AWC 雨の向こうに 第4章    リーベルG


        
#2298/3137 空中分解2
★タイトル (FJM     )  92/10/24   0:27  (119)
雨の向こうに 第4章    リーベルG
★内容


                   4

 次の訪問者は誰も予想しなかった形で現れた。2人のライダーがやってきてから、1
0分後のことだった。
 私は窓際の席で外を眺めながら、雨が止むのを待っていた。あけみさんはしげさんと
小声で何か話していた。のりちゃんは奥で皿を洗っていた。テーブルの家族連れの親た
ちはコーヒーを飲んでいた。子供達はとっくに飲み食いを終わって、ゲームボーイに興
じていた。背の高いライダーはサンドイッチとコーヒーをパクついていた。眼鏡のライ
ダーはハンバーグ定食をゆっくりと食べていた。
 コーヒーをもう一杯注文しようかと考えていると、突然、国道に車が現れた。気違い
じみたスピードで爆走している。そのまま私の視線を横切って消えるかと思ったら、最
後の瞬間にハイビームのヘッドライトがこちらを向いた。スピードを全く落とさずに急
ハンドルを切ったらしい。
 私は思わず悲鳴をあげた。車がまっすぐドライブインに突っ込んでくる光景を思い浮
かべたのである。店内の全員がこちらに注目しただろう。
 しかし、その車は濡れた路面で急激にスリップした。そのまま一回転して、もとの国
道に飛び出すかと思われたが、ようやくコントロールを取り戻したらしい。再び方向を
変えて、ふらふらと駐車場に入ると急ブレーキをかけ、水しぶきをあげた。
 「あれ、自衛隊のジープだ」眼鏡のライダーが相棒にいった。
 確かに自衛隊の車両らしい。深緑の車体に白く「陸上自衛隊」の文字が見える。
 私たちはジープから、誰かが降りてくるのを待った。しかし、数分が過ぎても誰も降
りてはこなかった。ちょうどこちらに後部を見せているので、運転席に誰がいるのか見
えない。
 「怪我でもしたのかしら」のりちゃんがつぶやいた。確かにあの乱暴な運転では、頭
くらいぶつけていても不思議ではない。
 「よし、見に行ってみよう」しげさんがそういって、奥から大きな傘を持ってきた。
ドアから出て、ジープに近寄った。私たちはガラス越しにそれを見守った。
 しげさんは前に回ると、運転席をのぞきこんだ。途端に慌てて運転席のドアを開いた
。自衛隊員らしい人影が崩れ落ちて、しげさんに抱き止められた。しげさんは傘を捨て
て隊員を背負うと、小走りに戻ってきた。
 「怪我をしてる」ずぶ濡れになったしげさんは、ドアが開き始めると同時に叫んだ。
「のりちゃん、救急箱だ」
 のりちゃんはとびあがると、事務室へ駆け込んだ。しげさんは床に背負っていた隊員
を寝かせた。全員が周りを取り囲んだ。
 40才くらいの男だった。怪我をしているらしく、右手で腹をおさえている。指の間
から血が噴き出していた。頬骨のあたりからも血が流れている。だらんと投げだした左
腕も血に染まっている。長袖の隊員服は全身が血だらけである。
 私は吐き気をこらえた。家族連れの両親は一目見て、子供達を離れた場所に連れて行
ってしまった。2人のライダー達はどうしていいかわからないらしく、うろたえた視線
をあちこちに(主に床に寝かされた隊員に)投げている。しげさんもとまどった様子で
ある。
 ただひとり、成すべきことを心得ていたのはあけみさんだった。ひざまづくと、隊員
の左手の脈をとった。続いて、腹の傷を調べた。自衛隊員は苦痛に顔を歪めていて、周
りの様子など目に入らないようだ。
 「しげさん、ウィスキーあったわね。持ってきて。それからきれいなタオルをありっ
たけ」あけみさんは冷静に指示を下した。しげさんは頷くと事務室の方へ走って行った
。入れ違いにのりちゃんが救急箱を抱えて走ってきた。
 あけみさんはハサミを取り出すと、手際よく傷の周りの服を切り裂いた。真っ赤な傷
口が露出した時、しげさんがウィスキーの瓶と、タオルを持って戻ってきた。
 「のりちゃん、これを5、6錠細かく割って」そういって、バファリンLの箱をのり
ちゃんに渡した。「粉々にしたら、ウィスキーに混ぜてかきまぜてね。しげさん、タオ
ルをこの人の口にかませて」
 「何か手伝いましょうか」私は訊ねた。あけみさんはわたしの方を見もせずにうなず
いた。
 「ありがとう。カウンターからスプーンを持ってきて下さい」
 私はカウンターに走った。後ろであけみさんが、誰か電話を試してみて、といってい
るのが聞こえた。
 カウンターからスプーンを取り上げて戻る。太り気味のライダーがカード電話に取り
付いていた。
 あけみさんはスプレー式の消毒薬を自衛隊員の傷に吹きかけた。隊員は身体をビクン
と反らせ、口に押し込まれたタオルをきつく噛みしめた。みるみるうちに額に大粒の汗
が浮かんできた。私は再び吐き気をこらえた。
 あけみさんは、消毒薬をタオルに染み込ませていたが、私が戻るのを見ると、
 「のりちゃん、できた?」と声をあげた。
 のりちゃんは錠剤をナプキンに包んで、コップの底で砕いていたが、すぐにそれを開
いて、コーヒーカップに注がれたウィスキーの中にあけた。わたしはスプーンでそれを
かきまぜた。
 「それを少し水で割って、スプーンでこの人に飲ませてあげて」それから背の高いラ
イダーに言った。「鍋か何かにきれいな水をくんできて下さい。たくさんね」
 のりちゃんが自衛隊員の頭を起こした。私はタオルをはずした。荒いため息が隊員の
口から洩れた。悲鳴も苦痛の叫びも上げないのは訓練のたまものなのだろうか?
 私がバファリン入りのウィスキーをスプーンですくって、口まで運ぶと隊員は軽くむ
せながら、飲み込んだ。続けて何杯か飲み干すうちに、次第に隊員は落ち着いてきた。
といっても、両眼は固くつむったままだし、汗は流れ続けていたが。
 その間、あけみさんはしげさんと腹部の傷を調べていた。
 「これはひどいわね。でも何でやったのかしら」
 「刃物じゃなさそうだな。何かの破片で切り裂いたみたいですね」
 「事故かしら?」
 「うーん、見たところあの車は無傷でしたけどね」
 「とりあえず止血して、縫わないとね」
 「車で町まで連れて行ったらどうです?」
 「この雨じゃね、時間はかかるし、車がスリップでもしたら危ないわ。とりあえず応
急手当だけでもしておかないと。動かすのはそれからよ。ここまで運転してきたのが奇
跡みたいなものですからね」
 カップに一杯のウィスキーを飲ませ終わった。背の高いライダーは、5、6個の鍋に
水を汲んで床に並べていた。電話を諦めたらしい眼鏡のライダーもそれを手伝っていた
。まもなく、床に寝かされている隊員の横に、大小様々な鍋がそろった。
 家族連れは隅のテーブルで私たちを見守っていた。最初、手伝いもしないでと、少々
ムッとしたが、考えてみれば年端もいかない子供たちに、このような場面を見せる訳に
は行かないだろう。子供達に離れているように命じても、好奇心や不安から親の側にや
ってきてしまうに違いない。離れたところで、子供達を押さえて邪魔にならないように
しているのがこの場合、最も賢明なのかもしれない。
 自衛隊員の眼は焦点を失ってきた。ようやく私はあけみさんの意図がわかった。バフ
ァリンは即席の鎮痛剤というわけである。あの錠剤は1回2錠が成人の服用量である。
それを5、6錠飲ませた。砕いたのは吸収を速くするためで、ウィスキーは感覚を鈍く
するため?
 5分ほど待って、あけみさんは手術にとりかかった。隊員の口には再びタオルが噛ま
されている。私は顔を背けて、隊員の片腕を押さえていた。もちろん、痛みが完全に消
えたわけではないらしい。鍛え抜かれたたくましい腕を押さえるのに全体重をかけなけ
ればならなかった。
 隊員のくぐもったうめき声が耳に届いた。ときどきあけみさんが鍋で何かをゆすぐ水
音の他は、それが唯一の音だった。誰も一言も口をきかなかった。
 ややあって、あけみさんは立ち上がった。
 「とりあえず、傷口は縫ったわ。出血は止まりかけてる。でも、このままだと危険ね
。病院に運ばないと」
 私は隊員の顔を見た。苦痛の残滓がこびりついているが、歯をくいしばって耐えてい
る。しかし、血の気はなく、身体全体が震えている。発熱しているようである。
 「よし、私の車で連れて行こう」しげさんが決断した。あけみさんが何か言おうとし
た瞬間、隊員が声を出した。全員の視線が隊員に集中した。
 「やめろ、行くんじゃない」かすれているが、高い声だった。ほとんど、悲鳴に近い
叫び声である。隊員は手を伸ばすと、重傷を負った人間とは思えないほどの力強さで、
いちばん近くにいた私の足首を握った。私は思わず悲鳴を上げそうになった。
 「行くな」隊員は繰り返すと力尽きたようにまぶたを閉じた。同時に私の足首を握り
しめていた手もゆるんだ。
 私たちは皆、顔を見合わせた。再び私は不安に襲われた。それは恐怖であったかもし
れない。





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