パ  ダンパダダン スタドン! ダンパダッダンパ

ステージ前部の筒から轟音とともに火の粉の花火が発射されると同時に男はステー
ジ上に転げ落ちた−−怪我か?そう思うまもなく、男はジャケットのフリンジをひ
るがえし、後方にあるドラムスのイントレに駆け上がった−−

−−グシャグシャに泣いている桃謙の顔

さあここだ、ピンクスだあ−−5人が上手と下手から飛込んで来た−−
正にその瞬間しかない−−観客とステージが一体となり、その歓声は嵐のような怒
涛に変貌した。
ステージバックから噴水が扇状に舞上がる−−レーザー光線の文字がその後方から
その噴水の幕を射る。

 TDL BONNET LIVE −PINKS with COLORS−

スモークが更に焚かれ、その文字は獣に変貌した−−その獣が暴れ回る−−
虎人は飛んだ、確かに現実に、あのタカさんよりも高くだ。
なんだ?−−なんだ?−−この気持ちはなんなんだ?
いや、これでいい−−これでいいんだ。
 虎人は脇にいた若手のギタリストの頭上に右手を高く上げ、その掌を彼の掌と叩
くように合わせた。その瞬間にもうステージには何の未練もなくなったという事な
のか、観客の大歓声を背中にすると、あくまでゆっくりとそのストラトをスタンド
に置き、金色の犬とともにその場所から去っていったのだ。
  ステージは更に佳境に向っていった−−

                                    ★   ★

「ステージの袖でみんながぐしゃぐしゃな顔をして待っていたよ。笑子、鳥見のオ
 ッサンまで、それからみんなが後ろにいた順子を俺の前に押しだした。
 それで−−先生クルマ裏に駐めてあります、いってらっしゃ〜い。だとさ、それ
 からズッとあいつと一緒って訳さ、すべて桃謙のおかげだ」

「いや俺もおんなじに嬉しかったんだから助けられた口だ。それにしてもお前のギ
 ターなかなか捨てたもんじゃなかったぜ」

「いやもういい、ギターだって毎日弾いてりゃ作詞家がやりたくなりそうだ」

「はは救えない天の邪鬼だよお前、それじゃまた元の作詞家って訳か」

「何をやっても同じなんだよ桃謙」

「…………」

「作詞家でもプロレスでも絵を書く事でもだ。
 なにかと同調する事によって高みに昇り、そこからおのれの想像力を見つけるん
 だ、みつけた後にそれをしっかり自分の中に認知するんだ、わかるか?」

「…………ん、なるほどな、なんとなくわかるような気もする。それがホームレス
 の悟りってもんか?」

「あたりまえの事だ、そのぐらい分らねぇようじゃ桃謙も終りだな」

「ちぇどうせタカさんの台詞だろ、世話かけやがったクセにいいたい事……」

「いや、お前だから言ったんだぜ桃謙」

「いい加減にしろ、それはギターを弾けっていった俺の台詞だ」

                                   ★ ★  ★

−−朝6時半の銀座
まだひとけもなく、カラスの群れだけが目だつ八丁目の表通りをフルサイズのオー
プンカーが走っている、おまけに助手席には金茶の毛並みの大型犬だ。
フォードだろうか、優勝パレードなどでよくみかけるあれだが、それにしてはかな
りの旧型、車体のあちらこちらも傷とへこみだらけである。
 しかし、腐っていようが傷だらけだろうが、それはフルサイズのオープンカー。
往年の威厳は失われずに、その通りにおいて個性的である事はどうやら確かだ。
 男は地下の駐車場に入るための減速をすると同時に、パネルにあるスイッチでそ
のクルマのオートマティック・トップ(電動幌)を閉じた。
 別に好きで早朝からオープントップで走っているのではなく、リアウインドのビ
ニールがひび割れてしまってよく見えないからなのだが、他人から見ると、またそ
れはそれで彼らしく映ってしまうから得といえば得な風貌である。

 つまり、数年昔と何も変らず今でもその作詞家の仕事場は銀座八丁目にある。
変った事といえば笑子のかわりに、彼いわくボディコンっとした女子大生のアルバ
イトが入った事ぐらいか。
 笑子は多分今ごろ青山に借りた自分の事務所で、コピーライター志望の女性に瞑
想とやらを伝授しているに違いない。

 あっ、それからここだけの話ですがね、虎人が浮いたのは桃謙の仕掛け、舞台上
のバトンからロープを下げて吊ったという噂もありました。ま、ここは瞑想で浮い
たと信じておく事にしましょうかね。

                                 ★ END ★

                                               RMC42151<~ 1992/12
※ストーリーはすべてフィクションです。




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