#2344/3137 空中分解2
★タイトル (RAD ) 92/11/ 4 20:34 (108)
達磨(3) 悠歩
★内容
「達磨」(3)
悠歩
高志はそのまま、三崎家の裏側にまわった。
ガラス戸をそっと覗き込む。
高志の予想では由美子は一階で眠っているはずだ。どちらにしろ、自分一人で身動
きは取れないのだが、体の不自由な由美子の部屋は下の階に置いたほうが何かと都合
がいいだろう。
ガラス戸には薄いカーテンが引いてあったが、幸いなことに月明かりのお蔭で高志
は部屋の中を見て取ることができた。
はっきりとは確認できないが、若い女性がベットの中で眠っているのが見て取れた。
由美子に間違いない。それ以外にこの家に若い女性はいないはずである。
高志はそっとガラス戸を開けた。中から冷たい空気が流れ込んでくる。エアコンが
効いているようだ。
「……誰? 誰かいるの?」
ベットの方から声がした。高志の気配に気付いて由美子が目を覚ましたようだ。
「由美子………ちゃん…」
突然侵入してきた侵入者に、名前を呼ばれて驚いたものの、由美子は特に脅えた様
子はなかった。目をこらして侵入者の正体を見極めようとしている。
「あなた…高志…さん?」
「ああ、思い出したんだ。君のこと。由美子ちゃん…だろう?」
高志は靴を脱いでベットの側へ、歩み寄った。
由美子は横になったまま、高志を睨付けていた。
「そんなことで…そんなことで、こんな時間に」
由美子が体を起こそうとする。
「あっ」
慌てて高志が手を貸そうとしたが、その必要はないようだった。手足のない体を器
用にひねり由美子はベットの上に起き上がった。
「なれればね、このくらいのことは出来るのよ。それより、高志さん。あなた非常識
だわ。名前を思い出したくらいで、こんな夜中に若い女性の部屋に忍び込むなんて」
「………」
「やっぱり、あなたも私を特別な目で見てる…私が普通の……五体満足な女の子だっ
たら…こんな時間に忍んできた? これは、犯罪なのよ」
由美子の言う通りだ。高志はどうにかしている。由美子に対する純粋な気持ちと、
下種な興味が入り交じってこんな行動に出てしまったのか?
高志は何も答えることができず、踵を返し黙って部屋を出て行こうとした。
「待って」
後ろから由美子が声をかけた。
「高志さん。私を………抱いて!」
高志はベットの横に腰掛け、由美子の肩に手をかけた。由美子を引き寄せ口づけを
交わす。
「本当に、いいの?」
「ええ、あなたに私が抱けるなら…私、まだ処女なのよ」
高志は少しの間考えていたが、心を決めるとゆっくりと由美子のパジャマのボタン
を外し始めた。白いブラを取ると大きくはないが形のいい乳房が、高志の目の前に現
れた。
しかしその形のいい胸にも、由美子の手足と両親を奪った事故の爪跡と思われる傷
が三箇所、見られた。
パジャマを完全に脱がそうとして、高志の動きは止まった。想像以上に由美子の体
は傷ついていた。こうしてみると顔が美しいまま残ったことだけでも、奇跡のように
思われた。
「どうしたの?」
動きの止まった高志の手を促そうと、由美子が声をかける。
しかし高志にはこれ以上、行為を続けることができなかった。由美子の傷だらけの
裸体を見て、高志の下半身は完全に萎えてしまっていた。
『由美子とは出来ない』
それは高志の体が出した正直な答えだった。
「ごめん…やっぱり…俺には……出来ない……」
由美子のパジャマのボタンを戻しながら、喉の奥から絞り出すような声で高志は言っ
た。
「あなたも…そうなのね」
由美子の口調はそれが予想通りの事であるように平静だった。
「私にもね、恋人がいたわ。私の処女はその人にあげるはずだった。彼はよくこう言っ
てくれたわ。『どんなことがあろうと、僕は一生君を愛し続ける』って。でも、私が
事故にあった時、病院に駆け付けた彼は、この体を見て言葉を失ったわ。そしてそれ
以来、私の前には二度と姿を現さなかった」
「・・・・・・・・・・・」
「あなたも一緒よ!」
突然、由美子は感情をあらわにして、涙をこぼしながら言った。辛うじて大声を出
さなかったのは高志のことを思ってか。由美子が大声を出して家の者が起き出してく
れば、高志に弁解の余地はない。
「出てって! ここから出てって!」
逃げ出すように、高志はその場を立ち去った。結局、高志はただ由美子を傷つけた
だけだった。
「俺は…俺は何をしに来たんだ? 俺は…馬鹿野郎だ…下種だ…」
家までの道程は、長く重たいものに感じられた。
それから三日間のあいだ、高志はほとんど家の外に出なかった。聡からのキャッチ
ボールの誘いは「体調が悪いから」と断わり、心配する母には「東京での疲れが今頃
出てきたようだ」と笑ってごまかした。
その三日間、高志の頭の中から由美子のことが消えることは、一瞬たりともなかっ
た。 あのまま、由美子のことを放って帰ってしまったことを後悔した。由美子は一
人で着衣の乱れを直す事が出来たのだろうか、それよりも何故自分はあんな形で、由
美子に関わってしまったのか。何の権利があってあれ程まで由美子の心を踏みにじっ
てしまったのだろか。
三崎の家からは何も言ってこなかった。由美子の様子に何も気が付かなかったのか、
由美子が何も言わなかったのか。
四日目の午後、高志は思い切ってあの草原に出かけて行ったが、そこに由美子の姿
はなかった。三崎の家にも寄ってみたがやはり由美子の姿を見つけることは出来なかっ
た。
そのことを何気なく母に聞いてみると、あの日の後、突然由美子は村を出たらしい。
高志は由美子の行き先を三崎の家に尋ねようかと考えたが、やめた。
由美子の行き先を知ってどうなる? これ以上、更に追い討ちをかけるつもりか。
翌日、高志は東京に戻ることにした。
再び始まった東京の暮らしのなかで、高志は由美子のことを忘れてしまうだろうか。
忘れてしまったほうが、どんなにか楽なことだろう。だが、忘れてしまっていいのだ
ろうか。
いずれにしろ、またしばらく故郷へは足が遠のきそうだ。
「そうだ、今度の日曜に、聡に送ってやるバットを見に行こうか」
高志は思った。
(終)