AWC 幻のストラトキャスター 10〈トラウト〉


        
#2458/3137 空中分解2
★タイトル (RMC     )  92/12/ 9  11: 9  (163)
幻のストラトキャスター 10〈トラウト〉
★内容

                                 ★

 冷たい秋雨の夜。恋人たち、いや、浮浪者でさえいる筈もない日比谷公園。その
奥深くに小さな稲荷があり、その稲荷の鳥居の柱に虎人が寄りかかるように座って
いた。

−−暗い、海底なのか?
目を閉じていても開けていても、ただ見えるものは闇だけだ。
本当の闇とはこういうものなのか−−

 あれから三日ほどたつのか、何も腹にいれず、ただそこでそうして長雨の中で虎
人は飲み続けていた。女々しいといえば女々しい、ただ彼は意識がなくなるまで飲
んでみたかった。ただそれだけだったのだが、それが思いがけずに度を越してしま
い、今はだらしなくも後戻りも出来ないまま、幻を眺めるまでに体力を消耗してし
まっている。

 じっと見つめ続けていると、その闇は必ずしも黒でない事がわかって来た。
立ち眩みのような黒といったら近いか、海の底か宇宙かのその闇には微生物のよう
に、細かい白か銀色かの粒子が蠢いている、おおまかにみればグレー?いや違う、
その粒子も白や銀ではない?。

体が揺れる−−船?
 その粒子は確かに意志を持ち、重なり始めると数本の線に変貌し、また別れて広
がっていく−−
 原色の妖しい塊が闇の片隅から滲み出し、その微生物を食うかの様にゆっくりと
流れだした。
黄−−赤−−そしてすべての色が重なりあい、渦巻きが生じる−−それに吸い込ま
れる。

−−寒い「ジェーン!側にいるのかジェーン」

 紙の様に白くなった顔色、やつれきった頬、かなりの衰弱状態である。
 独り言を言っては、手をやたらにふりまわし、怒鳴りだしたかと思えば、また黙
込む、それの繰返しを三日も続けている事になる。

「出てこいっ羽鷹一徹、糞っ−−」

雨が彼の体からみるみる体温を奪ってゆく、手足はどうもがいても動かす事が出来
ないようだ。

−−胃の中のものをすべて吐きだそうと体中が痙攣する−−
「んんんんん」

そのうち彼は独り言さえ言えない程に衰弱したのか、ついに濡れた地面に仰向けに
倒れこんだ。

−−ジェーンが彼の顔をなめ、悲しげな声をだす。
−−また起きあがり、飲む。体が震えだす。

そうこうしているうちに彼は死の淵をのぞき込むように意識を失いはじめていた。
しかししばらくすると、その遠い意識の奥でなにか自分の体が宙に浮いたと感じた
イメージの高み?いやそんな上等なものではない−−誰が?

「こんなところにいやがったのか、ばかっ」
−−スーツを纏った長髪の紳士−−羽鷹一徹だ。

 その紳士は作詞家を見つけるやいなや、彼の体を軽々と右肩にのせ、日比谷公園
をあっという間に抜け、銀座方面に足を向けた。
 紳士が人混みをわける、いや人混みの方が異様なまでの二人を避け、そのくせ興
味本意に振返る。その紳士はそんな事などまったく意に介さず、唇の端に笑みさえ
浮べ、どこまでも悠々と歩きつづけ、やがて地下道への階段を降りていったのであ
る。

                                  ★

−−雲の上?

−−水の音−−揺れる炎−−生きてるのか?

−−手を動かしてみる−−動くようだ

虎人の目に、うすぼんやりとだが配管のようなものが見えてきた。
そこは丸い天井、いや床さえも丸、おまけにその床には水が流れている、つまり
トンネル状の下水道のよう−−それもかなり広い。
その水の流れる淵に人がひとりやっと通れる程の道のようなものが作られており、
配管工事の道具でもおく場所なのか、増水時の人の逃げ場所なのか、6帖ほどの
平坦なスペースが存在する。

「ふふ虎人、地獄の淵から帰って来よったか」

……タカさん?

「わしの寝る場所を何日占領すれば気がすむのかね」

「…………」

「覚えておらんだろう、日比谷公園からわしが運んできた」

「…………」

「女の尻を追いかけて、ホームレスになったわしの方がどれだけマシか−−
 お前のようなウジ虫はいっそ逝った方が良かったかもしれん、あっはっは」

タカさんは焚き続けていた焚火に薪をまたひとつ足した

「いまスープが出来る、流し込んだらいくらか元気も出るだろう」

 2・3日たち、ようやく歩ける程に快復した後に、そのスープはファーストフー
ドの廃棄スープであると聞かされたが、虎人にとって、正にそれは生涯一といえる
程の味であった。

−−暖かな焚火に掌をかざし、二人が座り込んでいる。

「気の抜けたビールが旨いか虎人」

「確かに旨い……嘘はつけない」

「勝手なやつだ」

「タバコありますか……」

「恵んでくれかというのかね?」

−−苦笑しながらタカさんが奥の小さなタンスからハイライトを取出し投げる、
新しい薪をくべる、虎人がそれにうちわをばたつかせる

「静かですね−−おまけにここにはなんでもある」

「ここはわしの城、ホームレス仲間は有楽城と呼んでおるよ、質素にして充分、
 これ以上のものは何もいらん。

「その暮しも三次元思考で地下にという……」

「人間元々は単純な生き物だ、雨をしのぐ場所と火と水があれば暮せる」

「……まったく自滅ってやつですね俺」

「何を今更−−」

「好きなようには、なかなか生きられないもんです」

「ほほう生きようとしたのかお前さんは」

「返す言葉もないですよ。生きようとはしてなかった、それに死にそうだったか
 もしれないですが、死のうと思ったつもりもない、ただ酔っぱらって……」

「いつも誰かに甘えてたな、女の腐ったやつのが方まだ食える−−」

「…………」

「わしらホームレスは自分たちを最後の狩猟民族だろ思っておる。−−食うため
 だけの獣を捕まえ、それを寝床に持帰る−−そして食い物がなくなればまた狩
 にでる。それこそが本質なのだが、そうしているうちに、あるものは頭で、ある
 ものは力で権力を保有するようになる。ま、それも百歩譲って社会と認めよう。
 その権力に実力がともなっているうちはいいが、そのうちその体力も気力も弱ま
 り、自信だけがそのまま存在している状態になる−−それがお主じゃよ御大。
 手を汚さずに獣を食い続けたお前には、もう狩の仕方も苦労もわからんで、その
 地位だけにかじりつき、甘んじておる−−人間は弱いものじゃなあ」

「…………」

「虎人行くぞ」

「えっ?」

「わしらは狩に行く」

「…………」

「明日の早朝だ、お前はまだまだ子供だ、狩に行って初めて大人になる」

「……成人式って訳ですか−−わかりました、お供させて下さい」




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