#2297/3137 空中分解2
★タイトル (FJM ) 92/10/24 0:24 ( 92)
雨の向こうに 第3章 リーベルG
★内容
3
8時40分になると、さすがにあけみさんも心配になったらしい。事務室から出てく
ると少女にいった。
「のりちゃん。ちょっと電話してみてくれる?」
「はーい」少女は陽気に返事をすると、カウンターの横のプッシュホンを取り上げ、
素早く番号を押した。おそらく暗記している彼氏の電話番号なのだろう。
楽しそうな表情が曇った。受話器をもどして、もう一度ダイヤルする。
「つながりません」少女はあけみさんに報告した。
「えっ?」あけみさんは少女から受話器を受け取ると耳に当てた。すぐに首を振って
受話器を戻した。
「通じてないわね」そうつぶやくとモジューラジャックの接続を確認した。「しげさ
ん、ちょっときて」
先ほどのおじさんが呼び声に応じて現れた。
「電話が通じないのよ。線が切れてるのかしら」
「どれどれ」しげさんはあけみさんと同じことを調べた。「ちゃんとつながってるな
あ。事務室の方でかけてみようか」
「お願い」あけみさんはのりちゃんの方を向いた。「そうそう、忘れてたわ。テレビ
をつけてみて」
のりちゃんはレストランの方へちょこちょこと走ると、21インチくらいの大型テレ
ビのリモコンのスイッチを入れた。
画面に光がともった。しかし、放送は入らなかった。
のりちゃんはリモコンのチャンネルを次々と変えてみた。しかし、画面に写るのは放
送終了後の灰色の画面だけだった。
最後にNHKにした時、画面に一瞬だけ放送が入った。
朝のニュースのようで、一人の人間が写っている。顔ははっきりしないが、ニュース
キャスターのようだった。画面全体がひどく荒れていて、音声もほとんど聞き取れなか
った。
しかし、ただ一言意味のある言葉が耳に届いた。
「…自衛隊が…」
次の瞬間、キャスターの顔は消え、スタジオも消えた。画面は再びホワイトノイズの
嵐と化した。
私とのりちゃんが顔を見合わせた時、しげさんが戻ってきた。首をかしげながら私た
ちに告げる。
「駄目だ。事務室のもつながらない。何だ、テレビも見れないのか」
その時、表の駐車場にキャンピングカーが停車するのが目に入った。あけみさんも同
時にそれに気付いた。
「あら、お客さんね」そういうと、とりあえず電話とテレビのことは忘れた様子で、
カウンターに戻っていった。
降りてきたのは4人だった。4つの傘が開き、小走りにレストランに向かってくる。
「いやあ、ひどい雨だね、こりゃ」入ってきたのは背の低い中年の男性だった。後ろ
に対照的に背の高い女性−奥さんだろう−と、中学生くらいの可愛い女の子と小学生く
らいの男の子。
「いらっしゃい。どうぞこちらへ」あけみさんは家族を招き入れた。
4人の家族は、濡れた服をハンカチやタオルで拭いながらテーブルについた。のりち
ゃんが注文を取りにいった。メニューを見ながら、賑やかにはしゃいでいる子供達を横
目で見ながら、私はもう一度テレビのリモコンを取り上げて、スイッチを入れてみた。
どのチャンネルからも、ノイズが洩れてくるだけだった。諦めてリモコンを戻すと、
テーブルから父親の声がした。
「あれ、テレビはつかないんですか?」
「ええ」のりちゃんがレシートに注文を書き込みながら答えている。「電話もさっき
から通じなくて。どうしたんでしょうねえ」
「ラジオはどうですか」私は声をかけてみた。別にそれほど気にしていたわけではな
いが、コーヒーを飲んでしまい、かといって、この豪雨ではバイクを走らせる気にはな
れない。半分ひまつぶしのつもりだった。
「え、ああ、いや、ラジオは聴かなかったもので。でも6時のNHKニュースは聞こ
えましたよ。テレビの故障でしょう」男は気楽な調子で答えて、タバコに火をつけた。
私は腕時計を見た。9時5分前だった。
雨は相変わらず降り続いている。このまま何時間も降り続くのなら、思いきってレイ
ンウェアを着て出発してもいい。一日中雨が止まないのなら、このドライブインに居続
ける訳にはいかないからだ。近くの市街に出て、宿を探したほうがいい。しかし、激し
い雨というものは、えてして唐突に上がるものだ。この豪雨もすぐに通り過ぎるに違い
ない。
わたしの理性的な心はそう楽観的に考えていた。だが、何故か本能的な心がここから
離れるな、外は危険だ、と騒ぎ立てていた。先ほどから漠然と感じている不安が成長し
たらしい。
ドライブインのガラス越しに外を眺めていた私の視線が2つの光をとらえた。続いて
2サイクルエンジンの発する甲高い音が響いてきた。2台のバイクが私が来た反対方向
から走ってきたのである。
2台のバイクはウィンカーを出しざま、駐車場に入ってきた。レインウェアに身を固
めたライダーの一人が、徐行しながら周りを見回していたが、私のバイクを目にすると
その隣にバイクを停めた。もう1台も同じように停車させると、2人のライダーがレイ
ンウェアのまま、転がるように走ってきた。
「ひえー、大雨だぜ」大声でわめきながら入ってきたのは大学生らしい2人だった。
むしりとるようにレインウェアを脱いでいる。荷物を何も持っていないところを見ると
地元の人間らしい。片方はひょろっと背が高く気障な感じで、片方は太り気味で、眼鏡
をかけていた。
太り気味の方が、あけみさんに何か言った。濡れたレインウェアをかける場所を訊ね
たようだ。あけみさんは空いている隅のテーブルを指した。2人のライダーは礼をいう
と、テーブルと椅子の上にレインウェアを広げた。
のりちゃんが、そば、カレー、ハムサンド、コーヒー、ジュースなどを山のように乗
せたトレイを抱えて家族連れのテーブルに向かった。親たちも子供たちも空腹を手当す
るのに頭が一杯であるらしい。誰も私の感じている根拠のない不安を共有している人間
はいないらしい。
「…でも、おかしいんだよね」気がつくとさっきの背の高い学生がカウンターに座っ
ていて、あけみさんと話している。「ここから2キロくらいまでは晴れてたんですよ。
それがいきなり、前が見えなくなるくらい土砂降りになるんだから」
私は何気なくあけみさんの顔を見て、一瞬、背中が冷たくなった。あけみさんの顔に
も不安な影が浮かんでいたからである。
理由もなく、私は、あけみさんも私と同じ不安を感じていることを知った。