#2461/3137 空中分解2
★タイトル (GYG ) 92/12/ 9 16:16 (122)
D家のクリスマス むらたけ
★内容
「メリークリスマス。」
その夜、D家には十数人の男女が集まっていた。はるばる外国から来た中年
紳士や、気位の高そうな鼻筋の通った細身の女性など、いずれもきちんとした
正装であった。
その男女に交じって、ひとりだけ子供がいた。10歳ほどの蝶ネクタイの少
年である。みんなは遠い親戚だと少年は父親から聞いていた。
食卓にはよく冷えた赤ワインが何本も並んでいた。
部屋の壁ぎわにはキャンドルが飾られ、クリスマスツリーはイルミネーショ
ンが瞬いていたが、その光もけばけばしくなく、落ち着いたムードを醸し出し
ていた。
「メリークリスマス。」
人々は口々に祝った。
主人らしい、長身の男は、鋭い目を血走らせながらワインを飲んだ。
……なぜ、この日に限って。
いつもは、キリストの名や十字架などを毛嫌いする父親が、毎年この夜ばか
りは楽しげに語らい、大勢のお客を呼んでパーティーをするのである。そんな
父の姿を見て、少年が不思議に思い、不満に感じることがあった。パーティー
に招待されるメンバーは、毎年同じであった。少年が友人を招きたいと、何度
頼んでも、一度たりとも許してもらえなかった。クリスマスというよりは、一
族の懇親会のような感じだった。
だが、釈然としないものを感じながらも、父がいつになく明るく朗らかであ
ることは楽しかった。
「お父さん。楽しそうだね。」
少年は微笑みながら父親に話しかけた。
「そうだとも。今日はクリスマス、特別の日だからな。」
父親は眉をつり上げながら、目をむいて子供の顔をのぞきこみながら言った。
「特別な日?」
「そうとも。今日はイエス・キリストの誕生を祝う日だよ。」
少年はきょとんとして聞き返した。
「でも、お父さんはいつも言っているじゃないか。キリスト教は嫌いだって。
そんなの変だよ。」
「変? いや変ではないさ。あいつらは嫌いだ。嫌いは嫌いだが、せめて、
この日ばかりはイエスに感謝をしてもいいなという気がするのさ。わが家
では、昔からそうしてきたんだ。」
少年は相変わらず納得しかねる表情で父親を見つめた。
父と同じ年格好の紳士が一人、父と子の間に割り込んできた。
「メリークリスマス。今日はご招待ありがとう。」
「いや、どうも。今夜のワインは極上だ。特別にとり寄せたんだ。うまいだ
ろう。ええ、楽しくやってくれているかね。ええ、ところで、どうだい、
最近の……」
父は友人と二人で話し出し、またしても少年は一人で父親の行方を目で追う
だけとなった。疑問は解決されなかったなと思いながら、グラスに注がれたワ
インをこくこくっと飲んだ。
別の男が少年に近づいてきた。
その男も外国に住んでいる遠い親戚だと少年は父に教えられていた。
「どうした。子供のお客がいないのは、やはり、ちょっと寂しいかね。」
こっくりとうなずくと、さっきから気になっている質問を投げかけた。
「父は今日が特別な日だって言っていました。そうなのでしょうか。」
「そうとも。きょうはクリスマスじゃないか。」
「でも、父はいつもはキリスト教なんて大嫌いだと言うのです。」
「そうだろう。教会も十字架も見るのもいやだろう。」
「そのとおりです。だから変でしょう。」
「そうか。では教えてやろう。いずれはお前も知らねばならないことだから
な。いいか。それは、イエスが十字架にかけられる前の夜だった。イエス
は12人の弟子たちと最後の晩餐の席にあったのだ……。」
男はイエス・キリストの最後の晩餐の話を語り始めた。
……あの夜、イエスは言ったのだ。
『あなたがたのうちのひとりが、わたしを裏切ります。』
すると、ユダという弟子が、心配になっては尋ねた。
『わたしのことではないでしょうね。』
すると、イエスは言った。
『お前のことだ。』……
少年はどこかでその話を聞いて知っていた。それが、自分たちのクリスマス
とどういうつながりがあるというのだろう。
……その後、イエスは12人の弟子と晩餐をともにした。イエスはパンをと
り、祝福してのち、弟子たちに与えて言った。
『さあ、これをお食べなさい。このパンはわたしの肉体です。』
また、杯とワインをとり、感謝をささげてから、弟子たちに言った。
『さあ、この杯からお飲みなさい。これはわたしの血です。罪を許すため
に、多くの人のために流されるのです。』
そうして、全員がパンを食べ、ワインを飲んだ。
その後、彼らは賛美歌を歌い、オリーブ山へ出かけていった。オリーブ
山で、イエスは弟子達に言った。
『今夜、お前達はわたしのためにつまずくであろう。そして、ペテロ、お
前は鶏の鳴く前に、三度、わたしを知らないと言うであろう。』……
男の話は、イエスが、その後、ユダの裏切りにあい、捕縛され、ゴルゴダの
丘で処刑をされてしまうところまで続いた。
少年はそこまで聞いて、利発に答えた。
「知っているよ、でもイエスは復活したのでしょう?」
「そう、復活した。よく知っているね。知っているなら話は早い。私がお前
に教えておきたいのは、そいつとちょっと関係がある。」
男は右手をのばして、テーブルの上のワインの瓶をとった。自分と少年のグ
ラスにゆっくりとワインを注ぎ終え、それから、もう一度語り始めた。
「さて、イエスと12人の弟子たちが、晩餐会のテーブルを去ったあと、何
人かのものが、その部屋をかたづけたりした。」
「……。」
「その中に、そのかたづけのグループの中に、ある夫婦がいた。二人は、イ
エスと12人の弟子たちの残したワインがあるのを見つけると、こっそり
と、みんな呑みほしてしまった。」
「……。」
「で、どうしたと思うね。」
「酔っぱらったんですか……。」
「いやいや。たいそう美味しい味であったということだよ。それは、今まで
口にしたどのワインよりも美味しかったそうだよ。」
男は楽しげにグラスを合わせてきた。
「だがな、それは、実はワインではなかったんだ。」
「……。」
「イエスの言葉のとおり、それはイエスの血であったのだ。その夜以来、彼
ら夫婦は血の味が忘れられなくなってしまった。そして彼らはたびたび血
を飲んだ。もちろん、新鮮な血液は人を傷つけなければ手に入らなかった
がね。」
男はにやりと笑うと、舌なめずりをしながら、もう一度グラスを合わせる仕
草をした。少年が驚いた顔をしているのを見て、男はさらに話しつづけた。
「……イエスは復活したが、イエスの血を飲んだ彼らもまた永遠の命を手に
入れたのだ。ほらその二人が、あそこで踊っているじゃないか。」
男の指差した先には、少年の両親が軽やかにワルツを踊っていた。少年は、
うなづきながら、男の乾杯に応じて「ワイン」をこくこくっと飲んだ。美味し
いと少年は思った。少年の薄い唇のすきまから、よく伸びた犬歯がきらりと光
った。
「……我らの一族が十字架に弱いなんて、クリスチャンの流したデマなのさ。
奴等が吸血鬼を産み出した責任の追求を恐れて、十字架に弱いということ
にしているんだけだ。他人の目をごまかすために……。」
完