AWC 雨の向こうに 第5章    リーベルG


        
#2299/3137 空中分解2
★タイトル (FJM     )  92/10/24   0:37  (108)
雨の向こうに 第5章    リーベルG
★内容

                   5

 「気をつけてね」
 あけみさんの祈るような声にしげさんは頷いた。
 いずれにしても、このままにしてはおけない。短い話し合いの後、私たちはそう結論
づけた。
 しげさんが自分の車に自衛隊員を乗せて、峠を下ることになった。のりちゃんも同行
する。のりちゃんはリアシートで隊員の身体を押さえていることになる。
 順調にふもとの町につけば、病院に直行する。その後、警察なり自衛隊なりに通報す
る。ここの電話が通じない原因も調べてもらう。
 白のカリーナがライトを点灯した。まだ午前10時だというのに、降りしきる雨のた
め、外は夜のような暗さになっている。慣れた道路でも神経を使うだろう。
 3人を乗せた車はゆっくりと発進した。国道の手前で停止して、すぐ動きだした。
 あけみさんは不安そうな顔で見送っている。
 家族連れの父親がやってきた。
 「すいません、お勘定を」
 「あら、雨が小降りになるまでお待ちになっては?」
 「いや、そうもしてられないんです」父親はあけみさんに弁解するように答えた。「
今日の宿がとってあるもので」
 これ以上ここにいて警察の事情聴取に応じたりするのはごめんだと言外に匂わせてい
た。責任を回避するようだが、気持ちはわかる。教育上いいことでもないだろう。私で
もそうするかも知れない。あけみさんも無理には引き留めようとしなかった。
 「そうですか、わかりました。レシートはどこにいったのかしら」
 私は再び外を見た。うんざりするような光景である。バイクに乗る者にとって、警察
と雨はほとんど天敵といってもいいくらいだ。それにしても、私の希望的観測は1秒ご
とに失われていく。雨は全く止む気配もない。
 精算が終わったらしく家族連れはドライブインを出ていった。色とりどりの傘がキャ
ンピングカーの方へ歩いていく。
 「コーヒーいかが。私のおごりよ」あけみさんが私に声をかけてくれた。少し疲れた
顔をしている。
 「いただきます」私はカウンターの方に戻った。最後に外に目をやると、キャンピン
グカーが走り去っていくところだった。
 カウンターには2人のライダーがコーヒーを飲みながら、サンドイッチを食べていた
が、私が座ると背の高い方が声をかけてきた。
 「どこからきたんですか?」
 「名古屋です」
 「あそこにあったSPADAですか?」
 「そうです。何に乗ってるんですか?」
 「ぼくはNSR、こいつはGSX」
 しばらくバイクの話しが続いた。彼らはやはり地元の学生で、今朝はこの峠を2、3
度走るつもりだったそうだ。あけみさんも混じって私たちは陽気な会話を交わした。そ
れは、先ほどの自衛隊員のことを何とか吹き飛ばそうと、無言の協定が交わされたよう
だった。
 ふと、背の高い方の学生−大宮と名乗った−が、言葉を切って耳を澄ました。
 「あれ、何の音だ?」
 「何が?」眼鏡の学生、阿部が訊いた。
 「いや、何か聞こえないか?」
 私たちは耳を澄ました。確かに、雨音を通して何かが聞こえる。太鼓のようだ。
 「太鼓の音みたいね」私の考えを読みとったかのようにあけみさんがつぶやいた。
 不意に私は音の正体について、馬鹿々々しい考えを思いついた。あれはまるで…。
 「戦車砲に似てないか?ほら前に演習を見に行ったろ」阿部が大宮に言った。
 「まさか」あけみさんは一笑に付した。
 私は笑えなかった。私の心にはベトナム戦争を舞台にした映画の数々のシーンが浮か
んでいたのだ。
 「こんなところで演習をやってるわけないわ。そんな場所もないし。実弾演習をやる
のは年に1回でしょ」
 あけみさんの言葉が終わらないうちに、轟音が耳を打った。
 ドーン!
 ドライブインの全てのガラスがビリビリと震動した。私たちは反射的に両手で耳を塞
いだ。しかし、轟音は余韻も残さず、すぐに消え去った。
 「雷?」私は誰にともなく訊ねた。
 「違うわ。あれを見て」
 あけみさんが指した方向は国道の向こうだった。雨に打たれる樹木の間から、黒煙が
立ち昇っている。
 「何か爆発したみたいだ」
 「車かバイクだな」阿部が考えながらいった。「ガソリンが爆発するとあんな煙が出
るんだ」
 「事故っただけかな」
 「だとすると相当激しくぶつけないとな」
 「ひょっとして、戦車砲か迫撃弾でも撃ち込まれたのかも」
 「クーデターでも始まったのかな」阿部が冗談めかしていった。
 誰も笑わなかった。私は無理に笑顔を浮かべようとして失敗した。
 朝からどうも変な事が続いている。従業員が現れなかった事。電話の不通。テレビの
異常。重傷を負った自衛隊員。そしてさきほどの正体不明の轟音。
 私はこのドライブインに入る前に見かけた自衛隊車両を思いだした。そして、NHK
のニュースでたった一言聞き取れた言葉を。
 本当に自衛隊のクーデターでも始まったのかしら。そう考えて苦笑してしまった。
 考えてみればそれほど異常な事態というわけではない。従業員が現れなかったのは、
事故のせいかもしれない。電話の不通はよくあることだ。テレビの異常もよくある。自
衛隊員は単にハンドルを切りそこねただけかもしれない。先ほどの音が戦車砲などとい
うのは阿部の勝手な推測にすぎない。
 でも、それなら、私がさっきから感じ続けているこの不安はなぜだろう。楽観的な考
えを自分でも信じきれないのはなぜだろう。
 気がつくと、あけみさんは事務室から地図を引っ張り出してきて、カウンターに広げ
出した。
 「どうかしたんですか?」阿部が訊ねた。
 「ええ、ちょっとね」あけみさんは真剣な顔で地図を追っている。私も横からのぞき
こんだ。
 この峠と周辺の詳細な地図だった。最小の縮尺の単位は10メートル。等高線が細か
く記されていて、KY峠のカーブひとつひとつにはRが付記されている。ところどころ
赤で訂正が入れてある。
 あけみさんはもう一度事務室に引っ込み、すぐに戻ってきた。手にカシオの計算機を
持っている。素早く数字を打ち込んで何か計算している。
 「まさか」あけみさんの顔がこわばった。再度計算機を叩く。
 「どうしたんですか?」私はとうとう訊いた。
 「あの煙の場所を道路だとすると」あけみさんは地図を見つめながら説明した。「さ
っきの家族連れのキャンピングカーが、そこにいたかも知れないわ」
 「まさか」大宮がさっきのあけみさんのつぶやきをまねた。
 「この雨で、カーブの連続するワインディングロードだから、せいぜい時速30キロ
から40キロだすのがやっとだわ。あの車がここを出た時間と、さっきの轟音の時間の
差で走れる距離を計算すると、大体あの場所になるのよ」
 沈黙が支配した。
 「確かめに行こう」阿部が提案した。
 「駄目よ。車はもうないわ」あけみさんが冷静に指摘すると阿部はそれ以上何も言わ
なかった。もちろん誰もこんな豪雨の中をバイクで出かけたくはない。
 雨はますます激しさを増した。太鼓のような音はあれきり聞こえなかった。





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