#2359/3137 空中分解2
★タイトル (WJM ) 92/11/14 22:12 (130)
「17と心と」(下) /けい
★内容
帰ろうか、いや気づかれないように自分の部屋に入り気づかれないように寝
てしまおうか。それとも徹夜か?このごみごみした所の隅で野宿もいいかも。
足が重くなっているのは疲れだけではなかった。何もかも否定的な目でみて
しまう今の目は、もう電気が消えてしまっている、ラーメン屋さえも許すこ
とが出来なかった。
隣の酒屋に置かれてあるビールビンを手に取り辺りに人がいないことを確認
した。いくら強力なガラスだとしても、これを投げつければひとたまりも無
いだろう。
がしゃあんという音が頭の中で鮮明に聞こえて来る。
にやりと口の端で笑い、大きく深呼吸をした。にゃあという鳴き声に驚き、
みると酒屋のゴミ袋を破いていた。中から微かにみえる生ゴミ。脅かすなよ。
改めて深呼吸をし力いっぱいガラスに投げつける。
ビンもガラスも、思った以上に派手に割れてくれて、その音の大きさに心が踊
り一瞬死んだ目が生き返った。もう一本手に取って投げつけ、先にかけだした。
このスリルがたまらない。しかしそれも、やはり一時で長くは続かなかった。
再び静かな闇が訪れる。
なんとなくタバコが吸いたくなり自動販売機の前に行くのだが販売休止と赤い
ランプが光っていた。力いっぱい足で蹴る。
母親の顔を想像した。口を開けば、がみがみと勉強の事。成績が少し下がると
もう大変だ。親子揃って口口にどこどこが悪いと言い出すのだから。
誰にための受験なんだか、つもりつもった不満と怒りは今日爆発した。
自分でも充分やらなきゃいけない事は分かってるんだ。
いらいらしているのに、どうして追い打ちをかけるように、ガミガミいうのか。
朝から晩まで頭の中は数学の方程式。
ある時見たんだ...........家にまったくしらない
男が来ているところを。それからも何度か見たんだ。親父もたぶん同じだろう。
自動販売機のプラスチックの部分はもう割れていた。
「おいおい、やってくれますねえ」
数人のバカ笑いと一緒に聞こえた聞きなれぬ声。振り返ることは出来なかった。
「なあ」
空カンが頭に当てられ、からんころんと転がる。
「おれあ、むしゃくしゃしてんだよ」
ありったけの迫力のある声で言ったつもりなのだが、これは逆効果だったと
すぐに気づくことができた。もうどうにでもなればいい。
5人いや6人ほどいただろうか、まず最初に一番背の低いおそらく自分よりも
年下だと思える奴に腹を蹴られた。殴り返したがひょいとかわされ、それをみ
て残りのやつらも参戦してきた。後ろから蹴られ、前から蹴られ、顔を殴られ
耐えられることが出来なくなり、うずくまった。もう終わりだ。
頭を何度も蹴られた。
「自動販売機の恨みだ」
そういう声を聞いた。
「これは心配しているママの心の傷みよ」
「むしゃくしゃしている俺の、サッカーボール」
頭を踏みにじられ、腹を踏まれ、見上げた顔をまさしくボールを蹴るかのよう
に蹴られた。袋叩きとはこの事をいうんだな、心のどこかの冷静な部分でこう
思えることが出来た。
「おい、みてみろよ、こいつ6万円も持ってやがる」
「ひゅうひゅう、俺達にくれるためにかい?」
「やさしいねえ」
そう言ってまた腹や顔やらを蹴られた。そこから先は何をされたのかは分から
ない。気を失っていて、気が付くと誰もいない寂しい自動販売機の前だった。
微かなライトに照らされてる自分の姿がまさしく「大きなゴミ」のようで涙は
止まらなかった。
小さい頃、夏休み家でごろごろとしていると、よく母親に言われたものだ。
でも顔は笑ってた。日曜日は父親と一緒に、言われた。
「特大のごみと大きなごみ」と。母親の言葉と掃除機の音とがどこからか浮か
んでくる。父親と同じ姿をしてごろりと寝ころびテレビをみている自分。
ぽかぽかとした日溜りだったあの部屋の光景と共に。
こんなに涙を流すなんて事が今までにあっただろうか。
涙が頬をつわたって口に入る。
気づくとまた噴水前に座っていた。
いろんな事を考えていた。いろんな事を思いだしていた。自分が生まれた時の
両親の顔、想像力を総動員させた。
その後はアルバムでみた、驚くほどたくさんの写真とその横でいつも笑ってる
父親と母親。当然”笑って”と催促されて、笑ってる自分の顔も。
あの頃の悩みとは何だったんだろう。
泣きたかったら大声で泣いた、泣きまくった。嬉しいときは飛び跳ねて喜んだ。
今の自分をみた。叫びたかった、叫び狂いたかった、今。
じゃあじゃあじゃあという後ろでの水音。長い長いため息。長い長い時間。
顔は手で覆われていた。
隣で人の座った気配がしていたのだが、あえて顔を上げなかった。
「元気だせよ」
長い間沈黙していた隣から声が聞こえた。
大人のそれではなかったように聞こえた。それでも顔を手で覆ったままでいた。
「なあ 元気だせよ こんな事で負けるなよ」
それは独り言のようにも聞こえる。一語一語しっかりとした静かな声で続けた。
「なあ 元気、、だせよ..... 負けるなって..... 逃げるなって
.... 戦えって..... 戦えって 戦えって..... 勇気を
出せよ......いいから信じるんだ。 信じろ 信じろ 信じろ 信じろ
信じろ 信じろ 信じるんだ」
信じろという言葉は幻聴なのか、徐々にエコーがかかってきたように、
また直接心の闇に鳴り響いているように感じられた。
やさしい母親のようにも感じられる、手はそのまま。
「負けるなって 考えて見ろ すべてをもう一度だけ信じて見るんだ
しまいこんだ記憶をからさがせ キラキラと輝いていた日の事を
負けるなって 思い出せあの頃を 諦めるな」
また長い間の沈黙があり、この頃になるとすでに、もうなんだか今の悩みが家庭
や学校が、とてもとてもちっぽけな事に思えてきていた。
体中の痛みは絶え間なく続いていたが。
「思いだして 輝いてた頃の事を キラキラと輝いてたあの頃を
吹き上がる水が太陽に撫でられたようだった、あの頃を。
そして見つめて今の自分を。負けないで 戦って 走れるから」
ゆっくりと顔を上げてみたのだが、隣には誰もおらず、後ろで噴水の音が
するばかり。一度空をみて立ち上がった。今までネオンの光に邪魔され
続けて見ることが出来なかった星があった。それも数え切れないぐらい
光輝いていた。すべてが何とかなりそうな気がした。
根拠の無いうっすらとした自信。
崩壊した家庭、なんとかなりそうな気がした。
もう一度座るか、歩き出すか。
水音が前よりもやけにはっきり頭の中に響く。
まだ17年しか生きておらず、夢を追える年代なんだ。
不安は当然あった、何もみえないのだから。
やがて体中の傷みを、この一歩一歩を、噛みしめるように。
足音は噴水の水音に包み込まれて残らなかったが、確かに歩き出していた。
やがて噴水にも静かに日が昇り朝がきた。
いつものように水は光を受けてきらめき、静寂が漂っていたこの場にも
幾人の人通りがでてきた。数羽の鳥が噴水で戯れている。
鳥の声はとてもすがすがしく、雲はゆっくりと流れていた。
END
けい