#2451/3137 空中分解2
★タイトル (RMC ) 92/12/ 9 10:49 ( 90)
幻のストラトキャスター 03〈トラウト〉
★内容
★
−−ウォフ!
この仕事場ではチャイムの替りにリトリーバーのジェーンが吠える。
便利ではあるが、犬の苦手な人物との打合せは一度のみで終る。
もっとも彼は犬の嫌いな人間が嫌いだ、それでいい。
「おかえりさない、どうでした?」
「どうもこうも相変らずラジカルなご老人だ」
「そうですね、先生になにか言える人ってタカさんぐらいしか−−」
「うるせぃ」
−−ヒュッ!
「何だぁ?」
「矢をよけたっ、ゴメンナサイ」
「はは、なんか電話あったか?」
「はい、桃田さんから。一応スケジュールお知らせしときましたけど……
イージュウマンならびの桃田さん、ふふ」
「そういう事もあったな。ももけんか……随分久しぶりだ」
イージュウは業界用語の数、すなわち30という事だ。
彼女がまだここに来たばかりの頃、彼から確かタレントの写真集に添えるイメージ
コピーを頼まれた。彼女がその請求書の金額を確認するために彼に電話をすると、
その返答がイージュウならび、つまり30万円の源泉税つき¥333,333−。
彼女がそれをさっぱり理解できないで、俺に聞いて来た事がある。それを機会に
そういう事も覚えておいた方がいいと、色々教えた。
数字の1から9は、ツエー、デー、イー 〜 オクターブ、ナイン。例えば1万
8千円であればツエーマンオクターブセンという事になる。それに、タクシー=シ
ータク、ピアノ=ヤノピ ギター=ターギ、ファン=ワンフ、ただ逆さまにすれば
いいという事でなく、それなりの逆さま用語でこれが結構ややこしい。
彼女はすっかりそれをメモして覚えたようだが、それ以来彼女は彼の様に業界用
語をつかう人物に出会ってはいない。
「先生!三色コンビ復活じゃないですか?」
「三色コンビねぇ」
−−桃謙プロの桃田謙一、作曲家の青山恭平、そして俺、銀色虎人の三色コンビ、
随分ヒット歌手を生んだもんだ。
「あいつまだそんな夢見て電話してくるんだな、もっと若い作詞家と組めばよさそ
うなもんだが−−」
「そんな事ないです、先生の詞一番素敵、新人なんかロクなの……」
「謙遜して言ってるんだ」
−−ヒュッ!「おっとぉ」
「いいんだ。若い奴には幼いが若いなりの汗と泪みたいな詞があるんだよ、それは
俺にも真似出来ないかな。しかしそれも10年20年続けるとなると、その時は
あいつらに俺の真似が出来ない筈だ。若干の憂いも含めてキャリアとはそういう
もんだ」
「−−若干の憂いも含めてですか」
「アンポンタン!」
「先生、死語ですねそれ、トンチンカンぐらいの方がまだ使える……ふふ」
「とうへんぼく!」
「えーっ、トーヘンボク?」
「唐の変な木と書く、まぬけの事だ」
「う〜ん、響きは使えますねー、先生は風来坊?」
「風のように来たる男、それは使える日本語だろ。ありがと」
「ふふ、じゃ風来坊と唐変木ですか私たち」
「どちらかと言うとアンポンタンとトンチンカンだ、はは」
「あっ忘れてた。鳥見さんからもライカの修理終りましたって連絡ありました。
取りに来なければ持って行ってもいいとか言ってましたけど?」
「来るなって言えよ、明日行く」
「はい、わかりました」