AWC 達磨(2)   悠歩


        
#2343/3137 空中分解2
★タイトル (RAD     )  92/11/ 4  20:27  (164)
達磨(2)   悠歩
★内容
 「達磨」(2)
                悠歩

 少女の顔を見たとき、高志はその美しい顔に心引かれた。しかし、彼女の手足のこ
とに気付いたとき、少女を哀れむ気持ちと同時にその姿を気持ちの悪いものと感じて
しまった事は、どんな言い訳をしたところで動かしようの無い事実である。
 高志はボランティアなどということをやったことはない。だが、体に障害を持つも
のに対して偏見を持ったことはない。…つもりだった。
 しかし健康な人間が街中で障害者を見つけたとき、一瞬、それは本当に一瞬だが興
味の目でそれを見る。そしてすぐ、頭の中に植え付けられた『社会的良識』によって、
興味の目をやめる。
 車椅子に乗った人とそれに付き添った人が地下鉄の階段を昇れず、往生していた所
に出くわしたことがある。廻りにいた親切な人々が手を貸して無事車椅子は階段を昇
ることができた。
 しかし高志を含め、その場にいた多くの者は皆、車椅子の横を擦り抜け先を急いで
行った。その中には階段の大部分をふさいでいる車椅子とその周りを取り囲んだ人々
に、不快な視線を投げて行く者さえいた。
 友人との待ち合わせ場所に急いでいた高志は、不快な目こそしなかったがその車椅
子のことを邪魔だなと思った。
 ほとんどの人にとり、体に障害を持った人に対しての態度は良心と社会的な良識に
制御されているに過ぎない。もしそれがなければ、
高志もその場で「邪魔だな」と声にして言っていたかも知れない。
 幸いなことに、これまで高志の知るかぎりではこの村には体に障害を持ったものが
いなかった。そのために聡のような、良心と社会的良識の確立されていない子どもに
あの少女が奇異なものとして、目に移ったとしても不思議なことではなかった。

「怒ったの? 兄ちゃん」
 聡は何故自分の言葉に兄が気分を害したのか理解できず、おそるおそるその訳を尋
ねた。
「いや… でも、そんなことを言っちゃ、いけないな… 飯が済んだら、グローブに
油塗ってやろうな」
「うん」
 安心したように聡は御飯を頬張り始めた。
「ほら、三崎さんちの東京の親戚子だ。子どものころ何度か、この村にも遊びにきて
る。お前も何度か遊んでやったことがあるだろう」
゚ 母が言った。
 たが残念なことに高志はそのことを覚えていなかった。
「でもそのとき、あの手足は…」
「もちろん、五体満足な元気で可愛らしい子だったよ。なんでも、一年くらい前に東
京で事故にあってあんな体になってしまったそうだよ。そのとき、一緒にご両親も亡
くなったそうだよ。それで三崎さんがあの娘を引き取ったらしいよ」
 それから、天気のいい日にはいつもあの場所でああやって本を呼んでいるそうだっ
た。
 そして夕方には、農作業を終えた三崎の叔父さんが迎えに来るということだった。
 食事はどうしているのだろう。
 トイレは? もし、何かの拍子で転んでしまったとき、一人で起き上がることがで
きるのだろうか。
 それは体の不自由な少女に対しての下種な興味でしかなかった。


 翌朝、高志は一人であの草原にやってきた。
時計は、八時を過ぎたばかりである。しかし既に少女はあの場所にいた。
「となり、座ってもいいかな?」
 少女は昨日と同じようにページのめくれない本から顔を上げ、高志を見た。
「どうぞご自由に。べつにここは、私のための場所ではないですから」
 そう言って、再び本に視線を落とした。
 高志は静かに少女のとなりに、やや距離を置いて腰を下ろした。
 そよ風が草原を抜けて行き、少女の髪が舞う。草の上に置かれた本のページが逆方
向にめくられた。しかし、少女は一向に気にする様子も無く、その本を読み続ける。
 高志は両手を頭の後ろで組み、木にもたれて流れる雲を見つめていた。
 それが一時間ばかり続いて高志はふと、少女のほうを見た。見れば見るほど美しい
顔立ちをした少女である。それだけにその、不自然なプロポーションが強調されてい
る。
「そんなに、私のこの姿が面白い?」
 少女は本に視線を落としたまま、そう言った。
「あっ、いや、そんなんじやなくて…
俺を覚えてないかな、山崎高志。ほら、君、子どものころ何度かこの村に遊びにきた
ろ?」
 本当のところ、高志は少女のことを覚えてはいなかった。当時、東京から来たと言
うだけで充分に目立っていたはずである。まして、これだけ可愛い子なら、しっかり
と高志の記憶に残っていてもいい筈なのたが、残念なことに母に言われても思い出す
ことができないでいたのだ。
「覚えているわ。蛇を捕まえてきて、私を泣かした男の子でしょう」
「えっ?」
 有りうる話しだ…。
「そ、そんな事もあったかなあ………でも、あの時の子が、こんな美人になってこの
村に戻って来たなんて」
「本気でそんなこと言ってるの!」
 少女は本から目を上げて高志を睨んだ。
 そしてなおも厳しい口調で言葉を続けた。
「本気でそんなことを言ってるの? ねえ、私を見てよ。私のこの体を! これでも
そんなことが言える? ねえ、どうなの!」
 少女は非常に興奮していた。
「ち、ちょっと、落ち着いて…あ…えっと………」
 その後の言葉に高志は詰まった。少女の名前を呼ぼうとしたのだが、出てこない。
出てくる筈がない。高志は少女のことを覚えていなかったのだから。
「どうしたの、ほら、あなた私のことなんて覚えてないんでしょう? やっぱり、興
味だけで声を掛けたんでしょう?」
 高志は何も言い返せなかった。少女の言うことは、いちいち的を得ていたからだ。
「ごめん…そんなつもりじゃなかったけど…でも、多分……君の言う通りだ」
 高志は少女の言葉を認め、そっと立ち上がるとその場を後にした。静かなそよ風が
辺りを過ぎて行った。


 高志は夢を見ていた。
「もお、やめてよぉ」
 小さな女の子は今にも泣き出しそうな声で高志に言った。
 高志は…夢の中の高志は、まだやんちゃな盛りの少年だった。自分より年下の女の
子に好意を抱いていたが、それが素直な形にならない。
 東京から来たという女の子は、それまで高志の知るどの女の子より、可憐に見えた。
 高志はなんとかその女の子の注意を自分に引きたかった。幼稚な発想ではあるが、
女の子に意地悪をすることで、それを叶えようとしたのだ。
 高志の手には青大将が握られていた。毒を持たない蛇とは言え、噛まれることは好
ましくない。頭近くを握ると残った長い胴体が高志の右手に絡み付く。高志はそれを
左手で解き、真っ直ぐにのばして女の子に見せる。
「何だよ、東京の子はこんな物が怖いのか」
 そう言いながら、青大将を女の子の顔の近くまで持ってくる。
 田舎で生まれ育ったものでも、蛇を怖がらない女の子など多くはない。まして東京
で生まれ育ったその子にとり、初めて目の当りにするその奇妙な形態の生き物は恐怖
の対象以外の何物でもなかった。
 女の子はすっかり脅えきっていた。
 男の子とは厄介なもので、自分が好意を持った女の子をいじめて喜ぶところがある。
高志も女の子の脅えた顔を見て、罪悪感を感じたが同時にその顔を可愛いとも思った。
 とうとう、女の子の目からは大粒の涙がぼろぼろとこぼれ出してきた。女の子はそ
の場に座り込んで泣き出してしまったのだ。
「ちぇっ、これだから女は…」
 女の子を泣かしてしまったことを、心のなかでは深く後悔しながらも、高志は強がっ
てみた。
「ほら、泣くなよ」
 青大将を後ろに放り捨てると、高志は女の子をなだめにかかった。しかし女の子は
ただ泣きじゃくるばかりだった。
「しょうがねぇな、ったく」
 高志は女の子を背中に背負った。
「なあ、俺が悪かったから、もう泣くな。ほら、三崎さんとこまで、おぶってやるか
ら」
 女の子の涙で高志の背中が少し濡れた。しかし、高志はそれを不快には思わなかっ
た。むしろ女の子の温もりと共に、それを心地好く感じていた。
「たかしおにいちゃん」
 ようやく落ち着いてきた女の子が高志の背中で呟いた。
「もう…いじわる、しないでね」
「ああ、分かったよ」
「・・・・・・・・・・・」
 高志の言葉に返事はなかった。
 女の子は高志の背中で眠ってしまったようだ。
「なんだ。ねむっちゃったのか? 由美子」

 −−思い出した!−−

 ”由美子”

 それが少女の名前だった。


 高志が小便に目を覚ましたとき、時計はまだ一時を過ぎたばかりだった。
「そうか、由美子か」
 小便をしながら高志はようやく思い出した少女の名前を呟いた。
 部屋に戻っても、何かすぐ横になる気がせず、煙草に火を着けた。
「フーッ」
 紫色の煙がのろのろと立ち込める。
 隣で寝ている聡の小さな寝息と、外から聞こえてくる虫の音が寂しさを誘う。
 おもむろに煙草の火を消すと高志は身仕度を整え、外に出た。

 一つ一つは物寂しげな虫の音も、これだけ集まると騒々しく感じる。これでも昔に
比べれば農薬の使用や、村の開発によって随分虫の数も減っている。
 蝉時雨にも負けない虫の音の中を、高志は三崎家への道を歩いていた。

 三崎家は昔からこの辺りの地主の家柄で、今でも田畑の広さは他の家と比べ物にな
らなかった。高志より九つ年上の息子は、町のほうで小さいながらも流通関係の会社
を営んでいる。
 高志は白い壁の二階建家の前にたっていた。
家の回りには塀がなかった。高志の知るかぎり、この村に空き巣が出たと言う話は聞
いたことがない。また三崎家も、わざわざ町辺りから空き巣がくるほどの金持ちとい
う訳でもなかった。





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